第25話 妹追加
最悪と名高い『ディアボロ』型を撃破したアルトリアは、教国の【フェンリル小隊】のリーダーと顔を会わせる。
倒したが、傷一つ付けていない。これぞ完璧勝利、と言った風情だ。相手のプライドはさぞやズタズタになったことだろう。
「……済まないが、任務の最中は装備を解くわけにはいかない」
彼女、ラスティーツアは苦い顔をしている。負けたところで、全面降伏などできはしない。せめてもの抵抗だったが、相手は何も気にしていない顔をしている。
まあ、ルナに勝ったアルトリアだ。冷や汗をかかせただけでも大金星だった。
「了解した。まあ、私の方はこのままで十分だ。……茶は飲めるか?」
「不要だ。その子に分けてやってくれ」
「ふむ。飲むか?」
沸かしたお茶をファーファにあげた。ただ湯を沸騰させて粉を混ぜただけだが、彼女は喜んで飲んでいる。……チョコレートをつけてあげた。犬のように走り回って喜んだ。
「アルトリア・ルーナ・シャイン。……君の噂は我が国にも届いていた。曰く、民主国における〈最強の戦士〉。曰く、滅びを予言する『ノストラダムスの姫君』。曰く、貴き血脈の幻想を否定した〈反逆者〉。その力があれば国を亡ぼすこともできたろうに。何が目的だ?」
ラスティーツアは魔導人形を着込んだままアルトリアのことを睨みつける。対するアルトリアは魔導人形を着ていないのだから、生かすも殺すもラスティーツアの指先三寸のはずだった。
(――とても、そうは思えんがな!)
アルトリアの穏やかな表情は、話す相手がナイフを構えているとは思っていないように見える。
あの力は、魔導人形を着ているからのものであるはずだが……裸同然のはずでも剣を叩き込めるとは思えない。
(ありえん! だが、この女を連れて行けば反抗作戦の実行すらも可能になるかもしれん。……逃すわけにはいかん。それこそクレティアンと引換でもお釣りがくる)
例え強引な手段をもってしても教国に連れていかねばならない。なぜなら、それが人類のためになるのだから。
このまま民主国で腐らせておくなど、もはや犯罪的な罪深さである。
「――私は人類を救うための鍵を探している」
それが己の名誉の回復だとか、強さを求めてだったらまだわかった。だが、その言葉は理解不能だ。いや、言葉のつながりとしては理解できた。
「人類を、救うだと……?」
まるでお茶会の話であるかのように気楽に言われてしまったが、そんなことを言う奴は新兵でも頭のおかしな奴扱いは免れない。
そして、強いだけの人間特有の慢心すらも見当たらない。そういう気負いがない。ゆえに、こいつは素面でそれを言っているのだと理解した。
「手段についてはアテがある。だが、実行のために仲間を探している」
「何をしようと言うのだ?」
好奇心、もしくは信じられなさの故か。
だが、確かにそれを口にできるだけの強さを持っている。決して口だけでないことは、先ほど我が身をもって味わった。
「奇械の王国を攻め滅ぼし、暗黒島を攻略する」
「暗黒島を……? だが、奇械の国を滅ぼすのは不可能だ。そして、いくら倒したところで奴らは復活する」
「だから仲間を集めている。そして、復活などさせんよ。そのための暗黒島攻略だ、必要なのは王国を正面突破する手段だ」
あまりにも確信に満ちたアルトリアの言葉。狂人の戯言と、一蹴することもできたはずだが。
(暗黒島だと……? 奴らの拠点ではないか。そこに奴らが復活する鍵があるとは、確かに一部で囁かれている噂ではある。だが、どうやって知った? 民主国の人間が何を知っていると言うのだ)
「――」
嘘は許さぬとばかりに睨みつけた。
「……ふ」
確かにそういう疑問もあるのだろうな、分かるよ。と言いたげな視線を向けられた。とても癇に触った。
「……ッ!」
足を振り上げ、焚火を踏み潰した。燃えかけの炭と白い炭がまだらになって殺害現場のごとく飛び散るが、アルトリアには当たっていない。
「まあ、落ち着け。流石に私も全てを話すことはできないぞ?」
苦笑いだ。気負いも何もかもありはしない。まさに、ラスティーツアなど魔導人形がなくても倒せると言わんばかりの態度だった。
「……まあ、今のところは旅をしているだけだ。こうして事件に首を突っ込んだりもしているがな。それで、君はこれからどうするつもりかな?」
「これから……だと?」
「地下の【奇械】どもは片付けた。そして、クレティアンに居る残党も決着がついていることだろう。他の増援についても心配はない。つまり、君たちの任務は終了したも同然と言うわけだ。自爆で全員消えて終わりではなかろう? その後の任務を聞かせてくれないか。まあ、機密であれば別にいい」
「――住民が残っている場合は護衛する予定になっている。あなたの言う通りにクレティアンの問題が片付いていたとしても、新規の任務が下されるのには日数がかかるだろう。あの城塞都市は捨て置くには惜しい」
