第23話 共和国軍 side:ラスティーツア・オーガスト
荒野において空を飛ぶ一団が居る。各々銃を構えている、つまり教国の部隊だった。先頭を行く『鋼』と、その他の『胴』が7体。中間の『鉄』が居ないのは多少不自然だが、『宝玉』がないのは一般的だ。
サブリーダー役の『鉄』が一体か二体居れば、教国の平均的な部隊である。
「――つまんないね、お姉ちゃん」
幼い声。さすがにルナたちほどではないが、それでも13か4くらいだろう。退屈を持て余した声が響く。
場違いだし、軍人としては質の低下に嘆きたくなること請け合いだが事情があった。
「バレット4、私のことはフェンリル1と呼べと言ったはずだ」
だが、その女は冷たい声色で返す。年の頃としては20代前半と言ったところか。
フルフェイスに隠れて見えないが、豊かな金髪を称えた魅力的な女性だ。名前をラスティーツア・オーガスト。
惜しむべくは、そのどぶより昏く濁った瞳だろう。それを目にしてしまえば、寝所でどんな勇敢な男でもモノを縮みあがらせてしまうだろうことは請け合いだ。
共和国軍の中でも死亡率の高く困難な任務に従事する部隊、【フェンリル小隊】。その周囲から忌み嫌われる部隊を率いるのは鬼子だ。彼女は使い捨てられるために産まれた子供だった。
バレットの一人、作戦ごとに補充されるはずの弾丸が生き残った。
コールサインが違うのは役目が違うからだ。バレット――銃弾。大神を喰らい、果てには太陽すらも食らい尽くして終焉の冬を引き起こした罪深き狼の名だ。
それは、翡翠の夜明け団があった世界でもあった。奇遇にも、同じ用途で。
ああ、つまりはバレットとは一発限りの兵器のことだ。……兵士ではない。それを運用する部隊であれば、なるほど忌み嫌われるのもむべなることかな。
「……むー」
少女は口をとがらせる。
軍人としてまともな教育を受けていないのは当然のことだった。この世界では例え半年の促成栽培だろうと立派な兵士に育つ。
剣と弓から、銃と手榴弾へ。戦争の進歩が引き起こしたのは、育成期間の大幅な短縮だ。そして、銃から魔導人形へと変わっていった。
「総員、傾注!」
ゆるんだ気持ちに活を入れる。確かに追撃はなく、平和な道中だ。どこから奇械が襲ってくるか分からないいつもに比べれば、まるで天国だ。
けれど、それで油断して返り討ちに会うほど馬鹿らしいこともない。
「我らの任務は民主国の城塞都市『クレティアン』の上空に位置する『ゲート』型の破壊だった」
そのためのフェンリル。その自爆は次元断裂さえも引き起こす、それがあれば強固な結界を空間異常で無効化できる。壁でもエネルギーでも、運が悪いとすり抜けてしまう。
後は”ジャックポット”が出るまで引き金を引けばいい。
「しかし、不確定要素による撃破が確認された」
ざわめきが走る。いや、既に伝えてあったことなのだが。
「奇械は増援を派遣、地下から都市を攻略して再占領を行う気だ。その不確定要素を排除するつもりだろうな」
「――が、それをさせるなと言う命令だ。地下の『キャリア―』型は我々が倒す。総員、心臓を捧げよ! 人類の未来のため、必ずや命令を遂行するのだ! 勝利、万歳」
「「「ジークハイル!」」」
ジークハイルの声が唱和する。作戦はもちろん特攻だ。『フェンリル』小隊はそのために人間すらも補給される。
……幼い子供すらも生贄に捧げて、人類の敵を倒すのだ。
が、都市が近くに来た――地下のキャリアー型との決戦まであと少しと言うところで何かが起こる。
「――全員、警戒! その場で停止!」
止まりきれずに前へ出てしまった子も居るが、そこは重要ではない。何かが高速で近づいて来ている。……尋常な速さではない。
〈私の名前はアルトリア・ルーナ・シャインと言う〉
通信から響いたのは冷静な声。そして、その名前には聞き覚えがある。
〈『戦姫』か? 黄金の魔導人形の操者――その異能は高速移動と聞いたことがあるが〉
身元は確かで、その異能も納得できる。けれど、人格はどうかと言えば……という話だ。テロリストとして指名手配されていることは教国まで伝わっている。
〈いや、そういうことでもないのだがな……君たちの所属を聞かせてほしい〉
〈こちらはフェンリル小隊だ。現在クレティアンに向かっている敵への掃討任務に当たっている。そちらは民主国の軍属ではなかろう? 一般人は避難していてほしい〉
〈そうも行くまい。奴らは軍人か民間人など区別しないからな〉
〈何を……?〉
〈その禍々しい魔力。……なるほど、『フェンリル』か。耳障りのいい話ではないな〉
〈分かったなら退くと良い。素人がしゃしゃり出るな〉
〈ならば、英雄たらんとする私の力をそこで見ているがいい〉
〈なに……ッ!?〉
奴は助走は終わったとばかりに急加速を行う。今までのも信じられないほどのスピードだったというのに。
いくら魔導人形の強化があれど、あれでは確実に加速度で死ぬ。
「消えた……?」
目視確認できていたわけではない。レーダーで捉えていただけ。それが、瞬きする間に消えていた。レーダー圏内を一気に脱する埒外の速さだ。
「……お姉ちゃん、上」
「上……?」
バレット4の口調が戻っているが、注意することもできない。呆然と上を見上げる。彼女は何も隠していなかった。強大な魔力が上から降ってくる。
それは、『戦姫』がそれだけの異能を持つと言うこと。
「まさか……本当にどうにかする気か? 深度500m、岩盤が盾になりフェンリルであろうとも届かないそこに」
