第6話 初戦 sid:アルトリア
瞬く間に二人を葬り去ったルナ。兵達を見れば痙攣していることから命が残っているのは分かるが、本当に魔導人形の力が失われているのだとしたら未来はない。
『鋼』位階のそれでさえ、一介の軍人に償えるものではない。それはとても貴重で、「敵にやられました」で済むようなものではないから。
貴族の義務が滅びた今は、全てが個人の責任に帰する。命令した者にも責任があるが救いにはならない。上司”も”追及されるだけで、それで部下の追求の手が緩まるわけではないから。
「――貴様ァ!」
6人の兵隊が先走った。先の2人と同じ神速の踏み込みを見せる。ルナの手は二本しかない、受け止めきれない。
アルトリアはルナを守ろうとして、お供の二人に止められた。これで邪魔はない。兵達の剣先が、ルナを八つ裂きにせんとうなりを上げる。
「愚か者が!」
ルナは弓と矢を取り出す。それは彼らと同じもの。倒された二人の魔導人形『鋼』の拡張領域にしまわれた武具の一つだった。
「魔導人形というものを教育してやろう。剣を振り回すしか能のない馬鹿者どもめ」
つがえ、放った。1本、2本……肩を撃ち貫いて磔とする。2人が戦闘から脱落した。
だが、ルナの持つ弓にもひびが入る。『鋼』の握力を超えた力で使用したから、威力が上がった代わりに耐久が持たなかった。3射目を引く前に弓は折れる。
「ちィ――。だが、ここで終わりだ化け物ォ!」
「くたばれェ!」
口々に襲い掛かる4機の魔導人形。
4人を前に、ルナは弓を放る。そして落ちている剣に手を向けると、剣は宙を飛んで手に収まる。掴み、切りかかる。
放られた弓に怯んだ1人を除いて3名の同時攻撃だ。剣の一本で対処するには数が多い。が――ルナは下らないとでも言いたげな目をしている。
「……そら」
二合、暴風のごとき剣が二本の剣を弾いた。この程度は児戯とでも言いたげだった。だが、3手目が来る。
6人のうち、5人まで対処したが6人目までは対応しきれなかった。
「だが、これはどうしようもあるまい!」
ルナの剣は流れた。二本の剣を弾くため、力いっぱい振るった剣はもはや引き戻せない。……ゆえ、ルナは用をなさない剣を手から離す。
「剣だけで何を見た気になっているのかな? 月読流拳術……【彼岸】」
敵は唐竹割の構えだ、直上から剣を振り下ろす。剣の威力を十二分に引き出せる技だ。例え【奇械】であろうと破壊して見せると意気込んだ。
一方、ルナは拳と掌で振り下ろされた剣を挟む。叩き折ってしまった。
「馬鹿、な……!」
「呆けるなよ、間抜け」
小さな身体で敵の胸あたりまで飛び上がり、蹴りを打ち込む。ドロップキック、その男は鎧の心臓部をへこませて地面と平行に飛んでいく。
「「この……!」」
だが、剣を弾かれただけの二人は仲間の犠牲を無駄にしない。空中に居るルナに向かって、姿勢を整え直した剣を振り下ろす。
「君たちは、もう少しこいつの使い方を知るべきだ」
手を振った。それだけで二人が揃って転倒する。まるで空中の縄にでも引っかかったかのようだが、そこには何もない。摩訶不思議な現象だった。
そして、弓を投げられて怯んだ男も、今は倒れた二人が邪魔で剣を振るえない。
敵がまごまごとしている間に、ルナは続けざまに3人にそっと触れた。……たったそれだけで魔導人形が鉄くずに変わる。
「まったく、不甲斐ないことだね。なぜこんな間違った使い方をするのか、悲しくすらあるよ。アルトお姉ちゃんは”ちゃんと”使ってくれてるっていうのにさ――」
倒した男の上に乗ったまま、可憐な笑みをアルトリアへと向ける。
剣、弓、拳。あらゆる武術を〈着る〉だけで一流にするのが魔導人形だ。ゆえにルナの言う通り、一流に一流を着せても意味がない。そんなものは基本性能なのだから、そんなことに時間をかける意味はない。
