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ex11話 破壊


「――我が異能は、“計算”する……ッ!」


 カレンが弓を引く。狙うはアスモデウス、その頭にルートが突き刺したルナの刀だ。


「捉えたぞ、【災厄】……!」


 本来、カレンが得た異能は万能ではない。未知の相手には効力がないし、そもそも予測できたところで武器が届くとは限らない。

 “ここ”は災厄からの視線が通らない。それはそうだ、視線が通ったら計算する必要はない。障害物があるから、計算して目標の位置を算出する必要がある。


 だが、木々の向こうの相手を捉えたからと言ってそれで何ができると言ったわけでもないのだ、本来なら。

 王都との戦争では敵密集地を計算、爆撃部隊に指示して戦果を挙げたがしょせんはそれどまり。銃を撃っても木々に当たってずれた射線までは計算しきれない上、この地の魔樹は硬くてとてもではないが人類の武器では貫通などできはしない。


「かのヘルメス卿が遺した“夜明けをもたらす”その神威を目に焼き付けるがいい!」


 けれど、カレンの持つそれは神器――ただ持つだけで常人は死に至る強力無比な武器だった。

 それは究極位に達する魔人であろうと関係なく使用者を責めさいなむ神威。砕け散りそうになる腕を言下に無視してカレンは呟く。


「……射出」


 矢が放たれる。街工場程度の装備ではどうあがいても加工できないような”暗黒島の魔樹”があっけなく貫かれ、わずかに静止して――傾き、地に倒れる。


「ア――グオオオ!」


 その矢は正確にアスモデウスに突き刺さる刀を射抜く。ルートがその命でもって与えた傷……頭部に当たる部位の反対側から刃が突き出る。


「ギィ――オオ」


 がくり、と身体が傾いて。


「……さて」


 カレンは特に何の感慨もなくため息をついた。しかし、それは諦めだった。計算の異能があるからこそわかる。もう何もできない。と。


「あなたはそっちに居るのですか? ルナ様」


 そう、呟いて。無駄と知りつつも、矢を放ち――残る【災厄】の全力攻撃が4方……否、6方向よりアリの這い出る隙間すらなく迫りきて、放った矢も当然のように飲み込まれる。


「……く」


 笑いがこらえきれないと言ったように息を。後悔と満足が入り混じったような左右非対称の表情で。それは……もうちょっと行けたかな、私ごときはこれくらいできたなら上出来かな――とそんなことを言っていた。


 ――【無明卿】カレン死亡




「――圧力が弱くなった。コイツはアスモデウスか」


 九竺がつぶやく。【光明】は今まで潜伏していた。冒険者にはチャンスが来るまでじっと待つと言うことも必要だ。そして、機会はここにしかないと判断した。


 ……これは、普通なら“どん詰まり”だ。

 チャンスは今なんてことはなくて、そんなものは最初からずっとないまま、もはや動かないと全てが終わる段階に来た。来てしまった絶望的な状況だ。

 そんな状況だけれど、【光明】はそんな風には思わない。


 自分を騙している。それはそうだろう。かの【災厄】――最初に“槍”を使って倒した1体から、2体目を倒すこともできていない。……まだ、7体もいるのに。

 けれど、【夜明け団】の魔人はすでに半壊した。

 槍さえあれば倒せることは証明された、それは救いにはなりえない。地中深くに突き刺さった槍の回収は不可能だ。そもそも使える人間も残っていない。


 身動きが取れなくなってしまうような圧倒的な”絶望”であった。人間は絶望の前にはすべてが無駄だと諦めるものだ。何をしたって意味がないのなら、それは何もしない理由になる。

 けれど、“ここ”に来たのは人間の枠から外れかねない者たち。そんな常識は斟酌しない。


〈諦めこそ、本当の無駄だ。それこそ、何もしていない〉


 ルナが言った言葉。だから、動くのだ。絶望など知らない。そんなものは死んだ後にゆっくりとすればいいのだ。死後の世界があったとして、そんなものを考えている姿は自分でも想像できないが。



「まず私が先制! 【ブラックホール】」


 無限の引力が地面を引き裂き、樹々を飲み込む。虚炉が魔術で周囲一帯を更地にした。速攻にかけるしかない。

 ……でなければ、残りの【災厄】から一斉攻撃を喰らうことは先ほどカレンが実証した。


 とはいえ、奴らの連携は完全ではない。先ほどの攻撃にしたって6体同時攻撃にしては威力が高すぎて無駄が多すぎた。

 彼らの残り魔力は常に枯渇している。少ない魔力でどうにかやっているのが【災厄】なのだから、セーブするべきだ。数は力と知ることはできたが、兵站までは学べていない。まだ隙はある。


