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ex8話 ラストプロジェクト『ヘヴンズフィール』始動


「まあ、こんなものですね――」


 呟いたのは翡翠の夜明け団の魔人、今や実質的なトップと言えるグリューエン・レーベである。O5が空席となり、殺戮者が今は行方知れずであるためにもはや“上”と呼べて指示が出せる人間は彼女しかいなくなってしまった。


「ふふん、王都を潰した『煉獄』と言えど数字持ちの【星将】の前では的でしかないということだ」


 ルナの副官だったルート。今はレーベの片腕的な扱いを受けているが、彼としては独立したいところだった。完全回復し、意気揚々といった顔だ。

 まだ団の状況に思いをはせるほどに政治というものに興味を抱いてはいない。まだ、青い。


「これも、ヘルメス卿の“舞台装置”――王都を潰し、慣らし運転の相手も与えてくれるとはあの方も周到だ。まさか、ここまで考えて俗物ごときに進化薬を与えるとは」


 もちろん、ルナが進化薬を投与したのは一種の余興であり、気に入らないその人間に酷いことをしてみたい気分だったからだ。しかし、ここまで状況がはまってくると――信望している人間にとっては全てが手のひらの上としか考えられない。


「上級魔物では慣らし運転にもならない。ドラゴンはすでに滅ぼした。まさか今から滅ぼす【災厄】で試運転をするわけにもいかない――何とも周到なことだ。ここまでがヘルメス卿の思惑通りだとすれば、無用な空白期間を心配する必要もあるまい」


 7人はうなづく。7人の星将、七つの魔人。

 彼らは全てうまく行っていると思っている。ドラゴンを滅ぼし、ルナの課した試練を乗り越え、【王都】を滅ぼした。

 次は【災厄】を滅ぼす番であり、“それ”を達成すれば人類の未来は黄金へと至ると信じている。ただ一人、レーベだけはガタガタになった夜明け団の屋台骨の再建を考えているが。

 それもまた苦難の道が一つ増えただけのこと。手順を踏めばやってやれないことはない。


「復活、おめでとうございます」


 ぱち、ぱちと気のない拍手。星将でない、8人目だ。

 不機嫌なような、すねているような表情――14代目白露(テル)、ルナを倒した彼女はレーベの指示に従うことを決めていた。

 おめでとうございますと他人事なのは、彼女の傷は回復などしないからだ。ロンギヌスランス・テスタメントを使うために犠牲にした左腕は戻ってくることはない。神の武器を使った代償は決して癒えない。


「ええ、あなたも調子は良いようで」

「そのようですね。彼女の訓練、私はまじめに受けてなかったので自分の本調子というものも分かりづらいのですが」


 ルナとも、翡翠の夜明け団とも彼女は関わろうとしてこなかった。けれど、世界を滅ぼすと言ったルナ……それを母の遺言を果たすチャンスととらえ、実行した。

 名を継がせたのはそういう意味だと信じている、けれどそれでよかったのかは――彼女自身にも自信を持てずにいる。母は間違えないと、信じられるほどに子供ではない。


「ヘルメス卿を弑した罪、どう償えばいいものか。いえ、償うべきものなのかすら私には判断がつかない――だから、お任せします。レーベ卿……私がなにをするべきか。あと一度、“アレ”を振るえるだけ残った私の命の使い方を」


 お辞儀する。まだ幼い彼女に信念などなく、生き方を決めるだけの経験すらもない。岩の牢獄に幽閉されていただけの彼女には知すらもない。

 だから、他人に任せる。――未来など描けない、いつだって言われるままだった。


「ええ、分かりました。あなたの命はこの【第二星将】(セカンド・オーダー)グリューエン・レーベが人類のために使いましょう」


 レーベはためらわない。子供だろうが大人だろうが、使い潰して人類の未来を切り開く。誰かの命を使い潰して死なせることにためらいはない。それが例え、自分のものでさえ。

 対価は、覚えていること。彼ら、そして彼女らの名と成し得た成果を忘れない。それが“上”に居る人間としての義務だと思っている。


〈……報告。ヘルメス卿の遺した遺産の解読が終了しました〉


 良いタイミング。そう、それはルナが箱舟の中からリアルタイムで情報を操作していたためだと言うことは誰も知らない。ただ、当然と思うだけだ。なぜなら、ルナは神に等しき存在なのだから。――彼らにとっては。


〈よろしい。では、聞きましょう。ヘルメス卿の言葉を〉


 あの子の最後の課題を、とレーベが口の中で呟く。オペレーターは抑揚を抑えた感情のない言葉で話す。畏敬が一周して、自分の感情ごときであの方の最後のお言葉を汚すわけにはいかないと内心歓喜に打ち震えて。


「この言葉を聞いていると言うことは、ようやく君たちの準備が整ったと言うことだ。これを聞いているならば、僕はおそらくその世界から居なくなっていることだろうからね。よくやった、これで人類の未来に至る可能性が開かれた。新しい世界を、創るために」


「……最後の指令を与える。【災厄】を打倒し、全ての根源――あらゆる魔の母、暗闇に隠れた最後の敵【クラッキング・タートル】をこの世界から追放しろ。そいつははるか昔からずっとこの世界に居た。流れついて来たのだよ、ここではない世界から。故郷の世界を滅ぼして」


