第5話 黒幕の本性 side:アルトリア
そして、一行は次の日には街を出た。碌な情報が手に入らない以上、別の街に行く必要がある。それこそ実際に教国まで行って見てとんぼ返りするのも一案だが、ルナが居る以上はそんな強行軍は難しい事情があった。
さらにもう一つ理由がある。街の散策時に殺気を感じた。そして、奴らは恐らく街中で仕掛けることも厭わないだろう。権力と言うより、警察に当たる組織がまともに動いていないのだ。後ろ盾がある組織には噛みつけない脆弱な組織だ。
ゆえにこうして、野営している。ここなら巻き込まれる市民はいないから。
「悪いな、ルナ」
「んー?」
「ベッドで休ませてやりたかったんだが、な」
「別にいいよ。お姉ちゃんには必要なことなんでしょ?」
無邪気に笑う顔に陰りはない。一安心だ。後ろで二人がそんなガキは居ねえだろ、と言うが私には分かる。……この子はただ良い子なだけだ。
我慢しているのを悟らせないように笑顔を見せてくれているのだ。
「では、ルナ。少しここで待っていてくれ」
「ヤ」
「……」
困った。
「連れて行けばよいのでは? ここに居ても危険なことには変わりないでしょう」
「というか、捨てた方が良いのでは?」
「ベディヴィア、ガニメデス。いい加減にしろ。……なあ、ルナ。良い子だから、今日は早めに寝ておいてくれ」
「やー」
ぷっくりと頬を膨らませてだだをこねている。
「どうしようか」
途方に暮れて天を仰いだ。
「もう来るよ」
ルナがけらけら笑いながら言う。無邪気で……そして邪悪な笑みを。
「……ベディヴィア、ガニメデスを任せた! 奴らは私が相手する! 解き放て『ミストルテイン・ペインブレイド』。ルナ、こちらへ!」
何も警戒態勢を取らない彼女を抱きかかえる。直後に爆撃が来る。キャンプごと吹き飛んだ。が、私たちは無事だ。
こちらには真正の魔導人形が3機、その程度で倒せるはずがない。
「正規軍……か?」
ただの盗賊に、ここまでの火力を用意することなどできはしない。大砲を運用できる者は体制側の人間に限られる。
今となっては私はお尋ね者だから、何も不思議はない。が……
「なぜ今になって本気を出す? 消耗戦を続ければ良かったはずだ。……何か、理由が」
この期に及んで怯えた様子のないルナを見る。この子が原因、ということならば辻褄が合ってしまう。……理性では分かっていても、認めたくはない事実。
そうだ、怪しいにもほどがあるだろう。この世界のどこに荒野で一人でいる幼女が居ると言うのだ。
「――ふん。世界をひっくり返そうと企むテロリストめ。堕ちたものだな、【戦姫】アルトリア・ルーナ・シャインよ」
姿を表したのは魔導人形『宝玉』の位階を駆る男。人を従えるに相応しい威厳を兼ね備えた壮年の男は、一帯を支配する領主だった。
民主主義による投票により選ばれる領主は、その実資金力がある元貴族の割合がめっぽう多い。平等を謳いながら、実際は平民では金を用意することもできないから。
そして、この男。一見太っているように見えるが、その実それは全て筋肉だ。由緒正しき、武人としての気質を備えた貴族に他ならない。
「堕ちた……か。権力争いに明け暮れる今の民主国が正しいとでも言うつもりか!? このままでは早晩にも人間は【奇械】に滅ぼされるのだぞ。ベスキオ侯爵、奇械を打ち砕くため、皆が力を合せる必要があるのだ」
「――下らん妄言だな。そして、現実を見る目もない」
ベスキオ侯爵は呆れたように呟いた。この男にとっての現実とは、民主国の政治のことだろう。確かに狭い政治の中では私は異常者だ。そこに居たからこそ、よくわかる。
「は。どちらが」
けれど、外の世界に目を向ければ人類に未来がないことなどすぐに分かることなのに。【奇械】の脅威を分からせるなど簡単だ、教国に連れて行けばいい。そこで虐殺される人々を見れば分かるさ。
「黙れ。何もわかっていないのは貴様の方だろうが!」
だが、男はキレた。激昂している。救えぬ愚か者を見る目で私を、アルトリアを見る。その眼には、正義が燃えていた。
「何を……」
「人外の領域、ヴェリアス丘陵に現れた新種の【奇械】――それがソイツだ! 爆発のあったそこには奇妙に抉れた痕が残るのみ。そしてそのすぐ後に姿を現した、”それ”は得体のしれない化け物に違いない!」
彼は唾を飛ばしながらわめいている。ルナのことを化け物と詰っている。
だが、一片の真実は示している。
ギルドでルナのことを尋ねたことは、この領主にも伝わっている。幼さに騙されるかもしれないが、これほど美しい人間など居るわけがないのだ。
アルトリアならば伍するかもしれないが、一国の姫君に比肩しうる孤児などおかしいだろう。ゆえに、抉れた痕の関係者であると言う読みは妥当だ。
そして、正体の分からぬ何かを敵と断定するのは、賢者ではないが賢しらはあるだろう。少なくとも、無条件に味方と信頼するよりは。
「違う。……ルナは。……この子は違う」
状況証拠は揃っている。……ああ、だからそれで?
