第113話 本戦1
――その夜は新月であった。ルナが指定した7日間のうちの最終日に、【翡翠の夜明け団】は行動を開始していた。
「ふん、こんなものか」
健在たる5人の上位星将、そしてS級冒険者チーム【光明】が音もなくその地に降り立った。虎の子の10匹の高速鳥を出したら、拍子抜けするほどあっさりと通り抜けられた。
幾多の人間を沈めてきた乱気流にのる浮遊岩と自動で迎撃する火砲術式は、鳥を操るパイロットの腕で華麗に避けて到着したのだ。もっとも、今やそのパイロットたちは疲労困憊して岩の陰で夢の中である。
「……お前ら、随分と余裕だな」
罠などないと断じて歩を進める彼らについてきた者も頭をかく。
光明の参加は当然と言えば当然である――もはや人類に残されたS級は彼ら以外にいない。チーム全員がS級など豪華にもほどがある。二人だけの絶対者、【完全正義】でもあるまいし。
その立ち位置と夜明け団からのアーティファクトの提供を受けたがゆえに、しばしば団に下ったと目される彼らは、やはり団からの協力要請を受けてここに来た。
「存在しない罠に怯えても意味がない」
「まったく、あの嬢ちゃんも何考えてんだかよくわかんねえな。これが、どう人類のためになるってんだよ」
光明のリーダーの九竺がぼやく。
「ヘルメス卿が我らを裏切ることなどありえない」
ルートはそれだけ言ってさっさと進んでいってしまう。
「……気にしてんじゃねえか」
ぼやく九竺にレーベが肩を叩いた。
「あの子はあの子で考えがあるんですよ。ただ、それが別に民を想ってなどいないだけで。……でも、あなたたちのことだって考えていたはずですよ」
レーベはかの殺戮者がルナを恐怖させたところを見ている。初めから絶対者としてなど見ていなかった彼女だけは、団の中でもより深いところまでルナのことを見通していた。
「やれやれ、暴走を止めるっつー話だったんだけどな、俺らとしては」
「それは無理ですね。あの子がここまでの舞台を用意したのです。中途半端な結末を許すつもりなどありませんよ。どちらかが死ぬまで戦いは続く――あの子が本当の意味で死ぬとは思いませんが、”そう”なったら二度と姿を見せないでしょうね」
「叱ってごめんなさいで済む話にはできんのかね」
「しませんよ、あの子が」
「ああ、くそ。気が乗らねえ――」
歩いて行くと神殿が見える。上空から見て分かっていたが、もはや完全に闘技場は姿を変えていた。5つのステージ……おそらくそこに一人づつ”居る”。
「来たか。進むぞ」
そう言って星将たちは迷いなく別れ、扉をくぐる。……上部には文様が刻まれている。ただ一つ何もない場所があるが、それこそ”終焉”なのだろう。闘技場でルナが言っていたモデル……それが対応している。
「ああ――もう。ったく、少しは躊躇とかしろよ」
とにもかくにも、これは想定内のことだった。“1対1もしくは複数”のバトル……一度やったルールを変えはしないだろうと。まあ、これを見れば変えてなどいないのは一目瞭然、読みは当たっていたわけであるが。
「んじゃ、俺らも話し合ったとおりに行くぞ」
だから、誰がどいつを担当するかは決めてある。
◆第1戦 プレイアデスVS『錬鉄』輪燐輪廻、第五星将 『永劫卿』クインス・L・オトハ
「来たか、ただ己を研ぎ続けたひと振りの刀――そして、もう一人は数合わせか」
プレイアデスはステージに置かれた椅子にぽつんと座っている。彼女自身が小さすぎて足が地面に届いていない。……だが、あの戦いを見れば彼女こそが浮遊する岩の結界を維持し続けている張本人だと分かる。それはただの余技、本気になれば比べようもなく”とんでもない”はずだ。
「あまり、気乗りはしないがな――あの子の友を切り捨てるなど」
「みくびるな、第6世代の力を得た私は【災厄】の前に立つことすらできなかったあのころとは違うぞ……!」
やる気のない冒険者と、ありすぎる魔人。両極端にすぎるパーティであった。
「ならば……来るがいい。世界の行きつく先も知らぬ貴様らに、私を真の意味で滅することなどできはしないのだから」
プレイアデスが椅子の上に立つ。
ここに居る二人は凡俗ではない、目の前にいるのが幼子のカタチをした化け物だと、否応もなく嗅覚で理解する。脳が沸騰しそうになるほど濃厚な死臭――強力な魔力の気配。
「では、あの方の見出した力を試してやろう。かの【災厄】にかすりもしない程度なれば、星屑に紛れて塵と消えるが定めと知れ」
錫杖をカツンと鳴らす。椅子が砕け散った、にもかかわらずプレイアデスは浮いたまま――
「その刃、研いでやろう【星屑の前奏曲】」
