ex10話 災厄の意味
特攻した飛行船は堕ちる。それをなしたサタンは白とサファスが差し違えることにより消滅した。他の6名もミサイルのように爆破炎上する飛行船から飛び出して交戦を開始する。
「……ははは! 盛大な歓迎だな」
永劫卿と名乗ることを許されたクインスは例え落下時間であろうとも無防備にはならない。
ロケットから飛び降り、加速して地面に降り立つ。滞空時間であろうとも加速する彼の異能。〈足をバタバタしても落下は加速しなければ止まりもしない〉という物理現象に喧嘩を売っている力だ。
「光栄だ、だが――人類を脅かすものども。我が戦果となるがいい」
最初から決めていた。そこに向かって己の身を撃ち込んだのだ。その敵が放つ淀む瘴気をくぐりぬけ、蹴りを打ち込む。
「……く。一筋縄ではいかんな」
苦笑い。足がしびれた。【災厄】――いまだに健在であるが故、人類程度の攻撃など通用しない。ダメージを受けたのは攻撃したクインスの方である。
「だが、ヘルメス卿の啓示を受けた我々ならば」
『賢者の血石』を噛み砕く。それでタイムリミットができたとしても、使わなければ通じない。ならば使う、魔人として当然の理だ。
もっとも破滅が確定したドーピングなど、ヒトには使えたものでもないが。
「オロカ、ナ――」
瘴気が満ちる。【死病をもたらすモノ】ベルフェゴール、その名の通りに触れれば一夜を超えることなき死病を、吸えば肺がただれる瘴気をまき散らす。
むしろ回復封じに特化したその性能、魔人とて例外にはなりえない。
通常であればそんなものはフレーバー、対峙すれば死以外にありえないために無意味だった能力が意味を持つまでに【夜明け団】は強くなった。しかし、それは――決して【災厄】を打倒しうると言う意味ではないのだ。
「ヨワキ、ジンルイ――チョウシ、ニ、ノルナ」
そして、“それ”が一歩を踏み出す。【王たりえるモノ】バエルが。2体目の【災厄】が。本来なら同じところにいるはずもない災厄が、最終決戦を前に並び立っている。
1つでも絶対の絶望であったはずのそれが2体だ。倍などと言う単純な計算ではない、彼らが協力していると言う事実こそが“人類にもたらされた新たなる災禍”と言える。
「は、いくら【災厄】と言えど我が速さにはついてこれまい! 速さこそ――至高の高み。鈍きモノに未来を切り開く力はない」
クインスはさらに加速する。ルナの残した遺産、神器――蛇骨刀の関節を伸ばしてよどむ瘴気の外から攻撃する。文字通り、目にもとまらぬ速度で。
「はは――やれる! 殺せる! ヘルメス卿の遺産ならば!」
感触を感じた。一撃では無理だろう。同じ場所を攻撃すれば――など【災厄】には通じない、結局は実体ではないのだから同じ場所を攻撃しても同じダメージにしかならない。
しかし、それは殺せないことを意味しない。殺すまで削り続ければ殺せると確信を得た。
「はは……な!? きさ――」
だから、ゆえにこそ“それ”は予想外だった。バエルがクインスの後ろに現れる。加速を得る彼の異能は神経反射すらも強化する。
気付かない、などありえないと思っていたのにそれは唐突にそこに出現した。
「が――はっ!」
殴り飛ばされた。腹の中身がぐちゃぐちゃになる。瘴気を吸い込んで喉がただれる。
「息、が。これは――」
まき散らした臓腑は外側だけであろうと修復する。修復できる。けれど、空気を肺に取り込めない。その機能が阻害されている。
その瘴気の恐ろしさは己が身に受けないと実感できない。回復潰しの呪いだった。
「あの、瘴気か……ッ!」
