第26話 次の場所へ
そして、一行はトラックに乗り込みガタゴトと移動する。他の4台はプレゼントしたが、トラックは便利だから1台持っていった。元々ルナたちが持ってきたものだ。
世界を救う旅に風情も何もあったものではないが、世界が滅ぶのにのんびり散歩しているわけにもいかないだろう。
だが、トラックは少し行った先で止まる。
「……どうした? 敵の気配は感じられないが」
アルトリア達はファーファと一緒に荷台に居る。荷物を満載していた行きの時とは違って荷物には余裕がある。クッションを持ち込んでいるから、行きに比べれば天国だ。もっとも、街中の方がよほど天国ではあるが。
「そういうことじゃないよ。……ね、コロナ」
「ああ、私が頼んだ。降りて来い」
コロナが外へ飛び出し、構えを取る。掌を差し出し、アルトリアを誘う。
「あの場所でやるべきことは全て終わった。ゆえに、ここでなら心置きなくやれると言うわけだ。……さあ、私と戦えアルトリア。ルナ様の認めた技の冴えを見せてみろ」
挑発的な笑みを浮かべている。いつにも増して生き生きとしている。喧嘩好きというのを隠そうともしていなかったが、我慢していた。
「――ふむ。ルナと同じ……ではないな」
街につく前、ルナはアルトリアに戦いを強制した。
何も悪いことのない、一種の”悪い領主”に強制され戦わされた兵士たちを人質に取って。兵士であれば死も覚悟済と、そういうものかもしれないがアルトリアとしては武器を持たない者を殺すというのは許せなかった。
だからこそ、起爆装置だけ砕いて試合に勝った。例え次の攻撃で死のうと爆弾のキーを破壊したのだ。だからあのゲームはアルトリアの勝ちだ。彼女が生きているのはルナが攻撃を止めたからだとしても。
その戦いとは、状況がずいぶんと異なる。
「当然だ。ルナ様の言に否やはないが、私はあのお方とは違う……そうさな”人間”だぞ? 好みのシチュエーションも自ずと異なると言うものだ」
ルナとの一戦と比較し、今のコロナは何も賭けていない。
それは、状況としては真逆だろう。人の命を賭けた取り返しのつかない大一番、負ければ終わりの崖っぷち……ルナが好むのはそれだ。
しかし、こちらは負けたところで何もない。殺気がない……この薄さは運が悪かったら死んでも仕方ないとも思っていない。寸止めする気が見て取れる。ルナのそれは、それこそ一歩間違ったら死んでいた。
「ふふ。立派になっちゃって」
ルナは涙がちょちょぎれる……みたいに目元に手をやる。自分が可愛いと思ってそれをやっている。ファーファが面白がって真似をした。設定しかない終末少女に感情が芽生えたというのは知っている。だから、この世界を経験させているのだから。
しかし、まあ実際に見るのは嬉しいものだ。
「ふむ。……良いだろう。誰の命も賭けんというのなら断る理由はない」
トラックから降りる。
「くく。ふはははははは!」
コロナは突然に笑い出し。
「神々の黄昏に涙せよ『ネフライト・ファブニール』」
ネフライト=翡翠。【翡翠の夜明け団】の技術を転用して作った鎧、漆黒の魔導人形を纏う。
基本的に魔導人形は一部の隙もなく守っているため肌が見えない。飛び交う銃弾から身を護るためだが、このレベルになれば関係がない。強力な異能が操者を守るため、一々全てを覆い隠す必要がないのだ。
コロナは顔を外部に曝している。それはアルトリアの『ミストルテイン・エクスカリバー』と共通する意匠だ。
「……それは」
「そう、ルナ様に頂いたのだ。残っていた街の機能を一時的に復旧……そして、魔導人形の無数の残骸達をフレームに。更に援軍に来た奇械どもの魔石を燃料にしてな」
「なるほど。何かやっていたと思ったら」
実のところ、それは玩具でしかないのだろう。横のベディヴィアを見れば驚いている顔をしているが、アルトリアから見れば感じ取れる脅威は何ら変わらない。
鎧ですらなく、再生能力を持つ服のようなものだろう。飛ぶのも異能も、自前の力でやっているはずだ。そも、スフィンクス型の10体や20体分では『宝玉』は作れない。そして、全員分のものを作ってあるのだろうから、魔石の数が足らない。できあがるのは『鋼』か、少々毛色の違う服だろう。
「相手に取って不足なし。我が魔導人形も見せずには無作法と言うもの……その力を解き――」
「待てや、姫様」
鞘が眼の前を塞ぐ。ルナが与えた刀だ。イヴァンが、チンピラらしく前へ出た。
