第13話 変態参上
そして、一行はトラック三台で滅びかけの都市へ向かっていた。ルナが翌日に「あ、忘れてた」と国境付近の都市が【奇械】の襲撃を受けていると言い出した。
アルトリアの昨日の言が”人の命はかけがえのないものだ”からという観点から論を発しているのは教科書的に理解している。だからこそ、ルナは教えてあげたら喜ぶだろうと思ってそれを伝えた。
救援物資とそれらを積むためのトラックを購入、そして事情を素直に話したら運転手が居なくなったためアルカナが三台同時に操縦している。
街の外に法規など存在しない。どう見ても無人のトラックが走っていても止められはしない。そして、アルカナはルナを膝の上に乗せてご満悦だ。操縦桿に手を乗せてすらいない。
これが3台同時操縦と言う無茶の代わりに要求したものだ。謙虚なんだか強欲なのか分からない。まあ、ルナの尻を撫でているから色欲ではあるのだろうけど。
「………………あ」
ルナが死んだような声を出した。ルナは基本、嫌なことからは逃げる。だから、こういう顔をすることは珍しい。お尻を撫でられていることにしたって、相手はアルカナだから、むしろ自分から抱き着いて甘えている始末だ。
「どうした?」
隣のアルトリアが声をかける。ちなみに運転手の席にはルナとアリスとアルカナの三人が、そして隣の席に彼女が。男二人は荷台の上に乗っている。
「あー……うん。あまり聞かないで。――アルカナ」
「ほいさ」
ルナが操縦桿に手を伸ばして進路を固定する。アルカナの足を踏みつけてトラックを加速させる。そうでもしないとアクセルに足が届かないのだ。
……そして、踏まれたアルカナは少し嬉しそうだ。ちなみに、ルナは靴は脱いでいる。ともあれ、いきなり暴走させ始めた。
「――姫様! 止めてください!」
「ベディヴィア! なんだ!?」
怒鳴り合うが、悪路と全力走行のうるささで荷台と席では怒鳴らないと会話できないだけだ。別に怒っているわけではないのだ。
「子供が!」
「なんだと!?」
アルトリアが前を見る。こんなところに居るのは野生動物くらいのものだ。だから、特に前を見ていなかった。しかし、ありえないはずの光景が目の前にある。
アリスよりなお幼い齢の女の子が寝転がっている。直撃コースだ。その未来は潰れたトマトは避けられない。
「る……ルナ……っ!」
腕を掴む。……が、鋼鉄のようにビクともしない。そもそもルナは着ていなくても魔導人形の力を発揮できる。素のままのアルトリアの力では止めるなど不可能だ。
「ぬぐっ……!」
惨劇を予想して目を閉じる。ガツン、と何か乗り上げたような衝撃が車体を揺らす。
「っづ。ぐお――ベディヴィア、無事か!? ガニメデスは?」
ここでガニメデスのことをベディヴィアえに聞くあたりが彼の信頼のなさを物語っている。無様に落ちたらどうしよう、と真面目に心配されている。
「間一髪無事です、姫様! こいつも! 向こうは……ッなに!?」
「どうした?」
「ガキが――居なくなっている!?」
「なんだと!?」
振り向く。姫様は車に慣れていない。ドアを開け、身を乗り出して後方を見ようと思って、まずはドアのロックを解除するために手を伸ばす。
……いつもの機敏な動きとは違い、モタモタしている。だから、ただトラックら降りるだけにわずかな時間を要した。
その瞬間、気付いた。
「――」
窓の外に何かが居た。ニタリと顔を歪めて、べったりと窓にくっついているそいつ。幼げな顔、しかしこの状況ではまるでホラーでしかない。
「……【頸華】ッ!」
それは発頸の一種だ。0距離の、触れた状態から敵手を砕く技。アルトリア程の使い手となれば、座った状態でも十全の威力を放てる。
強化ガラスを砕き、女の子の顔面を強かに撃ち抜いた。
「ぎゃふっ!」
ホラーでは叫んで逃げ惑うのが常だろう。しかし、騎士にそれを仕掛けたためにホラーは逆劇を喰らった。反射ゆえの手加減も慈悲もない攻撃を叩き込んだ。
