第19話 都市【クレティアン】での決戦
そして、次の日。朝日が昇る。
「さあ、行動開始だ。残党どもが動き出したぞ。シェルター組は避難を急げ! レッドワイバーンでシェルターに残る者は避難誘導! それと物資はトラックから持てるだけ持っていけ! 食い残しはそこらに捨ててしまえ! 急げ急げ!」
ルナがよく通る声で叫ぶ。そこは流石に元【翡翠の夜明け団】の枢密院だった。威厳のある声の前に、皆が動き出す。
残念ながら、二日酔いに苦しむ者すらいてキビキビとした動きとはいかなかったが。
とにもかくにも、”終わりが始まった”。
ルナたちが街に来た時に仕掛けた強襲で一時にでも止めた歯車が動き出した。このクレティアンが真の意味で滅亡する。
その次の段階、新たな都市を築けるかは……そう”人間”次第なのだろう。
「私も行って来る!」
アルトリアは上空に飛び出していく。
「行くぜお前たちィ!」
イヴァンは刀を握り、他は火器を担いで走り出す。全てを失った者たちが、未来を清算するための戦いが始まった。
ルナはその都市で最も高いビルの上に陣取った。最上段から下界を見下ろす。あくせく動く人間たちが見える。
シェルターに入ろうともたもたしている人間たちと、ぼろぼろの車で走り出すレッドワイバーンの者達。笑ってしまうほど非効率的だった。本気でやっていても、素人しか居ないのでは。
「さて、お手並み拝見と行こうか。そして、ガラクタ共の増援も来たか……うん、では君も行ってもらおうかな。コロナ」
上空、否。大気圏外から迫る敵だ。教国による封鎖は一度突破されたとはいえ、立て直しは完了している。空、あるいは地上を走ってクレティアンを目指すことは不可能だ。
ゆえに、空すらも飛び越えて、という訳だ。ロケットに軍勢を載せて撃ち出した。しかも、搭載量が少ないだけに少数精鋭だ。
「承知しました。……敵は仮称『スフィンクス』型が6。そして、『ボール』型が12ですね。その他は数える必要はないでしょう。全て破壊しても?」
コロナが跪き、頭を垂れる。
ロケットの中に秘された戦力でさえ完全に把握できている。本当の意味でルナたちを脅かすものは何もないのだ。
しかし、この戦力でさえ都市一つを落とすのなら十二分だ。もっとも、この程度ではアルトリアに傷一つ付けることもできないのだが。当然、この中の誰もが楽勝だ。
「任せるよ。好きにすればいい……好きなように壊せ。そして当然、見逃してやってもいい。楽しめよ」
ルナはくすくすと笑っている。例えここで何もせずに生き残りが全員死んでしまっても、ルナは彼女の頭を撫でてやるだろう。
好きなように動く。それが重要だ。やりたいことをやれば、その結果にも納得できるというものだろう。……もっとも。
「けれど、僕の下を離れる自由など許さない。アリスとアルカナは僕の傍を離れることすら許されない」
ぽつりと呟いた。どれだけ離れていようと、終末少女の耳はそれを捉える。
「……」
妄執のごとき独占欲。けれど、それを向けられた彼女たちは感慨深げに頷くのみ。愛されている、と笑みを浮かべた。
そして、コロナは空中に立つ。
「さて、相手にとって不足なしとは行かんが……」
「お前だけに良い恰好をさせるわけにはいかん」
横に立つ小さな影が一つ。
「お、プレイアデスか。お前も来て良かったのか?」
「貴様の人徳と言う奴だよ。騒がしくて五月蠅い奴と、寡黙な少女は案外相性が良かったりする。お約束と言うやつだ、ルナ様もおっしゃっていた」
「なんだ、そこは謙遜するなよ。美少女とでも言っておけば良かろうに」
「終末少女の容姿は秀麗に設定されている。当然のことを言うまでもあるまいよ」
「なるほどな。……では、行くか。友よ!」
「行こうか、腐れ縁。流れ弾に当たるようなヘマをするなよ?」
「当然だ。貴様こそ、ついてこれるかな!?」
コロナは宙を駆ける。空中を踏みしめ、天を駆け上がる。魔術による斥力発生、要はバリアを足場にしていると言うわけだ。
その利点は機動性。飛ぶのでは横にステップなどできない。それに、武術では足運びも重要となる。武の道を極めることに楽しみを見出したコロナらしい。そして。
「は。言うまでもなく、だ。天より降りて堕ちろ――【天堕】」
プレイアデスが巨大隕石が降らせた。彼らが移動手段に選んだ大気圏、更にその上から絶望が振ってくる。隕石はロケットよりも大きい、それこそ守ろうとする都市を滅ぼすような所業だが。
「……派手だな!」
コロナはそこに突っ込む。隕石は無情にも奇械達の乗るロケットに当たり、全てを粉砕する。予備戦力は形すら現わすこともなく潰れて壊れて燃えていく。
が……先ほど挙げたエース達は生き残る。爆破炎上するロケットから飛び出した。そして、目標に当たった隕石は忽然と姿を消す。
