第1話 新たな異世界 side:ルナ
終末少女、それは腐った世界を選定する掃除人。世界樹のシステムから生み出され、無限の自己改造の果てに完成した神である。……一言で言えばよくあるソシャゲのシステムである。
――”それら”は本来、感情を持たないはずであった。並行世界とでも呼べばよいのか、可能性世界のどこかにそれが出来た。何らかのエラーにより盟主・ルナにとある男の心が宿ったことからストーリーは始まった。
創作物は実際に存在する並行世界から何らかの形でインスピレーションを得たもの、という設定はごまんとあふれている。この世界とて同じ、無限の世界を内包する世界樹ですら幾万とある世界の一つに過ぎない。
そして彼の心は残骸と成り果てて、男であったことなどほとんど忘れている。
有限だった彼に、無限の生を恐れる気持ちはない。
何も変わらず、10人の終末少女にかしづかれて生きていく。その幸福な未来でずっと、神性のごとく永遠に生きる。もはや人の心など無くなった。
”こう”なってから何十年経ったのか、滅ぼした廃棄世界は100を超える。
だが、生き物を見たのはアレが最初で最後だった。鮮烈な生き様を見せてくれた人間たちは今も夢に見るほど鮮烈に美しい。
ルナは彼らに肩入れし、黒幕をロールしつつ生き残るための力を与えた。ルナが期待を寄せた彼らは、十全を遥かに超えた実力を発揮して世界を救った。……その命と引き換えに。
そして、”また”。
――この僕は、美しい緑の星でヒトと出会うことになる。
「おやおや」
僕は呟いた。
この『エッダの箱舟』が引き寄せられている。まるで嵐の中の小舟のごとくだ。
ただ、手は矢継ぎ早にコンソールを操作する。脳内で指示を出すのと、手でのダブルだ。危機感は感じなくとも、とりあえず全力は出しておくべきだろう。
叩きつけられようが、中身には問題ない――けれどぶつかった方はそうもいかない。この方舟と衝突して、世界の方は無事には済まない。とはいえ、そちらの方が面白いと思っているのもまた事実。
「そうじゅうふのう、てやつだね? ルナ様」
外見が10歳くらいに見える幼女は、何一つ慌てることなくモニタを眺めている。
どれだけ生きようと、舌っ足らずな口調は治らない。くまのぬいぐるみを抱えて、変形する程度に力を加えているが、これは単純にルナにかまえと主張しているだけだ。特に慌てたりはしていない。
「いやいや……これは慌てる事態じゃろう!? わしはルナちゃんの慌てた姿が見たい!」
こちらは幼さと色気が同居する妖艶な美少女。のはずだが、今はくねくねと腰を動かし、我儘を言っていた。美少女が台無しである。コイツだけは”設定”から外れている。トリックスターを気取ってふざけているのは原作と違う。
コイツのことは無視しておくのが一番だ。
「まずは、なにが起きてるのかな、と」
ルナはとりあえず吸い寄せられる先をモニタに映す。水を抜く浴槽のごとく――ならば、栓の先には何がある? と。
廃棄世界に赴くときはいつも我が『ワールドブレイカー』で穴をあける。だが、これは逆。穴が既に空いているから吸い寄せられている。
もちろん引き寄せる渦そのものを破壊することもできる。が、それではつまらない。
「――緑、か」
時空の穴の先の世界は生きている。廃棄世界には草どころか苔も生えないものだ。僕は少し、彼らのことを思い出してしまう。
最後まで生き抜いた冒険者の彼女、そして我が配下として世界の敵を砕いた彼ら。もしこの世界にも人間が居るのならば……
「また、会えるかな」
目を細める。
――この『エッダの箱舟』を、流れゆく葉を掴むように別の流れに乗せることはできる。その程度ができなくて何が神だ。が、ここではしない。それが掃除屋としての本質と外れることがあろうとも、興味は止められない。
