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第108話 けじめ


 【翡翠の夜明け団】の極秘回線から通信を受け取った【殺戮者】(ジェノサイド)、ヴァイス・クロイツは通信で言われた通りに一人でこの荒野に来た。”P5739地点で待つ”とだけの声に従った。


 彼の特異性はヘヴンズゲートの後も名前が変わっていないことである。


 ――変えることができなかったのだ。

 彼はただの殺戮者であり、別の何かになることはできなかった。彼は改造人間の中でもかなり初期の方の生まれで、適性試験を何度やっても結果は改造人間になれたのが奇跡なくらいの凡人としか出なかった。

 滅茶苦茶な改造で彼が失われることを恐れた団はそれ以降改造を重ねることはなかった。あの『ヘヴンズゲート』での負傷ですら、ルナが作った星印(ステラサイン)を必要とせずに生き延びた――彼だけは。


「……久しぶりだね。ヴァイス」


 彼はルナの手が入っていない唯一の魔人だ。そんな彼が呼ばれたのは因果と呼ぶべきか、それとも”彼だからこそ”魔王の手に縋ることなく生存できたのか。


「いつも以上に、奇矯な装いだな。ルナ」


 ルナの服装はビキニだ。わずかなふくらみが自己主張して、白いお腹がおしげもなく外にさらけ出されている。……近くに水場すらもない荒野でこの格好は、少々どころでもなく彼女自身の幼さも含めて倒錯的だ。


「ふふ。……悩殺。どう? 興奮した?」


 ぺろりと指を舐め上げる。そのような趣味を持つ者なら鼻血でも吹くような光景だが――


「意味が分からんな」


 そもそも殺戮者に人間の感性を期待する方が間違っている。”これ”を奇矯と認識できたことすら奇跡に近い。


「ま、君に女とのアレコレを期待したわけじゃない。どうせ女の裸体に興味もないんだろうからね。こいつはケジメさ」


 やれやれ、と肩をすくめて見せて。次の瞬間には凶悪な笑みを見せる。……これは彼にも意味が分かる――殺意。


「……ケジメと?」

「僕は小細工が得意なのはご存知の通りだろう。暗器もよく使うさ、この僕は。けどね、君とケリをつけるのに不純物は要らない。……わかるかな、何かにすがりたくないんだよ」


「なるほど。お前の気持ちは分かった。だが、お前には生徒たちが居ただろう。止まる気はないか?」

「ないね。あの子たちだって、すぐに舞台に上げてあげるさ。君を倒して、ね」


「民衆に守る価値などないか?」

「それは君にこそ聞きたいね。有害なものを排除し続けるなんてまともな精神じゃできないよ。相手はあんなんでも同じ人間だよ?」


「違う人間だ。お前と同じく」

「そうかね? ま、そこらへんはどうでもいい。僕は僕の問題を片付けるだけ……君との因縁に決着をつける」


「私だけは無視できなかったか? ルナ――あの時の顔は覚えているぞ」


 目を見開いて……そう、恐怖する顔だ。【災厄】にすら見せることのない表情。ルナにとっては彼もただの人間だ。少なくとも、”終末少女”であるルナに手傷を負わせることなど不可能である。