〈緊急脱出完了。……脅威の排除を開始〉
「さあ――殴り合おうか!」
迫る敵に対し、電磁銃で正確に撃ち抜いた。神業でなく、まさに機械的な技だ。揺れる機体を制御し、当てる。この天空の炎熱地獄の中で人間ができる芸当ではない。
が、何も意味がない。コロナに当たった弾が跳ね返ってどこかに消える。その攻撃力ではコロナの防御力を貫けない。
〈命中確認。効果なし……射撃を継続。援護を要請〉
「交わす拳も何もないなら、壊れてしまえ」
スフィンクス型の必殺技『グレイスクロスフリーザー』は、この天空の炎熱地獄では意味がない。けれど、その獅子の爪は伊達ではない。それは『宝玉』位階の魔導人形すら容易に引き裂く爪だ。
が、コロナの拳の方が強い。閃く爪を真っ向から殴り壊して踵落としを叩き込んだ。
「……は! しゃらくさいわ!」
2,3,4――瞬く間に6機の全てを蹴り落とした。破片は地上に激突する前に燃え落ちる。だが、敵は残っている。上から隕石に潰されたのにもめげずに上に陣取っていたボール型だ。
その丸い機体が光を放つ。
〈敵航空戦力、殲滅開始……〉
「ぬおおおおお!」
光条がコロナを貫いた。基本的に【奇械】は効率を優先する。何が出てくるか分からない『宝玉』の異能とは違い、優先するのは扱いやすさだ。つまり、これも出力を優先した追加効果も何もないレーザーである。
強大な出力がそのまま威力となるだけに、強力だ。もっとも、それでコロナを倒せると思うのなら大間抜けと嗤うしかない。
「おのれェェェ!」
撃墜される。遥か下の地表に到達した光条は地上を薙ぎ払う。ビルの一つや二つ、融解して溶け落ちた。その中で、コロナはもがき……
「やはり、お前は視野が狭いな。誰も我が身を傷付けられぬと慢心した神は、柊の矢の一撃で死んだ。何が相手でも、油断はしないことだ」
「くはは。それは耳に痛い。だが、問題ないさ。私には頼れる友が居るからな」
「……ふん。まったく恥ずかしいことばかり言う」
「それだけはお前に言われたくない」
「では、コロナの奴が落ちを見せたのなら、我は終焉を見せよう。世界の終末を司る我らが神の末裔として、終末論を体現しよう。なに、あれだけでは少々足らぬと思っていたところよ!」
シャン、と錫杖が鳴る。幼げな顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「星をも捕食する魔の星よ、喰らい尽くせ【混沌生命―Star Vanpire―】」
それは漆黒の星の精。星の命すらも啜る吸血鬼だ。スライムじみた悼ましい流動体が手を広げ、奇械どもを捕食する。
それにとっては生命の有無など関係がない。喰らい、啜るのみ。見る見る体積を増す黒は囮、その数十倍ものスピードで透明かつレーダーにも映らないそれが版図を伸ばす。
〈敵の攻撃を確認。……迎撃開始、最大出力装填完了【ブラストレーザー】〉
ボール型はぐるんと上を向いてレーザーを照射する。さすがに判断が早い。1秒遅れていたら混沌生命の増殖は抵抗すらもできない段階になっていた。
もっとも、間に合ったところで効果があるとも限らない。
〈上空の未確認物質の質量増大を確認。焼却スピードより大幅に上と認む。……予備作戦実行を決定〉
どれがリーダー機、と言うわけでもないが、指示を下す一機が居る。そいつが倒れたところで次が引き継ぐだけだが、奇械らしく命令は絶対だ。
わずらわしい人間関係など奇械にはなく、ただ命令を最高率で遂行するのみ。
〈伝達。目標完遂を優先――〉
けれど、従わなかった。あまりにも悍ましい”それ”に対し背を向けることができず、なけなしの攻撃を繰り返して……喰われて消える。
「さあ、終焉を前に絶望するがいい!」
プレイアデスが歯を剥き出しにして笑う。赤い瞳が嗜虐に酔う。
〈目標、破壊――〉
が、一つの光条が街に堕ちる。そして、そのまま星の精に終わらされた。光学、熱源、電磁気に至るまで何も変化はない。……けれど、それはもう終わりなのだ。
ルナはぼそりと呟く。
「落ちたのは発電所か。これでいよいよ都市の再興は無くなった。……けど、僕には関係のない話だねえ。あの子たちは可愛かったけど、さて」
慈愛に満ちた顔から一転、悪魔のような顔を見せる。
「君は何を見せてくれるかな? ねえ、ベディヴィア君にイヴァン君。戦うと決めたなら、騎士の座に手をかけるくらいの覚悟で挑んでほしいと、僕は思っているんだよ」
それは神の視点。志半ばで死ぬのも、何も為せずして死ぬのも一興と天から見下ろしている。ベティヴィアのそれは変に高望みしなければ死ぬことはない、だがイヴァンのそれは俗に言う無理ゲーだ。
これ以上力は貸す気はない、とニヤニヤしながら眺めている。