それそのものは死因にならない。肺機能が停止したところで仮死状態になるだけだ。けれど、今はそれが致命的で――空気を取り込めなければ運動能力が落ちる。異能さえも弱まる。ならば
「――『黒化緑色秘本』!」
心臓たる星印と錬金的結合反応を起こし、使用者のカタチを変える薬物。アンプルを首筋に突き刺す。
「RUUUAAAAA!」
短期決戦を。ヒトのカタチすら捨て去る必殺、必滅でもって殺す。喉が焼かれたのなら、血中の酸素濃度が落ちる前に敵を倒す。
それは次など考えない捨て身の作戦。けれど、いつだって魔人は“次”など考えない。そこで全力投球して砕け散ろうとも構うことはない。すべては、勝利のためにこそ。
「ノロイ、ゾ。ニンゲン」
けれど、それでも――“次”などない絶対強化を使ってさえ、【災厄】には届かない。
【王たりえるモノ】バエルの特殊能力を放棄したゆえの、窮極の“ただ強い”だけの力の前に追いつくことさえできやしない。
人類の天敵、だからこその【災厄】と呼ばれるのだから。振るわれる神器は空を切る。
「ホロベ、ジンルイ」
刃をかわし、握った拳を相手の頭に叩き込む……ごく普通の攻防を、しかし人外の次元で展開する。クインスはここで散る。【災厄】の一柱を倒すことを夢見て、それを果たせず――
――【永劫卿】クインス死亡
全員が別々の方向へと散開した。【災厄】を前に密集しては、もろともに破壊されるだけだ。彼らの攻撃を防ぐ手段などない。およそ、人類にはその術を持ちえない。
最強たる【第一星将】 【鉄血卿】アハトでさえ。
「……おお!」
影を見つけた。間髪入れずに殴りつける。アハトでは新たな能力を得たところで使えない。そのような性質ではない。ただ一つ“殴る”ことしかできない戦闘機械、物言わぬ魔人なのだ。
「ぬぁ!」
「ジャアアアア!」
超高速の影が向き直る。交錯する。
敵は100連打でもって迎え撃つ。1つを相殺されようとも構うまい。なぜなら、残る99連撃で屠り去ってしまえばよいのだから。
「……ぐ。うう――」
吹き飛ばされたアハトは呻く。それだけのダメージがあった。
ルナとの最終決戦の傷はすでに修復済だ、全快の状態だったのにわずか一瞬で回復しきれないダメージを叩き込まれた。だが、生き残っただけでも行幸ではあるのだろう。
この瘴気溢れる“暗黒島”で、彼の身体があと何分持つかはわからなくとも。
「ホロベ、ジンルイ――ユダン、ハ、シナイ……」
「カクジツニ。コロス――」
超高速の【災厄】の後ろ、邪気をまき散らす【災厄】がもう一つ姿を現した。
【光を避けるモノ】ルキフグル、そして【狂わすモノ】リリス。【災厄】二体と言う絶死空間を、人類の誰が想像しえたことだろう。
一体ですら人類は諦めるしかない死告運命だと言うのに、それが二体もなどとどんな悪い冗談だ。
「……潰す。殺す」
アハトは彼らの怨念に染まった声とは対照的に、平坦で冷たい機械的な声を返す。感情など、そんなものは当の昔に、あのときの“箱”に置き忘れてしまった。
今はただ一つの殲滅機械。人格なき兵器。ゆえに戦うだけだ。
「クカカ――」
災厄が嘲笑う。無力を嗤う。
「おお――ッ!」
ガリ、と無造作に取り出したタブレットをそのまま嚥下する。『賢者の血石』、改造人間になれなかった者たちの成れの果て。身体の致命的な損傷と引き換えに能力を一時的に強化する。
「カカカ――」
リリスの精神汚染波が脳を揺らす。常人であれば即座に廃人と化して他者を襲ってしまう。誰もかれもが関係なく歯をむき出して、人体のあらゆる場所を武器にして何もかもを――自分すらも破壊し尽くしてしまう光景こそが“それ”の轍。滅ぼして行った街々の光景。