「剛……【轟掌波】」

「虚心流……【風絶(かざたち)の太刀】」


 ほぼ崩壊した頭部にその一撃を受けては、いくら災厄でも動きは停止する。

 奇襲の対処法も知りえない、かつては強力すぎる外装があったために人類の攻撃など無意味だった。今や夜明け団のアーティファクトはその装甲を貫くまでに至った。

 当然ルナのお気に入りだった【光明】も、団の技術の中でも最高の逸品を身に着けている。実力だって折り紙付きだ。


「【影縛り】――そして【多重牢獄の術】」


 絵奈利が災厄の動きを止める。そして、それは当てやすくなどというためではない。対象を固定して威力を増幅させるためだけの。


「行くぞォ。月読流が崩し、玖月(くづき)流……【風迅閃】!」


 ルナが教えた技の変形。そもそも月読流は本質的に1人に対して1つの型……どころか、技のモーションはわずかな体調の変化ですら異なる型を要求する。永劫変化しない不老不死しか扱えない武技こそが月読流だ。九竺はアレンジを加えることで、逆説的にオリジナルに近づいた。


「……オオオオオオオオ!」


 過たず振りぬいた魔法剣は刀を正確に穿ち――【災厄】アスモデウスは断末魔を上げる。ごろりと頭部が転がり……空気に溶ける。


「オノレェェェェェェ!」


 それでも動く。声すらも。

 もともと声帯など存在しない、ただ空気を振るわせることで発声していたがために頭その物を失ったとして話せなくなる道理はない。

 脳そのものがないために動きが停まることを期待することも無駄である。それでも――頭は頭だ。人間が腕を失っては治療なしに生きられないように、彼もまた。


「キ……サ……マ……ラァ!」


 首からひびが走って破片となって崩れ落ちる。

 そう、災厄はギリギリのところで生きている。人間から見ればまさに不死の化け物ではあるが、実体は魔力不足にあえぎ、わずかばかりしか動けない不自由な体。そのような状態で重傷を負えば、当然死への道を転がり落ちていくことになる。


「いい加減にくたばるがいい。虚心流……【跳根吹雪(はねふぶき)】」


 ただ剣の道に生きる鬼は、殺しきるまで止まらない。ひび、一片一片に突きを入れていく。相手は災厄、満身創痍に見えようと殺し切るまで油断はしない。


「俺らも暇じゃないんだよ!」


 霊もまた、止めを刺すことを忘れない。


「……」


 その光景を覚悟を決めた瞳で見つける虚炉に。


「「――虚炉?」」


 九竺と絵奈利は気付く。


「……ガアアアア!」


 アスモデウスから炎が噴き出る。そして、収束して――あの時と同じ。あの“村”で相対した時と同じく2本の炎の剣を生成する。

 文字通りに手も足も出なかったあのころとは違い、今は攻撃が通じる。けれど、コレは駄目だ。防ぐ手段などありえない。

 人類究極たる守りのアーティファクトとて、近づけば焼き尽くされる。それはかする必要すらもない絶対の刃、炎の剣(レーヴァテイン)


「キサマラハ、コロス。アトハ、ナカマガ――」


 強力な力は使う本人すら耐えきれない。ひび割れる速度が上がる。もはや何度も振れやしない――けれど、アスモデウスは後を仲間に託した。


「う――おお!」


 霊は逃げきれなかった。一歩で数mを踏み出す技を持ってはいない。アスモデウスの刃、軌道を読み避けたとて――発する熱が身体を焼く。


「シネ、ニンゲン――」


 転移のごとく数mを一歩で踏破した輪廻にアスモデウスが追い付く。逃れようのない炎熱の剣が振り上げられ、輪廻は反撃した。


「なめるな! 虚心流――【返しの太刀】」


 アスモデウスは2つ振った。そして、二人の命を絶った。けれど反撃ももらった。ひびが右腕に集中して砕け散る。しかしそれは取捨選択――あと1回を振るうために。あと一撃で殺し尽くすために。


「アノトキ、コロセナカッタ。アヤマチ――ココデ!」


 アスモデウスもまた覚えていた。初めての……殺せなかった敵、九竺に向き直る。


「やらせない!」


 絵奈利がアスモデウスの動きを止めようとして――その一撃の前の準備動作、熱の余波に焼かれる。


「俺の仲間は殺させねえ!」


 その一撃を九竺は、受け止めて――


「……アト、ヒトリ」


 頭すらないのに、その視線は虚炉を貫いて――【災厄】が崩れ落ちる。欠片となって崩壊して空気に溶ける。


「は――」


 そして、九竺も。殺させない、その言葉は守ったし虚炉は無事だ。けれど、それでも――もはや【光明】は動けない。

 魔人でない彼らは体表の9割近くに重度の熱傷を負って、歩くことさえできやしない。そして、虚炉一人では何もできない。

 魔法詠唱者がたった一人でできることなど、戦場にはないのだから。


 【煌刀】式子規九竺、戦闘不能

 【星影】九嵐霊、戦闘不能

 【影なし】咲裂絵奈利、戦闘不能

 【錬鉄】輪燐輪廻、戦闘不能


 ――【光明】脱落


 ――災厄 【怒れるモノ】アスモデウス、消滅



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