 だから、ルナに血を流させた彼は道理に反している。物理法則すら覆す理不尽にルナは怯えた。その”恐怖を覚えた自分”を消すため、この舞台を作った。


「忘れさせてあげる。激しい夜でね!」


 戦端を切ったのはルナ、元々彼女が仕掛けたことだ。だから彼女から始めるのが筋だろう。


「……来い」


 ルナは素手、しかも裸足だがヴァイスには関係ない。常のように銃剣を抜く。


「さあ、行こうか!」


 素手が銃剣とつばぜり合う。……馬鹿げた光景だが、ルナの身体硬度はエレメントロードドラゴンと同クラスだ。ひび割れるのは幼い肌でなく銃剣である。


「……あの時は全力では――」

「魔力の使い方はうまくなったものでね!」


 手刀と銃剣が無数の剣劇を交わし、折れた銃剣が剣山を形作る。


「――っふ!」


 ルナが手刀を放つ。腹をぶち抜く一撃、常人ならば致命傷だが。


「……ぬう!」


 ヴァイスは反撃に蹴りを繰り出した。腹に開いた穴を超速再生で回復し、丸見えの腹を蹴り飛ばしたのだ。

 ……ルナの腹は鋼のような感触だった。蹴った足が壊れそうになるくらいに――けれど、砕けたところで再生する。ジェノサイドの殺意は己の身など斟酌しない。


「っと。やっぱり、その再生能力は厄介だ」

「貴様こそ、硬度強化の魔術がうまいな。あの一瞬で切り替えたか」


 つまりは集中だ。強化魔術を一点に集めれば、逆に攻撃した方がダメージを負うほどに硬度を高められる。魔力の集中で威力を上げるなど、ありふれた技でしかない。


「分かっちゃった? 強度を下げた腕の方だったら落とせたかもね。馬鹿正直に喰らってあげるほど鈍いつもりはないけれど……ね!」


 ルナが近づく。銃剣の数には限りはある。けれど、この身体強化の魔術なら一晩ぶっ通しで使い続けられる。膠着が続けばルナの有利だ。


「ふん……一度で分からんなら、何度でも教えてやるまで!」

 

 けれど、それがどうした? 有利とか不利とか、そんなことを考えて殺戮者は戦っていない。ただ殺す。それだけだ。


「真正面から、君を乗り越えて見せ――っな!?」


 剣劇の間合いが近づき、互いの目がよく見えるほどに近づいた瞬間……ルナの視界が半分消えた。


「隙だらけだな」

「……っあぐ!」


 正真正銘の鋼の板が張り付けられた戦闘ブーツが腹にめり込んだ。先とは違う――強化魔術は全身に張り巡らされていた故に、局所的には効果が薄い。


「ち……イィ――」


 視界は戻る。だが。


「どういうこと……? 君の再生能力の種は知ってる。単に回復すべきHPが少ないだけ。でも、さっきのは違う。僕の視界に干渉する力なんて何もなかったのに――」

「お前にも子供らしいところはあるな?」


 動揺を見逃すほど甘い相手ではない。ルナは防戦一方になる。


「っく。うう――うぐぐ……!」


 時折、視界が消える。だが、左のみ――どちらか一方の限定がある?


「随分と消極的だな、ルナ?」

「あまり調子に――あっ! きゃ――」


 水着のひもを掴まれた。

 ほどけるようなものじゃない、そもそも結んでいるのではなくちょうちょ結びを接着しているだけだ。さすがに掴まれてほどけるのは小細工なしどころかただのハンデでしかないから。

 だけど、紐を引っ張られれば胸が見えるのは当たり前で。だからルナはとっさに両手で胸を押さえてしまう。


「あ――」


 ぐい、と小さな体はボールのように地面に叩きつけられて、バウンドする瞬間に顔に靴が叩き込まれる。


「意地を張るなら付き合ってやるが――まさか、手加減を望んでなどいまい?」

「とうぜん! だよ」


 頭を押さえつける押し付けられた足を殴って破壊し、逃れる。


「種が分からないなら、割るまでやるのが僕のやり方だったね」


 ルナが反撃を開始する。蹴り、殴って破壊する。ここに来てヴァイスの攻撃の手が緩まった。……単に銃剣の予備が尽きてきたということ。攻め手に欠け、防戦に傾いた。


「ぬおおおお!」


 拳……叫んで、殴りかかる。


「あは――そう来るか!」


 ルナも受けて立つ。視界が消える現象のせいで、小さな体のせいで、魔力強化による圧倒的なステータス差にもかかわらず互角。


「あは――面白いね、ヴァイス」

「そうか、楽しいか」


 殴り合い、傷が刻み込まれていくのはヴァイスの方。けれど、ルナにも青あざくらいは刻まれた。


「そら! ついてこられるかな」


 空中移動、相手の服の端を”足で”つかんで滅茶苦茶な動きを実行する。


「ぐ――これは……!」


 まとわりつくように、ひっつくように。密着しすぎて小さなルナでも拳を使えない。肘や膝で叩き、壊す。

 更には裸足の指で掴み、身体を持ち上げるという軽業まで披露する。


「妙技【蛸足】。あは。もうアレは使えなくなったみたいだね!」

「そんなもの、初めからない」


「……? 視界が消えていたのは――」

「お前が目をつぶっていただけなんだよ、ルナ」


「え……? え……?」

「お前が言っていたケジメとやらはついたようだな」


「な――僕が……? 僕は、アレはただ目をつむっていただけ……?」


 動揺で足を離してしまう。

 ぺたぺたと自分の左目を触って、まあそれで”そうしていたか”など知れるはずもないが。それは隙……今までであったら間髪入れず顔面に蹴りを叩き込むそれだったが、彼はそうしない。