掲げた錫杖から魔力がほとばしり、天から岩が落ちてくる。それは、連続して……
「……ッ!」
息を呑んだのはどちらだったか。破壊、破壊、破壊。砦など倒壊してしかるべきの脅威である。しかし、なんの不条理かルナの月天宮は健在……で、あるならば――
「私の能力を忘れたか……ッ!」
クインスがその破壊の中を駆け抜ける。彼の能力は『高速化』……一見すると第六星将サファスの世界を凍らせ、領域内での神速を得る能力の劣化に思える。けれど、違う。
「そこだ!」
そしてクインスの使うのは刀のアーティファクト。ルナの使う刀を目的にした、ただ強く砕けない刀……特殊能力など何もない代わりに――単純に強い。
「遅いな、鶏が鳴くぞ」
それは錫杖により受け止められ。
「……あれ?」
錫杖が宙を舞った。
「遅いか。それはこちらのセリフだ、止まって見えるぞ」
クインスの能力の本質は思考加速……そもそも武器に余計な能力など必要ない。
力を受け流す、それは柔術などでは長年かけて会得する奥義だがそんなものは人間だからだ。超高速の思考があれば、刀を通して伝わった感触から力の方向を制御するなど造作もない。
人外相手だろうが、異なる時間の中に居れば対応は容易ということだった。
あの岩もこれでくぐりぬけた。空が消える――そんな表現が正しそうだが、実際に覆われたのは空の7割が関の山だと彼は看破していた。
ならば、その隙間を縫って移動し、さらにはプレイアデスが錫杖を握る力を利用してすっぽ抜けさせることなど簡単なことだった。
「……あれ?」
もう一度同じセリフを呟いて。こくり、とかわいらしく首をかしげる。基本的に終末少女は力押ししかしない――というより、本来の戦闘は人間レベルでなく核を打ち合うような代物だから、そういう小細工は苦手なのだ。
「もらった!」
だが、その刃は障壁に阻まれる。
「……むぅ。出すのが早すぎた」
苦い顔をするプレイアデスにクインスは速攻を仕掛ける。
「その障壁……おそらく大量の魔力を使うと見た! 自動結界など、いつまで持つ!?」
「うるさい、黙れ――【星屑の交響曲】」
堕ちる星屑がその勢いを増した。もはや、空など見えはしない。
「っく――」
落ちてきた岩を岩が砕いて散弾としている状態。いかに思考を加速させて隙間を見つけその間に潜り込もうとも、そもそも隙間さえなければかわしようがない。
「虚心流……【首飛ばしの太刀】」
けれど、そこらへんは気合いと根性で何とかなってしまうものだ。両名ともアーティファクトの防護を身にまとっているのだから、当たり所が悪かろうと致命傷にならない攻撃では止められない。
それよりも特筆すべきは輪廻の方だろう。改造を受けてない彼は、”音を聞いて障害物を認識”するような増設された感覚を持ってはいない。ただ生まれ持った目と耳、それだけでこの大災害の中を生き残る。それは死を恐れず立ち向かい、しかし恐怖を知るからこそ活路を見出せる冒険者の至る境地だった。
「っち!」
首に剣閃を叩き込まれるまで気付かなかったプレイアデスは舌打ちして後退する。2回目を使わされた。
弱体化している訳でもなければ手加減している訳でもない。前の戦いで相手にしていた【完全正義】とこの二人では”もの”が違う。団のアーティファクトを与えられ、使いこなせるまでに鍛錬した。〈弘法は筆を選ばない〉とは、世界樹の世界では通じない。
「ふん、あの子の従者を名乗っておきながらそれか? 分かっていないな……英雄は殺気のない攻撃では倒せんよ」
輪廻が嗤う。虫けら同然の人間の言葉はプレイアデスには届かない。けれど、その言葉だけは別だった。
「お前たちが――ルナ様を分かったようなこと言わないで! 【星屑の葬送曲】。殺してやる!」
どう見てもやる気がなかった彼女が今は怒気をにじませている。それは稚気で殺気には程遠いものだったが――攻撃は洒落ではすまない。先の攻撃に倍するほどの圧力を天に感じる。
「挑発するな、【錬鉄】」
「すまんな、どうにも気になったんだよ。それとも、試練は簡単なほうが良かったか? 第5星将」
「よそ見しないで!」
いつの間にか手にした錫杖で岩を弾く。散弾があらゆるものを砕いて彼らへと向かう。けれど。
「ここまで障害物があればかわすのは容易。……戦い方を知らぬか?」
そして、上空から迫りくる明らかに異質な岩も避けてしまえばいいのだ。ドラゴンよりも凶悪な雰囲気が一つ一つに宿っていたところで、避ければ関係ないのだから。
「次元が違う。深度が違う。人間が――組み上げられてもいない偶然に生まれただけの生物が、私たち終末少女の攻撃を超えられるものか……!」
