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第116話 本戦4


◆第4戦 アルカナVS『冥月』空皿虚炉、第二星将(セカンド・オーダー) 『黎明卿』グリューエン・L・レーベ 


「ようこそ、英雄ども」


 アルカナはいつも通りのフリフリの衣装を着て彼女たちを出迎えた。


「――アルカナ、戦わなきゃいけないの?」

「くく、お前はそういうやつだったな。虚炉……じゃがな、わしを倒さねば九竺が死ぬ。ルナ様に殺されるぞ。……戦え」


 アルカナは気分が悪くなるほどの邪気を発している。”人間”だったらそれだけで心を打ち砕かれる濃い気配だ。


「あの子がそんなこと――」

「で、ぬしはどうじゃ? レーベ……戦えんとでも言う気かね」


「まさか、やるべきことをやるだけです。ルナが人類を弑すと決めたのなら、倒すまで」

「はは、こちらはなんとも小気味よいセリフじゃの。では、やろうか――」


 ばさ、と腰についた真っ赤な羽を広げる。分かりやすい亜人種の特徴と言えばそうだ……かつて人間が敵として見ていたものの姿、亜人種。


「名乗るぞ! 我が名はアルカナ・アーカイブス……モデル:吸血鬼、わしこそが恐怖の上に君臨するもの。見るがいい、そして恐怖を捧げよ!」


 両手に持ったナイフを上に投げて――そのナイフは彼女自身の手のひらに突き刺さる。


「くくく……はは。KIKIKIKIKI――」


 笑い声が人間の高さを超えて蝙蝠じみた鳴き声に変わる。


【血装束の処女】(ブラッディ・メアリー)、耐えきれぬ恐怖を見るがいい」


 血液がアルカナにまとわりつき、爪を生成する。すさまじい速度で地を蹴り、虚炉へと接近する。


「……っう――!? 【7重結界】」


 紅い爪が結界に阻まれ――


「な!? なに、これ――ッ!」


 ぐじゅぐじゅとうごめく、ずらりと牙が生えた口めいたものがその手に無数に生成される。名状しがたき口腔が結界を一枚、一枚と食い破って――


「っひ!」


 虚炉は顔を蒼くして、座り込みかけて。


「しゃきっとなさい!」


 レーベに横から蹴り飛ばされる。手には試験管、追撃されたら自爆してでもダメージを与えるつもりのそれは、アルカナが後退したことで未遂に終わる。


「くひ――恐怖したな? 発動……畏怖すべき残酷劇(ホラー・エンド)第一幕【おとぎばなしの龍】。空を塞がれる恐怖、今一度思い出すがいい」


 アルカナが”大きく”なる。姿が変じる――人類が恐れてきたもの。すでに討伐したもの。人類の天敵であったそれ……ドラゴンへと。


「今更……!」


 レーベにとってはそんなもの、すでに踏み潰した遺物でしかない。恐怖など感じない……が、虚炉は別。


「そんな――龍、だなんて」

「臆するな! たわけ――ここに来たのなら、戦え! 我が能力は『複製』……錬金術が誇る”利”そのもの」


 ずる、と新たな両腕が出現する。レーベの”肩”に――しかも、それは薬品を満載した瓶を4つずつ、8個持って。


「ドラゴンごとき、8つ分の爆圧を同時収束すれば爆殺できる! 空を手に入れたとき、我々は新たなステージに上った! 錬金の至る果て……その神髄を見るがいい」


 新たなステージとは、つまりは素材のことだ。ドラゴンを殺し、その死体から変じた魔石を得たことでドラゴンすら容易に殺せる道具を作り得た。

 その、ただ一つでドラゴンを殺せる強力な爆薬がアルカナを取り囲み爆発する。


「――GIGI。GAGAGAGAGAGAGA!」


 明らかに発声器官が人間とは異なる笑い声。無理やり人間に合わせたようなそれは、ドラゴンの声と同じだった。


「恐怖を砕くこと能わず。その程度で何ができる? 恐怖せよ、貴様らにできることはそれしかない。恐れ、絶望し――そして死ね」


 アルカナの声。彼女が実際にドラゴンの中に入っているということだが、それはあの爆発が何の意味もなかったことを示す。どこかに隠れていたわけではないのだ。


「――は! 効かないのなら、質を高めるまで。それでもダメなら数を用意する! 生は有限、絶望などしているような無駄な時間はない!」


 だから、さらに倍の数を。しかも、自分への届く爆発の熱すら無視してまで。


「っちょ、あなた――」


 虚炉としては冗談ではない。仲間の攻撃の巻き添えで死を覚悟するとか馬鹿げている――しかも、これでも序の口らしい。


「絶望しろ。貴様らが立ち向かう意味などない。ここに立つ意義はない」


 砂埃が晴れた後、ドラゴンはレーベを咥えていた。自爆で足が鈍ったのだ。ぶちり、と噛んで上半身が落下した。下半身はぐちゃぐちゃとよく噛まれて飲み込まれ――


「っイヤああああ!」


 虚炉はメンバーの中でも心優しい……悪く言えば覚悟が決まっていない。意思を硬化剤で固めた上に研ぎあげたような、どこまでもブレない人間やめた系の夜明け団上位戦闘員とは違うのだ。


