最終話記念 アフター
そこは滅んだ世界。一つの世界で【災厄】と呼ばれた魔物は、そこでは生き残れない。なぜなら浮遊し高速旋回する瓦礫が数分毎に世界を一周している。それはただの副産物に過ぎないしかなくて、本命はやはり魔物。
――小島ほどに大きな魔物が眼下に数百、数千は周遊している。それも瓦礫に倍するスピードで。
それはまさに世界の終わりだろう。天から見下ろすだけでそれなのだ、総数は4桁で収まることはないのだろうから。
おおよそ生命体が生きていけるはずのない環境だ。なぜなら命が根差すべき大地や海が根こそぎにされて吹っ飛ばされ、宙を漂いつつ打ち砕かれている。雲などなくても地上が見えない惨事だけが無限に広がっている。
そもそもを言えば、超高濃度の瘴気が満ちる大気に生命が存在するはずもないのだが。
「うん、まあこんなものかね。普通の世界だ。僕らが見るべき世界としては、特出すべきところがない。ランカーレベルの装備があれば戦略も、補給すらも要りはしない」
そして、ルナはこの世界に来た。世界樹に根差す幾多の世界――それは、それぞれに膜のような防御壁を持っている。例えるならば植物の細胞壁のようなもの。それは壊されてはいけない、生存に必須のもの。強引に突破されれば、その世界を壊れてしまいかねない。
ゆえに、この世界には“それ”がない。部外者であるルナも、世界に何も負荷を与えることなく侵入できる。……なぜなら、すでに滅んでいる。壁がないとは、自由に通行できるということだ。
しかし、それはもう一つの意味も持つ。生命の存在しない世界は、世界樹にとってのがん細胞でしかない。瘴気によって滅び去った、瘴気を撒く病毒の遺骸だ。
――ならば破壊しよう。切り捨てよう。病魔に侵された細胞は、放っておけば周りの健常な細胞まで浸食する。対策は完全に抹消するほかにない。
その役割を与えられたのがルナであり、終末少女。腐った世界を根切りする掃除係であるのだから。
「……さっさと終わらせようか。一斉射」
いつものように命令を下す。特に感慨を抱きはしない。幾百、幾千と飽きるほどに壊してきた――か弱い世界。踏み潰すのにさほどの苦労も要りはしない。
ルナの号令の下、10の光条が大地を砕く。ゲームであった時、出撃人数は自分を含めて6しか出せなかったが、今やその制限は消失した。アリスとアルカナはルナの直掩、言い換えればルナの護衛以外は何もしない、それだけに集中している。
――それだけは譲らなかった。“反対”すればやめたのだろうが、他の皆に聞いたところ満場一致で可決されたためにルナは何も言えなくなった。
いや、“言えば”彼女たちはそれに従うが、ルナも大切な彼女たちに命令できるような性格はしていない。
「まとまってるところを潰した方が効率がいいよね。特に虫を一つ一つ潰して行くような趣味を持ってる子もいないことだし」
空に魔方陣が描かれる。ルナが召喚を行う。
大地を砕かれ、心臓に相当する煮えたぎるコアを露出した星を眼下に収めた。それはマントルや地核と呼ばれるもの――要するに星の内側だ。
「おいで、【虚空雲梯竜ディザスター・ウロボロス】」
空に浮かぶ巨大な魔物よりもなお巨体を誇る雲の龍を召喚する。そして。
「【塵芥裂空龍ナイトソード・エシュロン】」
刃物で構成された龍が姿を現す。その一つ一つが“世界”に匹敵するほどの。
「【絶海龍水神エメラルド・シュレイド】」
紺碧を束ねる“海”そのものの龍。
「【竜戒真言焔レストリクト・アイン】」
言葉を束ねた概念そのもの。人間では見えも聞けもしない――ただ、それを感じただけで、否、知るのみで死に至る“それ”。炎を存在核と得た概念が降りてくる。
「ミックスレイド――『四龍の裁き』」
四つの攻撃を束ね、収束させ……撃鉄を起こして炸裂させる。剥ぎ取られて露出した星のコアを一撃で破壊した。そこに巣食う幾億の魔物もろともに。
「箱舟、魔核石の移送を開始。……完了。規定数の収集を確認、承認。終末事象の条件を満了、プログラム・ワールドエンドを開始する」
魔石を一々手で集める必要などない。人間はそうしていたが、ルナたちは終末少女。箱舟を擁する神であるがゆえ、転移で回収できる。元々が人類とは扱える力のレベルが違う。
人間を助けるなど、そんな機能の神ではない。滅んだ世界を掃除することこそ、終末少女の役目であるのだから。
