ex4話 王様の想い side:王
【翡翠の夜明け団】による王都への侵攻――その凶報は幾多の阿鼻叫喚を伴って、唯一残った国を駆け巡った。
貴族も、王も会議場に集まった。王城の中では一番ここが頑健と言うのはあるだろうが――要は不安だから集まりたかっただけなのかもしれない。
人類は古から魔物と戦い続けて歴史を刻んできた……しかし、【王都】はその果てなき争いから逃げた。否、王都だけでなく誰もが機関の吐き出す黒煙に隠れて戦うことをしなかった。
”誰か”の助けを震えて待つのは、人のどうしようもない性と言えるのかもしれない。
誰も助けてなどくれない、と断言しひたすらに進み続ける【翡翠の夜明け団】はむしろ狂人の類であろう。だから、反逆を翻した。
夜明け団の強大化に端を発する戦争……国家として、自らを上回る戦力の出現は容認できようはずがなかった。国としては戦争は避けられなかったのだ。だが、このような事態にまでなるとは誰が想像しただろうか。
……ルナ・アーカイブスの暴走。彼女が作った『ブラック・コア』は世界を壊す。そんなもの、王国以外に管理できる組織などない。少なくとも、王国を支配する王都ではそう認識されている。誰に? 貴族や王に、だ。
「ゆえに、人類の歴史を未来に遺せるのはもはや我々しかいない。……だと言うのに!」
暴走する夜明け団――彼らが差し向けた飛行船は上空にまで近づいている。奴らは本気で人類の牙城を切り崩そうとしている。
この王様は王国軍の戦力について詳しいわけではないけれど、航空戦力だなんて斬新なものを持っているのは夜明け団くらいのものだと聞いている。
「威嚇など奴らがやるものか。あの狂った集団に虚飾などあるものか。行動したならば、見せかけなどありえない。倫理も論理も無視してどこまでも突っ走るのが、あのイカれた錬金術師どもだ……!」
玉座のひじ掛けを握りしめる。どおん、どおんと音が響いてきた。かつて聞いたことのない音――否、二度もかのルナ・アーカイブスが王都に爆弾を落とした。
アレはむしろ常日頃から頭から意識の外に追い出そうとしているほどに大きな心の傷として残っている。
……トラウマになっているのは同じなのか、貴族どもの騒ぐ声が大きくなる。
泡を吹いているのはともかくとして、怒鳴り散らすうるさい者もいる。貴族としての誇りを持っていないのかとその王は内心で見下すが、顔には出さない。
ただただ、毅然として玉座に座る。
「……」
見ていると皆が次第に落ち着いてくる。聞こえてくるのは音だけだ。あの振動も地鳴りも建物の崩れる音もしない。
そう、”あれ”の後であるからこそ防衛力を削れない。『ブラック・フラグメント』を防ぐことこそ敵わなかったが、王都には変わらず世界最高の戦力を集めたと自負している。
――空に浮かぶ船ごときに、この守りを突破することなどできはしない。
騒ぎが収まってくると、もう一度爆弾が落ちる。
無様な醜態があちこちで散見されるが、王は全く動じていない。他の者も王が泰然としているのにきゃあきゃあ騒ぐのはみっともないと思ったのか、落ち着いてきている。
「……」
その王は特に言うこともないから黙っている。”沈黙は金”などと言われるが――実際には何か言ったら揚げ足取りはいくらでもできるということで、事実は逆に”雄弁が損”であるだけなのだ。沈黙していれば落ち度はない、ただそれだけ。
――よくもならなければ、悪くもならない現状維持。
しかし、それはずっと行われてきたことだった。”誰が”ではなく、皆そうしてきた。皆としか言えない不特定多数、過去も現在も含めたたくさんの人々。そう、”状況”を変えようとしたのはあの夜明け団だけ。
やはり雄弁も行動も有害だな、と王は独り言ちる。
「……」
だから王は何もしない。ただそこに居続ける――それが王としての仕事だと己を戒めている。
「……ッ!」
ぐらり、と揺れた。地面が揺れたかと錯覚したが、それは違う。
爆発的に放射された魔力に頭が揺らされた。ありえないと言っていいほどの魔力放射……王族、貴族の血筋は魔力に対して耐性がある。機関からもたらされる黒煙は魔物から人類を隠す守護、そして人体を侵す毒の両方の側面を持つ。
いわば闇の坩堝ともいえる王都で命をつないできた一族には必然、そういった力が身に着く。例えば、六大貴族『傾城』の血筋を引きながらも妾から生まれ、暗部へ行った紗城斬人であるとか。
それでもなお――この魔力は王の頭さえも揺さぶる。
「な――あ”ッ!」
今度は本当に揺れた。揺れが止まらない。胃が浮くような感触、物理的に傾く床。王はとっさに地に伏せる。それは土下座のような、なりふりかまわぬ生存への道を探す姿勢。”王”としての姿勢ではないと思う。けれど。
(私はここで死ぬわけにはいかん……!)
