第8話 不本意な戦い side:アルトリア
ルナが傷付けられそうになるのを見て思わず魔導人形を纏ってしまったアルトリア。しかし、ルナはアルトリアに向かって刀を振り下ろす。
「月読流……【蓮華】」
花弁の様な8つの飛ぶ斬撃が襲い掛かる。その一撃一撃が『宝玉』すらも切り裂く武の頂き。無我の境地と同等のそれは、魔導人形の本領だった。
そして、その一撃一撃が紛れもなく『黄金』位階の威力をもっている。
「……ルナ!」
その斬撃を、全て掌で受け流す。アルトリアも最強と言われた戦士。ルナと同じやり方で無我の境地の頂きにまで至っている。
全ては魔導人形の基本性能を限界まで引き出す奥義。事前に最適な動きをインストールすればいつでも引き出すことが可能、わざわざ何万回も型稽古をする必要などない。
「ふふん。やはり強いね、僕の目は間違いじゃなかった。では、”次”だ。あの男程度では不可能な業を見せてやろう」
ルナは笑っている。だが、その太刀筋にははっきりと殺意が乗っている。あのまま呆けていたら確実に殺されていた。
「やめてくれ。私はお前を傷付けたくない……!」
「さあ行くぞ。技と異能の合わせ技、とくと見るがいい。月読流蓮華が崩し――狂月流……【蓮華・空絶】」
8つの斬撃が……空間を超える。即ち”空間転移”と”絶対切断”の合わせ技。前後左右どころか上下すら自在に襲い来る斬撃は目で捉えることすらできはしない。
文字通りの異次元の技は、人知すら超えてアルトリアに迫る。
「――ちィィ!」
かわす。かわす。かわす。しかし、その埒外の攻撃をどうしても受けきることができない。受け流す云々は無理だ、触れるだけで切れてしまう。
「……ふふん、その程度? 本気を出してよ、つまらないなあ」
「こんな戦い、何になると言うんだ……!」
「つまらないことばかり言わないでよ。その体勢では次の攻撃はかわせないな。……戦えないなら沈め。月読流鳳閃花が崩し――狂月流……【鳳閃花・空絶】」
「――ッ!?」
それは異形の攻撃。ただ一文字に周辺を薙ぎ払うその一撃が、空間が歪んでぐねぐねとした螺旋軌道を描く。
蓮華・空絶をかわした直後の攻撃だ、どうにかできはしない。
「おやおや、当たってしまうとはね」
「……ぐ。ぐぐぐ……!」
アルトリアは膝を地に付ける。ルナは絶対切断の力は消していた。だから、真っ二つにはならなかった。装甲にひびは入ったがそれだけ。明らかに手加減されていた。
――けれど、立てない。
相手が悪者ならばいくらでも気力を奮い立たせることができた。相手が善人だろうと、意見を異にするならば殺し合いを演じることができた。
だが、このような幼く可愛らしい女の子を相手に武を振るうなどと。
「がっかりだ。この期に及んで実力を発揮できないか。……それとも、あの姉妹ゴッコがよほどお気に入りだったかな? なら、こうしようか」
「……?」
ルナは懐から黒い塊を取り出した。
「『黒の破片』。ま、こいつはただの爆弾さ。そして、10分後に起爆するんだよ。……コイツがその点火装置だよ」
更に宝石を取り出し、マッチ棒でもこするかのように叩きつけた。すると、即座に黒い塊は脈動する。――即座に悼ましいまでの魔力波動が溢れ出した。
「……なんだ、それは?」
「全て吹き飛ばすのさ。ま、これは広範囲を消去するものじゃない……とはいえ、ここで寝ている奴らも、そして君も僕も生きてはいられまいよ」
ぽい、と無造作に黒い塊を放り投げた。そして、宝石をネックレスに通して首にかける。
「なんだと? そんな……そんなものを使う気か!? ルナ!」
「もう使っちゃったけど? とはいえ、こっちの点火装置を壊せば起爆しない。ま、僕は爆発する前に空間転移で逃げるけど――お姉ちゃんのお仲間さんも死んじゃうね」
その禍々しい魔力は説明には十分だ。そして、空間転移の業は先ほどから見せてもらっている。疑えるようなことなど何も残っていなかった。
このままならば、全員死ぬ。……そう、ただ倒れている侯爵の部下たちまで。
「ふざけるな! 戦う力もない人間を殺すのか! ルナ! もはや、そいつらは武器も持てん。……戦う人間ではないのだぞ?」
「だから? 僕を襲おうと出張って来た奴らだろう。勇者のように魔王に挑み志半ばで逝くのも、ゴミのように打ち捨てられるのも同じ〈死〉に違いない。……敵は殺す、当然だろうさ」
アルトリアの瞳に光が灯る。ルナがその気なら殺されても構わない、少なくとも反撃に出る気がなかったのが……
「――否! 矛を止むと書いて武! 武術を扱う者であれば、戦う力を持たない人々を傷付けることは誇りに反すると知れ!」