 そいつは終末少女の観点では大したことがない。ルナが使った【(コープス)(ウォッチャー) サイレント:デス】のように冠詞がついていない。

 最上級である【虚空雲梯竜ディザスター・ウロボロス】に比べてしまえば木っ端同然と言えた。

 世界を滅ぼしたのはそういう“もの”で、それはただ幾多いる一つに過ぎなかった。ただ、それだけの魔物がこの世界を蝕み続けてきた。


「“それ”は君たちも知っている。衛星からの監視データを解析して確信も得ているだろうからね。……そうだね、冒険者だったかな。まあ妄言の類ではあったが、それを以前より言い続けた者もいる。そう、それはずっと目の前にあったのだ。昔から変わらずそこにあった。それは誰かが予言していた世界の滅亡」


「……【暗黒島】、彼らは“アレ”をそう呼称していたね。君たちが地形の一部と、何らかの要素を持った島だと解釈していたそれだ。【災厄】の故郷であり、住処――天空から観察すれば帰る姿が見れたはずだ。ああ、標準装備で構成された派遣調査隊は全滅したようだがね。まあ星将を動かせずとも仕方ない」


「もう想像はついたかい? そう、あの島は魔物だ。生きている、今も世界に破滅を撒いている。しかしアレは傷つき、年老いている。もはや一歩とて動けはしまい、もはやそのアギトで噛むことはできまい。けれど、それでも君たちにとって大敵である」


「あれは血を流す。それこそが魔力、人類発展となった『機関』(エンジン)技術の根幹であるが、魔物を生む母でもある。災厄もドラゴンも、あれが流した血がそのまま魔物と形を成したものだ。アレさえなければ――幾多の嘆きは生まれなかった。文明は発達しなかった」


「そうさ、分かったろう? アレはさらなる【災厄】を生み出すのだよ。脅威は増える。決して減りはしない――魔力は循環し魔物と化す。魔石の封印? それをするにも魔力を使う、結局は同じこと。そもそも人間は文明を捨てられはしない。かの西欧大陸のように、最後には魔物が地上を覆う」


「では、どうする? 諦めるか、それはありえない。ここまで辿りついた君たちならば、決して怠惰と諦観に身を沈めることはないと信じている。もっとも、どうにかするのは簡単でね。言っただろう、追放してしまえばいい。他の世界から来たものを他の世界に放逐するだけの話なのだ」


「僕が遺した『ブラック・コア』を錬成変換して『緑色秘本』エメラルド・タブレットを創造しろ。そして断割して6つの『心御柱』(しんのみはしら)を打ち立て『黄金六芒星』メギストス・ペンタグラムを絶対錬成するのだ」


 それはすでに為されている。ルナの遺産の解読は段階的に進んでいた、そういう風にルナが作った。だから、それらの錬成図面はすでに解き明かされて完成された。そのために残った貴重な施設のいくらかを使い潰したが。


「それは世界に風穴を開ける儀式。世界の外側へと至る“門”を創世する黄金錬成。世界を侵す大禁呪」


 世界を切開する術。ルナの『ワールドブレイカー』能力をもって穴だらけになった世界に手術を行う。病巣は患部を切除しなければならないほどに進んでいる。


「ゆえに、今こそ僕はラストプロジェクト『ヘヴンズフィール』の開始を宣言しよう」


 言葉を区切って、ゆっくりと噛み占めるように。名前は重要だ。でなければ、その名誉が誰のものであるのかわからなくなってしまう。


「――【第一星将】(ファースト・オーダー) 【鉄血卿】アハト


「――【第二星将】(セカンド・オーダー) 【黎明卿】グリューエン・L・レーベ


「――【第三星将】(サード・オーダー) 【無明卿】カレン・L・レヴェナンス


「――【第四星将】(フォース・オーダー) 【金剛卿】ルート・L・レイティア


「――【第五星将】(フィフス・オーダー) 【永劫卿】クインス・L・オトハ


「――【第六星将】(シックス) サファス


「――【第七星将】(セブン) クーゲル


「そして翡翠の夜明け団所属、白露照」


 作戦参加者を読み上げた。団員にとっても最も名誉ある瞬間だ。照の名を引き継いだだけの白だけは、どんな顔をしていいかわからないという顔をしているのだが。


「以上八名、命を賭して世界を救え。己が名にかけ、プロジェクトを遂行しろ。君たちの達成と栄誉を祈る。どうか、悔いなき最期を」


 ルナの言葉は最後まで自信に溢れていた。そうあるべきと己で定めたままに。そして、それは誰でもそうなのだ。ただ自分の決めた道を進むだけ――それが魔人の道。


〈ヘルメス卿の遺した遺言は以上です。なお、この通信の後に本施設は爆破処理が行われます。他の通信施設は全て略奪者による破壊の防止、もしくは秘匿処理のために爆破され再利用はできません。これが我々が行う最後の通信となります〉


 名もなきオペレーターが言葉を切る。けれど、その言葉こそがもしかしたら人類で最後のはるか遠くへ届ける魔法の言葉かもしれない。

 だから、最後に一つだけ。自分の言葉を伝える。


〈どうか、未来をつないでください。人類が再び空を巡る情報の網で地上を支配できるように〉

〈ええ。未来をつなぐ。私たちは勝つ〉


〈……通信を終了します。ご武運を、黎明卿。そして星将の方々〉


 言葉が終わった。




完全完結まであと少し。

ここで終わるわけにはいかない。


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