……墜落する。
そして、新たな世界を見る。生きた世界、だがやはり病巣がある。かの暗黒大陸と同様の脅威が世界を蝕んでいる。
そして、やはり人間も居た。
世界樹が構成するこの世界には、神が居て……そして人がいるものだ。まだ生きている、しかしあの世界よりもずっと滅びに近い。
「やっぱり人里からは外れてるかな」
方舟の落ちた場所は樹林生い茂る森の奥地。そのまま引き摺りこまれた場合、落ちるのは暗黒大陸だがそこは調整した。そんなところに落ちても意味がない。
やはり、見るならば人を見たい。
「……ふふ。あくまで世界を救うのは人間でないとねえ。だって、僕らはただの掃除人。お掃除が仕事の僕らに救済の物語は似合わない。僕らに出来ることと言ったら精々が魔王くらいのものなのだから。くふ。……ははははは」
期待に胸を震わせる。
彼女たちとの生活は幸せだが平坦だ。変化も盛り上がりも、ありはしない。それはそれで良いことだが、しかし胸を焦がすような物語を見ることは至福ですらある。
なぜならきっと、人間たちは――大切な”誰か”のために鮮烈な生き様を貫いてくれることだろうから。
「素敵な人が居ればいいなあ。……あは」
背後のギリィ、という音は僕には聞こえない。でも、代わりにアルカナは行動に出る。見るのは自分だけでいい、と中々に嫉妬深い子たちだ。
「――ルナちゃん、嬉しそうじゃな?」
「うん。そうだね、君たちも面白いものを見れるんじゃないかな」
彼女は背後から抱き締めてくる。彼女の豊満な体が触れる。柔らかな胸に後頭部を押し当てられて悪い気はしない。
目を閉じて、その感触を味わって。
「わしでは、ダメか?」
彼女の手がするりと服の中にはいり込んでくる。
「……ひゃ! ア、アルカナ? そういうのはちょっと後で……」
ぎゅう、と身体を縮こませる。嫌な気はしない、こういうふうに女の子がやられてしまうみたいに責められるのも悪くない。
けれど、アルカナは離さない。みじろぎしても、身体をひねっても強い力で抱きすくめられてしまう。いつもではないけど、たまにこうだ。何を言っても聞いてくれなくなる。困ってしまう。
「わしはルナちゃんを困らせておるかの?」
「うん……それは」
「じゃが、顔はニヤけておるぞ? 身体は正直じゃなあ。ほれ、小さな手がわしの服を掴んでおる」
けらけらと笑うアルカナ。
「……あ」
そのまま押し倒されてしまう、と思う。もうすっかりアルカナとはそういう関係だ。しかも、彼女は”生やす”薬さえ作ってしまうものだから……
「ルナ様、私をわすれてる。……ヤ」
目を閉じているから、アリスが正面に来たのが分からなかった。僕の小さな手より更に小さな手が、手を掴んで離さない。
そのままアルカナから奪うように引っ張るが、アルカナが離さない。二人から取り合われてしまうような恰好になってしまった。
「――そいつのことなんかわすれて、アリスを見て?」
諦めたのか、逆に飛び込むように抱きしめてキスをしてくる。
「うん……アリス。ん!?」
舌を差し込まれた。彼女のそれは小さいけれど、僕の口の中も十分に小さい。好き勝手に蹂躙されてしまう。
「……は、あ――」
とろん、となってしまう。全てがどうでもよくなる。
目の前のアリスが全て。
「ふふ。わしのことを忘れてもらっても困るな?」
頭に押し付けられるアルカナの胸の感触で目を覚ます。ふにふにと、いけないところまで弄られてしまう。
「むぅ。だめだよ……せっかく新しい世界に来たのに」
まあ、そんなこと言っても抵抗なんて何一つしていないから説得力もないけれど。結局、最初の一歩を踏み出せたのは翌日の昼だった。