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ex2話 戦争に巻き込まれた者 side:村田大樹


 彼、村田大樹はごくふつうの若者だった。

 そこそこ大きな街に住んで、将来はまんぜんと親の商売を継ぐものだと考えながら適当に友人たちと遊び歩いて、恋もして――その恋は告白できないまま相手に恋人ができたことで終わったが。

 それでも、まあ……恋敗れたときは世界一不幸などと思ったが、今ではその時はまだ幸せだったのかもしれないと思っている。なぜなら。


「……我々はかの暴虐邪知の無道を倒さねばならない」


 街の中心で演説が始まった。 

 彼は別に興味があってここに居るわけではない。1週間前に現れたルナとやらも別に(なんかバカみたいなことやってるなあ、目立ちたいのかなあ)などと思ったくらいで、今やっている演説にも夜明け団を倒そうなどと言う思想に共感するわけもない。

 けれど、付き合い上ここに居なければならないから、ここで眠気をかみ殺している。


「奴らはかつて、人類へと牙を剥いた。一度は王都の区画の一つを消滅せしめ、次は王都全土に至って消えぬ傷を刻み込まれた。人類はまだこの傷から立ち直っていない――もはや猶予はないのだ」


 前に立っているのは偉い人だとはわかる。

 けれど、周りで共感している人間のことがまったくもって分からない。こいつらは何をそんなに怒っているのだろう?

 別にうちは商売の邪魔されたわけでもないしなーなんてことをぼんやりと考える。


「奴らは何だ? ただ己の利益をむさぼる肥え太った豚か? それとも、人々を見下して悦に浸る悪魔であろうか? ――否。それは違うのだ、奴らはそんな”慈悲に溢れた”者ではない。……全てを破壊し、瓦礫の上で嗤う”闇”そのものであるのだ」


 この時代の一般人にわかるはずなどないが、”敵を作る”というのは最もお手軽で、かつ堅実な……〈人々が一体〉となる手段なのだ。

 ”これ”を使えば、どんな無能な王でも国民から支持される”いっぱしの王様”になれる。……そんな国が生き残れるかはともかくとして、一時的には一つの方向にまい進する軍事国家の誕生だ。


「……諸君! 友人は大切かね? 恋人は愛しいか? 家族を守りたいか? しかし、それは【翡翠の夜明け団】と言う悪魔どもにとっては打ち壊し、捨てさるものでしかないのだ。かの悪魔どもに情はない。あるのは、ただ壊し嘲笑う魔性のみである」


 つまりはプロパガンダだ。

 人間の精神と言うのは別にそこまで御大層にできていない。馬鹿みたいに簡単な詐欺にあっさりと引っかかる。

 絶対守るべきだった基準を何かの間違いで踏み越えてしまった場合、その踏み越えたところまでが基準だったと簡単に自分の記憶を捻じ曲げてしまうこともある。

 例えば窃盗だから万引きはやめようと思っていたのが、友人にやらされてからは気軽にやるようになってしまったりだとか。……人を殺すことも、一度やったら慣れてしまう。


「かの悪魔どもから自らや友、家族を守れるのは自分だけなのだ。立ち上がれ! 善良なる人々よ! 今こそ善意からの無抵抗をやめ、奴らに立ち向かう時なのだ!」


 おおおおお! と地響きのような声が唱和する。とりあえず、大樹も叫ぶフリをしておいた。いや、叫んだら喉が痛くなりそうだし。




 ――そしてその後、彼は戦場に居た。


「くそ……くそ、くそが! なんだって俺がこんな目に――」


 居心地の悪いトラックに詰められて運ばれたと思ったら、降ろされて瓦礫の多い方へ突っ込めなどと言われた。

 見知らぬ男が偉そうに出てきて、自分は指揮官で貴様らは指揮下に入ってもらうとか言われて――とりあえず、他の一緒に連れてこられた顔見知りたちが何も言わないから黙っておいた。


 えっちらおっちらと歩いていたら、「のろいぞクズども」などと罵倒され、適当にやり過ごしていたらそいつは銃をぶっぱなしやがった。

 さすがに指揮官とか言うだけあっていい銃を持っている――適当に街の装備を割り当てられて、それが錆が浮いているような代物だった大樹の銃とは大違いだ。


「ひっ! ……ッわああああ!」


 走る、走る、走る――死に物狂いで走る。どこへ? そんなの知るもんか、走らないとアレが来る。

 あの偉ぶった奴が銃をぶっぱなしながった直後から、爆撃が来た――火砲術式だ。

 爆雷術式、地雷術式とかそう言った区別はつかないが、それでもわかることは一つ……喰らったら死ぬと言うことである。


「走れ! 走れ走れ――この先にこそ『ブラック・コア』がある! あれさえ手に入れれば、俺は貴族にだってなれるんだ――ッ!」


 指揮官のそいつは狂気さえ浮かべて命令を下す。 

 けれど、命令に従っていると思っているのはそいつ本人だけだろう。爆撃の一撃で半数が動けなくなり、さらにその3割ほどが何の間違いかそいつと同じ方向に逃げているだけだ。

 ……残りの二割は散り散りに逃げた。爆轟の耳鳴りで方向すらわからない――なら、先頭を走る人間についていくのも生物の本能と言える。


「るっせえええ!」


 大樹が怒鳴った。世迷言を聞いていれば本気で死んじまう……そう思って。けれど、それは血迷っているだけだ。別に彼らが言い争いをしたところで、生き残れる確率は高くも低くもなりはしない。純粋な幸運だけが生き残る道だ。

