第24話 最凶を超える最強 SIDE:ユスティーツア
ディアブロ型は、その名前の通り悪魔である。ただの一体で何百人も被害を出す。現れたが最後、奴を倒すまで兵士が特攻を続けるという地獄のような有様になる。
それほどまでに強力な存在であり、だからこそ兵士たちからは死神として恐れられている。姿を見れば最期、皆殺しにされるのみ。
確かに『黄金』は強力な力を持っている。量産型の鋼ではお呼びも付かない摩訶不思議を体現する『宝玉』であるが。黄金ともなれば、その異能すら桁が違う。
ただの一瞬で高度1000Mまで舞い上がり堕ちる一撃は、『黄金』ならば必然と納得できる所業だ。破壊力・命中率ともに次元が違う。最強となるために産まれた異能と考えれば、そこまでなら不思議ではなかったりする。
いや、地下10Mくらいならともかく、地下500Mまで完全破壊してしまうのも完全に意味が分からないが。
けれど、ディアブロ型を苦も無く倒す力――それは駄目だ。意味が分からない、なんてレベルではない。それが実現するのであれば、それは……それこそ神と呼ばれるものだろう。
「――バレット4、離れろ! 貴様は何者だ、アルトリア・ルーナ・シャイン!? 【戦姫】だと? そんなものであるものか。貴様はもっと悍ましい何かに決まっている!」
ゆえに、ラスティーツアは銃を向ける。
人は地獄でも牙を磨き、敵に対抗してきた。あらゆるものを犠牲にして、苦痛を乗り越えて――遅々とした歩みであっても進歩してきた。それが人の歩みだ。
あれは認められない。ご都合主義の神様の存在など認めない。最強なだけの”人外”など。
「貴様など、人間ですらあるものか!」
ラスティーツアの『鋼』は量産型であるために一般的なものだ。ゆえにオリジナルの要素などない、量産できることがその強みであるがために。
だが、指揮官機は出力が強い。『鋼』しか扱うことのできない強力な兵器を使えるのだ。
「人の世から去るがいい! 『ツインブラスターカノン』装填」
外部特殊モジュールを接続、バレル装填。外部エネルギーライン構築。ターゲットインサイト。掲げるは巨大な二つの砲塔がくっついた砲身。……光が溢れる。
ここまで0.4秒だ、バレット出身でありながらリーダーを勤めているのは伊達ではない。周りの全てを武器にし、そしてあらゆる武器を使いこなす才が彼女を地獄から逃さなかった。
「【ツインスパイラルブラスター】、チャージ完了。――デッドエンド・シュートォォォォ!」
スフィンクス型ですら一撃で破壊できる巨大な螺旋のビームが放たれた。
「……む。避けるとファーファが危ないな」
アルトリアは助けた相手から銃を向けられてもしれっとしている。それこそ、”人の悪意にはもう慣れた”という奴だ。
いや、平和な民主国では銃を向けてくる人間は早々いなかったが、にべもなく追い払われてしまうのは日常茶飯事だった。
「そこで大人しくしていてくれるかな?」
後ろにいる小さな女の子をなだめつつ、フィールドを展開。歪められたビームが幾重にも分かれ散らされる。
だが、その一条一条が致命的な破壊力を有したままだ。地面は抉られて赤熱化し、遠くの山に当たれば穴が開く。
「うん、ファーファお留守番できるよ」
そして、小さな彼女はニコニコと何も分かっていない様子だ。今のビームの一条ですら『銅』の装甲では耐えきれないことを、彼女は知らない。
「そうか、良い子だな」
ルナより大きいにも関わらず、ファーファはよほど子供らしい。それこそ年齢どころか性別まで詐欺のルナに関係なく、同年代のそれよりも幼い。
頭を撫でられて、彼女はにへら、と笑った。
「――舐めるな! 散らされるなら0距離で攻撃するまでのこと! ツインブラスターカノン、モードチェンジ……『ランサーモード』」
突進する。身長よりも大きなカノンを抱えて、しかしトップスピードを操り切っている。凄まじいまでの技量だ、トップクラスの腕前であることは間違いない。
しかし、悲しいかな。それは『鋼』の全開飛行でしかなかった。『黄金』の眼には止まったように見えている。
「被害を広げてもまあアレだ。空でやろう」
「な――がッ!?」
魔導人形ですら捉えられないスピードで、アルトリアはラスティーツアの横に並ぶ。まるで悪夢か妖怪に化かされたかのような光景に、ラスティーツアは目を見開く。
掌を当てられた。それだけで凄まじい衝撃が機体を揺らし、上へと打ち上げられてしまう。
「ふむ。慣れてきた。……機体を我が物にするとはこういうことか」