彼は愚連隊レッドワイバーンを率いていた。ゆえに喧嘩には一家言あるのだろう。俺を差し置いて喧嘩は許さねえと吠えて見せた。
「――よく分からねえが、いきなり本丸ってのは無しじゃねえかい? こういうのは順序ってもんがあるんだよ」
メンチを切る。イヴァンは、それこそ何も知らないに等しい。けれど、チャンプとしてのアルトリアは知っている。最強と名高い【戦姫】を。
「ふむ。戦いたければ、まずお前を倒せと言うわけか。……面白いな、受けて立とう。来い」
コロナが手招きする。アルトリアは嘆息する。どこから取り出したのか、ルナがゴングを鳴らした。
「行くぜ! おら、来いや! 『デッドエンド・ダインスレイフ』!」
走り出す。が、詠唱が違う。光の粒子が怒涛のようにあふれだしてイヴァンへと絡みつく。……足が、腕が、そして胴体が鎧に覆われ。瞬く間にフルフェイスを纏う操者の姿に変わる。
「……ふむ。実戦であれば纏う前に首を刎ねていたがな」
コロナが神速の一歩を踏み出す。
「それは貴様には過ぎた代物だ」
刀を掴む。へし折った。
「――テメ」
「寝ておけ」
イヴァンが折れた刀を持ち上げる前に目の前に掌が現れる。そのまま顔を掴み、地面へ叩きつけていた。
「さすがにこれはお粗末に過ぎるが……な」
しょせんは素人。それこそゲームに例えてたところで、慣れてもいない者が説明書も読まずに何ができると言うのだ。
「……は! ナマ言ってんじゃねえよ。捕まえたぜ」
自らの顔を掴む手を掴もうとして。
「捕まえた? 何を?」
その手は空を切る。コロナは拳を握りしめ、フルフェイスに隠された顔面を強かに打ち付け、陥没させた。
「が……っは――」
フルフェイスの裏から血が噴き出す。鼻が潰され、自らの血で溺れる。
「まあ、黄金の回復力なら1時間も寝ていれば治るであろ。では、本命を……」
「……ま、まへよ。まだ、ひょうふは、おわって、ないれ」
足をガクガクと震わせながらも立ち上がった。根性と言う意味では立派だ。魔導人形そのものには痛みを抑える機能がない。ゆえに兵士はドラッグを携行するものだが、彼は根性で立っている。
ルナがつまらなそうに口を出す。
「ねえ――お姉ちゃん。これはただの感想と思ってほしいのだけど。……彼ではやっぱり駄目だよ。騎士は『黄金』であればいいわけじゃない。さっさと力を奪ってしまった方が賢い選択だと思うな」
「……彼は奇跡を起こしたと、そう聞いたがな。お前は好きだったんじゃないか? 奇跡というものが」
「あれは僕の嫌いな奇跡だね。端的に言えば、準備不足だ。確かに彼に責任はないけどね、起動キーを聞いていればあのレッドワイバーンの人達は死ななかったよ。いや、あのレジスタンスの似非じゃない、本物の仲間達すら救えたかもしれないのにさ」
ルナたちの知らないレッドワイバーン。奇械の脅威に晒されることなく暮らしていた時代のそれだ。街を襲った最初の奇械を、逆に全滅させられるほどの力が『黄金』にはある。
「それでも、私は信じたい。奪い、都合の良い者に渡す……そんなことでは世界は救えないと思うから」
「世界を救えるのは真の英雄だけだよ? できない奴にはできないのさ。それは『黄金』だのと言った話じゃない。お姉ちゃんか、もしくはあいつなら魔導人形すらなくとも奇械どもを全滅させていたはずだ。……必ずや、ね」
「――さすがにそれは厳しいぞ」
「あは。ご謙遜を。確かに戦力として見れば、議論する価値すらなく勝てはしない。けれど、その状況を覆すのが英雄と言うもの。……イヴァンには、できなかったね」
「……かもしれんな」
見るからに満身創痍の有様で拳を握り、コロナに打ち込もうとする。コロナはニヤリと笑って拳を握る。
この状況でも戦意を失わない相手に、稚気を出した。手加減を忘れ、殴り合いに興じようと。
「寝ていろ」
アルトリアがイヴァンの首に手刀を落とす。気絶させた。
「……ふむん。いささか不完全燃焼だが、しかし貴様が満足させてくれるのだろう? 異能はナシだ、殴り合おうぜ」
「良かろう。来い」
イヴァンをブン、と投げた。地上に落ちる一瞬前に減速して、優しく落ちる。この分なら小休憩後には治っていることだろう。
「――」
「――」
両者、睨み合い……
ルナがコインを投げる。地に落ちる。チィン、とお焦がした瞬間に二人は動く。
「月読流……【鎌鼬】」
「皇月流【木陰】」
肘と肘が衝突する。トラックが衝突したかのような音が鳴るが、周辺被害はない。ルナたちがやったときは山を削っていたが、これはそう言う戦いではないから。