ぎりぎりと爪を立て、床にへばりついて揺れが収まるのを待つ。
王はもはや認識することさえやめていたが、集まっていた貴族は悲惨だ。過剰装飾などしているものだから、装飾で切ったり机がぶつかったりで血みどろの阿鼻叫喚になっている。
――それは『煉獄』の爪痕だ。
空中で爆発的に体積が増大したそれが加速度をそのままに地面に叩きつけられたことで起きた破壊。いくら王都の持ち得る最高戦力を集めたと言えど、物質的に1tをはるかに超える質量が空から降ってくる事態をどうにかできはしない。
300kg以上吹っ飛ばして、更に20分割できたとしても――煉獄の落下による破壊は致命的だ。
……『未来』がルナに弑され、そしてここには『過去』も『現在』もいない。彼らは王の言うことすら聞かずに勝手に出て行ってしまったから。
うるさい声、誰か何とかしろと騒ぐ声が何重にもなって木霊する。この段に至っては、普段偉ぶるしか能のない貴族どもには何もできない。
王の責任を追及する声、他には指示を仰ぐような声さえも聞こえるが――
「……知ったことか!」
揺れが十分小さくなった。”走れる”……ゆえに王は自身と側近しか知らぬ秘密通路から抜け出した。しかし、破壊が収まったと言う意味では決してない。不気味な振動が響く――それは煉獄が建物を潰して喰らう音。
「……っぜ! はぁ――ぜぇぜぇ……」
すぐに息が上がる。王は太っているわけではないが、特に運動をたしなんでもいない。揺れる中を全力で駆け抜ければそうなる。
「お、王――」
そこに老人が追い付いてきた。すでに死にそうだ――若くもないのに全力疾走などするから。基本、王都の住人は黒煙の影響で病弱である。
「爺か。行くなら緑生街方面へ抜ける道を使え。外がどうなっているかわからんが、この王城すらも”へし折られ”ようとする今、まともに外に出る道が残されているとは思えんが、そこは水路だ。もしかしたら使えるかもしれん」
「ならば、王よ。あなたはどこへ行こうと言うのですか? あなたさえいれば王国は復権できる。翡翠の夜明け団が世界を破壊しようとする今、あなたがお隠れになれば誰がかの悪逆非道を止められると言うのです」
「それがどうした? 私はやることがある。そのあとは、まあどうにかする。抜け出すとも。世話になったな、爺」
「お、王――」
王は走り出す。”そこ”へ向かって一直線に。王のびらびらとした過剰装飾は王自身の手によって引きちぎられ、さらに滅茶苦茶になった道を強引に進んだことにより汚れて黒く染まっていた。
けれど、ついた。
「ああ、無事だったんだね……メアリー。良かった」
王は先までの人生に倦み疲れたような声とは打って変わって、優しげな声でその人影に話しかけた。妖精のような人影、30㎝もない体躯――なんとも可愛らしい妖精さんだ。
「 」
なにか話しかけるようなしぐさをする。
「心配ないさ。僕がここから連れ出してあげる。君を外の世界に連れ出すのは心配だけど、そうも言ってられなくなったんだ。けれど、僕が君を守るよ」
手を差し伸べた。彼女……影から性別は判別できないけれど、なぜかそう呼ぶのが似合う彼女。小さい手で王の、否――王だった彼、今はただ一人の大切なものを守ろうとする男の手を取った。
「……黒煙が入ってきている。最も守りが厳重な”ここ”でさえ揺れている。王城は持たないな。脱出するなら、早く――」
けれど、運命はそれを許さない。全てを捨ててなおこの子を守ろうとした彼の前に、敵が現れる。試練ですらない”それ”は、運命と呼ぶにふさわしいだろう。
「見つけたぞ、原初にして最後の【災厄】。力を持たないがゆえに誰も知ることのなかった魔物よ」
現れたのは血みどろの男。【翡翠の夜明け団】、最大戦力星将騎士団が一人、星将レメゲア・シュトラ。左腕を失い、体のいたるところが抉れていてもなおその存在感は苛烈にして激烈。
