第1話 目覚め
「……死ぬ!」
叫んだ。そして、起きる。そのまま辺りを見渡す、のだが。
「………………え?」
眼に入ってきたのはSFチックな内装。間違っても保健室でもなければ自宅でもない。いや、保健室に行くような年でもない。これでも社会人なのだ。
ていうか、さっきのは寝言かと頭を抱える。うわぁ、なんか恥ずかしくなってきたよ。と一人で悶えた。
「宇宙人にでも拉致られたかね」
なんて……そんなのんきそうにそれを言う時点で疑ってなんかない。まさか、そんな――非科学的な。普通に考えれば夢だろう、こんなもの。うん。
「というか、終末部屋じゃないか。これ」
なんか見覚えあるなと思ったら寝る前までやってたゲームで作った自室だ。語呂が悪いが、そんなふうに呼ばれていた。
中二ぽくてかっこいいからか、やたらめったらプレイヤーが略称に「終末」を付ける。終末少女では船の中に町を作ったり、自室を整理してみたり色々なことができた。まあ、専門でそういう街づくりをやっていたソフトには全くかなわないわけだが――
「なんというか、凄いな」
ゲームの中身は壁紙を選んで、作成した装飾物を飾っただけだが――3Dで、それも部屋の中から見ると大迫力だ……なんか視点が低いし。この夢は、なんでもかんでも大きく見える夢らしい。
しかし、と改めて周囲を見渡す。返す返すもリアルに過ぎる。意外と僕は想像力が豊かだったのかもしれない。メガネなど関係なく、現実がここまで鮮やかに色が見えたことはない。香りは……何もないが。
「綺麗だ。……視力が良くなったのか? 夢のくせに。まあ、そんなふうに見えるだけか。それにしても、現実がいままで体験したことがないレベルでリアルだな。こういうのを新時代の3Dとでも言うのかね」
意味わからないことが言葉が口から出た。まあ、アレだ。4Kとか言うやつか。モニターが現実とは比べ物にならないレベルで色鮮やかに見えるヤツを思い出してねつ造したとすれば不思議はない。
そういえば、終末少女のバトルは設定だと戦闘距離がキロメートル単位になることを思い出す。そう考えれば、視力は人間とは比べ物にならないはずだが。
……夢を論理的に考えることほど馬鹿馬鹿しいことはないな、と思い返す。
「む――」
ひょい、と近くにあった剣を引き抜く。いや、普通に飾り用で装備すらできないものだけど。
この部屋には様々な金銀宝石で彩られた剣や斧、弓までが床に突き立っている。かっこいいと思ってほかならぬ僕がやったんだが――
「ダモクレスの故事じゃあるまいし、剣が無数に目の前にあっても気が滅入るだけだな。こんな部屋を考えるやつはよほどのアホウじゃないのか」
まあ、自分だが。ゲームの視点だと中々に壮観だったが、実物が目の前にあると監獄の中のような気分になってしまう。ありていに言って最悪だ。
夢で見るのだったら、普通に小物とか置いておけばよかったよ。とりあえず、刺してある剣の一つを手に取ってぶんぶん振り回してみる。驚いたことに感触まで感じる。剣で自分を映してみた。
「それにしても、現実感がありすぎるな。剣を持っている感触まであるぞ。つか、僕は幼女かよ」
なんと、自分は作成したゲームキャラの見た目をしていた。そういうこともあるのだろう、夢なのだから。
ふと、思いついて――腕を切ってみた。一瞬で治った、痛くもない。剣に写った幼女は冷たい表情で僕を見返している。
紛れもなく僕の作ったアバターだ、公開するものでもないから趣味に走った。
「まあ、夢だしな。痛みを感じるほうが不自然かな」
すこし、動いてみようかな。と思ったところで――数km先から足音が聞こえてきた。つくづく、この体はとんでもない性能だと独り言ちる。
「どう対応すべきかね? 武器は……ないこともないけれど」
突き刺さっている無数のアレとかソレとか――どうせなら投げたほうがいいかな。ぎらりと光る刀剣はよく磨かれていて床ですら軽々と切り裂くほど鋭い。鋭いが……
しかし、素人では鈍器として使ったほうがマシというものだろう。
「さて、誰が来る……!?」
敵意は感じない。というか、これは本当に夢なのだろうか。現実的に考えてあり得ないが、しかし夢でもこれだけはっきりとした感覚を覚えることもまた――ありえないのではなかろうか。現実でも夢でもない。とするならば。
「……早い。もう来る」
考えを切り替える。この足音を聞く限り、走っているようだ。しかし、なんだこの異常な速さは? 車と同レベルのスピードではなかろうか。そして、そのスピードでもすぐにつかないここの広さはどうなっているのだろうか。
「ルナ様! ルナ様ルナ様ルナ様ルナ様ルナ様ルナ様ルナ様――――ッ!」
やわらかい塊が突っ込んできた。
「……うわ」
ヤバイ。命の危機とは別の意味でヤバイ。いや、これは――社会的な生命の危険? 柔らかな体からいい香りがする。ふわっふわで、抱きしめたら潰れてしまいそう。
小さな体――触れたら壊れてしまいそうなほどに繊細でかわいらしい。
これ……抱きしめ返してもいいのかな? こわれないように、そっと抱きしめる。リアルだと犯罪だな、などと思って苦笑する。
「うわ~~~~~~ん!」
この声、アリス? そうか、これが夢なら出てきてもおかしくない。
秘書はこの子に設定していた。終末少女onlineの夢であるなら、キャラが出てこないほうがむしろ不自然と言える。
