第21話 人間たちの決戦・下 side:イヴァン
レッドワイバーンを名乗る人々は、その実、リーダーを除いて愚連隊のレッドワイバーンではないのだ。それを名乗っていた仲間たちは、イヴァンを生かすために犠牲になった。
ただ一番声が大きいから、あるいはレッドワイバーンという名が格好よく聞こえたのだろうか。彼がリーダーをやっている意味などそんなものだ。
実のところ、その名前に愛着を持っているのはリーダーのイヴァンただ一人であったのだ。
ついてくる奴らは50余名。全員、家族を亡くした者達だ。妻を、子を、そして、息子と、娘を……親しい友人を、先輩後輩を【奇械】に殺された。
ただ日常を生きる者達だった。四方を囲む壁に守られ、そしてそもそも奇械は遥か別の国で戦っていた。文字通りの別の世界の出来事に、戦争に対する心構えなどなかった。
それが、いきなり壊された。
――許せるはずがない。例え我が身を犠牲にしようと、せめて一太刀は入れなければ気が済まない。
そんな破滅的な思想を抱く者達だ。リーダーたるイヴァンを含めて。
そんな馬鹿で勇敢な人間ばかりのはずがない? その通りだ、だから半数はシェルターに残った。ここに居る彼らはこれを選んだ。
「行くぜ、テメエラ。弔い合戦だ――気張ってけ」
リーダーは後ろに居る。そう願われてはしょうがない。逝くと決めたのなら、せめて認めた漢にその最期を看取ってもらいたいとの我儘だ。
本当の仲間でなかろうと、その想いを無為にできるイヴァンではなかった。もとより、死ぬのは奴らの最後の一匹まで壊してからと決めている。是非もなかった。
「「「おおお!」」」
気合いの声が唱和する。だが、その実体は悲惨と言えるほどの惨状だった。軽トラに機関銃を括り付けたテクニカルもどき、それはマシな方だ。
車の上側を切って機関銃を構えられるようにしたもの。それすらもできずに窓を叩き割って銃を突き出しているもの。
――ここに居るのは戦争とは別の世界で生きていた者達。武器を持ち出したとして、十全の装備もなければ、それらを扱えるだけの経験もない。
ボロボロの道を、ガタガタと走っていく。だが、走れている。この滅亡した都市の中を走り回って抵抗を続けていたレジスタンスだ。走れる道くらいは知っている。
ゆえに、ベディヴィアの予想を遥かに超える速さで決戦の場に踏み込めた。
「……おい、誰か知らんけどよ」
「私の名前はガニメデスだ。姫様に言われなければ貴様らなど……」
軽トラの荷台に仁王立ちしているリーダーの隣に、ガニメデスが居る。なんとなくここまで着いてきてしまった。
特に意味はない。アルトリアから言われたことはあるが、シェルターに籠っても何も言われないだろう。彼らの命を守ろうと必死になる理由もない。
「なら、いいだろ。お前はシェルターにでも行けばいい」
「ふざけるな! 私は――」
確たる理由はないが、反発する。なけなしの自尊心すら諦めてしまえば、もう何も残らない。それを失う恐怖だけがある。
どこへ向かうかも知らず、ただ自らを蔑む視線に反抗するだけだ。
「ここに居たくないって顔してるぜ? 俺たちは何を言われようと望んでここに居る。だが、来たくもねえのに地獄に突っ込む必要なんてねえさ」
「……ちが」
反論しようとした。自分は戦える。貴様も私を侮るのか。私を戦えない足手纏いと詰るのかと問い詰めようとして。
イヴァンの顔を見て何も言えなくなってしまう。そこにあるのは羨望だった。
「あんたは帰れる。俺らは……かけがえのないものを失っちまった。この虚無は決して埋まることはない。けどさ、あんたは戻れるんだ。空っぽってのはさ、悪いことじゃねえと思うぜ?」
「お前は……」
