第114話 本戦2
◆第3戦 アリスVS『影無し』咲裂絵奈利、第四星将 『金剛卿』ルート・L・レイティア
アリスはライオンの頭を持つ蛇のぬいぐるみにちょこんと腰かけていた。
実際のところ、副官であるルートですらアリスの戦闘シーンなどほとんど見たことがない。……知っているのは変なぬいぐるみを使うことくらいだ。目の前を見れば分かる程度の情報だった。
「きたの」
幼い彼女は挑戦者を睨みつける。こども――そう、子供と言ってもいいだろう。その表情はまるでおもちゃを取り上げられた子供だ。けれど……
「おまえがきてくれて、よかった。エナ。ころしたいと、おもってたの」
その子供は文字通りに人類を滅ぼす力を持っている。
「あは。お姉ちゃんを取ったわけでもないのに、セメントね」
「おまえなんて、いなくなっちゃえ」
ライオンが口を開く。影が走った……そうとしか表現できない合間。消えたと思ったらプラスチックじみた牙が目の前にあった。
「あまり束縛する女は嫌われるわよ?」
そんな軽口を叩いて、牙にナイフを当てる。吹っ飛ばされた……否、自分から飛んだ。触れた瞬間の判断、力を籠めればナイフごとつぶされていたからその前に離れた。
(かったい……ッ! あれ、何でできてんのよ。まともにやったのなら、このアーティファクトのナイフでも折るのは無理――というか、速すぎてカウンターも当てられないかったし!)
「ルナ様はアリスをきらわない!」
もう一度……同じように攻撃をしのぐ。けれど。
「ここで、きえちゃえ!」
綿じみた感触の人型の腕が絵奈利の足を捉えていた。三度目の攻撃はどうしようもない。
「……それは隙だぞ。金剛神力――【鋼の抱擁】」
ルートが抱き締めるように無数の牙を生やした腕を広げ、さらに全身からも凶悪な金剛の牙が生えてくる。逃げ場のない致死の抱擁をアリスに。
「……っうざい! おまえもこわす――きなさい【やみ】」
その刹那、粘体状のスライムと化したぬいぐるみがアリスのもとへと戻り、今まさに牙を剝くルートの全身を溶かし尽くし――
「ッふ!」
ルートはわずかな隙間を縫ってアリスを蹴り飛ばした。
「はは――あはははは! やはり! やはり、そうか……ッツ! 俺があの人について行ったのは正解だったようだな。アリス・アーカイブス……しょせん貴様など、あの人の愛人でしかないのだよ」
そしていきなり笑い出す。豹変した。否、これこそがルートの本性。アリスを見下すような視線を投げかける。
一応は部下だった手前抑えていた本性を表に出した。これが腹の底、ルートはルナのことに心から従っているわけではない。その地位と力に従っていたまでだ。
「ルナ様のこと、わかったように――」
「あの人の考えることなど知らんさ。だが、俺はあの人の理論については貴様などよりもよほど理解している。ただ力を振り回すだけでは無駄――”強さ”とは……ッ! あらゆるものの上に立つ資格たる”強さ”の本質は感性! 力など、最低限あればそれでいい。彼女が真に資格としたのは心の臓を抉る戦術であり戦略なのだ」
ルナに従っていたのは忠誠心などではなく、”強い”からだ。
その強さを我が物とするため――ただそのために付き従っていた。本人に自身を切り捨てろと言われたのなら容赦なく切り捨てることができる程度の情しか持たないのが彼だ。
「おまえ、ルナ様をりようしたの?」
「そうだとも! あの人から外れた強さの秘密を盗む。俺はあの人の強さにあこがれた! あのどうしようもなく”上に立つ”その姿に追いつきたいと願ったからこそ! それ以外に俺が興味のあるものなど、ない」
スライムが泡立つ。アリスの増大する殺気に合わせるように巨大に膨れ上がり、そして――
「やはり、お前は何もわかっていないな――月読流【射】」
ルートは己の牙を抜き、打ち出した。
「……それが?」
スライムを貫いた牙はアリスにつままれて、しかもスライムは蠕動して何事もなかったかのように戻ると……一気に広がって、ルートをその身で覆いつくした。
「いや、さすがにドン引きだけど――隙ありなのよね」
音もなく近寄った絵奈利がアリスの首筋にナイフを突き立てようとして。
「わからないと、おもうの?」
振った手が風を切り裂き、物質的な破壊力となって彼女の中身を圧壊させる。
「っぐ――」
アーティファクトがなければ赤色の霧になっていた――絵奈利は歯噛みする。まあ、薄々と分かっていたことだが……ルナは簡単にステージを終わらせる気はないらしい。
「……おい、夜明け団の! その程度で終わり? 情けないわね――」
スライムに喰われ、物理的にあるべきサイズより小さくなっているルート……しかし、流動する液体のような綿のようなそれから牙が生えて、抉り広げて脱出する。
「舐めてもらっては困る。タイミングを見計らっていただけだ」
体から霧が出ている。……ポーションによる回復だが、速度が遅い。ルートの体が強力になった分だけ必要な回復量は多くなる。
「確かにあの子、隙は多いけど――手はあるの? 強力よ、武なんて必要ないくらい」
「必要ないのに使うのなら、それは隙だ。つけばいい」
短く会議。そして、向き直る。わずかな時間ならある――アリスはそれを潰すような動きはしてこない。千載一遇の好機だが、その隙に掴んだ牙をへし折って投げやすい形に整えている。
けれど、それで油断すれば一瞬で五体を砕かれるだろう。……油断せずともルートは五体を溶かされかけた。
「くだらない、おまえたちにルナ様のことなんてわからない。つくよみりゅう、【しゃ】」
整形した牙を投擲した。
「……ッガ! ああ――はっ! ははは――ッ!」
苦痛が途中で笑い声に変わる。ああ、思ったとおりだ……と。付け焼刃の猿真似が通じるなどと、ルート本人も思っていなかった。意地になって同じ技を繰り出すとわかっていたからこそ使って”見せた”。
(知ってるんだよ、遠距離技だから攻撃後に隙ができるんだ。その技はな……ッ!)
