第20話 人間たちの決戦・上 side:ベディヴィア
無茶をしなければ死なないと言われたベディヴィア。だが、それは実のところレッドワイバーンの者を見捨てれば、と言うことだった。
ただの囮と見捨てれば戦略的に優位を取れるのは当然で。しかし、その当然の戦法を取らないのであれば、話は変わる。
条件をつけるまでもなく、真正面から敵の群れに突っ込むことは危険で命取りだと言うのは子供でも分かること。そして、そんな彼らを守ろうと危険を侵すのは馬鹿げている。
そう、本人もそこは分かっている。だからアルトリアも守れと言わずに援護として寄こしたのだ。姫君では死を命じるだけの権限はない。
「イヴァン。君も仲間を連れて残党と戦いに行くのだな?」
「当たり前だ。俺は仲間の命を奪った奴らを許せねえ。来るとか言う増援はともかく、奴らを倒すのは俺でなきゃならねえんだよ。俺についてきてくれるあいつらだって同じ気持ちだ」
イヴァン達が狙うのは、あくまでこの都市を滅ぼした下手人だ。奇械に一個人と言う概念は存在しないが、人間の方から見れば話は別。
……仇を取らねば胸を張ることもできないほど不器用だから。ここで逃げれるような器用な生き方を、彼はできない人間だから。
「この都市が攻め落とされてから1週間。例え残党と言えども、お前たちが戦うのは無駄死にに他ならないと学ばなかったか? 貴様らはどこまで頭が悪いのだ」
とはいえ、だから倒せるかと言えば答えはNoだ。ベディヴィアはあえて厳しい言葉を浴びせかける。
生身の人間に奇械を倒せるはずがない。一番の雑魚でも鋼の身体を持ち、銃を持っている。しかも、帯だたしいほどの数が居る。
「ああ、悪いね。補修のイヴァン様たあ俺のことだ。お勉強なんざ知らねえ。数も道理も知らねえ。だがな、義理だけは知ってるんだよ」
いくら学校の成績が悪いとは言えど、イヴァン本人もそれがただの無謀であることは分かっている。だが、それで諦めることができれば愚連隊などやっていない。
「下らんな。貴様らは弱い。弱者がほざいたところで負け犬の遠吠えに他ならん……!」
「てめ……!」
ぶん殴ってやろうと振り向いたイヴァン。だが、ベディヴィアは全てを無視して発進する。全速力で、一直線に奴らの牙城に向かって飛んでいく。
アルトリアならば、眼にもとまらぬスピードで敵陣営を切り崩す。ルナならば、それこそあの程度の相手なら防御する必要もないだろう。
だが、彼は違う。英雄でもなく、神でもない。ただの人間である彼は、一人で全てを破壊することなど出来はしない。まさに、”高望み”だ。
「貴様らはそこで吠えていろ。俺が全てを片付けてやる……!」
だが、その程度のことができなければアルトリアの隣に居る資格などない。ただのお茶くみ係に堕するだろう。……それは認められない。
ゆえに征くのだ。頭が悪いと言い放ったイヴァンと同じ無様と知りつつも。
「そう、例え命を賭けてもだ!」
ここは都市の真ん中。例え廃墟となっていようとも、障害物は山ほどある。アルトリアの90度ターンは埒外の異能あってこそのもの。ベディヴィアにそんな機体制御能力などない。
……最高速では曲がり切れない。ビルに衝突する。
「っおおおお!」
着地などと言う器用な真似もできない。ゆえに、壁を殴って無理やり曲がりきる。無様この上ないやり方だが、ベディヴィアにはそれしかできない。
〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を確認〉〈敵侵入を――
そして、敵の姿が見えた。市街を派手にぶっ壊しながら進むベディヴィアは酷い音を立てながら進んでいる。当然、敵側は迎撃の用意も済んでいる。
「貴様らのような雑魚に、かまけている暇があるかァ!」
剣が閃く。魔導人形の補正は優秀だ。剣を持ったことのない素人を、ただ着るだけで鋼すら断ち切る達人に変えてしまう。
ならば、達人をそれに乗せれば?
