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お茶会


 やけにピンク色とぬいぐるみが多い部屋の中、5人の女の子が机の上に陣取っている。ここは箱舟の中――人類では決して手出しできない、滅んだ文明の”先”……超技術の総本山『エッダの方舟』である。


「……こわれた」


 上座に座っている少女――ルナが持つ赤い宝玉が崩れて塵となり机の上に積もる。それと同じ塵が四人の前にそれぞれある。同じものを持っていて、それはすでに崩れた。


「ふふ、みんなやってくれたみたいだね」


 そう言って、嬉しそうに微笑む。他の四人もルナが満足したからか満足げだ――まあ、ルナが見ていないところで表情を歪めていたりしたが。


「アルカナには苦労させちゃったかな?」


 あの赤い宝玉はコントローラーだ。それも気分の問題で……実際には脳領域をつなげればこんな手段よりも効率よく仲間の能力を”扱える”。


 ――英雄たちが戦っていたのはルナたちの本体ではない。厳密に言えば、”ここ”の部屋にいる彼女たちも本体ではないのだが、感覚がこちらにある以上は本体とも言える。心臓は図書館に安置されているから。地上に派遣した体はアルカナの血を操る能力で作った偽物なのだ。

 そして、それを箱舟から操っていた。あくまで能力を使うのはアルカナだが、例えばアンドロイド同士がやるように”繋いで”他人の能力を使用することができる終末少女の特性だ。

 意識がいくつあっても動かすのは同じ体――月天宮の作成、浮遊から彼らの相手まで一人でこなしていたと言えば、その負担も分かるだろうか。


 実を言えばルナの体ですら他の終末少女が操れる。つまり、やろうと思えばアルカナはルナの体でどんなイケナイことでもできてしまうのだ。

 ルナはマスター権限を持っているが、鍵をかけていない……仲間を信じていて――そこまでできなければ信じるなどと言えない面倒な性格だから。ゆえにルナは人間を信用しない。


「うん、皆にも働いてもらったし。ねぎらわないとね――」


 ネコの模様の絨毯に女の子座りをしていた状態から、ぴょんと立ち上がる。無駄に高い身体機能を活かした無駄な動きである。


「うん、そう。もうとっくに焼けて冷めちゃってるね。ちょうどいい、かな……」


 適当にでっち上げたオーブンを開く。作りが雑極まりなくても箱舟に接続されたそれは0.1度単位で温度を制御することができる調理器具としては最上級の代物だ。


「ほい、と」


 花柄のミトンを付けて焼きあがったクッキーを取り出す。もっとも、ミトンを付けたのは完全に気分である。たかが200度くらいで火傷しないし、そもそもすでに冷めている。

 もはやルナに男らしさなど欠片も残っていないだろう。あのジェノサイドに負けたあの時から。


「……うん、おいし」


 一つつまんで、顔をほころばせる。

 こういうのは箱舟の施設には含まれない。ミートスパゲティならそれが、パフェならパフェがそのまま出来上がるのが箱舟の調理施設だから、原料なんてものはない。

 だから人間の世界で買ってきて、てきとうに調理器具をでっちあげた。手作り、なんて概念が箱舟にはなかったから。


「喜んでくれるといいけど」


 テーブルの上に置き、素早くポットを用意する。超火力で耐熱性のヤカンを温めればお湯など一瞬で沸く。これまた買ってきた紅茶の茶葉を入れて、お湯を注いですぐに完成だ。10分もかかっていない。


「はい、おまたせ」


 ルナがクッキーと紅茶を持っていくとみんなの目の色が変わる。この子たちって、そんな食いしん坊だったかな? と首をかしげるが、理由は明らかに違う。


「皆も手伝ってくれてありがとね。ささやかだけど、お礼だよ。女の子だけでお茶会を始めようか」


 ルナもちょこんと座る。適当にぬいぐるみを抱き寄せて、紅茶を口にする。

 この世界に来るまでは剣山だったルナの部屋も、今や広大なベッドとぬいぐるみ達で溢れかえるファンシーな部屋になっていた。

 成長……と言えるかはともかく、この世界で人と関わってルナは変化した。これも、その一環。


「いやあ――あの子たちも光明の皆もやってくれたね。ま、僕がミスしてたこともあるけどさ……普通にクリア不可能の難易度だったと思うぜ、アレ」

「でも、動かしにくかった、です。あの体」


「プレイアデスだと一層そう感じたかな? 遠距離で能力を顕現させるのに自分のセンサーを持ってけなかったからね」


「感覚が働かなかった……」

「じゃが、それは”能力”ありきのものじゃろが。さすがのわしでも特異器官の再現などできるはずもないぞ? 終末少女固有のそれは再現など考えるだけ愚かじゃ」


「……むう」

「ふふ。プレイアデスは不満? まあ、全力出せれば負けるはずのない戦いではあったけどね。そもそも僕のワールドブレイカー能力は、破壊するだけなら世界を丸ごと潰せる。でも、全力ではなくても本気で臨んだだろ」


