第11話 方針 side:アルトリア
アルトリアに戦いを強制した目的を問われたルナは笑みを浮かべる。それは、何も考えていない笑みだった。
「必要? それ」
なんでもないことのように言って見せた。目的も何もない……ただ殺し合いがしたかっただけ。そして、自分はいつでも安全圏内に居た。ルナを殺そうが、何もならない。箱舟を破壊しなければ無限に復活するのが終末少女だ。
あそこで命を賭けていたのはアルトリア一人だった。そんなゲームをしたかっただけだ。
「あれは殺意が乗っていた。私は死んでいてもおかしくなかったぞ?」
「殺さないように戦っては、ただの試合にしかならないでしょう?」
首を傾げた。命を奪うことに何も躊躇いを持っていない。止めこそ刺さなかったが……つまり、ルナは首を飛ばすような一撃を何も安全策もなく放っていた。
「……お前は、これから戦うな」
説得は……無理だ。あまりにも価値観が違いすぎる。同じ人間、などと言ってみたところでルナと人類とでは種族が違う。
だから、アルトリアはそれだけを命令する。この調子では、会う戦士の全てを皆殺しにしかねない。犯罪者が居れば被害者と諸共に皆殺しにしかねない。
「それは人間と――と言うこと?」
「そうだ」
「そ。なら、お姉ちゃんの前では戦わないよ。約束する」
「やけにあっさりと頷いたな?」
アルトリアの前では、というのが気になるがそれでも大変な譲歩だろう。ルナにとっては人間を生かさなくてはならない理由の方がない。
「その位のお願いは聞いてあげないと、勝者である意味がないでしょう?」
「……そういうことか」
ルナは話を理解しているわけではない。無論、言葉の……もしくは単語の意味と文章のつながりは完全に理解している。
だが、それは真の理解ではない。「人を傷付けちゃいけません」という、当たり前のことを全くもって理解できていない。人を傷つける、殺す行為の禁止を敗者として受け入れただけだ。
まったくもって度し難い。アルトリアはため息をついた。
「で、これからは建設的な話をしようか」
ルナはけらけらと悪意を込めた笑みを浮かべる。性格は多少なりとも理解している。聞きたくないような話をするのだろう。そして、それは聞かなければいけないことだ。そう、そんなことを話す顔だ。
知ることができたのに悪を見逃すのは、アルトリアの信念に反するから。だから、それを聞く体勢を作る。
「〈世界を救う〉、お姉ちゃんが目指しているのはそこだろう? けれど、そのための道筋は見えてないんじゃないかな。皆がすぐそばにある危険を自覚してくれれば、なんて言っているのが証だ。言わないけど、誰かが凄い作戦を持っているはず――なんて、ありえないだろう。ましてや陰謀論を信じ込む大学生が世界を救う装置を作っている? どんな妄想だよ、それは」
いつの間にか現れたホワイトボードの前で、アルカナに渡された伊達メガネを付けて解説する。
「まずは、何をすれば世界を救ったことになるか。という問題なのだけど、これは簡単。僕がバッサリ答えてあげよう。【奇械】の王が守る魔力の根源を世界の外に放逐する。”そこ”を僕は知らないけれど、君たちは何かの地名を付けているんじゃないかな」
つまり、【翡翠の夜明け団】でやったことと同じことだ。『龍の島』を墜とし、【災厄】を斃し、そして『暗黒島』を世界の外側に叩き出した。ここで暗黒島を”倒す”ことは逆効果だ。魔物は魔力の成れ果て、暗黒島を倒せば後の世にそれと同等クラスの災害を撒き散らすことになる。
魔物を殺さなければ、人は殺される。けれど、魔物は殺したところで復活するのだ。堂々巡りの三途の川の石積みである。いくら文明を築こうと、最後には鬼が来て全てを壊す。
「そう。”世界を救う”ことの定義は簡単だ、そこを封印してしまえばいい。あるいは消滅だね。まあ、破壊ではない消滅などこの世に存在しないのだけど、唯一僕の異能ならば話は別だ」