姫であったときから孤独だった。私は強すぎたのだ、同レベルに魔導人形を扱えるものなど誰も居なかった。そして、年頃の少女のようにぬいぐるみにもアクセサリーにも興味を抱かなかった自分は異端だった。
ベディヴィアは同志だが、それ以上ではない。今の支配体制が歪で間違っていることを夜通し話し合ったこともあるが、心を許せる相手ではない。
彼女だけだったのだ。恐れずに接してくれたのは。……お姉ちゃんなどと呼んでくれたのは。友達と、そんな風に呼べる関係を持てたのは。
「――あはは。こんな可愛らしい子を捕まえて、化け物なんてひどいなあ」
彼女はいつの間にか私の腕から降りて、てくてくと歩いている。そんな傍若無人な態度を取れること自体が悪の証拠かもしれないが、それでも認めたくはない。
ベディヴィアとガニメデスはすでに彼女に向かって剣を向けている。正規軍などよりも、よほど危険と言う判断は間違っていないと理性のどこかが冷静に判断を下す。
「語るに落ちたな、化け物が! 皆の者、そいつを破壊しろ!」
領主が叫ぶ。
「「……承知!」」
……そして、領主の後ろに立つ二人が神速の踏み込みで切りかかる。それは傭兵でも冒険者でもない、騎士としての強さだ。それは武を修めた者としての力。魔導人形『鋼』の本領発揮。
武を極めるには遠くとも、生涯をかけて磨き上げた力は本物だ。【奇械】であろうとも完全に破壊できるだけの暴虐がルナに襲い掛かる。
「おやおや、手加減なしかい?」
だが――ルナは無造作に剣を掌で受け止めていた。そんなことはあり得ない。……それこそ、上位の【奇械】でもなければ。
魔導人形も纏わずにできる所業ではない。つまり。
「……馬鹿な! 我々の一撃が!?」
「なんという硬さか、【奇械】め」
ルナは、人間ではない。
「わめくなよ。そして弱いな。……お前たちは魔導人形の何たるかを知っているのか?」
そのまま剣を掴む。人間であれば自らを傷付ける愚行だが、ルナには関係ない。柔らかそうな指には赤い筋すら付いていない。
二人の男はもはや押すこともできなければ、退くこともできない。
「剣を極めるのは操者としてはスタートラインだよ。蹴りを出せよ、剣に頼るな。そんなだから……こういうことになる」
横に放り出す。鉄がこすれる凄まじい音を立てながら転がった。まるで重機にさらわれたのような暴虐だった。二人はたまらず悲鳴を上げる。
「……が……は!」
「ぐぅ――」
魔導人形は即ち鋼だ。全身甲冑を纏いながら転べばただでは済まない。しかも――
「なんだ、これは……立ち上がれない……!」
「馬鹿な。なんだこれは……!何をされた?」
肩を痛めた。のはともかくとして。起き上がることすらできないのは不可思議だった。魔導人形は空を飛べるのだ。
ブースターはあくまで加速。基本的な魔法効果のみで自在に空を駆けることができるのだ。浮くのに大した技術は必要ない。足が萎えていても寝転がったままになどありえない。
なのに。それでも立ち上がることすらできないと言うのはどういうことだろう。そして、感じないはずの鎧の重量がやけに肩にのしかかっている。
「おやおや。狐につままれたような顔をしているね? 何が起きたのかわからない? まあ、そりゃそうだ。お前たちなど、所詮は『宝玉』位階しか見たことがないのだろうさ」
けらけらと笑うルナの手には二つの飴玉が握られている。……そんなものを与えた覚えはない。何だあれはと、アルトリアは疑問に思った。
「そう、『宝玉』位階であれば現実すら歪ませる。だがね、見れば分かる程度の『宝玉』の異能とも違うさ。君たちでは理解すらできない領域の話なのだから」
「――だが、それがどうした。魔導人形の力が消されたくらいで、戦えなくなるなど、見くびってもらっては困る!」
「そうだ。貴様を倒せと命令されたのだ。この程度で尻尾をまいて逃げるものか!」
二人が立ち上がる。魔導人形は魔法効果を失ってしまえば全身甲冑の数倍は重い。甲冑は着て動くものだが、魔導人形は魔法を前提にしているから軽量化の用はない。
重量を削るなどと言う愚かな真似はしないのだ。ゆえにその総重量は200kgを下らない。それでもなお、この二人は動く。……ただ、鍛錬を経て鍛え上げた筋力によって。
「いや、お前たちさあ。凄いことではあるんだろうけど、ねえ。おい、無駄なことしてるなよ」
ルナは、彼ら二人を真っ向から殴り倒す。それで終わりだ。鋼の鎧を着ただけでは意味がない、戦う力などない。魔導人形の力を失ったのなら、素直に退くべきだった。
先の神速など見る影もないアリの歩みでは、何も成せないのだ。
「人間の身で魔導人形を背負って歩むなんてどれだけの修練が必要か想像もつかないけど、それで強くなれるわけがないだろう? 見世物小屋にでも行った方がいい」
ルナはつまらなさそうに吐き捨てた。