”それ”は吹き飛んで、そして後続のトラックに轢かれた。彼女を巻き込みながらトラックが停止する。人間なら確実に死んでいるはずの光景だった。
……赤いトマトジュースが車輪の下から流れてないのにアルトリアは気付かない。
「な……なんだ、今のは……。なんだ、ほらーとやらか? 映画撮影か?」
「いえ、姫様。こんなところにまで映画を撮影に来るわけがありません。というか、今の状況を考えてください」
「ううむ。……そうだな」
ベディヴィアは既に魔導人形を纏っている。なにがしかの異常――つまりは敵だ。殺すべき敵だ。ホラー? よく分からんものに会ったらまずは銃弾を叩き込むのが騎士というものだろう。
ルナが気まずそうに頬をかく。
「うん……なんか、ごめんね?」
「ルナ? どういうことだ、何を言っている?」
そして、第三者の声がする。トラックの前に姿を現す。
「つまりは、仲間と言うことだ。なるほど、ミラの奴を撃ち抜いた一撃は見事。いつか手合わせ願いたいものだ」
そいつは妙齢の女だった。コロナだ。胸が大きく、良いプロポーションをしているがアルカナとは正反対だ。健康的な美があり、エロスを感じさせない。
好戦的な笑みを浮かべているのが拍車をかけている。言葉を交わすよりも殴り合う方が好きと言う喧嘩屋の性が見てわかる。
「運命と言う渦は止めることができない。聖戦へと続く道は示された。どこまでもやり遂げる意思がなくば、噛み砕かれて塵と化すのみ。――見つけたようですね。お喜び申し上げます」
やたらめったら難しい言い回しを好むこの幼女は錫杖を打ち鳴らしている。ミステリアスだが、背伸びしているようなところがどこか愛らしい。こちらはプレイアデス。
この二人もルナと同じゴスロリを着ている。やたらめったらフリフリな服を着ているが、そんな邪魔臭い服を普段着で着ている層などそういない。そして、着こなせているとなれば皆無に近い。
特に、ここは人の手の入らぬ魔境だ。場違いにもほどがある。……だが、その世界観が狂ったような光景は毎日見ているのだ。
コロナが手に持った女の子をぺっ、と放り投げた。
「……くふ。ふふふふふ……! ルナ様に踏んでいただけるなんて至高の極み……! あなたの拳も良かったですよ」
地に伏せたまま、わずかに鼻血を流しながらグッドサインを送る。……送られたアルトリアは苦笑する以外にない。驚いて手を出してしまったのだから責められて当然だと想うのだが、それでお礼を言われるとは。
「なんなんだ、こいつら……!」
ベディヴィアが呻く。ルナ以上に個性が豊かで、そして意味の分からない者たちだった。癖が強すぎて意味が分からない。
「紹介するよ」
トン、とルナがミラの上に飛び乗った。ミラは嬉しそうにうめき声を上げる。ルナはそのままミラを踏みつける。
「この子がミラ・アーカイブス。性格は見ての通りだね、手を出すと喜ぶから機会があったらそうしてあげてくれると嬉しいな」
ルナはそっと目を伏せている。「なんなんだ、こいつ」とはルナが一番思っている。なぜそうなったのか分からない。そもそもドM要素が入り込む余地なんてなかったはずだとルナは思っている。
もっとも、それは当然ながらルナの影響だ。終末少女が設定とルナ以外から影響を受けることなどありえない。アルカナとやっていた首輪だの監禁プレイだの、72時間連続調教プレイだのが原因であることは間違いなかった。本人は、そのくらいならまだアブノーマルじゃないよねと思っている。……本人だけは。
「それで、こっちがコロナ・アーカイブスだ。見てわかる通りバトルジャンキーだ。一緒に居る時はよく遊んであげてるね。何度か戦ってみるといい、お姉ちゃんなら死なないだろうから分かることもあると思うよ。手加減は僕よりうまいしね?」
意気揚々と話し出す。仲間の自慢話をするときはいつでも機嫌が良い。
