第96話 冒険者たち side:山崎織臥
俺は【風剣乱舞】との異名をいただく山崎織臥。オルガ、とそう呼ばれている一角のAクラス冒険者。
冒険者というものは大体特定の街に拠点を構えていたものだ。だが、このご時世になるとおちおち旅行にも行けやしねえ。Aクラスがいるかどうかは街の死活問題、そうそう出れやしねえのさ。誰も彼もが魔物、人類軍、そして夜明け団の襲撃を恐れてる。
「【翡翠の夜明け団】のお誘いね。奴ら、派手に行動しているって話だったな」
ロート・シュバインという街が襲われたのは1週間前のこと、他にもいくつもの街を壊滅させているらしい。まったく、恐ろしいことだ。
長老が俺を街から出そうとくらいにはヤベエ事実だ。俺が居なくなることよりも、夜明け団の御機嫌取りを優先したというのだから。
「ま、来なかったら潰すというわけでもねえだろうがよ」
警戒はそりゃするさ、行くにしても行かないにしても。俺は行くことを選んだが、来ない奴だって居るだろう。別に拒否できなかったわけじゃない、自分で選んだ。
現在進行形で魔物の暴走にでも襲われてりゃ、物理的に行けねえしな。
――もっとも、”今”いる奴は少ないだろうさ。なんせ招かれたのは明日だ、早めどころじゃすまないのは用心のためだった。今は遠目で様子をうかがっている。
「で、向こうに見えるのって……あれ、本拠地ってわけか……?」
本拠地の場所を公開するってのはおかしいさ。だが本当にそうだとすれば、それは天下に敵なしと喧伝してやがるのか。
あれはどう見ても本拠地にしか見えねえだろう……違うとわかってても、そうとしか思えないほどに立派である。
移動方法は自分で行くか、それとも鳥をよこしてもらうか。自分で行くって言ったら場所と時間を教えてくれたわけだがな、それがこことか信じられねえ。
「でっけえな。あれは屋敷か……? 誰が、何考えて作りやがったんだよ」
唖然とするほかない。これだから夜明け団つうのは、世界を裏から支配するなんて言われてるだけあって金の使い方が派手派手しいこと極まりない。アレ作った金の数%でもくれりゃ街一つ何の心配なく生きていけるのにね。
隠れていたはずが、あまりにも唖然としすぎて隠形が解けていたのか声がかけられる。
「――お前も来たか」
「ッてめえ……【怒涛楼狼】か。なぜここに居る……のかは、分かりきったことだったか。ここでやりあうかい?」
冒険者同士の殺し合いはご法度。大体やりあって俺が無事で済む確証もありはしねえ。だけどな……
「やめておけ、あの屋敷から離れているとはいえここも敵の勢力下であることには変わりない。街と街のいさかいをこの場に持ち込むことは許さないと、招待状にも書いてあったと記憶しているのだがな」
「あんたにやる気がねえってんなら、俺の方にも口火を切る理由はねえ。いいぜ、お互いに見なかったことにしようじゃねえか」
実のところ、やり合う理由はある。というよりも、冒険者を一堂に会させるなんざ主催者は馬鹿なのか? 街にもそれぞれ事情がある。例えば目の前の【怒涛楼狼】の所属する街『リースチャトット』には水が足りない。
水というのはとても大事だ。蛮族ならともかく、普通の人間は生の水を飲めない。ろ過装置を通すのが普通で、こいつの街はそのろ過装置が足りない。使った水を使い回すこともできないレベルでろ過装置が足りないし、そもそもの水だって足りやしない。
……その問題をどうにかすかする方法なんざ、昨今一つっきゃねえだろう。すなわち近いところから分捕る。強奪だ。
今の時代、武力の一つや二つ見せれば破格の値段で買い物ができる。そもそも自分の分すら足りないんだから、生活に必要なものは際限なく値上がりしているしな。買うこと自体が難しくなってきている。
「貴様に考える頭があったようで安心だ。さすがにAクラスにもなれば、獣ではいられんということらしい」
「うるせえよ。アンタのことは噂でしか聞いたことがなかったが、随分と口がうまいようだな寡黙屋さんよ」
「意外と話せると街では有名なのだがな。貴様こそ女のうわさをよく聞くぞ風俗乱舞」
「るっせ。誰が言い出したんだよ、その噂。長に言って10人くらい身受けしただけじゃねえか。俺は正当な報酬を貰って、そいつで正当な取引をしただけだぜ」
「――ふん。だが、やはり卑しいものだな。貴様の『清水』街では食料は配給制だと聞くぞ。ごちそうでも貪りに来たか? いやしいものだな」
「は、ここで出された食い物を喰っちまう度胸があれば拍手してやってもいいぜ。何入ってるかわかりゃしねえだろ。俺が来たのは様子見と義理だよ。一応貿易はしてんだ、顔は出さにゃならん」
「ここで奴らは何かをする気だ。それを確かめねばならん――風の噂でSクラスパーティ【碧の鳥】が壊滅したと聞いた。それが狼煙だとすれば、マズイことになりかねん」
「そりゃ……!」
碧の鳥とは【万象森羅】をトップに据えた、本物の英雄パーティだった。ドラゴン討伐の栄誉にこそ預かっていないものの、何体もの上級魔物を討伐した実績を持つ。自然の中では並ぶものなしと言われたレンジャーで構成されたパーティが……倒れたとは。