そう、岩盤と言うのは非情に強固な壁だ。シェルターがたかが数mの地下にあるように。上から押せば潰せるだろなんて言う発想では、”核”ですらも威力不足だ。
それが、深度500。どのような異能であろうとそこには届かない。空間転移は別かもしれないが、それでもよほど上手くやらないと生き埋めになって終わりだろう。
手を出せない代わりに、あらゆる攻撃から守られる絶対の盾だ。教国とて、攻撃のために盾を脱ぎ捨てる一瞬を勝負所に選んだのだ。
「ふん。天然の要塞か。しかしそんなもの、鎧通して貫けばいいだけのこと! 皇月流天啓が崩し……【天堕刻印】」
遥か上空の彼女が消える。一瞬すらもないわずかな後に、地面には巨大なクレーターができている。とてつもない衝撃が地を砕いたのだった。
背筋に冷たい汗が流れる。遅れて衝撃が伝わった。
「――化け物……ッ!」
信じられない。彼女も歴戦であるからには『黄金』の一機も見たことがある。だが、あれはあそこまで人知を超えていない。
意味が分からないまでの圧倒的な暴力だった。そして、実際に地下の反応が消えている。そのクレーターはそこまでは届いていないのにも関わらず奇械共を全滅させたらしい。
……否。
「――む?」
クレーターの中心で佇むアルトリア。地下から彼女に向かって黒い手が伸びる。それは誰も知っている戦場の悪魔だ。
まだ生き残りが居る。奇械も本気だった。そこを落とせば民主国を落とせるのだ。相応の戦力を派遣する。
「逃げろ! 『ディアボロ』型だ! そいつは魔導人形すらも喰らうぞ!」
先のアレが異能によるものであれば、敵うはずがない。ただ一撃に特化しただけの大砲と仮定すれば、黄金と言うのを差し置いても滅茶苦茶だが理屈はつく。
だが、それでは、あのディアボロ型に勝てるはずがない。
「ほう?」
回し受け。黒い影のような人型の手を弾いた。……弾いてしまった。ただ触れるだけで死亡が確定する魔手を。
「……くそっ!」
これではもう手遅れだ。奴はどこであろうと触れば同化する。後はもう、それこそ引導をくれてやる以外に方法がない。
地下から来たのも、土を同化したのだろう。掘ったわけでもないから音もない、ゆえに隙を突かれたのだ。
「ふむ……浸食の力か。なるほど、これでは魔導人形の装甲でも持たんのだろうな」
涼しい顔で二打目、三打目を受け流す。触れるだけでゲームオーバーの『ディアボロ』型。しかし、アルトリアは理不尽を体現して生きている。
「すごい!」
後ろでバレット4の喜ぶ声が聞こえる。だが、意味不明すぎてラスティーツアとしては恐ろしい以外の感想がない。……あれは本当に人間か?
「皆、下がれ……」
ディアボロ型に会ったら逃げるのが定石。そして『フェンリル』でもって自爆特攻を繰り返す。それが有効と認められるほどにそいつは恐ろしいのに。
「ふむ。まあ、触れるとマズイなら触らなければいいだけだな?」
重力を歪めた斥力シールド。わずか1ミクロンが埋まらない。どこまで力を込めようが、アルトリアには触れることができない。
これが、真に重力遣いとして覚醒した彼女の力。『黄金』がもたらす奇跡の力だ。
〈――〉
そいつは息を整える仕草をした。奇械にとっては不要なものでも、呼吸は武の神髄に通じる。
「拳法か。ならばよし。……来い!」
アルトリアもまた構えを取る。
〈――【ライトニングクロー】〉
電光のごとき拳の一撃。エースでなければ見ることさえ不能の一撃。
「人を真似たか。……しかし、所詮は猿真似だな」
掌で受け止めた。もちろん、1ミクロン先で止まってそれ以上進まない。
〈だが、それでは逃げられまい……! 【レイジオブクラッシュ】〉
機械音が言葉をしゃべる。人で言えば肋骨が伸長、皮膚を突き破ってアルトリアを抱きしめる。触れれば終わりの異能に、獲物を捕らえる16本の爪。
――身動きすらもできはしない。
「人を真似たかと思えばコレか。初志くらいは貫徹して見せろ」
アルトリアはそいつの頭を掴む。マネキンのようなのっぺらぼう、鼻も口もありはしない顔が苦痛に歪んだように見えた。
「でなくば、砕けて消えろ」
握り潰した。ひしゃげ、ぐずりと崩れて地に捨てられる。多くの操者の命を奪ってきた最悪の敵に数えられる一つが、あっさりと死骸を晒している。
「……さて、こちらの任務は完了か。ルナが傷つくようなことはないだろう。――だがな、ベディヴィア。お前はおそらく怒っているのだろうな。無茶をしなければいいが、な」
呼びかける声に後ろを向く。教国の部隊が、死すらも覚悟して国境を越えた者達が怯えて距離を取っていた。
「すごい、お姉さん!」
だが、その中の一人が近づいてきた。バレット4と呼ばれた少女だ。
「本当にすごい。ディアボロ型を倒すなんて――あなたはまさに人類の希望だよ!」
魔導人形を脱いで近づいてきた。それは敵意がないことを示す軍隊では一般的な動作だ。簡単に仕舞えるからこそ、必要な時にしか纏わない。
空でもなければ、魔導人形を着たまま接近するのは失礼に当たる。
「ああ。ありがとう。君の名前は?」
「ファーファ! ファーファレル・オーガスト! ファーファって呼んで」
「分かったよ、ファーファ。少しリーダーさんと話したい。これでも食べて待っていてくれるか?」
アルトリアもまた魔導人形を解除する。飴を差し出した。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
にっこりと笑った。