「まあ、私の蹴りで地盤がおかしくなってしまったかもしれんがな。それについては済まないことをしたと思っている。我々が持ち込んだ救援物資があるから、好きに使ってくれ。生き残りもいるしな」
「……感謝しよう」
ラスティーツアは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。どうしても抑えきれなかった。
まさに話の通じる狂人と話している気分だった。通じる言葉が分、逆に怖い。狂人とは何をするかわからないから怖いのだ、それが武器として常識まで身に着けているのであれば。
(どんな手段を用いても教国に連れ去るべき……本当に? まさに新興宗教の教祖の姿だぞ、これは)
教祖に必要なのはカリスマと言われるが、そこに必要な要素と言えば自らを信じる心だろう。そう、馬鹿げた戯言を本気で信じなければ宗教は作れない。いくら頭が良くても、地位があろうと”それ”は不可欠だ。
そして、カリスマ。この世界において、強さというのは重要だ。ディアボロ型を苦もなく倒したあの力はカリスマには相応しい。……ますます新興宗教にお似合いだ。
(思想を広められれば、国を挙げて特攻させかねんぞ。こいつは)
あまりのおぞましさに冷や汗すら流れる。この力、この思想。放逐されるのも当然だと理解した。
見れば、アルトリアはファーファと遊んでいる。その顔を見れば無邪気そのものだが。
「……分かった。我々はクレティアンに向かうが」
「私も同行しよう。仲間が居る」
そして、今は一緒に空を飛んでいる。奇械に滅ぼされた街の現状を確認する任務を続行する。結局、彼女を勧誘する決心はつかなかった。
そして、アルトリアは空の上で通信を始めた。
〈ファーファ。少し唄遊びをしようか〉
〈お歌? 暇だったの! したいしたい!〉
きゃらきゃらと笑い声がオープンチャネルで飛んでいる。他から黙らせなくていいのかという視線がラスティーツアに向かうが、黙殺する。
あんな狂人と関わるのは御免だ。
〈――♪ ――♪♪ ――♪〉
〈―♪ ―――♪♪ ――♪〉
アルトリアがいくら速かろうと周りの足に合わせるから意味がない。都市にたどり着いたのは全てが終わった後だった。
煙が上がっている。ルナが昨日と同じシチューを用意して待っていた。
「ただいま、ルナ。ベディヴィアとガニメデスは?」
「ベディヴィアは奥で寝てる。もう一人は散歩に行ったよ」
「……そうか」
ため息を吐く。名前を呼んだということは、わずかなりとも認めたと言うこと。エディヴィアは勝ったのだろう。そして、ガニメデスも命だけは助かった。
ひとまずは安心といったところ。実のところ、実力的には死んでもおかしくなかった。
「ああ、そうだ。イヴァンは?」
「彼なら生きているさ。あっちで寝ているよ」
「寝てる。……生きているのか?」
「そうさ、あいつも操者だよ。アルトお姉ちゃんは気付いていなかったようだけどね」
「だが、奴の立居振舞いは操者のものでは……いや、託されていたのか。そう言えば、血の縛りなどないと言い放ったのは私の方だったな」
機体さえあれば誰でも乗れるのが魔導人形だ。それを血統などと言う虚偽で身内で権益を独占しているのが民主国。
機体さえあれば乗れるという事実。……もっとも、ただ乗ればその性能を引き出せるなんて訳がない。だって、何も関係のない、乗っただけの彼はその能力すら知らないのだから。
「生きているならば、迎えに行ってやらねばならんか」
「必要ないよ。散歩ついでだ。お仲間同士で宜しくやっているだろうさ」
どちらも、着るだけ無駄で、せっかくの性能を全くもって活かせていない奴らだ。ガニメデスとイヴァン、力のないもの同士で馴れ合っていればいいとルナは吐き捨てた。
「ガニメデスが? なるほど、窮地にて絆が生まれたか」
納得したような顔をしているが、事実は違う。アルトリアが期待していたような絆などできていない。ただ、外れ者同士で集まっただけだ。
「――で、手を繋いでいるのはだあれ?」
「ファーファだよ。お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
えっへんと、ない胸を張っている。ルナよりも一回り彼女の方が大きい。そう、胸も。慎ましやかな膨らみだが、よせれば多少は谷間に似たものができそうだ。彼女は少々と言うか、頭の螺子が抜けているというか……いわゆる天然だ。
明らかに皆から避けられているルナに何も思わず近づいてきた。ニコニコと、ほほ笑んでいる。
目の前まで近づいて来たファーファ、ルナはおててを合わせてほほ笑んだ。何かが通じ合ったような心地になるが、当然何も伝わっていない。
ファーファはご機嫌になった。
「お菓子、食べる?」
「わーい。食べる食べる」
きゃらきゃらと笑い合う。ここだけまさに幼女が戯れているような有様だ。アルトリアがうむうむと頷きながら見ている。
