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ex3話 プロジェクト『エンジェルラダー』


 作戦行動が始まっている。オペレーターは作戦指揮者へと状況を報告する。


「オブジェクト『煉獄』の7重封印は順調に稼働中。問題ありません。”餌”への反応も認められず。作戦は問題なく進行中」


 5隻の編隊の中央、その飛行船の中はあらゆる錬金的意義を備えた配管が縦横無尽に走っている特別製である。

 それらは中心部……彼らがオブジェクトと呼んだものに繋がっている。煉獄と呼ばれた”もの”を運ぶため、そのためだけに作られたただ一度で役割が終わる船。


「――ええ、よろしいです。〈では、作戦を決行しましょう。愚鈍なる王に鉄槌を与えましょう。プロジェクト『エンジェルラダー』を発動する!〉」


 最も高い場所に座り、プロジェクトの開始を高らかに謳い上げるは錬金を極めた魔人。その声は5隻の飛行船を駆け巡る。

 今や力のほとんどを失ってもなお、”そこ”にいるグリューエン・レーベ。回復などしていない指すら動かせない身体を、錬金的薬物の反応で強引に動かして。満身創痍の体で毅然と指示を出す。


「王都、飛行船火器の射程距離内に接近」


 報告が来る。迎撃はない。王都の人間にはもともと空を移動する必要などなく――そして、”最近”出てきた飛行船に対する術など開発していない。 

 というか、すでに王都とてボロボロで余計なことをする余裕などない。王城こそきれいに修復したものの……未だに門ができていない。黒の排煙を制御できていない。

 ゆえ、内部には団が何をする必要もなく魔物が徘徊している悲惨な有様を晒していた。


 ――それも、ルナが放り込んだブラック・フラグメントの爆破から立ち直れていない印である。


「すでに王都と我々の契約は破棄された。彼らの恥知らずな略奪を、襲撃を許した覚えはない。……ヘヴンズゲートをきっかけに開かれた戦線は閉じられていない。ならばこれは先制ではなく反撃と知るがいい」


 レーベは述懐する。かつては王都と団は蜜月の関係を築いていた。

 両者に共通して改造人間の技術があるのはそのためで、産業の根幹である技術も分け合っている。けれど彼らはヘヴンズゲートで団が消耗した隙を狙って戦利品の簒奪、そして民を扇動してさらに団を削る暴挙に出た――反撃しなかったのは消耗のためにできなかっただけだ。

 しかし、この段に及んではあらゆる手段を用いて反撃に出なければならない。そうしなければ、団は無抵抗に潰されてしまう。


 ……すべてはルナの遺した『ブラック・コア』を受け継ぐため。

 決して……他者による簒奪を許すわけにはいかない。邪魔するものは全て消す。例え人類の文明の根幹、”機関(エンジン)”の生産が立ち行かなくなろうとも――唯々諾々と運命を受け入れなどしない。


〈全砲門に点火――照準、王城。撃て!〉


 レーベが指示を下す。

 数十の光条が王都にあって唯一以前と変わらず美しくその姿を保つ王城に向かう。王城と言えど防御力はほとんどない……それを担当するのは崩れたままの門である。


「……反撃を確認、撃ち落とされました」


 しかし幾十の火砲は簡単に撃ち落とされて、輝く王城には陰り一つ見られない。王都はブラック・コアの奪い合いに改造人間たちを派遣した――が、貴族と言う生き物は決して自衛の力を手放したりしない。


「さて、どこからですか?」

「攻撃の発射地点は周辺の廃屋と推測――敵合成人間です」


 たかが火砲術式とはいえ、王城なんて言うバカでかい目標を守るのは困難極まる。

 ゆえにここを守るのは、派遣されるような”余った”人員ではなく本物の戦闘機械。人としての属性をすべて上書きされ完全に至った、煌々たる光の中にのみ存在する深い虚無だ。