「そう、うずくまれ。恐怖に飲まれ、立ちすくむがいい――畏怖すべき残酷劇(ホラー・エンド)第二幕【死すべき者】」


 ぐずり、とドラゴンが溶けた。溶け崩れた中にあったのは――


「え? あなた……殺戮者(ジェノサイド)?」

「シネ」


 銃剣が虚炉の体を貫いた。


「あ――やっぱり、あなたは……」

「アルカナ、それ以外にありえない」


 複製の能力で失った下半身を作り直したレーベが剣でそいつを刺し貫いた。


「異能で外見をどのようにでも変化できたところで――中身が入っているのは違いないでしょう? 起爆しろ『マインブレード』」


 剣をカッターのようにべきりと折り、虚炉の首根っこを掴んでともに離脱。折れた刺さったままのブレードは体内で爆発する。


「コロス。コロスコロスコロスコロスコロス――」


 体の中身から爆発したジェノサイドの形をした”それ”は、腹に風穴を開けたまま爛々と光る眼で彼女たちを捉える。うごめくように傷口が修復する目を覆いたくなるような光景。


「いや、あの人は別に声に出したりしませんよ? 心を覗けばそうなっているのかもしれないですけどね」


 やれやれと肩をすくめ、虚炉に素早く囁く。「戦う気がないのなら去りなさい、邪魔です」と。


「……」


 虚炉はそれに答えられない。仲間が戦っているのに自分ひとり逃げ出すことも。親しいと――自分では思っていたアルカナを倒すことも。


「……シネ」


 殺戮者を再現したそいつはどこまでも出来の悪いホラーのごとく迫ってくる。爆発で細切れにしても、剣で串刺しにしても、酸で焼いても即座に再生して立ち向かってくる。


「……アルカナ! それがあなたの本音なんですか!?」


 たまらず、叫んだ。


「虚炉、わしはな――いつも貴様らのことを邪魔と思っておったぞ? ああ、人類などいなければルナ様が無駄な時間を使うこともなかった。あのように苦しむこともなかった」

「それでも、あの子は殺せと命令したわけではないのでしょう? 許可をもらっただけのはず。違うかしら」


「いや、違わんよ。レーベ――だから、殺す」


 アルカナの言葉に迷いはない。


「怪演……畏怖すべき残酷劇(ホラー・エンド)第三幕【災厄】」


 そして、ついに”それ”の姿を取る。未だ夜明け団が打倒を成し遂げていないそれ――災厄。その栄誉を成し遂げたのは白露街の彼女だけだ。


「そんなもので――」


 人型の影じみたそれの腕を掴み、レーベは殴る。腕が8本……2本づつで腕を抑え込み、切れ味を強化したアーティファクトのナイフで人体の急所を狙う。


「ナニカシタカ? オマエ――」


 八本の腕は瞬時に焼き潰された。さらに――


「ッギ! ガアアアアアア!」


 頭が割れるように痛む。災厄の一つ、リリスの能力――そして炎はアスモデウスの。この二つはそれぞれレーベと虚炉が対峙した災厄だった。そして、その時は時間を稼ぐことしかできなかった。


「……友達だと――」


 虚炉の声が響く。常人であれば心を砕かれ自殺さえできない人形になり果てている心を灼く汚染波、そして物理的に千度に達する熱波で焼かれながら。


「友達だと、思っていたのに……ッ!」


 ”それ”のさらに強い炎が全てを焼く。虚炉が発する熱――異端とすら呼べるほどの強力な力の発現だった。そう、それはまるで白露街の”彼女”のような。


「よくも、私を裏切ったなァ!」


 プレイアデスの葬送曲さえも耐えるステージが、ひび割れて崩れる。彼女はかの殺戮者と同じ、人から外れた枠。彼女の魔法は、世界を焼く。


「くは――なるほど、それがお前の本気か」


 虚炉は万能系の魔法詠唱者だが――実のところ人間に万能などいない。皆どこかが得意で、どこかが苦手だ。それがない人間が仮にいるとしたら、それは世の事象全てを平等に見る真の意味で「虫の命も人間の命も、同じ命」だと思える異端だ。