「さあ、皆。戻ろうか」
この世界に来てからわずかに1分すらも経っていない。それだけで魔物を虐殺し、世界を破壊する準備を整えた。これこそが基準を人間に合わせない、“終末少女”の本領だった。全力ですらないが、しかし一切の加減を捨てた本当の姿である。
「世界の終りまであと6時間、お茶会をしようか」
そして、箱舟へ戻る。残った魔物に大気圏外まで浮かび上がった箱舟を追いかける知能もなければ手段もない。だからルナは終末まで部屋でゆっくりしていればいい。どうせ、魔核石の数に不足はあり得ない。
――世界を滅ぼすのに魔核石を使う必要はないのだ。ただ、ある程度の量を集めて解析する必要があるだけで。あとはもろともに吹き飛ばして消滅させる。使いきれないほどに余っていて、今回収した分も使う当てなどないからしゃかりきに回収する必要はない。
そして、皆が一つの部屋に集まる。そこは誰かの自室ではなく、ルナが自らの手で改装したお茶会のための部屋だった。
言ってしまえば一仕事の後の飲み会だろうが――これは“お茶会”だった。
「うん、僕も手慣れたものだよね。こういうのに慣れちゃった」
ルナが自分で焼いたクッキーを席に着いた終末少女それぞれに取り分ける。欠席はあり得ない。それはルナがお願いしたからでなく――
皆、上機嫌でそれを食べる。実のところ終末少女に味覚はあっても、生物でないから好みがない。砂糖と塩の区別はできる、けれどガソリンとコーヒーどちらが好ましいか聞いても答えられない。もちろん、人間には毒性があると判別はつくけれど。
例えばルナが注いだガソリンとアルカナが淹れたコーヒーならば、ガソリンを選ぶしそちらを好む。決して嘘ではなく、そういう“もの”だ。味覚があっても味の好みの元となる生存本能がない。
だから、本当に大喜びだ。ルナの料理……というかお菓子作りのレシピなど3つか4つくらいのもの。けれど、飽きるなんてことはありえない。ルナが手ずから作ったものということだけが重要で、だから“おいしい”と感じるのだから。
「今回も、皆よくやってくれたね。さあ、優雅なお茶会を始めよう」
ルナが紅茶を口にする。もちろん、砂糖はたっぷり三杯もいれている。幼女となってからは基本的に子供舌だ、彼女は。そして他の皆もルナのまねをする。
「――」
「――」
和やかに談笑する。話すことに目新しいことなどあるはずがない。1か月、長い時には1年をかけて滅ぼすべき世界を探し、たったの一日すらもかけずに消滅させる暮らしを続けていればそうもなる。
変わりようがなく、ただ同じ日々を繰り返す。
けれど、ルナはそれで満足だった。大切な10人の従者にかしづかれ、役目を果たし続ける。ただそれだけの日々を愛している。
そして、従者たる終末少女もそれは同じだ。ルナが腐りかけた世界の、取るに足らない生命体どもの面倒を見るために忙殺されていた。そんな経験をしているからこそ、なおさらにこの日々を愛している。
それは塵芥に大切な主人の手を煩わせられることがない素晴らしい日々だった。
そんな会話など箱舟の機能で映像として保存されているし、構ってもらえない時は延々とリピートしている者が大半だと言うのに何度も何度も飽きもせずに。
まあ、実のところは普通に構いまくっている相手とあまり構っていない子がいるから、ルナの知らないところで戦争が勃発しかけているのだが――
アリスは仕方ないにしても、同じ終末少女にしても得体のしれないアルカナ。そして、腐りかけた世界で傍使いに選ばれたわけでもないのに構われる頻度が多いティターニアとディラック。まあ、この二人の共通点なんて簡単だ。外見年齢が最も幼いのがこの二人である。
アルカナは一人だけ精神年齢が高いために、他の終末少女からは理解ができない存在である。ルナも高いが、ルナは主だから特別枠だ。暇だのと言った精神活動を理解できるようまでに成長したのは彼女しかいないのだから。
そういう風にどろどろした感情が裏に流れているが――ルナは基本的に争いは好まない。他者がどうなろうと関係ないと思っているだけだ、仲間が傷つけば悲しむ。だから、実力行使に出たならばルナに嫌われる。
――ゆえ、何も変わらない。誰も、何もできない。状況を変えることはルナが好まない以上、この日々がずっと続いていく。それは、おそらく永遠に。
世界樹の腐った枝の剪定を課された神として。