第15話 生き残り発見
そして、ルナたちはそこにたどり着いた。瓦礫に埋まった建物。箱モノとか言われそうな建物が、崩れ落ちた無惨な残骸を晒していた。
「ここに生存者が居ると言う話でしたね。しかし、レーダーにも反応がない……とても信じられませんが。姫様?」
生存者が居ると言われても、あまり信じられないような光景だった。居るとすれば、地下。まあ、散々爆撃に銃撃の痕まで見えるのだから生き残りをかけるとしたらそこにしかないだろう。
……理屈の上では、だが。人の息遣いさえも聞こえない、それはシェルターが機能を果たしていたら当然だが。しかし、寒々としたこの光景は、人の心を侵す。
「レーダーに映っていたなら、既に奇械に殺されているだろう。あらゆる攻撃をしのぐ堅牢な盾など存在しない。ここまで厳重に守らなければ一般人など生きていける地獄ではない。――しかし」
アルトリアも苦い顔だ。確かにたくさんの人間が隠れているのは感じている。……だが、それはまったくもって得体のしれない感覚だ。電波や熱も、魔導人形の眼では可視化できる。けれど、これは違った。それらを”見て”いるわけではない。
ただ、そこにあることだけが分かる。それは触感に近い感覚で、他の誰にも共感できない彼女だけの感覚だった。
「まだ戸惑っているの、お姉ちゃん? それこそが覚醒した証さ。異能を我が物にした人間のみが立てる領域は、俗物では想像することさえできやしない。……まあ、すぐに信じられるようになるさ」
「ルナ。お前も同じ感覚を得ているのか? 全てに干渉可能だという異能ならば、逆に世界のあらゆる現象を”視れる”。……それが、お前の」
「そうさ、僕の異能だよ。もっとも、感覚まで同じなわけではない。誰だっけ? あの荒野で襲ってきた『宝玉』の異能を真似て見せただろう。真似ならいくらでもできても、本質は同一などではないさ。お姉ちゃんの感じ方は、お姉ちゃんだけのものだよ」
「なるほどな。――だが、要は”慣れろ”ということだろう。更に言うなら、応用して幾多の不可思議を作り出すことはできても、便利使いはそうできん。アルカナのそれは本当に異常だよ」
「あっはっは。アルカナの異能は使い道が多いからね。それに、これだとアルカナの異能でもどうしようもない。シェルターに隙間なんてないしねえ。流石に蹴り壊すわけにはいかないから、どうしようか?」
地下に隠れている人々。だが、地下に隠れているからと言って地面を蹴り砕くわけにはいかないだろう。……出来るできないの話ではなく、そんなことをしたら生き埋めだ。
よって、愚直に出入り口を探すしかないわけだ。
「あまり物騒なことを言うな。聞いているかもしれんぞ?」
「じゃあ、蹴り壊されないようにさっさと顔を出してほしいな」
滅茶苦茶なことを臆面もなく言うほど不用心――というわけでもなく、ルナの言葉は端的に脅迫だった。
そして、ルナは”やる”。話に飽きたら後先考えず、シェルターの壁を蹴り砕く。
「……」
そして、ガニメデスは一人なにかを探していた。とりあえず何かを見つけないとコイツラは動こうともしないことは目に見えているから、適当にあたりを探していた。
そこらへんは彼の真面目さゆえだ。やることがないし、話に加わりたくもないから一応何かをやっている……と、地面を漁っていた彼は何かに触れる。
「――ガニメデス、何かを見つけたか?」
「え……ええ。これは、巧妙に隠されたカードキーですね」
せっかく見つけたそれだが、すぐにアルトリアとルナが近寄ってきて彼はよけられた。少し離れて所在なさげに佇む。
「数値を打ち込めば開くみたい。お姉ちゃん、運試ししてみる?」
「適当に打ったところで当たるわけがないだろう。それとも、『幸運』の異能でもあるのか? 眉唾だがな」
「Lukのステータスがあることは端的な事実だけど、さすがに少し上げたくらいでは意味がないね。さてさて、いよいよ蹴り開けよっかな」
「楽しそうにするな。……ベディヴィア、行けるか?」
「――まあ、やってみますよ」
カードのような道具を取り出す。細長いツールをいくつも重ねた盗賊御用達の道具だった。手慣れた様子でカードキーを破壊しだす。
まずはカードキーの側面、合せ目にツールを叩き込んでこじ開ける。更に中身を分解する。そうすると配線が見えてくる。そしてパチンパチンと無遠慮に切っていく。
――開いた。
「不用心……というわけでもなく、電気系統がイカれたら生き埋めだものね。緊急時には開いてしまってもしかたないね」
「確かにな。法令も規則も同じ国内のものだ。その手のことを学んでいるなら、できるのだろうさ。――とはいえ、よくやったな」
「は。ありがとうございます、姫様。では、私が先に進みます」
ニコリともせずに前に進む。この街に入ってきたときから魔導人形は着ている。鋼の足音が響く。
なお、カードキーはベディウィアが応急修理し、扉を閉じた。ガムテープでぐるぐる巻きにした程度の処置だが、機械が動いたから問題ない。
「……埃が立たない。誰かが居るのは確実だね」