異変――避けたはずの岩が当たる。当たったのに当たったことが認識できない。苦痛を感じ、動こうと思った箇所が動かない……そのときになって始めて”分かる”。
「ぐ……こいつは」
「魔法の効果……か!? だが、これほどの質量を顕現させながら特殊能力まで発現させるだと――」
「っが――認識できんものは、どうしようも……」
「まずい。斬れん……!」
迎撃と言う概念の崩壊。かわせなければ迎撃すればいい。ならば、認識できなかったら? そんなもの、どうしようもないだろう。
「――うるさい!」
出し抜けにプレイアデスが叫んだ。まるで子供の癇癪だが、持っている力は本物だ。
「早すぎなんてしない! あなたに言われる筋合いなんてない! 聞きたくない! お前なんか――」
耳をふさいでイヤイヤと頭を振り出した。……それがそもそも空気を伝わったものであるはずがない、何かの通信だろう。
「ルナの嬢ちゃんは否定されると傷つくからな。あいつに言ったんじゃない」
「今の通信はアルカナ様からのものですね」
ルナと関わりがあるだけにそれくらい分かる。というか、ルナ自身が分かりやすい人物だ。
「知ったような口をきかないで!」
超高速で接近、錫杖で輪廻の腹を抉った。
「っぐ――だが! 返すぞ虚心流――【逆薙ぎの疾風】」
肉を切らせて骨を断つ……臓腑まで抉らせた攻撃は障壁が無効化した。けれど、回数制限は絶対にあるはずだ。確信できた。そう――
「無駄――だ!」
「いいえ、先ほど見えました……障壁の核、アーティファクトの腕輪が7つの宝石のうち3つが黒くなっていた」
そう、腕輪と言う形で隠させたのはいいが、適当に戦っている彼女にはそれを隠す気すらもなかったから、動いた袖の中に見えた。
「あと4回通せば砕ける。虚心流……【月狂いの乱れ太刀】」
人体に無数にある急所、その一つ一つに刺突を叩き込む技を降ってきた岩石がもろともに潰す。あまりの大規模攻撃が、まるで結界のように作用している。攻撃は最大の防御とも言うが、これはあまりにも規模がデカすぎる。
「ッいい加減に潰れろ! どうせルナ様はお前たちなんて見捨てるんだ……ッ!」
激情にかられたプレイアデスはほとんど片方を潰すことにしか目が行っていない。片方を放置すれば、そちらが攻撃に移ることなど頭にない。
「貴方が生徒であれば怒られますよ?」
三度の攻撃が障壁に阻まれた。……残りはひとつ。プレイアデスは隙だらけで、この馬鹿げた攻撃さえしのげば倒せないことはない。
「ルナ様は私たちを怒らない! 必中属性の葬送曲はかわせない。潰れてしまえ!」
勢いを増した隕石がステージ上の全てを叩き潰した。
「うん……これでいい。ルナ様も殺すななんて言ってないし。こんな奴ら、ルナ様が気にかける必要なんてない」
荒げた息を落ち着かせるため、砕けた岩の中でも少し大きなものにちょこんと腰かける。
「うん、きっとルナ様は残念がるかもしれないけど。また、皆で慰めれば――」
言葉はそこで止まった。腹から突き出た刃を見て。
「……え?」
それだけ漏らして、プレイアデスの体は塵と消えた。それは魔物と同じ滅び方。
神速の二連攻撃……障壁による攻撃無効化まで利用した、人智とか生体限界やら軽く人外領域の外側すら踏み越えた一撃が命を奪っていた。
「倒せたな」
「囮になってやったのですが、感謝の声が聞こえませんね」
残ったのはボロボロのズタ袋以下になった輪廻、そして少しはマシなクインス。けれど、”生きている”。
隙間なくぐちゃぐちゃにされていながらそれでも生き残った輪廻にクインスが丸薬を口らしき場所に押し込んだ。まあ、後は簡単だ――気合いと根性で死にかけの身体を動かした。
そして、空どころか空間全てが埋められようと、属性がどうだろうがとりあえず当たりそうと思えるものだけでも砕きまくる諦めない心がこの奇跡を起こした。
「――」「――」
それでも、クインスが動けたのは奇跡――単なる偶然と言い切ることはできはしない。輪廻がその身を挺してかばったのだ。星将にできることではない。
最初から作戦ならばともかく、栄誉とか力の証明とかを求める彼らはとかく前のめりで、”いざ”となればそういう類の自己犠牲はしない。
ならば、本当にこの奇跡を起こしたのは手柄を譲ってまで勝利を求めた輪廻と言えるかもしれない。
「……ああ、もう動けない。救助を待ちますか」
「九竺のところに行きたかったが……無理か」
息も絶え絶えになった二人は夜空を見上げていた。
プレイアデスの敗因:残身をしっかりやりましょう。生きてればぎゃあぎゃあ騒いでいてくれる敵ばかりではありません。あのバカ根性を予測しろと言われても馬鹿馬鹿しいかもしれませんが。逆に彼らの勝因は根性でした。