「ず……ぐお――」
それでも、アハトは不感のごとくに立ち向かう。感性というものが欠損し、さらに錬金的精神防御の術を施されてされた鉄壁の心――それすら砕かれるのだが、足は止まらない。
それでも夜明け団の魔人は心を砕かれた程度でくたばるような人間らしさなど捨てている。瞳を揺らし、視界が揺れながらも殺意と言う縁を頼りに殺しに行く。
「ギャハハハハ――」
だが、それだけでは終わらない。そう、【災厄】は二体いる。絶望は二つある。
「が……ちィィ!」
目にもとまらぬスピードでアハトを切り裂き、砕き――破壊する。賢者の血石の効果があれば腕一本の再生など2秒で済む……が、間に合わない。
致命的な損傷を避け、わずかに1mmほどぶら下がる皮膚を腕に残して再生を0.1秒までに縮めても、それでもこのルキフグルは迅すぎる。
「ノロイ、ニンゲン」
「モロイ、ニンゲン」
「「ホロベ」」
それは呪のごとく。絶対の審判だった。
「が……は――」
涼む。アハトが倒れる。夜明け団の究極魔人、ただ敵を倒す機能しか持たぬ殺戮兵器が膝をつく。瞳、血に濡れて光を失って。
「まだ、だ――」
踏みとどまる。アンプルを刺す。黒い“それ”が身体に注入される。『黒化緑色秘本』――心臓たる星印と錬金的結合反応を起こし、使用者のカタチを変える最後の秘薬。
「GAAAAAAAAAA!」
ケモノ。黒き獣へと姿を変える。ああ、それはどこか【災厄】にも似て――
「ZYAAAAAAAAA!」
しかし、それはアハトだ。人間だ。体を縮め、一歩を踏み出す。それは、ルナが教えた武術だった。月読流歩法……【影渡】。
「……」
一歩で距離を詰め、後方。リリスの首にその爪を食いこませんと迫り――
「」
ありえないはずの炎と雷の二重奏が彼を焼き尽くした。”これ”は相手をしていた2体の【災厄】の異能ではありえない。
「オロカナ――」
【地獄の現出シャ】アドラメネク、炎と雷を操る三体目の【災厄】だった。ずっと、様子をうかがっていた。彼らは伏兵と言う概念すらも理解し、敵を殺すための術を探求していた。
――【鉄血卿】アハト死亡
「……は。やはり来たか――だが!」
ロケットから飛び降りたルートは敵の気配を察知していた。遠距離で狙われている。そして、着地までに0.5秒……回避などできない。
「そんなものは予測済みだ」
爆発が起こる。遅れて、黒い光が空気を灼いた。飛び降りる前からタイミングを計って手榴弾のピンを抜いておいた。それが爆発したことでルートは攻撃軌道から外れた。
「さあ、【災厄】よ。この【金剛卿】のトロフィーとなるがいい!」
白い球体が飛ぶ。“角を生やす”彼の異能。その防御力は王都製の人造人間ごときには傷もつけられまい、かの神様気取りのノルンであればともかく。
そして、それは――跳ねる。暗黒島、その呪いのごとき様相の樹々の間を縦横無尽に跳ねて、それは来る。
「オロカ、ナ――ソレデ、カクレタツモリカ」
二体、そのうちの前方。【怒れるモノ】アスモデウスが炎を凝縮した剣を抜く。夜明け団にとっては因縁浅からぬ相手ということになるだろう。なにせ、ルナが初めて会ったのはこいつだ。
「は――“脳無し”に言われたくないね!」
【災厄】に脳器官などない。
ドラゴンは臓器機能を持っていたが、そんなものは弱いからだ。はじめから強力であれば、そんな強化アイテムは必要がない。
ルナたち終末少女だってカモフラージュとしてあるだけで、ないままにしておいても問題ないのだから。
「ヨワイ、ニンゲンが――」
