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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
人類反乱編
126/361

第101話 チンピラたち sideルナ


 ただの一般人から要職にまで成り上がった人間のために、僕自ら動いてやった。それだけの成果を成し遂げた人間が居たのは事実だ。だが、その一方で……


「ただ、こちらは……ね」


 適当に買い食いをしながら歩いて、”そこ”にたどり着く。


「無気力、ゆえに無価値。これらに期待することなど何もない――何をしにここに来たんですか、先生」


 スラム。街を滅ぼされ、魔物に追われて無気力になった人々が集うところ。

 ボロをまとい、家すらなく栄養状態も悪い。食べているものは夜明け団が提供する、小麦粉を油脂で練って焼結させたもの。

 カロリーこそ取れるが、栄養バランスは最悪だ。髪はボロボロ、肌はひび割れて幽鬼じみた状態になっている。


 そもそも日常食として食べるように想定されたものではないのだ、あれは。そうそう死んでもらって人口が減って困るから提供している非常食に過ぎない。

 夜明け団にそんな人情とか、無償でおいしいものを配ってもらうとか期待するのはマヌケだ。もっとも、そういうマヌケはどこにでもいて、そういうやつに限って声が大きいと言うのはもはやお約束であるが。


「うん。こいつらは自分で自分を救う気すらない。誰かが救ってくれるのを待っている人間。やる気がないんだよ。でもね、僕はそれを否定する気はないよ」

「……それは、彼らを認めるということですか? あなたが。【翡翠の夜明け団】を統率する、唯一人類を救い得るお方――かのヘルメス卿が」


「ルート。認めるも何も、彼らはちゃんとこの世界に存在している。僕らが彼らの在り方を認めずとも、関係なくここにいる。僕は彼らを馬鹿にはするけど、手を出すつもりはない。目障りだからと言って払いのけはしないし、救うこともない。彼らは生きているんだ、その現実は想いなど無関係に存在している」

「結局、現状維持というわけですか? 認めるとは、知った――というだけのこと。だからどうするということはない……」


「夜明け団がそうするという決定を下している。僕はその決定に従うだけさ。そもそも僕に誰かを救うなんてできない。自分を救えるのは自分だけさ」

「……先生のなさりたいようにすれば、団は動きます」


「僕は団の皆に自分で決めて動いてほしいと思っているよ。僕を動かすくらい強く想って、ね。だから、あの加峰洞爺は気に入っている。そして、ここにくすぶっている者もやればできてほしいと願っている」

「働きを示し、あなたを動かした。あのアダマント姉妹だって――」


「前副官だった彼女たち。あの子たちは勝利に取りつかれ、求めて僕を動かした。人間をやめるくらいの想いがあれば、案外どうにでもなるものだ。もっとも、しない人間は己に能力があることを絶対に認めんがね。損だから」

「……損?」


「人間、損得こそが感情を決めるんだよ。君みたいな人外は勘違いしやすいんだよね。彼らはああして誰かに与えられるはずの恵みをかすめ取ってその日暮らしをするのが得なんだよ。全然、全くもってかわいそうなんかじゃない」

「ああして、ずっと並んで――なんの意味があるのですか? 働けば、あんなものに頼らずともうまいものを食える。泥水のような濁った水など、いつまでも飲みたいようなものだとは思ませんが」


 視界の端に濁った水を運んでいる人間がいる。川の水だ。スラムの近くに川があって、そこから生活に必要な水を取ってきている。用途は飲用ではないものを飲んでいるのだ。

 それはきちんとした家を買って、その水道から出すものだ。それではないものですら、ずっと並んで汲んで来ている。


「そして、非常用であったはずの食糧援助。何らかの理由で食べられなくなった人間を生かすため、団はいくつかの場所に配給施設を作った。まさか、それに依存されるとは夢にも思わずに」

「……ちょっと待ってください。今、出て行ったのがまた並びましたよ。アレです。詳しくは知りませんが、一日一回だったはずでは?」


「ID管理だから、他の人間のIDカードを奪ったんだろうね。受け付けは人気がなさ過ぎて魔導機械による自動オペレーションだったはず。背格好が似てれば通すさ」

「ああ、そんなことしてたんですか。くだらないですね」


 それは犯罪行為だが、される方もされる方だと行政……夜明け団は見下している。

 そもそもきちんと職についていればおのずと問題になってくるものだ。警察に類する場所はあり、夜明け団は誰かの手柄を乗っ取ることに忌避感があるから、ある意味殺人よりも重い罪として罰せられる。

 もっとも、スラムにいる人間は保護対象外だからIDを盗まれたままの人間なんてものが存在する。


「ま、マフィアなんて上等な犯罪組織はないが、チンピラの集まりならあるようだ。スラムはスラムで独自の法が出来上がっている。これも人間社会というものか」

「邪魔になれば、まっさらにリセットするだけです」


「ま、そんな下らないことを僕に許可を取るはずもない。決まれば部隊を使って一掃する。僕たちの出番はないし、どうでもいいことを知らされることもない。誰も知られずひっそりと朽ちるのさ」