逆に、その一つに囚われて他を使えなくなってしまう。剣術の修練を詰んだ結果、弓を使えなくて数を活かせなかった敵のように。
「……ルナ?」
アルトリアは当惑する。何も意味が分からないが、しかしあの動きには見覚えがある。幼く背の低い彼女のためのアレンジが施されていたとしても……あれは魔導人形を纏う者の動きだった。
「この程度で何ができるか疑問だね。こんな奴らで、どう【奇械】に対抗すると言うんだか。ねえ、お姉ちゃん。あなたもどうしようもないと思ったからこそ、旅を続けているのでしょう?」
ルナは笑っている。
真意が知れない。この行動、すくなくともベスキオ侯爵が言うような【奇械】ではない。あれはただ人類を滅ぼすだけだ。
だが……あの力、人間のはずがない。魔導人形を纏わず、魔導人形の力を振るう幼女。文字にしてみても意味が分からないが、見たままを言うならそれだ。
「ルナ……お前は一体……」
知りたくない気持ちが強い。けれど、言葉は勝手に口から吐き出される。何を聞こうと信用できないかもしれない。いや、まだ信じたがっている。……こんな私を無邪気に慕ってくれた彼女を。
……けれど、ルナの口は止まらない。
「ふふ。お姉ちゃんにだけ教えてあげようか? 僕らは別に人間に敵対しようと言うわけでもないんだ。まあ、その出生から奴隷扱いされるかもしれないけどね。でも、その場合は人間なんて潰してしまうかもしれないけどね?」
ルナはとても楽しそうに言葉を繰る。舞台の上の演者でも気取っている様子だ。その声は幼く、高く、よく通る美声だ。
調子に乗り始めたルナの言葉を邪魔する者が居た。
「――知ったことかよ、化け物め。ここは人間の世界、民主国だ。散るがいい、人間の世界に踏み入るな」
この場に居ないはずの声。伏兵が、距離を超えてルナの胸に刃を突き立てた。
「こふっ……」
敵大将の動きを警戒していなかったわけではない。しかし、敵の『宝玉』は一つと甘く見たのが裏目に出た。
『宝玉』では距離を何とかできたとして、ただそれで終わりだ。『鋼』の攻撃を苦も無く受け止めたルナに致命を与えるには一つや二つ工夫が要る。ただの刀では貫けないから。
「この刃、これも『宝玉』の異能か……!」
なんでも斬れる”絶対切断”の異能こそが伏兵の異能。そして、ただの一歩で1㎞を踏破したその力は敵大将の異能にして”空間転移”の力だった。
この二つが組み合わせによりルナの油断を突いた。作戦勝ちというならば、ルナが一本取られた形だろう。心臓を貫かれて死なない人間はいないから。
「おやおや、これは少しは見直したぞ。まさか、僕の警戒を抜けて刃を突き立てるとはね。素晴らしい連携だ。影と表、ということかな? 主家と傍流かい? 信頼で繋がれた絆がなければ、ついぞなしえない。……いやはや、まったくもってすさまじい手際だ。脱帽するよ。魔導人形の力はともかく、互いの力を引き出す術は心得ていたと言うわけか」
けれど、ルナは死なない。そもそも人間ではない。ゆえに心臓を貫かれた程度では死なない、自明の理だ。
そして、それはアルトリアも同じことだった。『黄金』持ちとして、その程度の傷では死なない。ならば、不思議はない。……とはいかず。
「何をしている、ポッサム!? さっさとそいつを始末してしまえ。そのまま二つにしてしまえばいくら化け物であろうと、真っ二つにしてしまえば生きてなどいられまい!」
「オッサム様……刀が、動かない……ッ!?」
ベスキオ・オッサム。それがこの領主の名前。ベスキオ侯爵と呼ばないのは、動揺が表に出たか。名前も似通っている、偶然ではないだろう。
生まれからして主従の関係があったのだろう。順当に育まれた絆があってこその連携、というわけだ。
「おいおい、ポッサム。お前はアレを見ていないのか?」
ルナはけらけらと笑っている。胸に刀が突き立ったまま、両手を広げて相手をからかっている。……いや、指がおかしい。何かをつまんでいる?