ルナがキリっと言った。アルカナとアリスが大きくうなづく。
「いや、扉さえ開ければ人間でも感知できるだろ……」
コロナが突っ込んだ。扉さえ開けば中の人間の生命反応は、普通の魔導人形でも感知できていた。
「アハハ! そりゃそうだ!」
ルナはなぜか機嫌が良くなった。
「さて、自らを天岩戸に閉じ込めた醜女ども。――運命に立ち向かうこともできず、しかして己が命運を受け入れることもできず。逃げた先の場所から出て来るは、油虫か死肉漁りか?」
プレイアデスが訳知り顔で厨二を吐く。
「……女とは限らぬのではないか? 人間は、女子供を先に逃がすものと聞いた覚えはあるが。それでも、そうであると決まったわけでもないだろう」
コロナはよくわかっていない顔をしている。付き合いが長い相棒だが、まだ意思疎通に齟齬があった。
「それは違うよ。逃げた奴らなど、碌な顔をしてないだろうと言うことさ。アハトの二番目等は望むべくもないことさ」
アハト。ルナ・チルドレンと呼ばれた魔人の筆頭。魔物の大軍に襲われた少年は親に鉄箱に閉じ込められた。せめて彼だけは生き残ってほしいと言う親心が、彼を地獄に叩き落した。
自ら開けることもできず、そして四六時中響いてくる魔物が鉄の壁をひっかく音。とても正気を保っては居られない。人間としての全てを失った彼は、【翡翠の夜明け団】に入り魔物を殺すだけの魔人と化した。
――普通はそんなことはない。砕けた人格は戻らない。ただの怯える役立たずが出来上がるのみだ。自らの足で立てない人間に、ルナは興味がない。
そして、経験上で知っている。生活を砕かれ、ただ避難している人間の中に……復讐を志す獣になれるサンプルは少ない。
「ああ、逃げた人間は英雄とは程遠いというわけか」
コロナはアルトリアを見て納得した。……そう、アルトリアは希少種だ。ほとんど居ないからこそ、希少種である。だから、前の世界ではルナは全世界から魔人になれる人間を収集していた。
ああ、そうだ。カビの混ざる空気、消えかけた照明。これで期待しろと言うのも無理だろう。
「……無茶を言うな、ルナ」
アルトリアが口を利いた。
「彼らはみな、日常を謳歌していた人たちだ。私もかつては”こう”なるから軍備を備えろと、声高に叫んび――そして、テロリスト扱いされたものだったが……今の彼らに〈だから言ったのに〉などと責める気にはとてもなれんさ」
それは慈悲の言葉だった。ルナの言葉には一片も含まれていないものだ。ルナは、ただ自分勝手に好きなことを言っていただけだった。
「――大体、支援物資を用意してくれたのはお前だろう。人を気遣うこともできたのだと、感動した私の心を返してくれ」
アルトリアはため息をついた。
「あのリストはただのコピペだよ? 僕が考えたわけじゃない」
「なんだと……!?」
今日で、一番打ちひしがれた顔だった。
「いや。それでもその行為が無となるわけじゃない。それをやってくれただけでも……うむ。それに、私にはできなかったしな――」
ぶつぶつと呟き始めた。
「――姫様。しっかりしてください。そろそろ、人が居る場所に近いです」
ベディヴィアが突っ込む。ルナのことに関しておかしくなるのは慣れたからスルーだ。
「うむ。では、武装を解くか」
言うが早いか、魔導人形を消してしまった。銃で撃たれれば死ぬ、ただの生身の身体だ。
「……姫様!?」
「お前はそのままでいい。この方が向こうの警戒も解けるだろう」
「いえ、姫様が危険です。……化けも、いえそちらの少女達もアレで完全武装の状態でしょう。この場で武装していないのはあなただけです。どうか、御身を大切にしてください」
「関係がないな。こいつらは敵ではない。――そして、ここにも敵は居ない」
唇を釣り上げた。日本語と言うのは不思議なものだ。前半と後半、同じ敵でも意味は全く異なる。
ルナたちはアルトリアを殺すなんて真似はしない。少なくとも、隙をついては。だから警戒の必要はない。
そして、今から会う人間たちは、それはアルトリアを殺そうとすることもあるだろう。しかし、魔導人形などなくとも負ける気はしない。傷一つ負うことなく制圧できると確信していた。
「――」
こうなれば、もう何も言うことができない。そして、アルトリアはずんずん先に行く。先を行くベディヴィアも歩かなくては、本当に彼女を危険に晒してしまう。
先頭に立つのは自分でなくては、と足を動かす。確かに実力は足下に届いていなくても、騎士であること、男であることを諦めたつもりは毛頭ない。
「……なるほど。やはりな」
開けた場所に出る。アルトリアが落胆したような声を上げた。そこには三々五々と生き残りの人々が散らばっている。だが、うずくまって屍のような有様を晒していた。
ここに来たアルトリア達にも反応を見せない。全てを諦めた人間たちの絶望が、かびのように繁殖していた。
更に向こうから足音が聞こえる。”生きている”人間の足音だった。
「さて、蛇が出るか鬼が出るか。……鬼が一人でも出てきて来てくれたら嬉しいのだけど」
ルナがけらけら笑った。