「ああ、やっぱりですね。まあそんなところだろうと思ってました。とりあえず隙さえ作れれば構いません。次弾の装填を急がせて下さい」

「了解……〈中央(コントロール)より旗下の4隻へ、装填急げ〉」


「いや――」


 レーベは自分の通信機をONにする。


「〈装填は急ぎなさい。けれど、撃つのは後です。撃つときは一気にです〉。でなければ、牽制になりませんからね」


 立ち上がる。それ自体が信じられないような奇跡だ。アルカナにずたずたにされておきながらも、立ってしゃべっているのは半端な奇跡などでは括れない。

 事情もある。彼女とてヘヴンズゲートの中心的存在だ。目指したトロフィーを横からかっさわれたのだ、腹に据えかねている。


「私は『煉獄』の開放に向かいます。オペレーター、後は頼みましたよ」


 足をひきづりながら動く。その道には点々と赤い跡が残っていた。



 二射目、三射目をなんなく撃ち落とされながらも飛行船は悠然とたたずむ。上を取ると言うのは、戦術的に圧倒的に有利な立ち位置を取れる。

 しかも、今回上を取っている方は制圧するつもりがない。破壊をばらまいて帰るだけなのだから、なおさらに有利だ。上を取られたなら下に降りる隙を狙うが定石だが、そもそも降りないからそんな隙はない。


「ルナが手がけた改造人間の成れの果て。全ての改造人間が向かう先にして、たどり着かない彼岸の向こう――今や人間ですなく、魔物ですらないただの”もの”。オブジェクト『煉獄』」


 知能もなく蠕動しているだけに見える醜悪な塊が封印の中で身じろぎする。完全な封印など、特別にあつらえたとしてもただの飛行船では不可能だ。そもそも、”これ”の性質は無限に魔力を喰らい、殖えていく――つまり、結界すらも喰らう。


「やれやれですね。あの時、始末するのではなく捕えたのは正しいことだとは思っていても感情では納得いきませんね。殺そうとして、殺せない……なんて殺戮者でもない私はタイプではないとおもっていたんですがね」


 ため息をつく。ヘヴンズゲートにおいて龍を倒し――しかし”災厄”が現れた丁度隙間に現れた訳のわからない物体。

 それが、今や王都かく乱作戦の核になっているとは数寄な運命もあったものだ。さっさと引導を渡してしまいたいのがレーベの本音ではあるが。


「まあ、後で機会もあるでしょう。どうせ、奴らに始末できるとは思えない」


 息を吸う。蒼い顔に気力を入れる。


「〈封印結界、第7層解除!〉」


 技術者が忙しく働く。封印解除の手順が踏まれていく。

 いたるところから蒸気が噴き出す。がしゃがしゃとパイプが動く音がする。今の彼女にはペン一本を握る力すらもない。指示を出すだけだ。


〈『煉獄』の拍動を確認。……活動再開します!〉


 オペレーターの叫ぶような声。


「まったく、落ち着かない。……〈落ち着きなさい、別にかまうことはありません。はじめから万全ではないし、もう少しだけ持てば問題ないのですから〉」


 けれど、レーベはいたって冷静である。現在進行形で命の危機だと言うのに震えすらもない。


〈――封印第一層、浸食が開始されました〉


 だから、技術者たちも落ち着いて作業ができる。上位者が最前線でどっしりと構えているのだから、命の危険すら自覚していない。


「早いですね。……〈”餌”の封を解きなさい。コントロール、編隊を全速前進。王都の上空で落とします〉」

〈了解、前進開始。3,2,1――〉


 揺れが来る。レーベはがくりと揺れるが両腕でしがみつくようにしてそこに立っている。

 ……飛行船の音以外に何もないはずの大空に、だしぬけに声が響く。その声は飛行船の中に響いた。

 図体のでかい飛行船ではカメラよりも音を拾った方が効率が良いから、全体に流れてしまったというわけだ。


「『ブラック・コア』を使い人類をせん滅せしめんとする悪魔ども。世界を己がものと見間違った錬金の徒よ」


 レーベはその間違えまくった論理への反論よりも先に、そいつを分析する。


(人格が残っている。失敗して残ったという線はおそらくない、失敗作を王都の防衛に当てるはずがない。ならば、あれは相応の力を持つ――)


「我が名を聞くがいい。我は紗城斬人(さじょうきりと)……人に仇なすものを斬る刀である!」

「そして、刀に付き添う鞘――私の『スカイ・ハイ』は空を敷く」


 男と女、二人は大空に”立つ”。空気をブロック状に固め、足場にしている。いきなり現れたのは足場をロケットのように飛ばしたから。


「これはまずいですね。いえ……どちらにせよやることは変わらない。〈通達! 2番、6番、17番――火砲術式を起爆させなさい〉」


 本来ならあり得ない指令だ。彼らが飛んできたのは砲撃の合間、つまり装填が済んでいないところを狙った。だからこそ、その指令を一言でいうならば”自爆”ということであった。