「あなたなんて、消えちゃえ! 【フレイム・エンド】」


 十字架の炎が走る――悪も正義も関係なく、中心の一点を焼き尽くすためだけに存在する炎。虚炉の本当の得意属性は炎だ。

 けれど、生来の気弱さからあらゆる実力を一番苦手な属性に合わせていただけだった。それでさえSクラスとなれる彼女が本気を出せば――こうなる。


「なるほど、これがお前の本気か。だが、その程度では絶望を跳ね返すことはできん。終わりにしようか……畏怖すべき残酷劇(ホラー・エンド)幕引【ミラー】」


 顕れたのは虚炉、彼女自身。影でもない、まるで鏡映しの自分がそこにいる。


「……ッ! あなた――」

「コロス。コロスコロスコロスコロス――」


 響くのは虚ろな声。自分が発しているとしか思えないほど完全なコピー。つい先ほどまでの自分がああだったのかと、虚炉は冷や水を浴びせられたような気持になって……


「コロス――【フレイム・エンド】」


 先に倍する火力が彼女を襲う。


「間抜け――ぼさっとするな!」


 虚炉は肩に何か当たったのを感じて、とてつもない爆圧が彼女の肩を粉砕した。心臓を守るために肉や骨を犠牲にするくらいは気にしてられない、と他人事のレーベは判断した。

 もっとも彼女は最初に下半身を食い千切られながらも普通に戦っている。死なない限り戦うことをやめない彼女に、痛みを理解しろと言っても意味がない。


「……ッギ! ああああ!」


 魔法職の彼女に強い痛みの耐性はない……というか、夜明け団の面々に至っては体ごと変異しているから痛みの感じ方が違う。通常は切り傷でも痛くて泣きそうになるのに、肩が砕けて赤と白が覗いていたらとてもではないが立ってられなくなるのが普通だ。


「取るのなら、私の姿にしてもらいたかったところですね!」


 やはり恐れなど、その領域は脳から切除したと言わんばかりに立ち向かうレーベ。けれど、それは蛮勇に等しくただ体を焼かれるのみだ。


「うう――」


 虚炉は先の怒りを失い、残ったのはただ戸惑いだけだ。実際のところ、ただ一瞬燃え盛っただけで、生来の自分とはかけ離れていたから鎮火したら熱を取り戻せない。


(なんで、こんなことになったんだろう――)


 結局のところ、虚炉にはルナと戦うような心構えができていなかった。人を相手に戦うのはモンスター相手とはずいぶんと違う。その違いを踏み越えられなかった。


「恐怖に飲まれたか。貴様はここで終わりだ。――今こそ、諦める時だ。すべてを投げ出し、ここで朽ち果てるがいい」


 ”自分”がニヤニヤと笑っている。もう、戦わなくていいんだ。痛いのは苦しい。友達に魔法を使うのは辛い。……膝が落ちかけて。


(でも、でも――なんで? そう、アルカナは無駄なことをするような人じゃない。私を諦めさせて、そんなことする人? 邪魔なら、消してしまえばいい)


 そう……この月天宮を作れるほどの能力ならば、あのホラー・エンドですら児戯だ。たぶん、それはレーベは気付いていない。大きすぎる力は傍から見れば区別できない。


(……そっか。期待してくれてるんだ。諦めさせるためじゃない――私を信じて、そう言えば奮起してくれるって……だから)


 足に力が戻る。抑えていた力は、すでにタガが外れた以上は自由に使える。誰かに遠慮することはない。


(戦うよ、信じてくれるなら。ねえ、ルナちゃん)


 浮かび上がる。今の虚炉は魔法など使わずとも空を支配下に置ける。


「……目の色が変わったな。何が力を与えた?」

「信じているから!」


 そう、絶対にアルカナはそれを口に出してなどくれないのだ。だから、信じる。


「貴方は私。私は貴方。けれど、貴方は私には絶対に勝てない」


 自分が絶望を口にする。何度も何度も――ここで終わらせようと。炎が”そこ”を満たす。


「違うよ、貴方はアルカナ。そして、きっと、あなたは私より強い」


 小さな炎が生まれる。弱弱しいそれは、周りの熱量に炙られてゆらゆらと揺れる。


「ならば――諦めるがいい」

「諦めないよ」


 何者の干渉も許されない静謐な空間に、空気を読まない爆撃が放り込まれる。爆発をものともせずにアルカナは支配領域の炎に命令を下す。


「絶望に染まれ……終局、【グリム・グリム】」


 数えるのもバカバカしい数の恐ろしい燃える人形がケタケタと嗤いながら虚炉に迫る。”それ”は一体一体が災厄と同等の悪い夢。これが上限、越えなけれあ【災厄】とは戦えない。


「信じてくれる人がいるから――私は諦めない!」


 それは英雄の性質ではないのだろう。彼女が冒険者をしているのは九竺と一緒にいたかったからだし、何をするにも彼女の意思はなく流されるだけだった。自分だけの彼女はすぐに諦めるし放り出す。

 けれどチームの皆、そして一緒にいた時間としては短かったけど友達のルナ――範囲の狭い”皆”に信じてもらえる限りは立てる。


「たどり着く!」


 一歩。そして一歩。地獄の果てのように遠い断崖を踏みしめて踏破する。それはかのジェノサイドですら途中で死する絶死の道程――けれど、彼女はその先で手を伸ばして。

 アルカナの下まで到達する。


「また、会えるよね? 今日は、お別れ……【カーテンコール】」


 とん、と胸に着いた手に火が灯って。


「さてな」


 ふ、と一瞬笑って――アルカナは塵と消えた。




 アルカナの敗因:一応勝つ気はあったけれど、演出に全振りした結果。ちなみにルナは彼女たちのことを信じていたけど、アルカナは全く信じていなかった。


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