第94話 『ロート・シュヴァイン』襲撃
飛行船の中、僕は眼下を見下ろす。砦……適当に作ったとしか思えない、いや増設を繰り返した結果野放図に拡大していったのか。さすがは人類軍、らしいと言うべきか。
『ロート・シュヴァイン』、そこは元々は何の変哲もない街だった。他より発展しているわけでもないが、幸運にも魔物に襲われなかった都市である。とはいえ、本当に幸運とは呼べるのか。その幸運を欲した人類軍に街は奪われ、今は彼らが好き勝手使っているのだから。結局滅ぼされたという意味では変わらないのではないか。
住民はお決まり通りに男は皆殺し、女は奴隷に。それだけで満足するはずもない――満足に生産施設を扱えぬ彼らは他の街を滅ぼし物資と女を奪い去る。使うだけで生み出すことをしない。それが彼らの生きる術である。証拠は衛星で撮った。
そこは悪行に染まった都市。人殺しどもが跋扈し、道端の女を気ままに殴りつけて草陰に引き込む。女たちとて、ここを出れば魔物に襲われて死ぬのだ――選択肢などない。
それでも傷や病で死ぬか、食い殺されるかの違いでしかなかったが。
ともかく、デモンストレーションとしては丁度いい悪徳都市だ。強盗殺人とレイプ、定番ではあるがここまで大っぴらにやっているところはそうない。誰からも潰して文句が出ないというのは、派手にやれるということであるのだから。
〈世界よ、聞くがいい――〉
上空からの全世界中継だ。北欧大陸に聞ける人間が居なくなった以上はこの大陸だけで世界と言ってもいいだろう。魔術を誰はばかることなく使い、魔力波を飛ばす。
以前であれば、発信元にドラゴンが大挙して押し寄せるようなテロ行為だった。今や、こんなことを気軽にやれる。もうドラゴンは地に堕ちたのだ。
〈僕の名はルナ・アーカイブス。空を支配するに至った我々は新しい名と役職を拝借した。我こそ『ヘルメス・メギストス』。枢密院、ヘルメス卿である〉
そして、新しく生まれ変わった彼らの自己紹介。
〈『星将騎士団』、第一星将 【鉄血卿】アハト〉
〈同じく『星将騎士団』、第二星将 【黎明卿】グリューエン・L・レーベ〉
〈同じく『星将騎士団』星将騎士団、第三星将 【無明卿】カレン・L・レヴェナンス〉
〈同じく『星将騎士団』、第四星将 【金剛卿】ルート・L・レイティア〉
〈同じく『星将騎士団』、第五星将 【永劫卿】クインス・L・オトハ〉
〈そして同じく『星将騎士団』所属はサファス・クライワ、クーゲル・イェーガー、レメゲア・ストラ、アステラ・シルト、シュトレ・ファラ――以上の10名。星将騎士団は枢密院の旗下に置かれる。諸君、新生した我らの力を見るがいい〉
そして、落ちる。当然、無傷で着地だ。ビル40階分程度の高さなど、どうということもない。11名、壮観な光景だ。ちなみにアルカナとアリスは飛行艇でお留守番、飛行艇は貴重だからね。
「皆、世界が見てるよ。気合い入れて頑張ってね」
「つまりは派手にやれと言うことでしょう? あなたは変な言い回しが好きですからね」
「変とは酷いね、カレン。風流な言い回しと言ってほしいものだ」
「とても風流ですヘルメス卿。で、好きにして良いのですね?」
レメゲア・ストラ、新人くんに流された気がするが、まあいい。
「いいよ、好きにやれ。しょせんは人間相手だ、君らはヘマをするような阿呆ではないと信じてるよ」
火の玉が飛んでくる。火砲術式――落ちてから10秒ほどだが、演説開始からは数分が経っている。対応が遅いね、まるで素人だ。
「行動開始だ、行け!」
それぞれが走っていく。その歩みは向かってくる魔術よりも速く、火砲術式などものともしない。してもらっては困る。
スペック上まともに直撃しないとダメージが通らない上に、あいつらまともに狙いもつけられないのだ。
「さて――僕も行こうか」
走る。それだけでもう火砲術式は当たらない。
敵は元々の狙いが甘いうえに、戦術を知らない。こういうときは面で攻撃するものだ……点で攻撃しても、今みたいに地面に当たるときにはすでにはるか前を進んでいる。爆炎すら届きはしない。
「では、お邪魔します」