消滅――とはよく聞く言葉だ。例えば、屋根にぶら下がっていた氷柱が消滅した。ドライアイスが煙になって消滅した。超強力なレーザーで人間が消滅した。……それらは全て〈消滅〉などではない。
形が変わっただけだ。氷柱は水蒸気へ、ドライアイスは二酸化炭素、レーザーに至っては焼いたうえで粉々にしただけ。その物質は”無くなって”などいない。
その矛盾を達成しなければ、本当の意味で世界は救えない。
「負けたからね。僕の異能を使ってやってもいい。もちろん前提条件をクリアするのはお姉ちゃんだが、僕の『ワールドブレイカー』能力を死と引き換えに全力稼働させれば、文字通りに〈消す〉ことができるんだ」
ルナはけらけらと笑っている。アリスとアルカナは頷いている。全て承知済、というか人柱として供に逝くのだろう。
もちろん嘘だ。だが、アルトリアにとっては事実だ。前の世界にもう一度行くことはルナの力でも不可能だから。そして、世界樹の枝葉の中ではそこまでの力は行使できない。一度【暗黒島】を世界の外に叩き出すのは前提だから、それをしたら”ここ”には二度と戻れない。
「……ふざけるな!」
だからこそ、アルトリアは受け入れられない。そもそもルナを犠牲にするのを許容できるのなら、最後の一撃で心臓を砕いていた。それをしていないのだから、生贄にすることも許せはしない。
「あはは。そんなに僕との姉妹ゴッコが気に入っちゃった? まあ、お姉ちゃんがそう言うなら続けてあげてもいいのだけれど。それに、封印でいいなら僕らも死ぬ必要ないしね」
「――――。ならば、いい。その封印方法を聞かせてくれ」
アルトリアは流石に不機嫌そうな顔をしている。「文化が違いすぎる」とでも言いたげだ。
しかし、それも止む無し。ルナこそ【翡翠の夜明け団】の総帥にして魔人達の王。そして一方、アルトリアは民主国の姫君にして、敵に立ち向かおうともしない社会に反逆を翻した孤独な戦士だ。
価値観の合うはずがない。
「寿命を持たない僕らにとっては、人間の一生分くらい付き合ってやっても別に問題ないさ――ね、アルカナ。こんなことを言っているとまるで1000年くらい生きているみたいな気がしないかな」
「はは。1000年も過ぎたら人間など地上から居なくなっておるのではないか? 傑物など早々おるまいよ」
「……私にとっては、お前は10年も生きていない私の妹だよ」
アルトリアは心の底から本気で言っている。ルナはぞくり、と背中に悪寒を感じた。
「ふ。……ふん。外見年齢にしたって二桁は行ってるはずだよ。ちゃんとおっぱいだってあるんだから。揉めるし、挟めるんだよ? ……無理すれば、だけど」
相当に無理しなければ不可能だが。ルナは胸の前に腕を交差して谷間らしきものを作って見せる。アルカナが凝視した。
「お姉ちゃんは許さん」
アルトリアが烈火のごとき怒りに燃えた目を向ける。幼女の胸を凝視する不埒者を断罪せんと気炎を上げていた。
「……あれ? なんで僕はこんなことで怒られているんだろう。おかしいな、衝撃の事実は他にあるはずだったのに」
ルナはえぐえぐと泣き真似をして見せた。アリスが慰めた。
「それで、封印とは具体的に何をすればいいんだ?」
「凄い勢いで話を戻すね。……まあ、難しいことは僕がやるから話は簡単だ」
ルナがアリスの胸から顔を上げる。涙の痕は残っていなかった。
「――お姉ちゃんはただ【奇械帝国】を全員ボコって、あるものを突き立ててくれればいい。ものについてはご心配無用だ、僕の方で用意しておくから」
「それは……流石に不可能だろう」
そう、できるのであればやっていた。単純な話だ。【奇械】に人類が脅かされている。その本拠地を壊滅できるのであれば当にやっている。
何週間、何か月、夢想が許されるのであれば何年でも。いずれ復活するにしても、その間の平穏は約束されるのだから。
できない。だから”しない”。当たり前の話だ。
クレーターを作ったアルトリアの【天堕刻印】を、百発ぶちこんでそれが成せるのであれば彼女は実行していた。法も人理も無視してでも、彼女はやる。