「では、再開しようか」


 一息ついたのを見計らって、ルナを渾身の力でぶん殴った。


「……ッ!」


 数倍の力が顎にあたって、視界が揺れた。


「楽しめよ、正直に言うとな。俺もこういうのは初めてだ。……はは! はっはっは!」


 ヴァイスは大笑いして、自身の拳が砕けるほどに力を籠め――


「あは! 訳が分からない……でも、楽しいね!」


 笑みが浮かんでいる。二人、”よくわからないけど楽しい”と。不合理だ、けれど湧き上がってくる感情に身を任せてみるのもたまには悪くない。そんな連帯感をもって。


「ああ、面白い」


 ルナも、防御に回さず攻撃に魔力を回す。得られるのは肉がはじけ、血が飛ぶ一幕。けれど


「ふふ。はは――」

「あはははは!」


 からからと笑い合って、いつまでも殴り合って。夕焼け――血と肉でできた赤い野原に二人は寝転ぶ。


「一つ教えてあげる。僕はこの世界の生物じゃない。どころか生物よりもアーティファクトに近い存在だ」


「この世界は腐りかけている。人の性根とかそういう話じゃない、瘴気が世界を腐らせ殺す。君らの知らない自然の摂理だ」


「でもね、世界は無数にある。この世界しか知らない君たちには想像できないかもしれないけど。でもね、屍をそのままにしておくわけにはいかないんだ。死体を街道に放置したらどうなるか知ってるだろ? 疫病が流行るのさ」


「その死体処理係を【終末少女】と呼ぶ。でも、お笑いだろ? 病室に死体処理係なんてブラックジョークにもなりゃしない――」


 禁じられているわけではないが、何となく言いづらいし隠していたことだ。”人間”になど言うつもりはこれっぽっちもなかった。でも、ルナは話してしまった。しかも、言ってしまったらなぜか胸が透き通るような気分さえしてくるのだ。


「悪くはあるまい」


 ……え? と、呆気にとられる。厭世的なところがあるルナがこういう形で驚くのは本当に珍しい。


「いいと思うがな。役目がどうあろうと、何をするのか決めるのは己だ。お前がしてきたことに嘘はない。それだけで俺たちには十分だ。それに、どうせお前は民衆ども相手に責任など取る気はないだろう?」

「あは、その通り。見抜かれてたか――」


 ルナは一通り笑って。


「うん、君のこと心の底では怖かったのかもしれない。でも、認めるのが嫌だったんだね。僕は」

「もう怖くないとでも言いたげだな」


「怖くないよ。君は怖くない」

「光栄だ。だが、ラストストーリーに俺の居場所はないのだろう? 演劇作家を気取る葬儀屋め」


 さて、とルナはからかうように笑う。


「ならば、エクストラストーリーではお前の期待に応えてやるさ」


 しかし、ヴァイスは確信を持った声で返した。ルナはそんなことを言ってはいない。けれど、ラストの”次”があると――殺戮者、否……友人のヴァイスは見抜いている。


「ふふ。そんなもの、ありはしないと言ったら?」

「心配するな、お前が育てたあいつらはラストストーリーをクリアするさ」


 会話がかみ合っていないように見えるが、これで十分なのだ。疑問形の時点でごまかす気なんてルナにはない。確証も物証もなく、ただ確信だけで話していた。


「ねえ」


 恋人のように、ではなくとも。同じ団で、バトル方面で上に立って来たもの同士で通じ合っている。今更、多くの言葉は必要としない。

 3年間、長いとは言えないが短い付き合いではない。ルナは振り向きもせず上を見つめている彼にそっと近づいて。


「もしかしたら、僕は君のことだけは頼りにしてたのかもしれない。君ならきっと、って」


 ほおにキスをした。


「じゃあね!」


 かすかに頬を染めて、その言葉を最後にルナは消えた。



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