 ……まあ、戦術について考察できる教養があるのなら、密集することは危険だから避けるべきだろうと分かるが。弾薬には限りがあるからできる限り密集したところを叩きたいと、相手の視点に立って考えれば分かる。


「なんだと!? 貴様、夜明け団の肩を持つのか! 人類を滅ぼす悪魔の味方をするのなら今ここで殺してくれる――」

「勝手にやってろよ! 俺は知らねえ! お前らが勝手に始めたことに俺を巻き込むんじゃねえ。てめえらなんか、好き勝手殺し合ってるだけじゃねえか!?」


「……貴様。言うに事欠いて――ここで処刑してくれ……ッ!?」


 轟音が、近くでさく裂した。


「……っが。――うう。どうなった……?」


 大樹が頭を起こす。視界がグラグラと揺れていた。衝撃が脳まで揺らしていた――体のどこかが吹っ飛んでいなかったのは幸いだった。こんな状況では、どこかがモゲでもしたら助からない。王都がご丁寧に衛生兵などよこすわけがないのだ。


「うぐぐ――近くに爆弾が落ちてきたのか……くそ、こんなとこ早く出ねえと――」

「おい、何が起きた? 貴様のほかに人はいないのか……」


「あ? そんなの――ひ!?」


 見回すと、一面に赤がぶちまけられていた。そのなかには黒っぽい塊も――逃げてきた数名が、もはや彼とそいつしかいない。はぐれた仲間以外は、皆死んだ。


「生き残ったのは貴様一人か、愚図どもめ――」

「てめ……!」


 大樹はそいつの胸元を掴む。


「なんのつもりだ、私には抗命罪で貴様を処刑する権限を持っているのだぞ」

「は! なら、てめえが俺を裁判所にでも連れて行きやがれ。できねえだろうがな! 皆、ここでおっ死んだ。てめえだって、死ぬんだよ!」


「貴様――いい加減にその薄汚い口を閉じんと略式裁判で死を命ずるぞ!」

「知るもんか! 知るもんかよ――ちくしょうが! てめえらも、夜明け団の奴らもくそだ! くそばっかだ――」


 大樹は歩き出す。どこに向かっているかなど分からない。街暮らしの彼はそもそも方角というものすら知らない。外に出ないから必要なかったはずなのだ。徴兵さえされなければ。


「あ! おい、待て貴様」

「ついてくんな、ちくしょうめ!」


 どんどん歩いていく。不思議なほど何もなかった。どーん、どーんと聞こえてくる砲撃の音もどこか遠くて。

 まあ、中心に向かうでもなく変な方向に進んでいる二、三人ていどの敗残兵など夜明け団には気にかける必要すらないのだ。

 歩いて、歩いて――小高いところに上り、月天宮の瓦礫が見えると。


「お、おい貴様。作戦領域は向こうだろうが。なんでこっちに歩いてるんだ?」

「はぁ? 俺は知らねえっつったろーが。聞いてなかったのかよ、くそ野郎。行きたきゃ自分一人で行くんだな」


「馬鹿なことを言うな! 貴様のような辺境でのさばっている野ネズミは知らんだろうがな、俺は王都の民なんだ。貴様らごときが逆らっていいような存在じゃねえんだよ!」


 銃を構えた。


「お前……それ、本気かよ……?」


 大樹はビビる。まともに魔物相手すら倒してこなかったのだ。まあそれは街に住む住民ならばごく一般的なことだが、それでは銃を向けられて動けなくなることには変わりない。

 無理やり兵士として連れて来られただけだ。訓練を受けたわけじゃない。


「いいか!? お前は俺の言うことに従っていればいいんだよ! さあ、作戦領域に戻るぞ。貴様が前を歩くんだ――貴族になる、我が野望のために!」

「……っひ。いい――ひ!」


 銃弾が大樹の足下で跳ねた。威嚇射撃だが、今の大樹にそんなことが分かるはずもなく。


「っわあああああ!」


 思わず引き金を引いてしまい、そいつが居たあたりを薙ぎ払った。幸運にも”撃てる”銃だった――そして、多少狙いがずれた銃でも滅茶苦茶に撃てばそんなの関係なく、目の前の生命を殺してしまう。


「っがあ。ううう――」


 致命傷ではないが、数発もらったそいつは動けなくなる。至近距離だった。運が悪ければ当たるし、そいつの運は悪かった。


「っへ? いや、違う。俺のせいじゃ――」


 大樹は頭を振る。ただ恐怖して引き金を引いてしまっただけなのだ。殺そうと思ったわけじゃない。なのに、銃は弾を吐き出した……魔物相手に使うために整備されていたから不良は起こらなかった。


「違う。俺のせいじゃないんだ――」


 ふらふらと歩き出す。けれど、殺されようとさして変わりはない。だって、大樹ですら生きていくことはできないのだから――むしろ一日かそこら苦しむだけ死んでいた方が幸せだったかもしれない。

 ――乗り物がなく、方角さえわからない。それで銃一丁あれば生きていけるほど、この世界は甘くない。



 何も知らない若者を戦争に送り出すとか、とんでもなく鬼畜ですね。責任者出て来いとか言いたくなります。

 でも、全権力を掌握する王様は部下たちがそんなことやってるの知らなかったり。

 皆が皆自分の権限内でできることをしてたらこうなってしまった、みたいな。ぶっちゃけ、誰も責任なんて取りません。仕事を投げたら投げっぱなし、というか処理の仕方をそもそも知らなかったり?


 ……この地獄を生き残ったところで、自分の力で生きていかなければなりません。移動手段とか徒歩しかないしね。世知辛いね!



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