ex1話 全面戦争 side:|第六星将《シックス》サファス
これからはex話になります。話としては終わってませんが、ルナのストーリーは終わったのでこのような形を取りました。
砲弾と爆撃の音が鳴りやまない戦場のさなか、彼の姿はあった。
「……時よ、凍れ――『タイムグレイシア』」
氷河が侵攻する。夜明け団に襲い来る王都の精鋭、実力者立ちの群れに仕掛けた。彼らは悪態を吐きながらも、即座に銃座を氷へと向けて”それ”を創った彼……サファスの支配領域を破壊する。
「のろいな。判断が遅いぞ、敵が近くにいて何を戯れている? 殺すべき敵が近くにいるのに向かってこないなど――それが統制か? 秩序とでも言うのか、王都の犬どもが」
だが、そんなものは大火に水をかけるようなものだ。死までの道程が一秒増えたところで何も変わらない。人類と、”それ以上”の差は厳然として高くそびえたつ。
「お前たち、一体誰と戦っているつもりだ? こちらを向くがいい。でなければ、疾く――死ぬがいい【クレセントライン】」
鉄の牙がそいつらをまとめてかみ砕いた。小刀とあるいは手甲に似た牙を鎖で連結した武器――第七星将クーゲル。
ルナと戦っていた星将は動けない――死んでいたはずだった、数秒もせずに砂に帰るはずが何かがどうして今はポーションの海に浸かったまま回復を待っている。
「サファス、奴らは『ブラック・コア』を探索してそのまま持ち出すつもりだぞ、今のアレらもそういう指令を受けていた動きだ」
「見れば分かる。落ち穂拾いに星将は倒せない。……が、不快だな。”二度”も持ち逃げなどされてたまるものかよ。殲滅するぞ、クーゲル」
ゆえ、動けるツートップはこの二人。後は少々経験値が心もとない三人と、雑兵だけ。それでも、目的は果たさなくてはならない。ルナが託した遺言成就のため、譲れはしない。
「了解だ。しかし、こっちの上も探索を重視せよとのことだが――」
「そんなもの、全て潰してから探せばいいだけの話。屍で堤防を築くとも。盗人どもには一歩たりともヘルメス卿が遺した神秘に足跡を残させるものか。我々は……”そう”指令を受けたのだ、あの方自ら」
「ああ、だから落ち着け。派手に活躍すればいいというものでもないだろう。俺が遊撃しつつ、お前がこの瓦礫地帯を支配領域に置く。ただそれだけの作戦だ」
「ああ、分かっているとも――」
ルナが世界に宣戦布告し、直後に第六と第七、そして数字を持たない星将たちを倒したあのとき……しかし、そこでルナは止めを刺さなかった。心臓たるステラ・サインを砕くことがなかった。それゆえに彼らは前線に復帰した。
状況を見ればそれだけだ。サファスもクーゲルも、あの時から声を聞いたこともなければ遺産にメッセージが遺されていたと言うこともない。他者が聞けば勘違いだ、馬鹿めと嗤うかもしれない。
――それでも、彼らは信じている。ステラ・サインの製作者はルナだ、だからこそ砕かずにいたのは意図がある。その意図は、この事態において力を振るうため――そう、強く信じた。
また、一団が死地に足を踏み入れる。
「人類への反逆者に鉄槌を!」
「腐った夜明け団に正義の裁きを!」
銃を乱射しながら突っ込んでくる。
物量と言う点において、王都は夜明け団を圧倒していた。ヘヴンズゲートから戦力をほとんど回復できていない――というか、あの戦いで消耗した物資は本来なら少なくとも5か年計画で補充していかねばならないし、人財に至っては10年のスパンで考える必要がある。
あれから3か月も立っていないのだから、窮地はむしろ当然と言えた。だが、数でどれだけ劣勢になろうとも、龍との戦争を生き抜いた二人は尋常ではない。
「……くずどもめ! 虫けらのごとき貴様らが、虫のごとくわらわらと湧き出でる――不愉快だな。掃除してやろう【アイスエイジ】」
氷河が彼らの銃弾を阻み、足から凍らせて氷像にして――
「――」
氷河にサファスの血が舞った。夜明け団はあの戦いで魔人のほとんどを失った、しかし王都は違う。消費せず、元となる魔石を大量に獲得した。
火事場泥棒で利益だけを奪い去った彼らには、未だ潤沢な資金と人材が残っている。人材など、適当にどこかからさらって来ればよいだけだから。
「ぐ――貴様らは……」
「下がれ、サファス。こいつらは俺が引き受ける! 貴様に万一があっては作戦が――ッ」
敵の人海戦術に対応するだけの戦力がない。だから、氷河にまとめて飲み込む以外に方法がない。追い詰められているのは夜明け団の方だった。
「T、Q。砲撃を開始せよ――」
民衆から徴兵した一般兵にまぎれた、合成人間の奇襲だった。規模で劣る夜明け団にどうにかする術はない。数が少ないならともかく、戦線が切って落とされた初期もよいこの状態でさえ敵軍は2万を超えていた。対して、夜明け団の戦力は1000に満たない。
「……邪魔だ! 【クレセントライン】ッ!」
砲撃体勢に移ったQを、投げた牙がかみ砕いた。けれど、Tの砲撃には間に合わない。
「くたばれ、てめえらさえいなけりゃ俺は――」