「き、貴様は――」
「ルナ様が遺したラストプロジェクト成就のため。貴様はここで倒す、10番目の災厄……【 】、ナヘマ」
彼は王都を守る改造人間たちの手により致死と言えるまでのダメージを与えられてなお立っている。ならば、王に勝ち目はない。
そもそもスポーツすらたしなまない彼に戦闘行為など荷が勝ちすぎる。10歩の距離……それだけあれば銃を撃とうとも当たらないことは本人にもわかっている。
「……貴様らは! 国を廃し、屍山血河を築いてなお止まらんと言うのか! だが、やらせんぞ! この子は――この子だけは! 私が守る。この子を殺すと言うのなら、私を殺してからにしてもらおうか」
けれど、それがどうしたと立ち向かう。震える手で小さな銃を握りしめて――必死に。
「なるほど、恐ろしいな。それは最初に生まれたがゆえに無力、失敗作のはずだった。が――」
「来るな! 来るなァ!」
撃つ。手にした銃という暴力はあまりにもちっぽけで、しかしそれにすがることなどしかできない。
「”それ”が無力と言う強さか。恐ろしいな。まさか星将として立つ私にすら戯言を吐かせるか」
罪悪感というもの。ライオンがネコを育てたと言う話もある――無力で可愛らしいというのは、ときとして銃や爆弾よりもよほど強力な”強さ”となる。このような〈愛らしい〉生き物を殺すなど普通の精神ではできない。けれど。
「この子は……この子だけは!」
震える手で撃った弾丸はすべて外れた。
当然だ、疲労困憊の上に恐怖に震えていては素人の銃が当たるはずがない。それでも、逃げない。無駄と分かっていても、大切なものを守るため。
それはおそらく立派な行為なのだろう。何の意味もないが。
「だが殺す。邪魔をするのなら貴様も殺す」
この襲撃計画に王の首は含まれていない。生き残れたのならば人類復興の役に立つだろうし、死んだのならそれまでだ。本音のところではどうでもいい。
別に王が強権を振るって国をダメにしたわけでもないのだ。だから、躊躇なくその首を刈った。
「 」
その子は怯えるように震えて――
「我らが【翡翠の夜明け団】に栄光あれ」
レメゲアは躊躇なく踏み潰した。直後、上方より全てを飲み込み喰らいつくす黒が迫る。
――王都は『煉獄』に蹂躙され、地獄の窯と化す。生き残った者など、誰もいない。
王様はぐだぐだ言わずに責任だけ取ってくれるタイプのお人でした。そしてその最期は守りたいもののために命を賭けた熱い男。
なのに無能に見えたのは割と世界が詰んでるためですね。難易度EXでそこそこ行って失敗より、難易度ベリーイージーで成功の方が有能に見える罠。
”災厄”、【 】ナヘマの設定を書いておきます。きっとわからなかった人が多いのではないかと。白いところは空白って読みます。コピペミスとかじゃありません。そして放っておいても煉獄にごちそうさまされるはずだった子です。
メアリは王様が勝手につけた、本名にかすりもしてないニックネームみたいなものでした。能力はないです。力は多分スプーンを持てるくらい。でも食費はかからないから財布にやさしい。
赤子の首をひねるよりも簡単という言葉があるじゃないですか。あれって全然簡単じゃないと思うんです。大悪人が赤子の首をひねれずに育てちゃったみたいな物語をどこかで読んだ気がします。そのくらい赤子の首をひねるのは難しいはずです。でも夜明け団の魔人はそこでひねれるほどイっちゃってるから強い。
この子はかわいいだけで基本的に害はありません。生きている限り魔物の発生源にはなるけど、正直機関が吐き出す黒煙に比べたら微々たるもの。殺した理由? 夜明け団だから。あと王族を襲撃しとかないとブラック・コアが盗られちゃうから、そのついでに。