「月読流……【百花繚乱】」
「皇月流驟雨が崩し……【逆咬花火】」
乱打が衝突する。
「月読流……【鳳閃花】」
「皇月流【穿騎】」
無数の拳が飛び交う中で、薙ぎ払いの一撃が交錯する。コロナは攻撃ごと叩き潰そうと威力の高い技を放ち、アルトリアは避けるものの体の軸がぶれて攻撃はあらぬ方向に飛んだ。
「ああ、これは楽しいな!」
コロナは満面の笑みを浮かべている。戦っていることが楽しくて仕方ない子供のように。
「あまり無駄口を利くな……ふ!」
「ぬお!」
しかし、かわした勢いを利用してコンパクトな回し蹴りを叩き込んだ。コロナが吹き飛んだ。だが、技ですらない一撃ではダメージは入らない。それでは決着にはならない。
「なるほど。お前もルナと同じ。ならばこそ、やはり強いな。……だが、こうして技を競うのは楽しい」
「くく。やはり人間というのは面白い! 力も、速さも劣ると言うのに、こうも仕留め切れんとはな!」
二人、獰猛に笑っている。
「では、行こうか!」
「応! 来るがいい、人間。私を超えて見せるがいい」
魔導人形を纏っているだけあって、アルトリアはオールマイティに何でも使える。見せたこともないが、弓ですら鮮やかに扱える。
しかして、その本領は蹴り技だ。そも、切り札たる【天墜刻印】だって蹴り技を応用したものだ。
一方、コロナ。彼女は格闘技を好む。あまり剣だの刀だのを使いたがらない彼女は、ルナに頼んで全ての技を格闘技用にアレンジしてもらっている。
さらに、彼女の本性は龍だ。ゆえに。
「見せてやろう! これこそが、『ネフライト・ファブニール』の力!」
魔導人形の両腕から爪が生える。これこそがコロナの最も力を発揮できる形。龍の爪が触れるものすべてを切り裂くのだ。
「生中な剣では折られるが関の山か。……が、まともに当たらなければ鈍らと同じ」
アルトリアもまた、蹴り技を開陳する。
「――月読流……【風迅閃】!」
「皇月流木陰が崩し……【木乃葉墜とし】!」
最速と最速が衝突する。突破された音の壁が衝撃波を四方八方に撒き散らされる。空気が引き裂かれた。地が割れる。
「やるな」
「貴様もな」
「だが、月読流は最強にして最速。人間は流れだの相手を見ろだの言うが、現実は将棋ではない。月読流にはそんなものはない。……一から設計された芸術品に、天然物が敵うものかよ。最適手を打ち続けていれば、ミスをするのは人間の方だ」
「それはどうかな? 自分よりも強きものを倒す術、それを武と呼ぶのだから。そして、人間がいつまでも怯える立場に甘んじると思わないことだ」
ニタリと笑い。
「月読流奥伝……【六道・千刀鳳閃花】」
「皇月流、奥伝【神威】」
奥義と奥義がぶつかる。それは武の最果て。月読流は基本的に必殺技を放ったところで隙は晒さない。残心ができているということだが、それはその一撃に全てを賭けていないと言うことである。
この一撃に全てを賭ける、それこそが奥伝。ステータス差で押しつぶすと言う基本性能に反するが、だからこそ……その一撃は凄まじい。
対する皇月流。王族が扱うべき、『黄金』の力をフルに活かした上で扱い切るのがアルトリアだ。この技も、扱うために要求される技量が高すぎて歴代の王族でも使えるものは居なかった。
魔導人形に登録されていただけの技。しかし、アルトリアはそれを完全に自らのモノとしている。〈最強〉と言われるアルトリアだけの技。
威力が拮抗し、そして残るは……
「迅く、強い――流石だな、ルナが作った武術。そして、それを扱うために生み出された存在。……いや、逆かな。君たちという存在が土台にあったからこそ、作られたか。……見事」
アルトリアが膝を着く。
「……ふ。ルナ様の作りし武術に隙は無い。が――それすらも上回るのだな、人間よ。いや、アルトリア。貴様こそ……」
コロナの鎧が消えていく。眼に光が無くなって、倒れていく。
「プレイアデス流に言うならば運命を超えるか。……人は、容易く条理を超えていく。解析不能だな、それが我らにないものか。ルナ様がそれに憧れたと言うのなら」
倒れる。
「コロナ、それはスタンダードじゃない。とてもスペシャルなものだ。だから、僕はそれに憧れて……でも、それになろうとはしていないんだよ」
ルナが抱き留める。
「――む」
アルトリアが声を上げる。
「あは。そんな顔をしないでよ、お姉ちゃん。コロナたちとは少し休んだら一度お別れ。僕たちは一緒に次の街へ行くんだから、その時に膝枕してあげる」
「……絶対だぞ?」