「プレイアデスはお子様だな。単に負けたのが気に喰わんのだろう。私は面白い戦いができたぞ? ルナ様も見て飽きなかったはずだ」

「うん。コロナの格闘戦も面白かった。ま、僕の教えた格闘術じゃ戦闘において欠陥があることも分かってしまったけどね」


「なに、欠点を長所で押しつぶすのが月読流だろう。私が至らなかったと言うだけの――ああ、いや。奴らが”それ”を上回ったという話だ」

「……ふふ」


 コロナが少し”気を遣う”。ルナだけでなく、終末少女たちも少しは成長した。


「アリスは……てかげん、してあげた」

「ぶふっ!」


 もっとも、アルカナはトリックスターという土台がすでにあった以上、こういう成長を遂げてしまって今やルナやアリスをからかう始末である。


「――アルカナ。なにがいいたいの?」

「いやいや。ぬしがそう言うことにしておきたいのなら、それでいいんじゃないかの」


「アルカナ、あまりアリスをからかわないで」

「くふ。たしなめられてしまったの。じゃが、いくら吠えたところで一番の演技派はわしじゃ」


「……あれ、やりすぎ」

「アルカナ、相手にもそれっぽく演技してたの知られてた」


「いや、アレはそういうことじゃなくてじゃな――」


「アリス、プレイアデス。アルカナをいじめない」

「「……む。はぁい」」


 二人、口を尖らせた。


「ほら、クッキーでも食べて落ち着きなよ。……コロナに全部食べられちゃうよ? ま、アルカナもけっこう食べてるけど」


 弾かれたように皿を見て、自分の分を確保し始めた。


「ね、僕は皆がミスしたなんて考えてないよ。コロナも結界アイテムを捨てちゃったりしたけど、それも舞台演出。いい感じにまとまっていたよ――ま、僕の大人化のモーション未調整は言い訳できないけどね」


 紅茶をすする。


「――で、次はどうするのじゃ? 『ブラック・コア』は置いてきた。次は”それ”をめぐる攻防戦であろ」


 アルカナが問う。戦略眼を持つまでに成長したアルカナは、もはやルナと未来戦略を語り合える。


「その通り。王都はヘヴンズゲートで味を占めた。今回も絶対に来ている――戦争は始まっている。”未来”は僕が倒したけれど、”過去”と”現在”が残っている。そして他のアルファベットを与えられた合成人間どもも。けれど、そこについては心配していない。しょせん、奴らに心などない――勝者にはなりえない。ゆえ、”次”までにどれだけ戦力を残せるかが肝要」

「手に入れたブラック・コアを使うために――じゃな? ルナ様がワールドブレイカーの力を注ぎ、調整し続けてきたアレは現時点でも世界を破壊できる」


「けれどただ世界を破壊したんじゃ、人類の未来には続かない。このままでは世界の全てが腐り落ちるだけ。病魔はすでに取り返しのつかないところまで進行している。もはや、何の犠牲も出さずに治癒することは不可能なのだからね」

「ならば、外科手術を。クスリごときではもう到底足らぬのじゃ――ならば腐った手足を切り落とす以外に方法はない、ということじゃな?」


「そう。そのために調整を繰り返した。あの『ブラック・コア』を錬成変換して『緑色秘本』(エメラルドタブレット)を。そして断割して6つの『心御柱』(しんのみはしら)を打ち立て『黄金六芒星』メギストス・ペンタグラムを絶対錬成する。それが世界の救い方」

「腕を切り落とすのでは病人の体力が足らぬから、血管を通すなり、それらしい形を残すなり散々やらねばならぬとはな……一切合切消すのとは雲泥の手間じゃな」


「けど、それだけの御褒美をもらえるくらいのことは彼らはしたさ。――あいつらはね。ただ乗りも多いし、そいつらは自分勝手なことを言うだけで誰かに感謝もしないだろうけどさ……そういうものだよ。そうと分かってやり切ったんだ、外野から〈なら意味がない〉なんて言うのは違うよ」

「――ふふ。ルナ様は本当にあやつらが好きなのじゃなあ」


「うん、大好きだよ」

「「「「……」」」」


 不穏な空気が一瞬。けれどルナは気付かない。


「でも、皆のことは愛してるよ。……えへ、こういう雰囲気もいいね。ゆっくりお茶会、だなんてそんなにやってなかったけど。……失敗したかな?」


 張り詰めた気配が霧散した。


「ううん、ルナ様。これから、いっぱいあそんでくれるでしょ?」


 そう、これからはもう愚鈍なる人類にルナが悩まされることなどないのだから。遊ぶ時間はいくらでもある。ルナはアーカイブスの名を捨て、人類史に関わることをやめたのだから。


「アリス。そうだね――たくさん遊んであげる。もう、この世界でやることは終わったから」


 ルナはのんきに紅茶を飲む。ワーカホリックじみた夜明け団の空気から、弛緩して間延びした空気に身を浸すように。




 というわけで、負けて機嫌を損ねた終末少女が襲撃をかけるフラグはルナが気づかないうちに折りました。まだまだ子供だから忘れっぽいのです。



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