そいつが壊れた笑みを浮かべる。洗脳が完全ではない、というか適当にやったことの弊害だ。人格を完全に消し去るわけでもなく、ただ逆らわなければいいと言う雑な施術。兵士にすらほど遠い哀れな人形。
「だから、貴様らは勝てんのだ。人形が、意志持つ人間に勝てるわけがあるか!」
団の後方支援、砲撃がTの背後に突き刺さった。声を出して援護要請などする必要はない。PDAを通して砲撃地点を指示していた。瓦礫が跳ね――
「……え?」
Tの砲撃は明後日の方向に飛んでいった。瓦礫に貫かれて前後不覚――今すぐ手術すれば助かる程度の傷。このぐらいならば戦闘は続行できる、けれど意思をはぎ取られた人形には無理な話で。
「T,Qともに任務続行不可能と判定――後催眠暗示発動、コード『灰は灰に』」
YがTを蹴り飛ばした。Tの能力はオーソドックスな衝撃波を束ねて砲弾にする――今は暴走させられ、その身はあたり一帯を吹き飛ばす爆弾になった。
「そんな虚仮脅しなど!」
クーゲルがナイフを持ってTの心臓を貫く。爆弾になったといっても、それは能力だ――衝撃波が溜まる前に即殺すれば花火と変わらない。Tの体が弾けた。
――はじけた血肉が動き出す。スライム状に伸縮し、クーゲルの体に絡みつく。万力のような力で締め付けるとともに、うぞうぞと蠢いて触手を口に伸ばす。中から破壊する気だ。
「油断したな? これこそ我が異能『スライドペッド』。血肉に寄生し操る力の前には、如何なる異能であろうと防ぐことはできない――」
クーゲルはYを睨むことしかできない。力を込め、一瞬だけ抜け出そうにも次の瞬間にはスライムがくっついて元の木阿弥。Yが愉悦に顔を歪めていると――
「なるほど、随分と悪趣味な能力だな? うがちすぎて拷問くらいにしか使い道がないくだらない能力だ」
サファスが指を鳴らす。すると、スライムが固まってしまう。
「さっさとその悪趣味なものを捨てろよ、クーゲル。俺は触手まみれの男といるような嗜好はないんでな」
「――嫌味か、それは」
クーゲルは触手を振り落とした。
「……馬鹿な! 我が『スライドペッド』が、なぜ――これは!? 凍り付いている……だと!?」
驚愕に顔を歪める。しょせんは促成栽培、人形に徹すれば使い道もあるものを人間性を中途半端に残しているから使い物にもならない。
「お前はここで死ね、哀れな道化。貴様らは人類の益にならん」
サファスが一瞬でYの首を切り落とした。
「――我が支配領域は広がり続けている。ヘルメス卿の遺産も飲み込んだはずだが……」
「感知できねえか。だが、それに関してはそこまで期待されてもいなかったようだしな。半径1㎞以内のどこかにあることはレーダーで分かっても、それ以上は足で探せということだ……知っていたさ」
「幸運なのは持ち出されればその瞬間にわかると言うことか。それに、陸は埋め尽くさんばかりに愚民どもが群がっているが、空は我々が制圧している。先に見つけ出し、空路で運ぶ」
「問題は”それ”が潰されれば後がねえってことだな。ヘルメス卿は一つの作戦目標に対して2つか3つの作戦を同時進行させるのを好まれたが――」
「そこまでの余裕はない。だが、下位星将たちもよくやっているようだ。いくらか合成人間どもを潰しておけば後が楽になる。そしてじきに合成人間など投入していられなくなる、その手筈になっている」
「オペレーション『スカーレットリヴァー』の発動まで数分。この目で王都のクズどもが慌てふためくさまを見られないのが残念極まりないな」
「なに、後で見ればいいさ。記録映像の供出くらい、権力を使ったっていいだろう」
「いいな、それは良い酒の肴になりそうだ」
「だから、今は――」
「ああ、今は」
「「王都に従う愚者ども。その命、無為と散らしていけ」」
魔力がはじけた。血が降り注ぐ。状況はまさに地獄――雑多な兵器を持つ王都の兵たちが突貫して死山血河を築き、赤い川にさらなる爆撃が降り注ぐ。
ルナの死と同時に王都が動きました。彼らとしてはどうせルナは誰かに倒されるから、ブラック・コアの確保が最重要ということですね。しかし、【夜明け団】としても絶対に譲るわけにはいかないものなので最終決戦が発動しました。
……ぶっちゃけ夜明け団側は戦力足りていません。『ヘヴンズゲート』で戦利品を大量に奪取されながらも戦争をしなかったのはそれが理由です。戦力なんて数ヵ月やそこらで回復できるわけがないけど、”これ”ばかりは避けるわけにもいかない罠。
戦術としては両者とも単純、というか一つの神造兵器を取り合うのに小細工を弄する隙間がない。町単位くらいでの大雑把な捜査なら魔術の心得があればだれにでもできるものです。
王都=とにかく戦力を湯水のように突っ込んで奪い取る。その中に改造人間も紛れ込ませる。
夜明け団=残された最強戦力二人を突っ込ませ、空から爆撃支援する。虎の子の高速鳥はルナの試練で使い潰したが、飛行船も急いで量産し直した弾薬もまだまだある。
戦況は最初は空を制圧した夜明け団側が有利だが、徐々に有り余る兵を持つ王都が有利になっていくような泥沼ですね。