「なら、どうして来たんです?」


「ついでに確かめておきたかったんだ」

「それは、何を――」


 ルナはふっ、と笑う。ルートは背筋に悪寒を感じた。

 だが、実のところルナに大した考えはなかった。だから笑ってごまかした。大抵の物語ではスラムから一生の相棒なり、とんでもない化け物なりを見出す。よくあるお約束、だからちょっと期待していたのだが。

 やはり、人材は掘りつくされていた。プロジェクト『ヘヴンズゲート』で使いつぶされて残っていない。居ればいいのにな――と、来てはみたが期待外れ。


 ちょっとがっかりしているそこに、見知らぬ男から声がかけられる。


「あの、護衛の方がいるとは言え――”ミリオネラ”のお嬢さんがここにいると危ないですよ。囲まれたらどうしようもないでしょう」


 身なりはそれほど不潔ではない。ここにたむろしている者たちよりはよほどさっぱりした身なりをしていて、所持しているバッグも年季を感じさせるが汚れてはいない。少し年の行った優男であり、見れば見るほど場違い感がぬぐえない。


「いや、そんなことはないさ。ところで、君こそこんなところで何をしに来たんだい?」

「恥ずかしながら私は医者をやっておりまして、巡回して人を診ているんですよ」


 治療は、言ってしまえば漢方薬だ。まじないと言うのもするが……そちらは夜明け団は有効性を否定している。漢方薬がどうなのかと言えば、貧しいところでは特定の栄養が不足して病気になることがままある。そういう時には有効なのだ、彼らも特定の症状に有効だった薬を口伝で伝えている。


「へえ、無駄なことをご苦労様。けれど、腕章もないしIDにもそんなことは書かれてないようだけど」


 ID? と、男は首をかしげる。確かに職業の欄はあるが――カードはコートの内ポケットに隠した財布の中だ。見えるはずはないのに空白だとなぜわかったのか。まあ、いいかと思う。正式に職に就いていないのはその通りだったから。


「あ、ええ――向こうでそういうことをしているわけではなく、モグリと言うやつです。ですが、無駄だと言うのは感心しません。同じ人間、助け合いが重要ですよ」

「断言するが、僕はここでくすぶるような人間に助けられることはない。まあ、この土壌から化け物が生まれることはあるかもしれんが、それと君の行動は関係ない。むしろ減るはずの害獣を生かすという意味では害悪であるのかもしれんがね」


「……お嬢さん、そのような退廃的な物言いはするものではないよ。きっと、君も誰かと恋して、添い遂げることになるだろう。その時……」

「恋愛だとか。結婚だとか。そういう物言いをする人間こそ、時代遅れの遺物に多い。くだらない、この僕を舐めているのか? それとも、女ごときは役立たないから家に入れとでも言ってるのか――」


 少し、不機嫌になる。そして、”そこ”を見る。そこから風体の悪い男たちがぞろぞろと出てきた。


「先生よお、ちょっとどいてくれんかねえ。なあ、あんたら夜明け団の奴隷になって金を稼いでるんだろ。哀れな犠牲者どもを肥やしにして私腹を肥やしてるんだ、俺たちにちょっとばかし恵んでくれても罰は当たらねえと思うぜえ」


 ナイフを持ったチンピラたちだ。銃ですらない。銃が不要ということは決してなく、それくらいしか持てないのだ。銃は人殺しにしか使えないから街中では規制される、がナイフは別だ。


「こういう馬鹿が多い。ある所から奪う? 愚かな劣等め。奪っては破壊という無駄が出るのに気付かんほど知能が低い。総量として考えれば、意味がないどころか害悪ですらあるのだ。食べ物が欲しければ作ればいい、奪ったところで未来は作れないのに。なぜこれが分からないのだろうね、お前ら劣等は」


 チンピラどもは異様な気配に一歩下がる。けれど、逃げるまでは行かない。こいつらはそこら辺の人間を脅しつけてIDを奪って、たくさん食べているから体力がある。

 もしかしたら、配下を使ってゴミあさりでもして栄養を補っていることもあるかもしれない。廃棄食品はもちろん、食べられる生ごみもあるし。


「へへ。”スレイブ”の奴らは衛兵に守られているからって調子に乗んなよ。こんなところまではあいつら来やしねえんだからな」

「あまり、スレイブなどと言うのは――」


「スレイブねえ、どういうことだい?」

「ん? ああ、夜明け団に従う人々の中で、特別気に入られて裕福な暮らしをしている者を”ミリオネラ”と呼んだりするんだが、夜明け団に従う人々の蔑称として”スレイブ”と呼ぶ人間もいるんだ。貴様らはただの奴隷だろうと皮肉を言っている」