……望んでいたことかな。夢でもいいから会いたい、と――夢見がちなガキか、僕は。あれ? 目が覚めたらパンツがべとべととか、ないよね? と少し顔を蒼くしてしまう。
「えっと……どうしたのかな? アリス」
色鮮やかにきらめく金髪を撫でつつ、やわらかい体を抱きしめ返して言った。
どこまでも沈み込んでいきそうな柔らかさから、心地よい弾力が返ってくる。これが夢なら、餓死するまで覚めなくてもいいな。などと、手のひらを返す。
さっきまで、痛いな僕は――さっさと覚めるか、なんて思っていたのに。うん、これは中々とか言えなくなるほどヤバイ。
その感触に麻薬などよりももっともっと夢中になってしまう。現実での生命などどうでもよくなるくらいに依存してしまう。
「あう……えぅ……ひっく」
この子はなかなか泣き止まない。とりあえず、頭を撫で続ける。ふわふわとしたいい匂いのする髪――こんなの、いつまで触っていても飽きるわけがない。
「うう……すん……あのね」
たどたどしいしゃべり方。とてもかわいらしいと思う。上目づかいに僕のほうを見てくる姿は天使などという形容では収まりきらないほどに愛らしい。
「なぁに?」
意図せずに甘い声が出た。
「…………しぬ、って」
「誰が?」
「ルナ様」
「……え?」
僕? ていうか、状況が分からないんだけど。
「こえが……きこえたから」
「……あ」
そういえば起きたとき――いや、夢に落ちたときにそんなことを言った気がする。それで、この子はここに来たのか。
「えっと……それで心配してくれたんだ?」
こんな可愛い子が僕のことを心配してくれたとすごく嬉しくなってしまう。ここが夢なんてことはもう忘れた。この幸せの前では些細なことだ。
「うん。……いなくなっちゃ、やだよ。ルナ様」
「大丈夫だよ、いなくなったりしないから」
まあ、夢だからどうせ数時間でこの世界ごと終わるだろうけど。すぐに我に返ってしまう。
いつもそう――感動的な映画を見ても、スタッフロールを見終わるころには感情がフラットになる。ああ、楽しかったななどと過去形で語ってしまえる。
まあ、それは一緒に見に行く友達がいなかったせいかもしれない。ちくしょう。
でも、文字通りにこの世のものではない美貌――かわいさのアリスと一緒にいられるなら。夢から覚めるのは嫌だな、と思ってしまう。
飽きることなく、そんな益体もない思いを抱き続ける。
「……ルナ様。いつもとちがう」
「いつもの僕?」
「ルナ様はこういうこと、してくれなかったから」
「アリスは頭撫でられるの嫌い?」
「……すき」
「じゃあ、こうしてる?」
「うん」
そういって、うつむいて体を預けてくる。少し震えている。それでも、体を僕に預けてくれるのがうれしい。この子は、たぶん僕のことを完全に信頼してくれている。
「かわいいな」
「……ひゃう!」
びくり、と震えた。つぶやいたのが聞こえたかな。ふと、床に突き刺さっている無数の剣を見る。幼女が幼女を抱きしめる天国のような情景が映っていた。
「……きれい」
聞こえたのか、聞こえていないのか――アリスが抱き返す力が少しだけ強まった。
「ルナ様」
「なぁに?」
「おっぱい、さわる?」
「ぶっ……げほ! げほげほ。ごほっ! な、なにを――」
とんでもないことを言われた。僕はまだ犯罪に走る気はない。いや、ここは夢だから思う様もみしだいても大丈夫か――と少し考えてしまって。
僕のことを信頼してくれる子になんてよこしまなことを、と自己嫌悪する。
「好きだよね? さわるの。アリスのはふくらんでないけど、ルナ様なら好きにしていいよ」
「そ、そんなこと……いや、だって……そんな……」
ちょっとまって! そんな。そんなの、どこで習ったの。こんなかわいらしい顔して……そんな、まるで人を堕落させる悪魔みたいなことを。
「……? いつも、やってるよ。ルナ様」
僕かよ! 図書館画面で秘書をクリックするとボイスを聞けるやつ――調子に乗ってポンポン押すんじゃなかった。
いや、押すよね? そういうシステムだし。うん、僕は悪くない。と自己弁護する。
「いや、えーと……ね。アレは――その。ちょっとした行き違いというやつで」
ヤバイヤバイヤバイ。これ、僕――最悪の畜生じゃないか。こんな小さな子に無理やりして、責任も取らないなんて。
「ちょっと、こわかったかな。ルナ様、まえはひょうじょう、うかべてくれなかったから」
小首をかしげて言う。横顔がとても色っぽく見えて、そんなはずないと僕は首を振る。
「あ……え? ああ、うん。それはきっと、僕がpcからルナというアバターを通して指示を与えるという仕組みになっていたからじゃないかな――」
しどろもどろになって、考察っぽいナニカが口から出てくる。それは僕の悪い癖。
なにごとも理論立てて、たとえその理論が非現実的な戯言であろうとも――考えてしまう。とはいえ、今のコレは完全に現実逃避だ。
さて、どうしよう? と彼女への対応を考える。
「なに、言ってるの? ルナ様。むずかしいこと、アリスにはわからないよ」
「ああ、うん。つまり僕は遠いところからこれを動かしてたんだよ。今はここにいるけど」
「じゃ、ずっとここにいて。アリス、いっしょがいい」
「うん、いいよ」
ごまかせたかな、と思って表情をうかがってみるとこの子は笑顔を浮かべている。ご満悦そうに僕にほおずりしていて、僕もうれしくなってしまった。