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ex5話 【過去】の清算


「……やはり【翡翠の夜明け団】の情報網、その中心は天空にあったか」


 ここは高度1万m、人類が唯一持つ人工衛星『魔天牢』だ。それを打ち上げることがプロジェクト『ヘヴンズゲート』の最終目的だった。

 王都の女が使ったスカイ・ハイは言うに及ばず、ルナですらリミッターを付けた状態では到達することのできない天空の牢獄である。入ることも出ることもできず、永遠にただようはずだった”そこ”に侵入者が居た。


〈ようこそ、と言うべきだろうか〉


 電子音が響く。この人工衛星に人はいない、発声器官をもつのは侵入者だけだ。それでも、”そこ”にヒトはいた。食物も水も必要しない、目も口も錬金的機械で代用する彼。


「招かれざる客とは自覚している。貴様はO5(オーファイブ)だな? そう、200年前に王都に属し、西欧で開発された機関(エンジン)を王国に広めたその人間――」

〈ああ、その通りだ。私達はあの時からずっと生きている。朽ちる肉体を捨て、精神のみで長きを生き永らえ――人類勝利の道を探求してきた〉


「は、脳髄を切り離して生きることのどこが精神体への変革か? メイガスもどき……それは永遠の存在としての階梯には不完全に過ぎるぞ。横道にそれた無様な延命だよ。お前たちごときでは永遠の〈過去〉を紡ぐ存在にはなりえない。我こそが真なる生命の理を超えし”神”である」

〈それは違うな。否、我々のこれがただの延命だとは知っているとも。脳には寿命がなくとも、人の精神には限界がある。寿命が来たと、分かっている。我々は超越できなかった。しかし、そんなものはどうでもいい。し、貴様も神ではない〉


「愚かな貴様らには理解しがたいことか。まあ、私も人間ごときに理解できるとも思わないがね。精々直視することすら能わぬ我が”神の権能”を畏れるがいい。人は太陽を見ることはできぬが、その偉大さに敬意を表し頭を下げることはできる」

〈下らんな、他人に頭を下げさせることが神のやることか。能力の強力さなど関係なく、低俗な人格というものはある。ああ、その思考は見たことがあるよ。ああ、200年前の貴族どもはそうだった。そして、今も”そう”なのだろうさ〉


「ほう。太陽の輝きをガラス玉と誤るか。200年ものの老人ともなると、やはり話が通じんようだな。寿命が来たと分かっているだけあって、その脳髄もとうに誤作動でおかしくなったと見える」

〈王都の改造施術によって人為的に精神のバランスを崩された人間の言うことは違うな。貴族はもう少し身の程をわきまえるものだ。……【災厄】どころか犬にも勝てぬゆえにな――ああ、確かにお前は我らが【星将】たちよりも強力なのだろうよ。だが、戦って砕けるは太陽と勘違いしたガラス玉の方だ〉


「我ならば貴様らの言う偉大なヘルメス卿とやらにも勝てるさ。あの間抜けな【未来】とは違うのだよ。我こそは【過去】……”ウルズ”、無限に過去を紡ぎし者。そして、私は問答に来たのではない」


 装置が作動する。脳髄の入ったカプセルが現れる。メンテ……というより製造時に使った機能だ。打ち上げた後に使われる機能でもなく、カプセルに入った彼の意思でもない。

 彼がこの人工衛星の機能を操作している。この衛星には入力装置どころかキーボードすら詰まれていないのに。


「――吐かせに来たのだ」


 脳髄の彼はその瞬間、魔天牢の制御が利かなくなったことを悟る。どころか、口の代わりとなる機械を動かすことさえ自由にならない。

 この【過去】の思いのままに、残った身体機能を使われる。


「さあ、教えてもらうぞ――魔人の秘密を。進化薬を作ることなど、この【過去】にはたやすいこと。しかし、それだけでは不十分なのだ。王都では暗示処理に加え、進化薬に近親者の一部を加えるという特殊な加工をしていた。そして、それだけではないな。お前たちは何をした? 貴様らが紡ぎし錬金の業を我に献上せよ」

〈進化薬――魔石を原料とし、人間を違うモノへと変える薬物〉


 ラジオのように淡々とした声の調子。彼が話そうと思って出力しているのではなく、【過去】が外部から脳機能を支配、記憶を再生させ言葉にさせている。自白剤と似たようなものだが、効果のほどはわけが違う。


「そう、魔人は特定の手順を踏んで人体を魔力に侵させることで作成される。偶然にも人間が魔力だまりに突っ込めば……貴様らを襲撃した”それ”、いわば天然物の強化人間ができあがる。基礎知識だな、それは知っている」

〈進化薬を打たれた人体は液状化し再構成の段階に入る。しかし、生存可能なレベルの再構成を行える者は多くはない。ここで人体は完全に再構成されるため、欠損部位を抱えた人間でも素材とするに不都合はないのだが。……しかし、事前に外科手術により変化した人間の一部を埋め込むことにより強化される事例がある〉


 リサイクル。なんとも倫理を無視した非人道的なものであるが、夜明け団はそれをやっている。

 例えば強力な魔人が死んだとき、遺体を回収してその一部を移植した上で改造手術を行う。もちろん遺体の一部を移植などしたら、その部分から腐り始めるが――直後に改造手術を行うなら関係ないのだ。

 本来であれば『ヘヴンズゲート』で死した魔人は回収され、新たな強化手術を行う時に使われるはずだった。……王都による魔石強奪作戦による回収遅延、襲来した【災厄】の汚染さえなければ。