「何だ。何が起きていると言う!?」
「わめくなよ、オッサム・ベスキオ。こんなのはただ、”絶対切断”の力が刀の側面にまで及ばないと言う話だろう。己の異能くらい知ってなければおかしいよな? なあ――」
ルナの手がその刀の横をつまむ。……そのままベキリと折ってしまった。尋常ならざる力。この力は、『宝玉』に収まらない。
「このように、無敵とはいかない。かくも脆いものだな、所詮は『宝玉』か。だが、腹の足しにはなるかな」
ルナがそいつの頭を掴む。だがその一瞬前に黒い渦上の空間が出現、オッサムが掴んで引き寄せた。空間が閉じたころには、二人で空中に佇んでいる。
つまり、ルナの”魔導人形の力を奪う”謎の異能から逃れたということだ。
「……ふむ。そちらの空間転移は見たところ――特に発動条件もない代わり、攻撃手段として使うことはできないみたいだね?」
ルナが一歩を進む。力を奪うことは失敗した。が、2度も見たならば『宝玉』の異能程度ならば予想できるということだ。
その歩みは、敵の異能など警戒する必要もないと、威厳と自信に満ちていた。
「ひィ。く――来るな、化け物め!」
一方で、そいつは怯えた表情で後じさった。ベスキオ侯爵、生まれながらに人の上に立つ人間にして、その貴い出まれから武の道を歩み続けた。
だが、人のカタチをした化け物を前にしては、抵抗の意志を保ち続けることはできなかったようだ。
「行け、兵士たち! あの化け物を殺せェ!」
空間転移の力を発動する。質でダメならば量を、と大量の兵士を輸送する。
魔導人形が勢ぞろいした壮観な光景だが……しかし、その実は『銅』が殆ど、『鋼』に至っては存在しない。先の男たちの分で打ち止めだったのだろう。
「――下らん。まったく、下らない。僕の胸に剣を突き立てて見せたから、それなりのモノかと思いきや」
ルナは歯ぎしりしている。全身で不満を表現していた。
それはそうだろう。『銅』を揃えれば、確かに『鋼』に勝てるかもしれない。だが、異能を扱う『宝玉』を相手するには、頭数をそろえても意味がない。
ルナは明らかに『宝玉』より上の位階、『黄金』の領域の力を持っている。だからこそ、不服なのだろう。忌々しげに叫ぶ。
「折れたとはいえ、その刀はまだ用は果たせるだろうが。ならば、策を巡らせろ。それでもどうしようもないならば、鍛え上げた武で限界を突破するがいい! やって見せろよ、敵を打ち砕くのが人間の力だろうが。不可能の踏破こそ人間の本懐だったはずだ!」
舌打ちして、剣を捨てる。無防備になった。とはいえ、ルナの見せた異能があれば武器の有無など何も関係ないのだが。
「だというのに、これは何か? 数があればどうにかなると己惚れたか。群れることが人間の力と? 馬鹿め、臆病者め。その有様で敵を討ち果たすことなどできるものかよ。雑魚を数だけ揃えても、虚仮脅しにすらなりはしないと知るがいい」
ルナは地面を蹴りつけている。戦う人間の姿ではない。そもそも、戦う気などなくしている。もはや敵とも見ていない。
あんな敵など、踏み潰すだけのアリの群れに過ぎない。
「黙れ! その化け物をやってしまえ。『銅』とはいえ総勢48機の大軍勢、貴様の力は分からんが軍勢を相手にできるものではないはずだ!」
ベスキオ侯爵がわめきたてた。全機が一斉に降下する。如何に量産機とは言えど、高空からスピードを得て襲い掛かってくる魔導人形は恐ろしい。
それは本能的な恐怖だ。大質量がものすごい勢いで迫ってくる。鋼の砦くらいなら簡単に粉微塵にして見せるに違いない。けれど、ルナはそちらを見もしない。
「――」
一方で、アルトリアは身を震わせている。軍隊が恐ろしいのではない。確かにこちらに襲い掛かかったのならば供の二人には一も二もなく逃げさせていたところだが、自分はそのまま反撃に出る。アルトリアの持つそれも『黄金』だ、軍隊などものの数ではない。
恐ろしいのはそいつらではない。そんなものではない。
(なんだ、あいつらは? なぜ分からない……?)
そうだ、なぜ気付かないのだろう。この――悍ましいほどの殺気を。”ルナから放たれたものではない”人外の視線! この戦場を射抜く絶対者の殺意。
「伏せろ、お前たち!」
ガニメデスの頭を地面に叩き付ける。ベディヴィアは自分で身を伏せている。殺気が飽和した。……来る!
「いや、別にどうでもできるけど。もう面倒くさい、興味を失くした。だから、もういいよ。やってしまえ」
吐き捨てたルナの言葉に応えるのは、ルナよりも更に幼い声だ。
「はい、ルナ様」
姿を現したのはルナより小さい幼女。幼さの中に魔性の美を隠す彼女は、ルナよりもなお冷酷な瞳で眼下を見下ろす。その何者かはルナの許しを得て暴虐を始めた。
その瞳は人間を人間と見ていない。ただの害虫とみなす目はどこまでも冷酷で、凶悪なまでに発散する強大な魔力が彼女を侮ることを許さない。
「さあ、やっつけてしまえ。『いるか』」
ぐずり、と地面から人形のイルカが顔を出す。だが、胴体から尻尾は異形の一言。奇形じみた幾本もの触手が地面を叩く。
死と絶望をこねたような真っ黒な、ボタンの瞳が兵士たちを睨みつける。
〈――!〉
吠えた。
それは叫喚。それは闇。それは畏敬すべき異界の神のごとき異様にして威容。その膨大な虚無の前に世界が発狂する。
それは空を対象とした攻撃、私たちは地面に伏せているからほとんど影響はない。だが――
目の前の軍隊は丸々攻撃対象だ。全てが壊れて、堕ちていく。