「……いいや、その見解こそ間違いだ。矛にて止むと書いて武。武とは殺戮の手錬手管に他ならない。それはただ殺すためのもの。――誇りとは、己が内に完結するもの」
アルトリアが構える。そして、ルナもまた構える。怒りと笑みが交錯する。
ルナの言葉には真実がある。アルトリアには知る由などないが、ルナは【翡翠の夜明け団】の魔人達の頭目……”死のうが殺す”という殺意の塊共を統率していた存在だ。結果を出さなければ、その生に価値はない。振るわれない武に意味はない。
逆に、アルトリアのそれは貴族としてのそれだ。人民の上に立つ存在となれど、いたずらに武を振るって民を怖がらせることなど許されない。それは民の敵を斬るための刃のはずだ。国を治める為には、伝家の宝刀こそが肝要だ。抜いてはいけない。
どちらも間違っていない。あえて言うならば立場の違いだ。しかし、立場の違いに端を発するがゆえに……唯々諾々と相手に従うわけにいかない。
「「行くぞ」」
同時に動く。10mの距離など関係がない。距離を無効化する術などいくらでも持っている。
「狂月流……【蓮華・空絶】」
ルナの放った8つの連撃が空間を超えてアルトリアの元に届く。だが――実のところ、その技は完成度が低かった。
強力な異能はただ使えば強いと言うものではない。蓮華こそ弾く以外に防ぐ手段がなかったが、こちらは空間を跳躍する分隙間もできるし斬撃の密度はむしろ薄い。究極位にまで達してしまえば、避けるのは空絶の方が容易かった。
「……皇月流【雪崩】ッ!」
全ての攻撃を避けたアルトリアの遠当てが、ルナに届く。
「私を甘く見るなよ、遊んでいるつもりか? この程度の攻撃が私に届くと思うか!?」
「あは! この程度の攻撃もしのげないようでは面白くないからね。でも、残念。宝石には届いてないよ」
そして、二人は踏み込んで接近戦の距離へ。この距離では空間転移は意味がない、ルナも隙の残る狂月流はもう使わない。
「月読流……【桜吹雪】」
「皇月流【木陰】が崩し――【木乃葉墜とし】」
二人が選んだ武の理は奇しくも同じ。近距離での飽和攻撃による空間制圧だった。無数の剣撃と、無数の乱打がせめぎ合う。
間に居れば消滅間違いなしの殺陣。人類の到達点がこれだった。
「……僕の攻撃を全て叩き落すとはね!」
「身体に触れさせてもくれないくせに、よく言う!」
「僕の貞操観念は硬いんだよ。いくらお姉ちゃんでも大事なところには触らせてあげられないな」
「……は! ならば、頭を殴りつけて叱ってやるさ」
アルトリアが退く。否。……それは仕切り直しを意味しない。彼女は必殺を選択した。手加減は加えるが、早々に決着をつけなければ後がない。
――魔導人形が崩壊しかけている。絶対切断は使っていなかったとはいえ、一撃受けたのがまずかった。このままでも異能の力を扱えば確実に壊れるだろうが、しかしこのままでは勝ち目がない。
「皇月流【穿騎】が崩し――【覇気轟乱】」
本気を出す。アルトリアにとってその行為は慣れない。それはただの正拳突きだが、防御に特化しない異能ならばそのまま突き破るほどの一撃だった。
実力を出すと強すぎて引かれてしまうからだ。この国に、彼女の本気に耐えられる戦士など居なかった。居たとしても、公式試合には出てこなかった。『宝玉』程度なら異能を使うまでもなく下せる武……それが彼女の力だからこそ、大会では見世物を強いられた。
「やっとやる気になってくれたね、お姉ちゃん。月読流……【桜花・満開】」
ルナが放った10連撃、10枚の花弁がアルトリアの一撃を防ぐ。……否。
「……ッ!? 威力が足りない!」
花弁を貫いてルナに当たった。……が――
「足りない……か!」
その宝玉にヒビが入った。だが、砕けてはいない。まだあの禍々しい気配は消えていない。その点火装置もまた、ただの宝石などではない。
「……ふふ。本当に強いね、お姉ちゃん。ならば、見せてあげよう。この僕の本当の力を。僕の流派は8刀1槍。皇月流と同じく魔導人形を前提とする業」
ルナが両手に4本ずつ刀を構える。足して8本。しかし、そんなものは真骨頂ではない。8とは無限を意味する数字であるがゆえに。
ルナが箱舟の超越技術を駆使して作った武術の真の姿が現れた。箱舟は全てを計算する演算機。世界すらも再現して最善であり最適の形を描き出す。無限の刀と、真なる槍でのコンビネーションが人知を超えた理を導き出す。
そして、『ロンギヌスランス・テスタメント』は世界を断絶する神槍である。