「なるほど。王都では失敗作を改造薬に混ぜていたが、成功作を被験者に混ぜる発想もあるのか」

〈重要なのは想いである、かのヘルメス卿の遺産にはそう記されていた〉


「……想い、だと?」

〈強力な想念――憎しみ、悲しみ、愛……殺意。その感情の絶対値こそが強力な力を手にする鍵。我らの【星将騎士団】こそがその事実を肯定している。そして、かの【殺戮者】――彼は検査では適性は凡百と変わらずであった。にもかかわらずヘルメス卿に膝をつかせた事実の原因を求めるならば、それ以外にあり得ない〉


「ふん、我の例にも合うな、そいつは。我は神に相応しい器であるがゆえに、神の力を得た。我こそが神なりと信ずる思想強度の絶対値が神の力を導いた。なるほど、愚民どもも己が神の民であると自覚を持てばそれなりにはなるか」


 この【過去】は、残った【現在】と仲良しこよしでやっていく気は毛頭ない。世界に神は己一人であると自覚を持つからこそ、部下とするために新たな合成人間を作る術を求めた。こんな天空まで足を運んだのはそのためだ。


〈否定。強力な想念を持てる人間は限られている。己は大多数の中の一と自覚する者に激情はない。なぜなら、強力な想念は一般社会に溶け込むにあたり障害としかなりえない。強い思いは社会生活を営む上で邪魔である〉

「貴様らには無理であったと言うだけのこと。日々の糧を求め他者と同一化を図ることでしか社会を形成できぬ愚民どもを導くには、ヘルメス卿とやらにも荷が重かったな。だが、我にはできる」


 強い思いを抱かせれば強力な合成人間を作れる。しかし暗示処理をしたところで対人用のいわゆる”しょぼい”能力者しか作れない。

 ルナでさえ夜明け団が”改造してみたら強力だった”魔人を育てただけで、彼女自身で見つけることも作ることもできていなかった。【過去】は己ならば苦も無く人材を育成できると確信しているが、根拠は何もない。否、己は神である自負のみで根拠は十分ということだが。


〈否定。ヘルメス卿に導く意思はない。彼女は我々を試しているにすぎない。人類救済の道を示し、そこに到達できるだけの力を我々に授けられたが――彼女自身は導かない。真に救済が成るかは人類次第である。我々は与えられた力と己の意思でもって、彼女の試練を乗り越えなければならない。これが人類への試練であるがゆえに〉


 もっとも、夜明け団にとってはルナは”強い思いを抱かせる”魔人製造において最も重要な要素を”やらなかっただけ”と思っている。実はそんなことできないのだが、できると信じている。


「御大層な論理だ。指導者などできないと言うことを隠すための言い訳としては上出来だ。だが、我であれば愚民どもを導いてやれるのだよ。意志を与え、力を与える――そこまで行ってこその神だ」

〈生きるため必要な全てを他人に頼るのであれば、それが生命体である意義が?〉


「何……? 貴様、我が質問したこと以外を答える許可は与えていないはず……ッ!?」


 ぐらり、と揺れた。異常事態だ。地上でさえ、それは危ういが――ここは空気さえ存在しない成層圏。宇宙ステーションが傾くなど冗談ではない。そう、それは致命の事故。……否。


「き……貴様、正気か!? こんなことをすれば貴様も助からんぞ!」

〈……君は私を殺すのではなかったかね。この老いぼれにとどめを刺そうとわざわざこんな辺鄙なところまで来たのだ、もう少し付き合ってもらおう〉


「ぐ……! 貴様、この『魔天牢』を地上に向けて落下させたな!? 宇宙ステーションごと大気との摩擦熱で焼滅させるつもりで――させんぞ、急上昇!」

〈無駄だ。貴様が来る前にこの魔天牢を動かす魔石を地上に向けて射出した。残った魔力では、とてもではないが周回軌道には戻せんよ〉


 そう――この宇宙ステーションは落下している。敵がこの部屋に来る前から落ち始めていた。床が傾き揺れが収まらないのは何のことはない……ただ墜落中と言うだけだ。そして、それはもはや止められない。

 坂は上がるよりも降る方が楽と言う誰でも知っている原則に従って、天空の城は堕ちる。


「おのれ……! おのれ、世界にへばりついた妄執めが! 人間でもなく、魔人でもない生き恥を晒す”脳みそ”ごときが神を弑すると言うのか!?」

〈王都二百年の妄執が生んだ貴様も、二百年も生き永らえてしまった私も――もはや世界にとっては不要。新しい世界は若者たちに任せて逝こう〉


「くだらん! 誰がこの魔物はこびる絶望的な世界で、希望を見出せると言う? 我こそが――神たる我が導かねば人類に未来などないと言うのに!?」

〈ルナ・アーカイブス。貴方のおかげで我々はここまで来れた。人類の”天敵”を天の座より墜とし、そして誰もが打倒さえ考えられなかった【災厄】を――〉


「おォのォれェェェェェェェェェ!」


 人類唯一の、そして最初で最後の宇宙ステーションが墜落する。彗星のように、箒の尾を引きながら燃え尽きる。



 いきなりバトンを渡されても、渡された一般市民の人は困ると思う。どれだけやめろやめろって大合唱されてても、多分言っている人は本当にやめると思ってないんじゃないでしょうか。支配者って実は面倒です、王都みたいなやり方はともかく夜明け団は人類の守護者をやっていたわけですから。


 

 今回は世界観の答え合わせ回でした。これは一次創作なので強さの物差しは自由にできます。血統が正義だったり、中二病度が高いほど強かったり、才能が全てだったり。この作品では想いの深度が深いほど強くなります。(主人公や魔物は保有魔力の高さによる。つまりRPGの敵キャラ側レベル制)

 殺意が高いほど強くなるみたいに思っていただけていたら良かったです。


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