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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
廃都生存者編
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第18話 幕間


 数日ぶりのまともな食事。そして、何よりも貴重な酒だ。民主国は奇械の襲撃にまともに備えていなかった。

 シェルターですら、義務的に作られたものだ。まじめに避難訓練をしていた者など居なかった。ゆえに、いざそうなったときはもっともマシなシェルターと散らばった生き残りたちという有様になった。

 そこで食事と言えば味気ない保存食と水だけだった。そんなわけで、人々は鬱憤を晴らすかのように盛大に騒いでいた。


  ――ルナたちは、少し離れた場所で休んでいる。どうにも、部外者だから騒ぎには加われない。ここで共に騒ぐような性格ではなかった、誰一人。


「……ルナ様、少しよいだろうか?」


 プレイアデスがルナのフリルの袖を引っ張った。ルナはふわりとスカートを広げながら、後ろを向く。……くすくす笑って。


「プレイアデス? どうしたのかな」


 ルナは優しい笑顔を浮かべている。仲間の前でだけ浮かべる慈愛の表情だ。まあ、こんなんだからミラが調子づくのだが。


「歩きたい」

「ふふ、珍しくしおらしいね。そんなプレイアデスも可愛いけれど。少しうるさかったかな?」


 レジスタンスメンバーは男が殆どである。生き残った女もいるが、そちらはシェルターの中に行った。

 そもそも、奇械が街の反対側に退却したとはいえ路上で騒げるほど意気のいい奴らだ。そんな男どもの声は、さすがにでかかった。


「……」

「……」


 二人、並んで廃墟を歩いて行く。手は繋がない。言葉もないが、わざわざ言葉で話す必要もない。


「ここは、しずかだ」

「そうだね」


 離れた場所で囁くように話す。不用心にほどがある光景だった。もっとも、この二人は奇械以上の化け物……〈神〉なのだが。


「この街に滞在していた」

「そう。僕は、君たちに楽しいことを探せと言ったね。……辛かった?」


「たくさん考えたんだ、たくさん迷った」

「――」


 ぶっきらぼうなそれはいつもの彼女の言葉ではない。仲間ですら翻訳を放棄するほどに難解な厨二の言葉を捨てていた。

 だから、それはおそらく虚飾を脱ぎ捨てた本心からの言葉なのだろう。


「プレイアデスは、我が主が定めた通りに動く人形で良いと思っていた。ただの舞台装置は何も考えず、ただ従うのみの人形であることが誇りであると」

「……」


 ルナは頷く。

 実際、箱舟に残している面子はそうだった。感情があるように見えるチューリングテストだ。決まった言葉に決まった言動を返すだけでも、パターンの数が多ければ人間みたいに見えるものだ。


「我が言葉は仲間に届かない。しかし、それも設定。何も思わず、そしてどうにかする術を考える必要も感じなかった。徹頭徹尾、プレイアデスはプレイアデスのままで良かった」