玄関……実は知っている、というか情報部が調べた地図に載っている。地下にある上に手順が面倒だから無視。行儀が悪いが石壁を蹴り壊してお邪魔する。
「あん――」
「お前……どうやって……?」
ぽかんと顔を開けている男たち。身なりは本当に盗賊らしいとしか言いようのない薄汚れたもの。実際、その実態は膨れ上がった盗賊団でしかない。奪って生活しているから、足りないモノが色々ある。洗濯機もその一つだった。
「君たち、この仕事向いてないよ。そんなアホ面晒していても、工場仕事くらいならできる。まともな街へ行けば餓死しなくてもいいから安心するといい」
放置して歩く。さすがに室内は走れな……いや、走れるがそれは情緒がないだろう。どんどん奥へ進んでいく。
「【翡翠の夜明け団】の首魁、ルナ・アーカイブスか。本人がのこのこと現れるとはいい度胸だ。ここで死んでいけ!」
んー? と、顔を向けると女がいた。いや、女……? 筋骨隆々で胸筋が盛り上がってるアレは胸なのだろうか。男よりはあるのだろうが、可哀そうになってくる。僕のより小さいんじゃないかな、数値ではなく見た目的に。
「男女……いや、女男かな。用があるから通してくれない? それとも、筋肉に話しかけても意味がなかったりしちゃうのかな。あと、女性ホルモンの注射は健康上の観点からお勧めできないかな」
「俺は女だ、馬鹿にしているのか貴様!」
ガツンと両のこぶしを叩く……金属音。義肢ね。
金属製とはまたずいぶんと安っぽいものをつける。とはいえ、そこらの街の中流階級ですら腕に近い形をした木の棒をくっつけてるだけだったりするから、あれでも一般人にはおいそれと手が出せない”高級な武器”ではある。
「ああ、ごめんね。気にしてた? 空気を読むのって苦手なんだよね。謝るよ、本当のこと言っちゃってごめんね」
「く――くく。生意気なガキだね。でもいいよ、あんたみたいな生意気なガキを殴ってしつけるのが俺の趣味なんだ。特に同じ女が好きでね。苦痛に苦しむ顔をたっぷりと楽しんでやるよ。手加減はうまいんだ、じっくり殺さないようにいたぶってやるよ」
「そう言えば君は見たことがあるよ、手配書だったかな。弱いから気にもしなかったけど、ああそうだ【剣闘死】の理伊亜か。まあ、あれだね。苗字を名乗らないのはやっぱり――その腕を切り落としたのってお母さんだったから?」
「ッ黙れテメエ!」
キレた。大当たりかな。分かりやすいね、典型的な殺人鬼の成り立ち。手配書にはどういたぶって殺すかも書いてあった。人間に想像力なんてない。やることはいつでも自分にされたことの延長でしかない。
「あは。おいで? いじめられっ子の理伊亜ちゃん」
殴る殴る。敵の修めたそれは、人相どころか体の輪郭がつかなくなるまで内出血でズタボロにする、楽しむための拷問術だ。
殺さないように殴るのは人類軍で得た技術だろうが、”殴る”ということにそこまでこだわるのはそれしか話す術を知らないことを予想できる。おおかた親に与えられたのは言葉ではなく拳だったのだろう。
……そう言えば、拳というのは男性器の比喩としても使われていたか。
「――殺す。あんたは絶対殺す。楽に死なせない。たっぷりいたぶってやるから、絶望しながら死んでいけェ!」
彼女が踏み込む。だが、それもあくびの出るようなノロさだ。
人間相手に殺しまわってればその程度、だから二つ名があっても注目なんてしなかった。僕が覚えていた理由は、見たものを完全に記憶する性能のたまものだ。
報告書を今、見直したらAクラス冒険者を殺したそうだけど……ただの罠か、死にかけをいたぶったかが真相だろう。
「腕相撲かな? 割と子供じみた遊びが好きなのかな……ねえ、理伊亜ちゃん」
手を組み合わせて押し合う。……もちろん、僕は手加減しているけどね。
「ギギ――潰れろよ! 俺の鋼の腕が通じないなんざありえねえだろうが! なんで、お前そんな……アアアアアア!」
組み合う手を握りつぶした。……神経を張り巡らせたタイプかな? 副作用の強いそれはまさにヤブ医者の領分だ。