「俺らは駄目さ。失ったものは取り戻せない。最初からないのと、失くしちまったのは違う。空っぽってのは、これからいくらでも作っていけるってことなんだから」
「……」
反論できない。だが、去ることもできない。今までずっと、こうしてずるずると流されるままに生きてきた。上の期待に応えるため、より良い地位を得るために与えられた任務を必死にこなしてきたが……逃げる選択肢もあった。
けれど、逃げることも逆らうこともしなかった。その生き方を続けて来たために、この時も流されてしまった。後悔することを予感しながらも、決断することはできない。
「ま、いいさ。そう決めたのならそれでいい」
ふ、と笑った。ガン、と鞘を荷台に叩きつける。ガタガタとうるさく走る走行音の中でその音はよく響いた。
宣する。仲間たちとの絆も、共に生きた背景すらなくとも、イヴァンはリーダーなのだからその責任を果たす。
中には名前も知らない男もいる。……それでも、仲間だから。
「さあ、敵は目の前だ。銃を構えろ! 前進しろ! 進めェ!」
そこは敵の根城と教えられた場所。敵の姿が見えないが、関係ない。とにかく突っ込んで撃ちまくればいい。
銃を持った素人にできることなど、所詮はそんなことでしかない。【翡翠の夜明け団】を指揮していたルナが知恵を貸せば別だったが、そんな面倒なことを彼女はしない。
「リーダー、居た! あっちだ。石井店のトコだ!」
その名前に意味はない。地元民なのだ、蜘蛛を見かけたそこがたまたまスーパーマーケットで、だから店名も知っていただけ。
それに愛着もあるはずだったが、復讐のために全てを捨てた彼らに今更躊躇う理由はない。
「応よ! 撃て撃て撃て撃てェ!」
刀を振って指示を下す。無数の銃弾がスーパーマーケットごと憎き奇械を粉々にしていく。
「あっちに居やがったぜ!」
「こっちもだ!」
仲間たちは散々に撃ちまくる。まったくもって統制が取れていない。戦場の高揚に駆られ、動くものを撃ちまくっているに過ぎない。
しかも……
「よし、道を切り開いた! 突っ込めェ!」
そこは誘いこむために開けた獣の咢と言う。ガニメデスは止めようと思うが、叫んでも銃声にかき消された。
興奮状態に陥った彼らは滅茶苦茶な破壊をもたらしながら前へ進む。遺された物を自らの手で破壊しながら、ただ仇を取ろうと暴走する。
「行けるぜ」
「この分なら奇械ってのも大したもんじゃねえな」
「全部ぶち壊してやろうぜえ!」
意気揚々と分断されていく。そもそもが車を盗んで改造しただけで、しかも乗っているのが素人だ。
前と後ろが引き離された上に、T字路で二つに別れてしまった。
「はは! この分なら楽勝だな」
「勝ったらビールでも飲もうぜ。あの嬢ちゃん達に酌でもしてもらってな。ハハハ!」
もちろん、この嬢ちゃん達と言うのはアルカナとコロナだろう。他の面子は少々幼すぎる。というか、この二人ですら通常のストライクゾーンではかなり低めだと言うのに。
分不相応なことを言った報いと言うわけでもなく、その愚かさの代償はすぐそこに。
「……え?」
そこに居たのは無数の子蜘蛛。たかだか10匹やそこらを壊されたところで、総数から見れば痛くはない。ただ、敵を嵌めるのに必要な犠牲だった。それだけだ。人間のように感傷などない。個人など言う概念など存在しない機械の冷徹な判断。
そう、これは愚かな人間どもが罠にかかったというだけの話だ。
「……うわあああああ!」
悲鳴が上がる。手元の銃を撃ちまくる。2匹や3匹は壊せただろう。けれど、そんな幸運はそこで終わり。
――無数の銃火に曝されて、残るのは血の跡だけだ。
「やっぱりこうなったかよ、素人どもめ!」
ガニメデスが飛び出した。基本的に民主国の軍では剣を教える。教国の前線では剣を使う者などエースだけだと言うのに。