〈迎撃〉〈迎撃〉〈迎――
答えは虐殺だ。マシンガンをものともせず進み、ただの一振りで切り裂いてしまう。それこそ、この蜘蛛型にとっては絶望だろう。
一振りで一殺。眼にもとまらぬ連撃が機械の屍の山を築いていく。
「倒す! 全て倒す!」
しかし、一糸乱れず己の死をも厭わない奇械たちが敷いた作戦が今、姿を現わす。魔導人形『宝玉』の優秀なセンサーがそれを感知し、ブザー音で操者に知らせる。
「この警告音は……そこか! 知っているぞ! 貴様らァ!」
ルナたちは一緒くたに蜘蛛型と呼んでいたが、そいつらには名前がついている。教国では研究が進んでいて、民主国にもその成果が流出しているのだ。
スフィンクス型の持つレールガンを一門、腹の下に抱えた見上げるほどに大きな紅蜘蛛に付けられたそいつの呼称は。
「ああ、『スパイダー』型のみなどあるまいさ。お前も居るだろうことは知っている。そして、その能力も知っているぞ。『クリムゾンスパイダー』型……今の俺では、正面から挑んだとても返り討ちだろうな!」
ゆえにこそ、挑む価値がある。戦力としては『スフィンクス』型の16分の1でも、居るのは目の前にいる3体だけとは限らない。
そして……その3体だけでも、死の理由としては十二分だ。
〈破壊〉 〈破壊〉 〈破壊〉
「――させるか! ロード!」
アルトリアあたりは声どころか動作すら必要としないが、基本的には拡張領域から武器を引き出すには特定の動作と掛け声を必要とする。
ベディヴィアは剣を仕舞い、マシンガンを取り出した。子蜘蛛ごと薙ぎ払う気だ。
〈敵兵装を確認。処理開始『ライトニングシューター』〉
レールガンによって、マシンガンが砕かれた。銃弾の火薬に引火し、爆砕した銃身がベディヴィアを襲う。
「……っこの! ロー」
だが、それで怯みなどしない。宝玉の防御力を頼みに、更なる火器を引き出そうと手を掲げる。
〈〈射撃開始〉〉
そして、残りの2体の攻撃が来た。悠長に武器の用意などしていては撃ち抜かれる。ベディヴィアはロードを中断。後方に跳ぶ。
「まだだ! コード〈ラビリンス〉。お前の力を見せろ『スカーレット・ブレイズ』!」
それはプログラムコード。要するに乱数回避で、彼の魔導人形特有でもないのだが……しかし、距離を離した上に滅茶苦茶に機体を振ることで追撃は回避した。
「ロード、『マグナムブラスター』。負けるものか! 何としてもォ!」
次は牽制など考えない。今持てる全力を。次の10秒など考えずに今の一瞬を考えなければ、生きていくこともできない無謀を選んだから。
虎の子の36mm。実のところ民主国の戦場では、エースクラスであれば銃器には頼らない。しかし、逆に言えばそこに届かないレベルならばそれこそが生命線であり……
「これならば貴様の装甲も貫ける! 壊れろォ!」
魔導人形を纏えば本人より二回りもでかくなる、にも関わらず同レベルの体躯を誇るデカ物だ。正真正銘の隠し玉、これを使い切れば後はない。
引き金を絞る。魔導人形のアシストさえも超えて腕を砕きかねないほどの衝撃が襲ってくるが、そこは歯をくいしばって耐える。骨にひびが入ったところで銃が握れなくなるわけではないから。
〈回避行動実行……〉
撃つ撃つ撃つ。しかし敵も蜘蛛の八本足を生かした三次元軌道、ビルが立ち並ぶ中ではスーパーボールじみた跳ね回りを見せて回避する。
だが、街に砲撃跡すら刻みながらも撃ちまくり、ついには1体を仕留める。数撃ちゃ当たる、と言う。そして、魔導人形の補正があればやってやれないことはなかった。
