第27話 サティスファクションタウン
コロナ、プレイアデス、ミラとは一時のお別れだ。手を振り、颯爽と……ミラはルナのクッションになりたいと駄々をこねていたが首をひっ掴まれて連れていかれた。
彼女たちは歩いて王国へと向かって行った。堕落を貪る民主国、戦火に狂った教国。そして、その二者に搾取される王国。幸せを求めるならば、民主国で戦いから逃げ夢に耽溺するのが一番なのだろうが。
ともかく、今のところ最も謎のベールに包まれているのが王国だった。
「――で、どうしようか」
ルナがこてりと小首を傾げる。
「どうしよう、とは?」
ルナの膝枕を堪能しているアルトリアが答える。もっとも、ルナの両隣には少し機嫌が悪そうにしているアルカナとアリスが居る。
ルナを自分のものと主張するように腕を胸に挟みこんで離さないようにしている。ルナは幼女で、アリスも幼女だからそこはいい。だが、美少女から美女になりかけているアルカナでは、少々腰を痛めそうな体勢になってしまっている。
「さてさて、イヴァン君のようにそこらをほっつき歩いている『黄金』持ちが居ないとは断言できないけどね。けれど、僕らの目的は最終決戦のための戦力確保。探すにしても、別のやり方があると思うな」
「教国に向かった方がいいか? 次の街は繁栄と悪徳の街『サティスファクションタウン』だ。路銀が尽きたからな、ギャンブルで一発逆転を狙うのは悪くないだろう」
「……そこだよ。お金が必要? 僕たちの力があれば、その場でどうにでもできる。僕の役割は魔女だ。この僕の錬金の業をもってすれば、金で買うよりもよほどいい装備が作れるよ」
「それでも、金は必要だと思うのさ。誰かを救うために」
「ふぅん?」
ルナは前の街で支援物資を満載したトラックで人々を救ったことなど忘れている。というより、重要なこととみなしていない。けれどそういうことをするためには、どうしても先立つモノが必要だった。
話は噛み合わない。だが、ルナはアルトリアに従う。負けたから……なんていう獣じみた思考ではない。自分が仕掛けて、そして負けた。無理やり相手の命をかけさせたのだ。それに見合うリターンは必要だと思うから。
「――では、ギャンブルでもしますか。ねえ、お姉ちゃん。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「バレないイカサマはセーフだよね?」
「……お前は賭場に近づくな。何があろうとも、だ。お姉ちゃんが許さないからな」
「はいはい」
そして、12時間後に一行は街についた。アルトリアは一時たりともルナの膝枕を譲らなかった。
壁は分厚く、多くの衛兵が銃を構えている。ルナはちらりとそいつらの装備を見た。
マシンガンが多く、そしてRPGを持っている者まで居る。壁の上には対空砲がある。蟻すら見逃さない厳戒態勢である。
「【奇械】を想定したものではないね」
ルナはため息を吐く。
「……おそらく、人間を相手にするためのものだろうな。ギャンブルで有名な町であるのだから、敵が多いのは事実らしい」
アルトリアは、やれやれと行った態だ。まあ、事実蹴りの一発で吹き飛ぶ程度のものだ。精々が魔導人形の小隊を相手にできるくらいのものだ。
「なんだ、見掛け倒しかよ」
イヴァンが馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「おい、やめろ。お前程度なら穴だらけになるぞ。アレはあくまで姫様と化け物の言だ。今の貴様では『鋼』にも劣ると自覚しろ」
ベディヴィアがぶん殴った。
コンコン、とトラックの扉が叩かれる。もはや完全にマフィアだのというより兵隊だった。立ち居振る舞いは、民主国の軍隊よりもよほど”らしい”。
「貴様らの番だ。トラックの中身を改めさせてもらう。……ッ!? 貴様は」
アルトリアを見つけ、銃を向けた。
「……やれやれ。私はどうも有名人らしい。隠れているべきだったかな、ベディヴィア?」
「さあ? そこの人。私の名前は知っていますか」
「【戦姫】の共謀人……名前は、確か」