「近年Bクラスに上がるものは多くとも、それより上は減り続けている。貴様も下らんことで死んでもらっては困る」
「あんた……もしかして」
いい奴だったりするのか、と言おうとして。
「女に刺されてお陀仏などという輩と一緒にされたくはないのでな」
「テメエ、ふざけんな!」
やっぱり嫌な奴だった。
「……」
「……」
無言で進む。そういうことになった。どちらかがどちらかのための囮になるなど飲み込めるようなものじゃねえ。だからこそ、互いが互いの囮になるように離れて歩調を合わせて館に近づく。
まったく、緊張するものだね。頼りにならない相棒、そして待ち受けるは龍のアギトってか。こいつは、一体どれだけの兵力を隠せておけるものなんだろうね。俺もAクラス、一騎当千を自負しちゃいるものの、やだぜ重火器持った千人とやり合うなんか。
精神をやすりで削られるみたいな静寂。1時間くらい歩いてた気がするが、距離は1km、時間としちゃ15分ってところか。メイド服の女が見えた。こちらには気づいていない。そりゃ足音立てるなんてアホな真似はしていない。
「よ、おはようさん! ここがパーティ会場かな」
無能な相棒がこちらを見ているから、女に挨拶してやった。やれやれ、挨拶もできねえとは頼りねえ相棒だ。
「ようこそいらっしゃいました」
お辞儀する。なんだか奇麗だ。冒険者組合のおばさんとは違う華やかさがある。
「お前、惚れたか?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
殴ることはできねえ。とりあえず一番イイ笑みを浮かべてお姉さんと向き合った。
「ええと……申し訳ありませんが開場は明日の14時からとなっております。すみませんが、私は案内役を仰せつかっておりますので……」
「ああ、この馬鹿のことは気にしなくて結構。どうやら早めに着きすぎてしまったみたいですね。まったく、長老も心配性なもので早く出ろとせっつかれたんですよ」
「なるほど。確かに魔物に襲われて一日二日行路が遅れるのはよくある話です。さすがAクラスの冒険者となれば、よく考えていらっしゃいます」
「はっはっは、そうかい。アンタみたいな美人に言われると、お世辞でも悪い気はしないね。まあ近くで野営でもするさ。こちとら冒険者だ、魔物密集地でもないここなら危険もないからよ」
「いえ、それには及びません。空いている部屋がございますので、どうぞそちらをお使いください。お食事もご用意させていただきます」
「あ、部屋はありがたいが食事は持ってきたものがあるから――」
「ご心配されずとも早めにいらっしゃる方がいるのは予定内なので問題ありませんよ。海の方から直送した海産物を、あのヘルメス卿にもご食事を作られたコック様が腕を振るいます。どうぞご賞味を」
さすがに2回も3回もは断れない。まあ、毒喰えば舌がしびれるから判別はできる。できるよな? 錬金術製の毒は無味無臭で飲み込むまで気づかないとかないよな。とはいえ、毒を食らわば皿まで、だ。
「……そうですか。いやあ、それは光栄だ。楽しみにしておきますよ、なにせうちは海産物なんてほとんど手に入りませんから。稼いでいても乾パンばかりで」
まあ、愛想よくするにこしたことはない。
「仕方ありません、全国の食料プラントの稼働率は今や予定の27%にまで落ち込んでいます。量だけを求めるとなるとやはりそういう品にならざるを得ないのです。流通の問題もありますし」
「そ、そうなのか」
まったく言っている意味が分からない。稼働率? 量を求めるって、つまり乾パン作ってるってことか。で、それがどうして流通に関わるんだか。流通ってのは貿易だろ、あるところにはあるもんだから運べばいい話じゃないのかね。
「あなた方Aクラスは今や人類の大切な財産です。大過なく過ごせるよう私も微力を尽くさせていただきます。まずはお部屋をご案内しますね。ああ、それと中も案内します。パーティの準備が進められているので会場には入れませんが、リラクゼーション施設もあるんですよ」
「はは。それは楽しみですね」
……リラクゼーションってなあに?
「あの……すみませんが夜の方は……」
「いや、だからソレはこの馬鹿のねつ造だって言ってるでしょう!?」
その冗談はちょっとシャレになってなかった。
実はこの世界に現代人が思う”賢い人”なんてごく僅かだったりします。だって大抵は街の中で完結するので重要なのは血筋であって結果は関係ないですから。
だから学校とかも必要がなくて小卒が知識階級のレベル。高卒レベル以上は完全に支配階級、もしくは夜明け団の中にしかいません。王都は貴族ならかなりの教育を受けていますが、彼らは完全に支配階級です。
上の冒険者たちも頭は切れるけど学はありません。だから、そもそも物資の流通を数字で語られても意味が分かりません。
微積分を交えて経済学を語れるのは夜明け団の内部くらいのものという設定でした。
……リアルの産業革命時代だと市民の何%が微積について理解できてたのでしょうね。経済学の基礎くらいなら偏微分とかしない、X’=Cくらい分かれば理解できますが数学は他の分野でもけっこう必要とされていたりします。