アスモデウスが球を切り裂く。あっけなく、抵抗もなく真っ二つ。そも、【災厄】の攻撃を防ごうという発想そのものが間違っている。
「だから馬鹿だと言ったんだ」
だから、ルートはそんな発想をしていない。球の7割は空洞、人間が詰まっているにしてはそれはでかすぎた。【災厄】は虫けらの区別などしない、的が少し大きかろうが違和感など持たない。
「ヌ――ソレ、ハ!?」
そして『賢者の血石』をかみ砕いたルートならば、“それ”を持てる。神器は一つだけではない。崩れ落ちた城から“それ”を回収していた。
ルナの持っていた刀。【災厄】にも通じる武器。その一撃がアスモデウスに届く。はっきりと、ひび割れるような感覚を得て――
「……コシャク!」
【堕天せしモノ】アスタロトが放つ魔術を、ルートは避ける。
アスタロトは万能型、しかし災厄そのものが連携には慣れていない。その発想に至ったのはついさっきであるから。しかも、本拠地に攻められることがなければその発想は持ちえなかっただろう付け焼刃だ。
「ちィ、仕留められずか!」
ルートは飛びのく。ここで強引に攻めても無駄死にだ、せめて【災厄】が一体であれば。そして、 【災厄】が二体であると言うのは大きな意味を孕む。そんなものはもう、絶望を超えるナニカだろう。
そこからはもう、死までの時間を延ばすだけの虐殺でしかなかった。
【災厄】の二体が相手なのだ。人類には手も足も出ない【災厄】。神器を持っていようと、魔人であろうと――人を超えるまでには至らない。
『ヘヴンズゲート』のときも、わずかな時間稼ぎが関の山だった。能力を強化されたところで、結局は頂上まで行っただけで星を掴めるようになったわけではない。限界の超越を可能にした訳ではない。
彼らの『星印』はルナが手伝っただけで、ルナの作品ではないから。彼女が作る理不尽の体現者にはなりえない。
――『ヘヴンズゲート』の時に、エレメントロードドラゴンを倒したかの”三人”とは違うのだ。彼女たちは真の意味でルナの作品だった。ルナが手ずから作成した、”ルナの魔人”だった。
比べて、彼らは未だ“夜明け団の魔人”でしかなかった。であるからには、敵わない。それがたとえ消耗し魔力のほとんどすら枯渇した人類の天敵にも。
「が……あああああAAAAAAAAA!」
黒化緑色秘本を使おうとも。ルートの角は災厄を貫くことはない。“強い想いが勝利を導く”にしても、敵も味方もこの上なく未来を願っていたのでは。
「ホロベ」
「ホロベ」
結局は、強い方が勝つ。
「GURUUUUAAAAAAAAA!」
角は全て砕け散った。腕も、足も――もう動かないほどに。けれど、動かす。気合いと根性……諦めるのが人間らしさなら、魔人はただひたすらに一つのことだけを想う人外だ。
壊れた身体で、しかし執念で刀を振り上げ、アスモデウスに突き刺し。
「モエテ、キエロ」
それでも、【災厄】を打倒するには至らない。
――【金剛卿】ルート死亡
【災厄】は最終決戦時のルナより弱いから楽勝だと思っていた人はいるでしょうか。
けれど、作者の私は最初から“勝ちたい気持ち”で多少の実力なんてひっくり返せると書き続けてきました。
ルナなんて勝つ気がなかったし、他の子たちも勝つ気ではなく壊す気があっただけです。あの戦いの敵側に本気なんてどこにもなかった。
対して【災厄】は災厄。本気で世界と人類を滅ぼそうとしています。それが生きる理由で目的です。簡単なわけがありません。
これは消化試合だなんてことはない、本気で互いを絶滅させる生存競争です。だから、初めから人間側の勝ち目はほとんどありませんでした。