 船が揺れる。それが一時的な加速によるものだ。大空にあってはほぼ助からない自爆だが、命じられた者はそれを躊躇なく実行した。


「無駄な抵抗を! 悪は我が刃の前に()く消えるがいい。『斬艦刀――朱鷺(とき)の太刀』ィィィィィィ!」


 小細工など意味がない。彼の能力は衝撃波の刃を作る能力。だが、ルナが相手していたそれとは規模が違う。想いの桁が違う。それは正真正銘、飛行船をも真っ二つにする絶対正義の太刀。


「……ちょこざいですね! 錬成――【六芒七星結界】」


 一つの船さえ断ち切る刃と、それを覆う結界のぶつかり合った。


〈オペレーター、隔離セクションごと切り離して王城にぶつけなさい!〉


 せめぎ合うも、つかの間――


「――チェストォォォォォ!」


 刃の圧力が増大する。結界にひびが入る。……砕け散った。


「甘いのですよ。我々が止めた程度で歩みが停まるなどと侮らないでもらいたいですね。ここに来た時点で、目的など果たしているのです……!」


 レーベはボロボロになった己の腕を引きちぎり、煉獄の下に放る。その顔には笑みが浮かんでいる。勝利の笑み、そして同時に己の身を顧みない狂気の笑みだ。


「【返し】。私が居る限り、悪にこの土地を踏ませはしない」


 斬人は刀を横に振って残りの4隻を一網打尽にしてしまう。なるほど、強力な異能である。シンプルに能力の規模が大きく威力も高い。

 飛行船を真っ二つなど、夜明け団の魔人でさえそうそうできることではないから。

 5つの爆炎が空中に花開く。およそ人間であれば生き残れはしない。しかし、斬人は赤の中から影が飛び出したのを見る。高速鳥の乗り手に抱えられたレーベだ。


 ……もちろんレーベは自分の命に保険を掛けるような人間ではないが、部下の助けを拒むような狭量でもない。というか、それを拒むほどの力も残ってはいなかった。抱えられ、ただ一人逃げていく。


「……逃がさない」


 もう一人がその異能【スカイ・ハイ】で追いかけようとして。


「いや、あれはなんだ?」


 異常に禍々しい気配を発する”箱”が王城に落ちていくのを見る。さすがに放置もできないと刀を向けた。


「な……あ――」


 おぞましい”漆黒”が爆発した。

 『煉獄』は丁度近くに投げられたレーベの置き土産の腕を食い、そして”餌”を認識した。そう――エレメントロードドラゴンの魔石を。通常の手段では使うことのできないほどに莫大な魔力を秘めた”それ”を喰らった煉獄は爆発するようにその体を広げ、王都を覆う。


「これ……どうしましょう?」


 呆れるほどの体積を持つそれ。スカイ・ハイを使える彼女にとっては空に逃れれば問題はないとは言えど――


「目をそらすな、現実を受け入れろ。こうなっては奴らを追う暇などない――道を切り開き、王を助け出すぞ」

「あ、了解。そうね。下にいるあいつらには殲滅に優れた能力持ちもいるものね」


 見渡す限りの黒、『煉獄』の血肉が地獄のように王都を覆っている。。龍王の力を喰らったそれは悪い冗談のように殖えていく。

 それはまさしく人類の滅びの光景だった。



 煉獄は元は38話で半死人になった老人が元になっています。

 犬に食われて半分くらい体が無くなっていても生きていたから、ルナは試しに改造薬を注射してみたアイツです。

 ルナもけっこう鬼畜なことしてますね。そしたら魔物みたいなものになって、84話で再登場。プロジェクト『ヘヴンズゲート』の邪魔をしました。


 そこで団に捕獲され、ex話で夜明け団の切り札になりました。”これ”の投下作戦がプロジェクト・『エンジェルラダー』です。ありったけの火力で護衛の目をそらし、これを捨てて逃げる作戦でした。(撃墜されましたが)



 ちなみに煉獄の設定です。これの能力はRPG的に言うなら最大HPの増幅です。HP75/100が魔力を食べてレベルアップするとHP175/200になるような能力。傷はそのままでHPだけが増えていきます。


 上限なしと言うアホみたいな能力。人間もおいしく食べちゃいます。


 普通では合成人間も強化人間も魔物になりません。魔物になりかけるときの負荷で死にます。細胞自体の変化ですからね、賢者の石を使ったときのように砂になります。(賢者の石なら耐えられる人もいますが)彼の場合はなまじ強力な再生能力が発現したため、魔物になるまで体が持ったというのが真相。魔物になった後は自我なんて残っていません。夜明け団は”これ”を魔人の末路とは思いたくないのでオブジェクトと呼称しました。


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