「そうだね。僕も、それをどうにかしろと命令することはないから」


「けれど、ルナ様は分かってくれた」

「……」


「嬉しかった。心が温かくなった。……だから、プレイアデスは舞台装置ではなくなった。心を知った装置は、装置たりえない。終末少女としての本質を踏み外した」

「まあ、そこは申し訳なく思うこともあるね」


 ルナは苦笑する。

 誤作動か何か、初めに心を持ったのはルナだった。

 そして、それがどこかの世界から流れて来た男のものであることはルナは忘却した。男であることを忘れ、人間であったことすら記憶の奥底に封印した。

 それでも、人間みたいに心を忘れなかった。


「私は……感情を知ることができて幸せだったと思う。言葉が通じずに苦しむこともあったが、ルナ様が居てくれたから」


 ふわりとほほ笑んだ。


 ちなみに、この話を聞いた他の面々の反応はこうだった。ちなみに、厨二の言葉が分かってもらえずに苦しんでいたとは初耳であったのだが。

 アリス、アルカナ:あとでルナにプレイアデス語を教えてもらおう。ついでにいちゃいちゃできるし。

 コロナ:まあ、相変わらず言葉の意味は分からんが、状況と顔を見れば大体わかるから問題なかろう。

 ミラ:二人に踏まれる道になりたい。

 ……と。


 更なる余談だが、もちろんこの会話は全員が聞いている。プレイアデスが相手だし、別に電柱の後ろに隠れる必要もないから、どこかのビルの屋上に陣取っているのだが。

 この距離なら、例え特殊能力を持った変態が空間転移でルナの尻に触れようとしても血祭りにあげられる。


「ルナ様と話をすることは……好き」

「……ふふ。少し、照れちゃうね?」


「でも、楽しいこと……もう一つ見つけたの」

「そっか。教えてくれる?」


「夜の道を歩くこと。しずかで……とても落ち着くの」

「そう。そっか。うん、僕も覚えがあるよ。人混みは苦手だしね」


「プレイアデスも人がいっぱいいるところは苦手。……でもね、”これ”は違う」

「夜の散歩。しかし、ここは既に廃墟に他ならないか」


「ルナ様は、プレイアデスのこと何でも分かってくれるね?」

「そうでもないよ。プレイアデスがたくさんお話してくれるから」


 実際、アリスとアルカナの次によく話すのがプレイアデスだ。二人とは恋人同士の会話をしているから、純粋によく話すのは彼女ということになる。


「ここには人の息遣いがない。静寂の中にでも寝息、衣擦れ……色々な音がある。ここにあるのは崩れる音、そして奇械の出す歯車の音だけ。……それは違う。好きじゃない」

「確かにね。僕らの耳にも、魔物由来の音は不愉快に感じる。ま、そんなことはどうでもいいさ。奴らと、僕達あるいは人間が相容れることなどないのだから。アレは、世界を蝕むがん細胞だ。……だから、今はプレイアデスの好きな音の話を聞きたいな」


「プレイアデスは……寝息が好きかな。みんな、幸せそうにねむってる。たまに、うめいている人もいるけど」

「うんうん。分かる気がするよ。アリスと一緒に寝ていると、寝息が聞こえてきてね? とても可愛らしいんだよ」


「……ルナ様は、本当にお二人のことが好きだね」

「にゃあっ! ほ、ほら……だって……それは」


 顔を見合わせて、どちらかともなくくすくすと笑いだした。


「しかし、平和は消える。……全て燃え尽き、塵と化す。万象を包括する世界樹さえ、永遠たる不滅ではないために。その枝葉は腐り落ちるが運命なのだから」


 いつもの言葉で韜晦する。

 この世界も、世界樹が持つ無数の世界の一つに他ならない。まだ治療が効くとは言え、腐りかけているこの世界だ。

 ルナたち終末少女の役目は腐った世界の外科手術。生命のない世界の消滅だ。治すことではない。


「そう。プレイアデスはどうしたい? 僕のやり方に遠慮する必要はないよ。プレイアデスのやりたいようにすればいい」

「……運命と言う激流に飲み込まれるのは、力の不足を由縁とする。【翡翠の夜明け団】存命の時、プレイアデスは心を知らなかった。けれど、心を知った時――彼らを思い起こして感動したものだ。彼らは、確かに神の試練を乗り越えたのだから」


「そう。では、プレイアデスも人間の輝きを見たいと言うのかな? もっと、もっと……」

「ルナ様ほどではない。けれど、その輝きは愛おしいとすら思う」


「ふふ。……プレイアデスはかわいくなったね。今の君になら、キスしたいと思うよ?」

「え……あの……ルナ様……? あの……おでこなら」


 チュ、と額に触れる。




 そして、翡翠組の甘い一時に比べ、アルトリア一行は重苦しい顔を突き合せていた。


「――やはり、言いたいことはあるのだろうな」


 ため息を吐く。ルナ特製のシチューがなくなったからということではないだろうが。それは舐め尽くす勢いで一滴すら余さずご馳走様してしまった。

 そして、この二人は酒など嗜まない。後ろでガニメデスが酒に逃げようとしていたが、明日に残るほどに痛飲することもできずにまずい酒を舐めていた。


「姫様。……私は納得しております」


 ベディヴィアは頭を下げるが、不満げな顔が隠せていない。そうとも、感情と理解は別物だ。

 確かに自分は足手纏いで、そしてレッドワイバーンに戦力が足りないのも事実だ。とはいえ、そこの下につく必要もない。自分一人でやった方がよっぽどマシな結果になるはずだ。