〈冷却完了。射線を確保〉
が、敵の必殺技のチャージが終わった。『宝玉』の防御力さえも易々と撃ち抜く一撃が来る。
「馬鹿め! 止まったぞ!」
射撃体勢を整えるために一瞬止まったそいつを撃ち抜く。爆散する。これで2体目、折り返しは過ぎた。
〈射撃開始『ライトニングシューター』〉
が、3体目が居る。虎の子のマグナムごと右腕を撃ち抜かれた。さすがは魔導人形と言うべきか、右腕は砕けてボロボロの残骸から血が溢れる有様だが左はまだ無事だ。まだ動く。
――ならば。
「俺はまだ戦えるぞ! 頭を撃つべきだったなァ!?」
剣を召喚。最速で、最短に、一直線に。狂笑すらも浮かべながら剣を振りかざす。
〈迎撃……『ニードルスコール』発射〉
蜘蛛に生えた毛、無数の針を射出した。が――
「それで止まるかよ! 人間を舐めるなァ!」
突き刺さる。が、魔導人形の防御力がベディヴィアを守り致命にまでは届かない。全身から血を流しながらもなお……奴に剣を突き立てた。
「……っぐ。ぬう――」
最後のクリムゾンスパイダーが居た崩れかけたビルの屋上。いつ崩れ落ちかもわからないそこに膝をつく。滴り落ちた血の雫が広がる。
無理をしすぎた。この分ではただのスパイダー型の掃討にも手間取るだろう。今の装甲では、そいつらの小さな弾でも抜けてしまう。
「――え?」
だが、そんな心配は不要だった。
確かに雑魚に命を取られてしまうのは、オリジナルを纏う者として末代までの恥だろう。口ほどにもない弱さと嗤われてしまうだろう。普通はスパイダーなどにやられる操者はいないから。
「5体、だと……ッ!」
今、決死の思いで倒した『クリムゾンスパイダー』型が5体も現れた。レールガンを向けられる。慈悲も何もなく、このまま倒す気だ。
そして、悪いことは連続する。
――車の音。
「あいつら、もう……!」
レッドワイバーンの奴らが来た。ガニメデスも、まあ何となくシェルターにも居辛くて付いてきてしまっただけで頼りにはならない。
しかし、本当にあの自殺志願者ども。先に全てを片付ける気だったが、到着してしまってはどうしようもない。いや、それよりも先に我が身を心配する必要がある。
「コード……いや!」
回避プログラムでは無理だ。あの5体の攻撃をしのぎ切るなどできやしない。ランダム回避は運次第だが、先ほど見られた分、解析された危険もある。
とても賭けるに足るほど分のいい賭けとは思えない。
ならば死を受け入れるか? 否。剣を掲げ、意気を叫んだ。
「ああ、そうだ。諦めることなどするものか。姫様ならばこの程度は窮地ですらないと、私は知っているのだから!」
――敵の攻撃が来る。
「っづ! ぐおお。おおお!」
剣に当てて弾いた。率直に言って神業だが、その程度ができたところで褒められやしないだろう。アルトリアなら千回でもやってみせる。
2撃目を弾く。……腕が砕けそうだ。右腕など、先の戦いですでに砕けているのに。
「ッギ! まだ! まだ――ッ!?」
3撃目。肝心の剣が折れた。
「いいや、否! 勝つのは俺だとほざけもせずに何が男だ!」
4撃目。軋む身体を無視し、足よ折れろと言わんばかりに跳んだ。跳躍の衝撃で崩れたビルが、着弾で粉々に砕け落ちる。だが、かわした。
「……あ」
だが、5撃目は? アルトリアなら宙を蹴る。ルナならば空であろうと自在に舞う。が、ベディヴィアにはどうしようもない。
「ぐおおおおおお!」
もうどうしようもない。直撃を喰らったベディヴィアは堕ちて行く。