黄金の鱗粉が待っている。遥か天空、雲の上でそれは光輝いていた。自分を叩き上げた奴を見てやろうかと下を見ようと思えば、上から声が降ってくる。どんなホラーだ。
「なんだ……!? それは……ッ!」
そんな現象、聞いたこともない。ワープでもしたのかとも思うが、そんな様子は何もない。
「では、名前を呼ぼう。それは大切なことだとルナも言っていた。さあ、お前の生まれ変わった姿を見せてくれ――『ミストルテイン・エクスカリバー』」
静かに名を読んだその瞬間、黄金が爆発した。鎧が変形していく。フルフェイスが、頭の上に浮かぶ飾りとなり顔を晒す。そして、無骨な鎧は羽衣のように薄く清らかに変化する。
鎧とは盾であるはずなのに。その観念をひっくり返すような”美しい”意匠だ。それも、アルトリアを魅力を引き出すような唯一無二。
誰が着ても変わらない、そんな鎧とはもはや違う。彼女のためにだけ誂えられた戦装束が姿を現す。
「さあ、征こう」
アルトリアが敵を眼下を捉える。ラスティーツアが自らが見られていることを悟る。まるで、巨人に見すくめられたかのような圧迫感。
「ふざけるな、化け物が! 燃えて消えろ! 展開……『ダンス・オブ・エンゼルダスト』」
収納領域から鉄骨でできた6対の羽根を伸ばす。そして、その羽根には無数のミサイルが懸架されている。魔導人形ですら一瞬では把握できない数だ。その数は優に1000を超える。……でなければ、奇械を相手に飽和攻撃などできないから。
発射――
「やれやれ、こちらに敵意などないのにな。【グラビティウォール】」
アルトリアは掌に黒いリングを生み出す。
放る。宙で止まったそれは、一瞬のうちに拡大、そこを通るミサイルはひしゃげて潰れて爆発四散……残るものなど一つもない。
一つの都市をも灰燼に変える物量を簡単に止めてしまった。
「――化け物が! だが、リスクも犯さずに勝てるなどと思ってはいないぞ!」
すでに羽根は切り離した。先のそれはあくまで囮。スパイラルブラスターが防御されたからには、遠距離攻撃が通用しないのは知っている。
ゆえにこそ、ラスティーツアは飽和攻撃で視界を塞ぎ、自ら特攻することこそ策と考えた。
「全スラスター最大出力。……貫けェ!」
自らを槍に見立てた一撃。グラビティウォールを突き破る。それはミサイルを囮にした捨て身の一撃だった。しかし。
「では、終わりにするか」
アルトリアには通じない。速度が違いすぎる。隙を突いたはずが、後出しジャンケンが全てを上回る。
彼女の頭を撫でて優しく意識を落とそうとして。
「読めているぞ! 捨て身の一撃すら届かないことなど!」
頼みの綱のブラスターカノンを投げ捨てる。アルトリアの一撃を気合いで耐え、その腕を掴んだ。
自ら頭を鎧の内部に叩きつけ、鼻血が噴出するがそこは必要経費。何よりどんな無様を晒したところで後には残らない。
「――『フェンリル』起動。私の機体には3倍のフェンリルが仕込んである。……逃がすものかよ!」
自爆を敢行するのだ。フェンリルは他の武装に比べて威力が高い。『銅』ですら空間異常を引き起こすほどの威力を持つのだ。
『鋼』でそれをやれば、アルトリアの重力フィールドすらも容易に破れるだろう。
「……危ない真似をする!」
目の色を変える。初めて焦りを見せた。
「残念だったな。私には見えているぞ、その悍ましい魔力の発生源!」
けれど、アルトリアの前にはそれですら通用しない。
「何を……? だが、何をしようがもはや終わりだ!」
フェンリルの起動から起爆まで5秒。すでに3秒が過ぎた。例え頭を粉砕されようと離さないと、ラスティーツアは力を込める。
「いいや。終わらんさ、こんなところでは」
抜き手、心臓の上――黒く脈動する何かを掴み出す。
「が! ぐあ……っな!? それは……」
フェンリルの内蔵個所など本人も知らない。それが、無理やり引きずり出されて……
「こんなところで死ぬな。お前には、まだ地獄を見てもらう必要があるのだから」
握り潰された。フェンリルはその程度で壊れはしない。黒い液体が飛び散り、しかし、まるで混沌を逆回ししたかのように虚空に吸い込まれて消えた。完全消滅だ、何も残っていない。
「……」
そして、ラスティーツアは地上に降ろされていた。超スピードだとかそんなものではない。全く訳の分からない不可思議に、もはや思考が追い付かない。
「あ、お姉ちゃんたち! 二人とも怪我してないね。良かった!」
笑うファーファの声が遠くから聞こえたような気がした。