 それをしないのは、そんなことができるような権限を持っていないからだ。テロリスト扱いの今、信用も何もあるわけがなかった。アルトリアに着いていくこともできず、しかしレッドワイバーンの方に行こうとも外様に過ぎない。どこに行ってもミソッカスだ。


「だがな……私一人で全てを決めてしまってもいいものかと思ってな」

「いえ、問題ありません。人である以上、私にも感情があります。けれど、一々そんなものにかかずらっていては人類は滅ぶのみだ。……そうでしょう? 意志を一つにできずとも、誰かの統率の元に戦わねば全てが手遅れになる」


「軍人の基本だな。軍人の答えは全てがYESだ。たとえ否定するときでも必ず”はい、いいえ”なのだからな。だが、上の答えがすべて正しいかと言われると、それは違うだろう」

「私は世界を変えられると思っていました。間違っていた世界を正せると己惚れていたのですよ、姫様。貴族たちは血筋によってその地位を支えられている。ただ親から受け継いだ魔導人形の力でもってこの世の春を謳歌していた。……しかし、それですら奇械の前では虚栄に過ぎない。吹けば散る砂上の城だと、この風景を見て理解しました」


「……そうか。私も、教国の滅ぼされた街を見たことがある。恐らく、国に対して叛旗を翻したきっかけはそれだろう。結局は自分の眼で見ないと人は理解できないのだろうな」

「私と戦ってほしい。姫様」


「ほう? お前は、私と戦うことを避けていたと思ってたのだがな」


 立ち、構えを取る。鎧を装着した。この姫様は立ち合いならばいつでも受ける、姫騎士と言うよりもただの戦士の気質をしていた。


「考えが変わりました。万が一、いえ億が一にでもあなたを傷付けるわけにはいかない。それが自らを護衛と任じた男の矜持でした」


 こちらも立ち上がり、鎧を装着する。


「ふ。姫とは名ばかりのおてんばのお守りは大変だったろう?」

「今の私ではあなたに傷一つ付けることはできない。……ゆえに、殺す気でやらせていただきます」


「いいだろう。……来い」

「行きます!」


 言葉通り、全力で剣を振り下ろした。……当たり、アルトリアは一歩を下がる。曲がりなりにもそれは『宝玉』の一撃だ。その一撃は大地さえ砕くが。


「なるほど、本気のようだ。技術は一流、しかし――それだけではな。もう少し、こう……」


 魔導人形は3か月もあれば十全に扱えるようになる。剣のようにまともに振るえるようになるまで2年や3年もかかるような武器ではない。

 だが、それだけにエースともなれば”もの”が違う。それこそゲームに通じるだろう。始めて一秒でもボタンを押して技を出すことはできるが、素人は決して玄人に敵わない。

 剣は銃に敵わないと言う。が、魔導人形は法則すら超える。銃では無理でもレールガンならばその装甲でも貫ける……はずなのだが、エース連中はかわすし、なんならはじき返す。それは、今のベディヴィアでは到底不可能。”そこそこ使える”の域を出ていない。


「おおおおおお!」


 全力で、全開で。剣を振るっていく。が――全て、手で払いのけられる。なにも通用しない。アルトリアは何か埒外の防御力を発揮していたが、かまわず打ち込んでいく。


「とはいえ、振るうだけでは無駄か」


 アルトリアは剣を出していない。斬撃の合間にするりと入り込み、撫でるように触れた。ただそれだけでベディヴィアはピンボールのように弾き飛ばされる。


「ぬお――ぐっ!」


 そして、飛ばされたからには壁に激突する。が、激突する前にアルトリアが現れた。すさまじいスピードだった。これこそ、この民主国にて最強と謳われた力。”速度”だ。


「少しは抵抗して見せると良い」


 壁には一切触れずにピンボールになる。ベディヴィアはぐるんぐるん脳を揺らされる。外傷のない死刑と同様のそれであったが、アルトリアとしてはこの程度なら問題ないだろうと思ってやっている。


「……ッチイイイ!」


 やみくもに剣を振るうが、しかしそれで当たるはずがない。


「とりあえずルナの真似で自ら強敵になって見せてたが……あまり意味もなかったか?」


 独白するが、拷問じみた特訓は続ける。結局、夜が更けるまでその繰り返しとなった。




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