「金剛神力――【崩断牙詠】」
ルートが牙が生えた球と化し、全てを巻き込みバラバラにしながら突き進む。
「そんなもので……え!?」
牙の一つを掴んでルートを止めようとして、アリスの動きが止まった。
「一々注意をそらしてると足元すくわれるわよ? 【影縫い】」
人類の魔術でアリスを止められる時間はごくわずかだ、それが最高峰のものであろうともかわらない。しかし、ここでは0.1秒にすら満たない一瞬でかまわなかった。
「だが、一瞬で十分……!」
ルートの一撃がアリスをぶっ飛ばした。
「……あまくみてた。おまえらなんか、ここまでしなくてもこわせるって、おもってた……けど」
むくりと立ち上がる。見えた腕輪に宿る光は二つ……あと二回分の攻撃を当てなければその体にダメージは通らない。
「もうすこし、ちゃんところしてあげる。おいで、【ゆにこーん】」
一角獣……そこは確かにユニコーンだ。けれど、その足は異形……吸盤じみて牙がずらりと並んだ冒涜的な外見。だが、ぬいぐるみであるのだ――大人二人分は優にある巨体。
「先のとは違いますね、気を付け……っな!? あなたは――」
彼女が驚くのも無理はない。ルートはまっすぐ突っ込んだ。危険とかそう言うのを顧みない、とかそういうレベルではない。警戒して一歩を引くことが全くない。
「金剛神力――【武倒舞踏】。まずは見せてもらおうか!」
とりあえず首を落とそうと迫る。牙を使った三次元的軌道……しかも牙は後から生えてくる、予知能力でもなければ予測しようのないトリッキーな縦横無尽。
「そんなの、むだ……けいかいしても、むぼうにつっこんでも、どうせ――」
異形が走る。それは脈動めいた蠕動――かぽかぽなどと陽気な音でなく、ぐちゃぐちゃと言う耳を侵すようなおぞましい浸食。
「……来い!」
見上げるような巨体が這いずるように移動してきて、ルートは牙でもって立ち向かって……そして喰われた。牙は牙でもって砕かれ、吸盤じみた無数の口に咀嚼される。腕を、足を粉みじんにペースト状にして食べられて――
「……あの馬鹿! なに喰われてるの――【影縫い】ッ」
絵奈利には他メンバーよりも攻撃力に欠ける……足手まといではないとはいえ、むしろ後方支援役なのだ。それも、交渉とか情報収集を担当する類の。
「援護なら、もう少しまともなものをよこせ――」
ルートは肩から生やした牙を地面にひっかけ、離脱する。
「どうせ、おまえたちはアリスがころすの。ていこうは、むだ。さっさとあきらめて」
けれど……追いかけられ、頭を潰され踏みにじられる。アリスは強すぎる。
ルナに最も愛されているのが彼女で、何をやっても許されている。ゆえにこそ、”最も強い”のは彼女だった。出しても許される上限値が最も高い。
「つぎは、エナ――」
睨みつける目が絵奈利の背筋を寒くする。アリスとの付き合いは、それなりにある。
けれど話していたのは大体ルナとで、思い返せば口を開いたのはルナ相手か、それか彼女に促されてのものだ。自分はアリスのことを全く知らなかったことに今更気付く。
「あは。ピンチね――でも、簡単に死んであげるつもりはないわよ?」
「ああ、そう……」
興味なさげな目。異形のユニコーンに追われ、追われて――
「いいかげん、うざい」
目を細めて、嗜虐を楽しんでいたかと思えばいきなり機嫌を悪くする。すぐに飽きる子供そのものの姿だった。
「遅い遅い! その程度じゃ私は捉えられないわよ!」
逃げまくっているのに威勢のいい絵奈利であった。
「じゃあ、かえる……【はるぴゅいあ】」
それは羽毛の腕を持つ空飛ぶ女性――を模したぬいぐるみ。牙が生えていて、足にはかぎ爪……めずらしくテンプレ的な”それ”。
「ちょ――まず……ッ!」
逃げ切れず、肩をかぎ爪でつかまれた。空中に持ち上げられ、放り投げられて――串刺しに。
「あれ?」
アリスがなにかおかしい……そう思った瞬間には串刺しには丸太が刺さっていた。
「簡単にいかないって言ったでしょ? 【身代わりの術】。そして周りを見てみなさい、秘儀【煉獄陣の術】。いや、夜明け団ってお金持ちなのね――」