というか、民主国なら声高に非難するだろうが、教国が何に代えても守る。今この1秒にもダース単位で人の命が失われているのが教国だから。そんな英雄を手に入れることができるのなら文字通りになんでもするはずだ。
「ゆえに、仲間を集めなくてはならないわけだ。奴らの牙城を破壊し、それを突き立てるには12人の騎士が要る。無論、あなたと同じレベルの騎士をね」
「……それは、お前の言っていた『覚醒』とやらか」
「その通り。『黄金』位階を完全に扱える者でなくては負けるだけだ」
「だが、『黄金』位階は世界に12機しかいない。魔導人形が誰にでも使えると言っても、操者が居る限り奪うこともできないぞ」
「仰る通り、操者を乗り換えさせるなんて簡単にはいかない。下らない馬鹿が所有しているのだとしても、奪うことは容易ではない。本人とともに魔導人形まで殺してしまっては企みはご破算だ。――が、それも僕ならば話は別。『宝玉』位階に『黄金』位階の力は移せる。総数で考えれば宝玉が一つ減るだけだが、精鋭を、【円卓の騎士】を作らなければ勝てはしない」
「――【円卓の騎士】だと? それは」
「始まりにして裏切り者。呪い、13番目……最後の騎士。それは僕が勤めよう。そして、お姉ちゃんが王だ。世界の破壊者を打ち破り、そして人類の諦めを踏破する者。あなたが11人を集め、世界の敵を倒すのだ」
「それが世界を救うことになるのなら、是非はない」
「ならば、僕と言う悪魔を掌中に収め人類の敵に立ち向かうがいい。【奇械】は再生する、何回でも。電撃作戦による強襲と制圧、そして即座の封印以外に道はない。僕は魔力を扱う術には長けている。お姉ちゃんよりもよほど”よく”見えるからこう言っているのだが……」
へらりと全ての言葉をひっくり返すようなことを言う。
「予言者でないから本当に12人でいいのかは、分からないよ。12か所の全方位同時襲撃くらいやらないと勝ち目はないけれど、11人で良いかもしれないし実際には13人要るかもしれない。そこらへんは騎士たちの力量にもよるね」
つまり、それは予言でもなんでもない。国どころか【奇械】の帝国さえも詳らかにしてしまうほどの感知能力が生み出した託宣だ。
だが、感知能力だけでは知りえないこともあるということだ。この託宣を予言に変えられるかはそれこそ騎士たちの力量次第。ありえないが、『黄金』を30機集めたところで負ける時は負けるのだから。
「そうか。ありがとう。……これが、お前が私と戦った意味か? お前に勝てないくらいでは世界を救うことなどできないと、そう言いたかったのか」
「んにゃ。別に」
ルナにそんな深い考えなどなかった。
「……」
アルトリアは頭を抱える。
「戦いにしか興味がないわけではないけれど、しかし戦う力もない人間に貸す力なんてないよ。けれど、僕が仕掛けた勝負でお姉ちゃんが勝った。命を賭けた勝負なのだから、それくらいの勝ち分がなくては勝利した意味がないでしょう? 前に言ったと思うけど、ね」
「お前は……よく分からないな。なぜ勝負にそこまで拘るのか。それに、始める前に負けた方が言うことを聞くと決めたわけではなかろうに」
「限度を超えなければ何でも聞いてあげるよ。一緒にお風呂に入ってあげたっていい」
顔にかかった薄い紫の長髪をさらりと流す。幼女らしからぬ艶然とした仕草だった。けど、と付け加える。
「あまりいいことじゃないけどね。仲の良い姉妹なら一緒にお風呂に入るのも普通だけど、その子に女の子の恋人が居れば話は別でしょう?」
アルトリアはぐわ、と目をかっぴらいてアリスとアルカナを見る。
「……くす」
「ふふん」
その二人は得意気にしている。ルナに恋人と紹介されたことが嬉しいのだろう。
「まあ、お姉ちゃんがそう言うのなら4人一緒に入ってもいいよ? お姉ちゃんの前では変なこともしないしね」
「……」
アルトリアは今日一番の凶相を浮かべていた。