 答えたのは医者の方だ。


「ふぅん。自尊心、と言うやつかな。まあ、僕には働かないための言い訳にしか聞こえないんだがね――」

「……おい、嬢ちゃんよ。あまりナマ言ってると剥いて犯すぜ」


 一歩出てきた。体の大きさとナイフ――人をビビらせるのには十分と思っているのだろう。


「馬鹿だね、僕の体に触れられるのはこの子たちだけだよ」


 きゅ、とアリスとアルカナの手を握る。


「はっはっは。笑えるねえ、ガキの洗いっこじゃなくて、大人の世界ってもんを見せてやるよ。きれいな嬢ちゃん。ちっとちんまいが、まああんたほどきれいにホコリの一つもついてない人間ってのは貴重でな。いくらでもヤれるぜ」

「……先生。こいつらを処分しても?」


「いや、君たち逃げた方がいい。彼らには私の顔が利くから」


 医者が青い顔でルナたちの前に出ようとするが、ルートに睨まれてすごすごと下がる。


「ああ、役に立たないな。どれも」


 ルナはどうでもよさそうに背を向けた。


「あ、てめ――逃がすと思うか……あ?」


 隣のチンピラの顔が弾けた。


「……っひ! 奴らだ、スレイブの――戦闘部隊が来やが……!」


 いくつもの銃弾を撃ち込まれて、その男は奇妙なダンスを踊る。そして絶命して地面に倒れ伏せる。


「ば、馬鹿な――あいつ、そんなコネが……」


 ナイフではどうしようもない。銃をどうにかできる戦力があればどこも放っておかない。彼らはその程度のチンピラで、だからなすすべもなく虐殺される。


「ヘルメス卿、その男はどうしますか?」


 リーダーの男が指示を仰ぐ。別にこの男たちはルナの命令で来たわけでもなければ護衛でもない。ただゴミ掃除に来ただけの部隊である。

 しかし、上司に何を言われようが、ルナの命令は不可侵である。逆らうことなどありえない。それだけルナは偉い。


「さて。僕は殺すなとは言っていない。けれど、殺せとも言っていないからね――あの役立たずを処分したことは褒めてあげるけど、彼については知らないよ」


 興味もなく、踵を返した。


「……は。では、こちらで処分を」

「よろしくね。ま、散歩はこれくらいにして僕たちは食事に行くとしようか。予約はしてもらったから」


「それ、手配したのは自分です。しかも反対側ですよ先生」

「ま、歩いて行こうじゃないか」


「ま、待て――待って、ください……」


 顔が青いままの医者が、息も絶え絶えに呼び止めた。彼も撃ち殺されたチンピラと立場はそう変わらない。声をかけただけでも不敬と奇妙なダンスを踊りかねなと自覚し、蒼い顔を蒼白にしても言葉の先を話す。


「……」


 ルナは足を止めないが、遅くする。


「あなたの力があれば、不幸な人々を救える。……ゴミみたいに扱われる人たちに希望を与えることができる。どうか、その力を――」

「僕には救えやしないよ。君がやればいい。君ができないなら――僕も無理だ。組織の長は身動きが取れないものでね」


「そんな――そんなことがあるものか。私には、医者のまねごとをして安心させてやることくらいしかできない。本当の意味で彼らの病気を取り除いてやることもできない。けれど、あなたには――お金があるんでしょう!?」

「それに使うべきだと思うなら、それに使うべきだと思った人間が使えばいい。君だって、それはしないんだろう? 言い分とは逆なんだ。お金を持ってるから自分のためにしか使わないのではなく、お金を持たないからそれに使うべきと言える。……出すべき金がなければ、いくらでも寄付するべきと言えるからね」


「……ちが」

「違わない。現に君はお金を持たない。そんな無意味な医者のまねごとをして稼げるわけがないだろう? 誰かを救わねばならないという人間に限って、誰かを救うより誰かを救わない個人の人格を否定するんだよね」


「ま――」

「君の活動は無駄だ。こんなところにいる人間に治療行為は必要ないよ。きちんとした食事をとれば元気になるさ――」


 歩き去ってしまった。

 この後、彼は夜明け団の長、ヘルメス卿に人格を否定され、文字通りに叩きのめされた人間としてとある週刊誌記者に取材され有名を博することになる。しかもこの時にはリンチを受けたとまで証言したことにされ、耐えきった傑物として尊敬を集めるのだ。そんな事実はないのに。

 もっとも、彼はリンチを受けたと自分で言ったことは生涯なかったし、偽装すらなら簡単な傷跡を誰かに見せることもしなかった。

 けれど、ジャーナリズムの本質は、ただセンセーショナルであればそれでいい、事実など関係なく――読者も衝撃的な記事を求めるだけの一過性のお祭りでしかない。彼から真実を聞こうと思った人間も、本当の意味で彼の言うことに耳を傾ける人間も、誰もいなかった。



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