「……これ、ほのお?」
いつのまにか符が大量にアリスの周りにばらまかれていた。
魔術をサポートする道具、こういうのは出力の問題からあまり戦闘には用いられない――けれど、一つが弱いならば膨大な金で数を用意すればいい。世界が終わるか否やだ、金をどうこう言っている場合ではない。
「火砲術式666門分の威力よ。吹っ飛びなさい」
吹き飛んだ。そういう表現がよく似合う――絵奈利は数十mは離れていたにもかかわらず、アーティファクトを着ていなかったら鼓膜が破れていた音量だ。その爆発をまともに受けたアリスは――
「……じゃま!」
爆発を殴り潰した。もちろん、影響を完全に潰すことはできない――けれど、結界の回数を消費することなくアーティファクトの防護機能で防ぎきれるまで押し切ってしまった。
「あれでも削れない――」
「隙ができたな、詰めが甘い。残心というものを知っているか? あの人は散々俺たちにそれを叩き込んでいたぞ」
ルート。死ななければポーションで回復できるのだ。虎視眈々と待っていた――とどめをさすような用心深さをアリスが持っていないのは知っていたから。
「いいかげん、こわれちゃえ――【ゆにこーん】」
異形のユニコーンが名状しがたき雄たけびを上げる。角をかかげ、突き刺そうとして――
「金剛神力が裏の一……【黒牙戦陣疾風】」
ルートが消える。超高速の移動、どちらかといえば狂月流に近い発想……ルートは”それ”を見たことがないが、表の技と考え方を習うだけで到達点が似たようなものになるのは面白い点だろう。
もっとも、ルナがやるほど優美ではない。完ぺきではない。スパコンなど鼻で笑うような性能での超精密と超反応で成し遂げているものを――ルートはただ己の負担を無視することで無理やり押し通す。
「え? そんな、みたことない……【ゆにこーん】もどって」
アリスはこいつらを殺したがっているが、元からルナの言葉に逆らう気は全くない……許可された能力の範囲内で戦っている。だから、最初と同じ性能でやるしかなくて。
「二発!」
異形のユニコーンが彼女の元に戻る前にルートの両の手が破壊をもたらす。己の腕ですら砕け散らんばかりの一撃で、アリスの腕輪は結界効果を失ってしまう。
「終わりだ!」
「ふざけないで!」
異形のユニコーンが馬の口でアリスの袖をくわえて移動する。そのまま背中に乗っけて。
「ゆにこーんにのっちゃえば、おまえたちなんて――」
確かにそうすれば戦線は膠着する。アリスが召喚したユニコーンは空を飛べて、対する二人は空を飛べない。
飛び道具なんてもの、アリス程の殲滅力がなければ当たるものではない。けれど、ユニコーンを召喚している以上はアリスにも有効な攻撃手段はない。
「逃げて、どうにかなると思ってるの?」
「……エナ!?」
抱えてもろともに落下する。注意を外した一瞬で、殺気があれば気付けたかもしれないが。ルナを除けば終末少女はからめ手と言うのに弱い……そもそも自身ではないというのもあるが――
「あの子のことを想うのはいいけど、それをちょっとだけでも他の子にも回してくれないかな?」
「……なんの、こと――?」
「あなたにも、人間のことを大切だって思ってもらえたらってね。だって、一緒にこの世界で生きてるんだから――ッ!?」
友達に語り掛けるように、もしくは友達になろうと誘うように優しい声をかけて――そして絵奈利を貫通した角がアリスの心臓をも貫いた。
「……おま、え――ッ! なんて、事を――」
「結局、この場で”強い”のはこの俺なのだよ」
酷薄な笑みを浮かべたルートは二人を放り捨てた。
「あ……ああ。けほ……ルナ様、あいつらころせなかったよ……くや、しい――」
アリスをかばい、もろに地面に叩きつけられた絵奈利の腕の中でアリスは塵となって消えた。
アリスの敗因:2対1に慣れてなかったこと。無理してでも片方を初めに潰しておけばゲームの運びを支配できました。あとは人間みたいな小さいのと戦った経験の不足もありますね。