ラスティーツアは、そこについてはスルーを決めたらしい。こめかみを抑えながらアルトリアに問いかける。
「……アルトリア殿。生存者は? 生命反応が確認できないのだが」
「なに? もう危険はないはずだぞ。……彼らはまだシェルターの中に居るのか。ルナ?」
「出てこないね。敵勢力は排除したことは伝えてあるんだけど」
「外敵に対する怯えか。私にも覚えがある。奇械に襲われて壊滅した部隊の生き残りがよくかかる。……しょせんは臆病者だったということだ」
「ま、食料はまだある。僕らもベディヴィアの回復を待つ必要がある。時間ならまだあるさ。ゆっくりやって行こう。……シチューでも食べながら、ね」
「感謝する」
ラスティーツアは躊躇なく受け取って食べ始めた。この辺は教国の人間の死生観と言えるだろう。ダース単位で人が死んでいるから、明後日のことなど考えない。
毒が仕込まれていたらとか、そんな余裕を考える余裕がない。そして、料理する時間もないそこではシチューなどご馳走だった。
「……ファーファ。うまいか?」
「うん、美味しいよ。お姉ちゃん」
アルトリアはファーファを膝の上に乗っけてご満悦だ。ルナを乗せるのはアルカナの役得だから、乗っけられなかった。
そんなこんなで、ファーファと仲良くなって……
3日後、アルトリア一行は別の都市へ向かう。イヴァンも一緒だ。『黄金』所有者の協力を得ることがこの旅の目的、彼を逃がすわけにはいかない。
そして、いつまでもここに留まっているわけにはいかないのだ。所有する黄金は未だ二機、そしてイヴァンは己の能力すら知らない。
「では、世話になったな。何かあれば知らせてくれ。協力できることであれば喜んで手伝おう」
別れの言葉を聞いて、ラスティーツアはどこかほっとしたような顔をしていた。
「その言葉、ありがたく頂戴しよう。図々しい願いをするかもしれんがな?」
「いいさ、その時は人類の危機なのだろう?」
「……フッ」
アルトリアは彼女と硬く握手を交わして、別の方向に歩いていく。……ファーファと手を繋いだまま。
「は?」
ラスティーツアの声。
「……え?」
ファーファの困惑した声。
「む?」
何かあったか、というアルトリアの顔。
「んんん?」
冷や汗が流れたルナ。
……4者4様の疑惑の声が唱和した。
「あのね、お姉ちゃん。なんでファーファの手を握ってるの?」
「ファーファは私の妹だろう?」
「いや、その子の所属はそちらの【フェンリル小隊】でしょ。連れってちゃ駄目だよ、お姉ちゃん。人攫いじゃないんだから」
「……いや、だがファーファは私の妹なのだが」
アルトリアは渋っている。ラスティーツアは頭を抱えている。
「あの……手、離して?」
ファーファも困惑顔である。
「なぜだ!? お前は私が連れていく!」
アルトリアは手を離さない。
「……」
ちょいちょい、とルナはラスティーツアを連れて離れていく。商談をする。
所詮ファーファだ。裏切ったところで嘘など付き切れない、ボロを出す。そして、アルトリアに首輪をつけるのであればファーファは適任だろう。
ただのバレットだ。ここで消費するつもりだったのだから、鈴にするならよほど有意義な使い方だろうと。
「それに、ね。『フェンリル』の技術が流出するのを警戒しているのだろうけど、僕らとしても彼女にそんな危ないものを持たせてはおけないんだ」
ルナが差し出したのは黒い宝石。フェンリルの核となるパーツだった。もちろんファーファの『銅』の魔導人形自体にも、フェンリルを最高率で発揮するための仕掛けがあるのだけど、心臓部の機密度は段違いだ。なにせ、拿捕して解体すればそこは分かるし。
つまり、ルナの持つ”それ”さえ抜けば魔導人形の一機くらいなら渡しても問題ないと言うことなのだが。
「貴様……何者だ? アレと共にあるからには只者ではないと思っていたが」
「さてね。僕は特別製なのさ」
ルナは唇を釣り上げた。
ファーファの機体については問題が無くなったが、それが可能と言うことが大問題だ。ラスティーツアでさえ何も知らないそれを、こともあろうに取り出して見せるなど。
更に言えば、それがコアパーツだと分かるのも禍々しい雰囲気であるからだ。何かを知っていたわけではない。アルトリアが彼女から抉り出したそれも発動状態だったから、区別がつかない。
「――警告のつもりか?」
「そんなつもりはないよ? 僕たちはいつだって好き勝手出来るから」
ルナはけらけらと笑った。
ファーファのことは監視していた。つまり、どこかで分解したわけではない。そんな隙は与えなかった。
そんなことが可能なら、操者の心臓すら抜き取れるだろう。
「……お手上げだ。持っていけ」
「ありがとう」
アルトお姉ちゃん、許可を貰って来たよ。と嬉しそうに話しかける。ラスティーツアとしては化け物のアギトから逃れた安心感でいっぱいだ。
だから、負けたとは思わない。英雄、魔女――全て人外だ。人が関わるべき存在ではないと思い知った。