他の兵達も集まって銃で囲む。普通であれば、いわゆる犯罪都市でこの様な扱いを受ければ顔を真っ青にしてガタガタ震えようものだが……あまりの緊張感に顔を蒼くしているのはこの兵士たちだった。
「ここの方たちは大変勤勉な方たちのようですね。姫様がどこかに隠れていたとしても無駄だったかと」
「なるほど。ガニメデスの奴にできもしない運転を任せていたのは意味もなかったか。あいつも呼んだ方がいいか?」
こちらは呑気なものだ。銃を向けられている恐怖感がまるでない。
「さあ? まあ、我々は別に悪いことはしてないですし。きっと、受け入れてくれるでしょう」
「彼の懐の大きさに期待だな」
まるで茶でも飲み始めかねない勢いだった。
「おい、どうする?」「【奇械】をうちの国に引き込もうとしているテロリストじゃなかったのか?」 「というか、なんで銃を向けても何も言ってこないんだ」「魔導人形を持っているはずじゃ? 逆に怖いぞ」
さすがにひそひそと話し始めた。
「ああ、そうだ。なあ、君たち」
アルトリアが彼らに声をかけると、一斉に銃が向けられる。
「長くなりそうなら、トラックをどこかによけて置こう。後は……そうだな、そこの詰め所にでも居させてもらおうか」
これが強者の余裕だった。
そして、混乱した兵士たちは詰め所に通して茶を出した。
「……安物だね、淹れ方も悪い。これじゃ苦いだけだよ」
「そうか? ルナは茶に詳しいな。正直、飲めれば何でも変わらん」
「姫様と同じく。ですが、ガニメデスが我らをこの貧乏舌めとでも言いたげな顔で見ているので違いが分かっているようですよ」
「……」
好き勝手なことを言う奴らだった。そして、ガニメデスはめっぽう居づらい顔をしていた。
そして、街から飛翔音が一つ。門は人で溢れていてうるさいが、それで聞き逃すルナやアルトリアではない。
ドアが開かれる。だが、すでに彼の魔導人形は解かれている。現れた男は眼帯、金髪――典型的なチンピラだった。顔が良いから、女には困っていなさそうだ。
「――茶でも飲むか?」
アルトリアが茶を置いた。
「それ、普通俺っちのセリフじゃねえかな?」
しかし、その外見はともかく瞳の奥に剣呑な瞳が宿っている。その飛翔音からして所有するのは『鋼』だが、舐めてかかっていい相手ではない。
「まあ、気を楽にしてくれ。害意があるわけではない」
アルトリアはさらりと言い放つ。
「だから、それは俺っちのセリフだって。……もういいや、茶ァ貰うぜ。俺っちの名前はザックス=オノーさ。そちらさんはアルトリア・ルーナ・シャイン様とその一行さ?」
一息に呷り、席に着く。話し出す。
「自己紹介は要らないようだな。まあ、少しギャンブルをしたくなったんだ。金はあっても困らないからな」
「なるほど、ただの客ってわけかい?」
「勝ちすぎてしまうかもしれんがな」
「そいつはちょっと俺っちが困るな。……一応聞いておくが、政府に叛旗を翻そうってわけじゃねェんだな?」
カジノを運営するここはマフィアというのは公然の秘密だが、だからこそ政府と戦おうという気はないらしい。
警察のような組織は民主国にもあるが、その権力は強力とは言えなかった。ゆえに、見逃さざるを得ない悪もある。
「もちろんだ。反省したよ、あまり滅多なことを言うものではないな」
そこはアルトリアも知っている。こういうのは、持ちつ持たれつと言う奴なのだ。悪くすれば撃ち合う関係でもあるが、裏ではがっちりと手を組んでいる。
悪いとか良いとかの話ではなく、”そういうものだ”と言うのは犯罪者と指名されて思い知った。
「……まあ、いいさ。この『サティスファクションタウン』は金さえ持ってりゃ誰でも受け入れる。犯罪者でも、テロリストでも」
「奇械でも、か?」
「金をもってりゃ、さ」
「なるほど。コレでいいか?」
ポケットから宝石を投げる。
「ふむ、本物――か? ……おっと、気を悪くしないでほしいさ。疑ってるわけじゃない、ただ俺っちが本物かどうか見分けられないって話さ。ちゃんと専門の人間がチップに換算してくれるから安心してほしいさ」
そういうわけで、話はついた。