「こっちの子がプレイアデス・アーカイブス。独特な話し方が可愛いでしょう? でも、好きなのが十字架や剣でもなくて、お花とかかわいいネックレスなんだよ。凄く可愛いでしょ」
ぴょん、とミラの上から飛んでプレイアデスに抱き着いた。彼女は恥ずかしそうにしているが、満更でもなさそうだ。
「……アーカイブス? アリスやアルカナの家名もそうだが」
「僕らには人間だった時なんてない。材料のデータは、もしかしたら研究所に残っていたのかもしれないけど、それはあくまで他人だよ。僕たちは、あくまで僕たちでしかない。だから、僕は自らアーカイブスの銘を自らに与えた。そして、後に続くこの子達にも同じ銘を与えた……家族としてね」
「アーカイブス=記録ね。魔導人形としてはメモリーよりも、記録になるか。思い出せないことなど何もない……それだけか? お前なら、もっとこう――」
「適当に考えた苗字に、意味を聞かれても困るよ。この6人で同じ銘を使っていることが重要なんだから」
6人。他の7人にはまだ与えていない。彼女たちはまだ感情に目覚めていない。好きなものもなく、ただ命令のままに動き、設定に従うのみだ。だから、まだ与えていないし地上に降ろしてもいない。箱舟の中でルナの命令を待っている。
そして、秘の一。名は体を表すとの言葉通り。ラスボスの嗜みとして、アーカイブスは終末少女を倒す方法を示す。よくあることだろう? 終わってみると、あの名前はこういうことだったのかと分かることが。
終末少女は殺しても意味がない、箱舟の中で復活するのみだ。ゆえに、箱舟の最奥にて秘められた『本』を破壊しなければ。ゆえのアーカイブスだ。原本を破壊しない限り、いくらでもコピペが効くという実をそのまま現わしている。アーカイブ=本を破壊することがルナを殺すための条件だった
「なるほど。……ここで合流する手はずだったか?」
「ううん、別々に別れたんだけどね。僕の恋人はアリスとアルカナだけだから。この子達はこの子達で、遊んでて貰おうかと思っていたのだけど」
ミラを遠ざけたい思惑が透けて見えるが、それはさておき。
「未知の知。しかして、愚者は全てを知った賢者と己を見間違う。己が救いを享受するは世界の理と己惚れる。反するに、汝は星でなく。星になれず、ただ矮小なる知恵を振りかざすのみと痴れる」
「――うむ。その通りだな」
幼女がルナの下で物知り顔で頷いた。
「ミラ、何がその通りだ?」
コロナが絶対零度の視線を向ける。気に入らないのではなく、こうすれば喜ぶだろうとやっている。彼女たちは仲間を際限なく甘やかす悪癖があった。
「ふふふ。……その冷たい視線が良い」
そして、ミラはご満悦である。
そして、ルナだけがプレイアデスが何を言いたいか分かっている。要するに世の中には馬鹿が多いということだ。自分が救われて当然と勘違いする馬鹿が。
ルナはそんな奴らを救う気がなく、ゆえにプレイアデスも救おうとは思わない。ならば、もう見捨てる以外にないだろう。
アルカナに目で説明を要求されていたコロナが口を開く。
「ルナ様。我々は適当に歩き、とある都市にたどり着いた。まあ適当に狩った魔石を売ったので金には困らなかったな。プレイアデスのいつもの夜歩きも、からまれることはなかったし」
「へえ。そいつは治安がいいね。つまらなかった?」
「ああ、特に見ることもなかった。その都市は【奇械】に滅ぼされた。ので、一度ルナ様に合流しようかと思って」
ここで人々を救う気概があれば忙しくなっただろうが、終末少女はそんなことをしない。ただ見るべきものが無くなったので、別の場所へ行く。
「楽しめ、という命令は辛い?」
「いや。ゆっくりやるだけだな。私の相手になるやつはいなかったが。ミラはともかく……プレイアデスも趣味を見つられたみたいだ」
「うん、良いことだ。では、次の都市まで一緒にいようか」
「ああ、よろしく」
そういうことになった。