「奇遇だね? 僕も左は義手なんだ。鋼なんて時代遅れの代物じゃない、本物のアーティファクトのね」
これは団からの贈り物だ。不満を言えば反応が遅いが、鉄棒を代わりにするよりかはよほど上等だ。今も、これと遊ぶ分には問題ない。
「てめェら、相手は人間だ。当たれば死ぬ! 撃ちまくれェ!」
腕を捨てて逃げた彼女は仲間を頼る。腕のない彼女はもう何もできない。……なんて無様な有様だ。チンピラには”らしい”というべきか。
「あは。なんていう勘違い、僕は魔人だ――人間じゃない。君たちが殺すのは人間だから、僕みたいなのに対して戦う術を知らない。魔物相手に逃げ回ったツケがこれだと知るがいい」
さすがに奥に行けば練度はあるようだ。きちんと僕に当たっている。室内で火器を扱うだけの訓練は受けている。それも意味はないんだけどね。
「な――な、はあ……なんで、当たってないのかよ!? なんで!?」
「いやいや、ちゃんと見なよ。当たってるだろう? 効いてないだけさ。中級魔物に会ったことはないかな。これくらい普通だぜ」
歩く。中級程度なら火線を集中すれば倒せるはずなのだけど――狙いが段々ずれてきている。外れまくっている。
銃弾が効かない相手に動揺しているのだ。やはりこの程度か。中級すらも相手にしたことがないクズどもだ。
「姉御、火砲術式を持ってきた。下がってくれ!」
射出された火の玉を掴む。そのまま横に投げた。
「やれやれ。室内でこれは危ないよ? 爆風だけじゃない――そこらへんの破片が弾丸になって飛んでくる。ガラスがあると危なさ倍増だね」
視界が煙で埋まる。まあ……
「そこは言うまでもないみたいだね。対人戦ならかなりの練度だ。うちの一般兵よりも洗練されていると褒めてあげよう。けれど、無駄だね。強力な魔物に対する術は知らないのだから。だから魔人にいいようにしてやられるんだよ――」
視界を潰されても感知手段はいくらでもあるということを、彼らは知らない。火砲術式の副産物から身を守るために伏せたのはいい判断であったとしても。
けれど、ちょっとばかし匍匐前進したからって、この僕が君らの位置を見失うなど早計に過ぎる。
「こ――この、化け物が!」
奥から彼女の声がする。
火砲術式の炸裂の前に彼女だけ扉の向こうに隠れた。うんうん、人間相手なら良かった策だ。出口を塞いでしまえば相手はまる焼け、自分は運が悪くなければ無傷で済む。
扉の横にずれれば文字通り壁があるから。
「化け物と戦う気概もなく人類の守護者は名乗れない。やっぱり君らはただの盗賊団だ。人類を守る軍などうそぶくなよ詐欺師ども」
で、壁? そんなもの、僕がどうやってここまで来たか知っているだろうに。それを踏み壊して来たのだから。
壁を貫通して彼女の襟首をつかむ。身長差は頭二つ分くらい。力技で座らせて目線を合わせる。壁の穴から「こんにちわ」だ。
「お、お前――何する気だ?」
「さて」
顎を掴む。
「私を慰み者にする気か変態幼女!」
「あれ、そういうのって君まで知ってるのか。どうでもいいことばかりよく調べるものだね民衆ってのは。そのくせ中級魔物なんて存在すら知らない奴らが多い。どうにかならないものかね――?」
「ひ……やめろ、さわるな……ッ!」
「何をそんなに思い上がってるんだが。君は確かに女だけどさ、きれいだとでも思ってるの? その顔で、その薄汚れた服と汗にまみれた身体でさ」
「――ッ!」
頭に血が上って赤くなったところを、首を折って殺した。
「はい、あげる。好きにしていいよ」
どうしていいかわからなくなって立ち尽くすチンピラに投げ渡す。はい? みたいな顔をして応急処置もしない彼らを横にさらに奥へ進み、鋼でできた扉を開ける。
「やあ、新城君。鍵はちゃんとしたものじゃないと取れちゃうぜ」
むしった鋼鉄製のドアノブを床に投げた。
前話で100話を超えていました。100話行かずに終わるかなあとか思って書き始めたのに、終わる気配が見えません。どう終わるかだけは最初から決めてあったので、150話くらいで終わりたいなあとか思ってます。そこからex話が続くんですけどね。どうか皆さん、そこまで永いお付き合いをお願いします。