……ちっぽけな剣で、なけなしの防御力を振りかざして子蜘蛛を斬る。しかし、焼け石に水だ。総崩れになった彼らを守ることなどできやしない。
「ぎゃああああ!」
「嫌だ……嫌だァァ!」
悲鳴とともに総崩れとなった彼ら。刺し違えてでも仇を取る決意とは何だったのか。銃を捨て悲鳴を上げながら、来た道を我先に引き返そうとするも……
「うわあああああ!」
そこにも無数の子蜘蛛が待っていた。誘い込んで一斉射撃からの、出口を塞ぐ2段構えだ。
彼らにとってはまさに悪魔の知恵だろう。
ガニメデスには商店街を蜘蛛が2,3匹でほっつき歩いているのを見たときには予感できていたことでも。ただの児戯に等しいトラップでも、この絶望的な現実は心を砕く。
「だから私は言ったものを……!」
そして、ガニメデスは見てしまった。
敵は『スパイダー』型のみ、それがいけなかった。銃弾は装甲をガンガン揺らしてくるが、ダメージにはなっていないのだ。
余裕がある、他の者を怒鳴りつけるだけの余裕があった。すぐに後悔した。
「ヒッ!」
わずかに残った血と臓器と砕けた骨をぶちまけて死に行く者。穴だらけのひき肉になって四散した者。そして、滑って転び、その赤黒いプールの中でもがいて体中に塗りたくる者まで居る。
まさに地獄のようなありさまだ。屍山血河を前に、ガニメデスは恐怖した。
アルトリアはもちろん、ベディヴィアも戦士と言えるだろう。けれど、この都市の人間と同様にガニメデスもまた戦争する心構えなどできていなかった。
「……ヒィィィィィ!」
もはや剣技など忘れた。近寄るなと言わんばかりにサブマシンガンを召喚して撃ちまくる。蜘蛛の何匹か、もしかしたら10も倒せたかもしれない。
けれど、恐慌に駆られたその行動は紛れもなく失敗だった。冷静な判断力を失った愚行だった。
「あっ! がは――」
宝玉の装甲は無敵、しかし武器まではそうもいかない。銃身に穴を刻まれ、それでも引き金を引くものだから内側から爆発した。爆圧により、どこかの家の残骸に叩き込まれた。
そして、イヴァンはと言うと。
「……ッチ。どうなった?」
乗っていたトラックは横転、どこか店の一画に埋まってしまった。
仲間にかばわれた形でまたもや生き残ってしまった。悪運の強さとでも言えばいいのか。しかし、こんな形で生き残ったところでどうしようもないだろう。
隠れていれば生き残れるかもしれない。そうするべきだろう。奇跡的にどの骨も折れてはいないとは言え、満身創痍だ。全身が痛むこの有様では眠気に抵抗するのも辛いだろう。
「は――こんなところで止まれるなら、最初から来たりしねえっつの」
彼をかばってこと切れた男の死体を横にどかし、崩れて倒れていた棚を蹴り飛ばして脱出する。
それができるのは相当に脆くなっているということであり、崩れて生き埋めになったとしてもおかしくはなかった。とはいえ、それを理解できるほどイヴァンの頭は良くない。
「……あっちか」
見れば崩れた棚の中身が散乱している。どうやらここは雑貨屋らしい。確か……いや、名前は忘れた。かわいい店なんて、男が足を踏み入れていいものじゃない。
壁には大穴。迷わず歩いていく、足を引きずりながら。ただの子蜘蛛の一匹にも勝ち目などなくても、それでもやらなくてはならないことがあるから。
「おうおうおう! 俺を誰だと思ってやがる!? 俺様こそは音に聞こえた愚連隊! 【レッドワイバーン】が総長のこと、イヴァン・サーシェス様だ!」
見栄を切った。
「魂もねえガラクタども! 俺様が相手してやる。……かかってきな!」
蜘蛛共が一斉にイヴァンを向いた。備え付けられたマシンガンが回転する。一秒後にはひき肉だ。逃れる術など何もなく、ただ奇械に生身で挑んだ愚か者として死ぬことだろう。