第93話 会議
「……さて、ヘヴンズゲートから10日。居場所の流出を防ぐため、僕は情報にアクセスできなかったわけだけど」
僕が居るのは人里離れたとある古城。72時間後に爆破する手はずになっている防諜対策は万全なそこで、通信魔術による会議を行う。
〈最初に悪い情報を伝えておこう〉
O5、お変わりない様で安心だ。
「軌道上に打ち上げた衛星からの画像解析……今まで知りえなかった多くの事実が露見したわけだね」
〈その通りだ。では、情報部部長ジニー・マーケンス〉
「は、承りました。ルナ・アーカイブス様、私の方から説明させていただきます。最初にこの地図をご覧ください」
表示されたのはほとんどが薄い赤に覆われた地図だ。いたるところに濃い赤のポイントがあり、それらを避けるように黄色がぽつぽつと浮かんでいる。
「地図の形からして、これは北欧大陸かな? 我々が済むのとは別の大陸だ。地図とは、少し形が違うようだけど」
「ご慧眼痛み入ります。衛星からの画像により修正された本来の形がこれとなります」
「世辞はいいよ。で、赤いのは?」
「魔物の領域です。黄色は人類の領域――すでに国は滅び、生き残った人々は魔物の勢力を避けて雨風を耐え忍びながら細々と暮らし続けているようです。まともな集落というものは存在せず、上等なものでも土を固めた洞窟のような家、吹きさらしのテントのような代物で暮らしている者も多数おります」
「なら、赤の濃い地点は上級魔物の支配領域か。ふん……あちらは滅んだわけか。錬金思想は向こうから伝わったものとはいえ、内情は全く異なっていたんだね。僕らは魔物を殺すことこそを至上とする排他主義だが、あちらの国々は支配という虚構に己こそが支配されたわけだ」
「現在、王都と北欧大陸……教国や連合との通信を解析しておりますが、全てをかけて互いに滅ぼしあった結果として北欧大陸の国々は消滅したのでしょう。おそらくは『フェンリル』の過剰使用による都市群の壊滅、並びに上級魔物が発生したことでこの状況になったものとみられております」
「怖い怖い。支配欲というのは醜いね、自分が一番上でないと気に食わないか――大陸さえ滅ぼすほどに。なるほど、悪い知らせだねこれ以上なく。東大陸、こちら側の影響は?」
「目下調査中ではありますが、最近の上級魔物の発生率上昇は向こう側から汚染された魔力が流れているからとの予測が立っております」
「なるほど、人類は常にひっ迫している。脅威を払おうと、新たなる脅威が降りかかるわけだ。人類を抹殺する無慈悲なる現象【災厄】、空を封殺し人を喰らう【ドラゴン】、次は魔物の大量発生か。これでは、終末のイナゴとどちらがマシだか分からんね」
「――しかし、上級魔物に加えドラゴンまで敵になれば戦線は破綻します。戦力の輸送ができない以上は守りに入るしかありませんでした。……人類の限られた戦力で守りに入ることは戦略上、撤退先のない撤退戦と同様に単なる逃避行です」
「だが、逃避行など我々は認めない。我々は逃げはしない、戦い続ける。戦ったからこそ得たものがある。ドラゴンを征し、空を我らの者としたからこそできることがある。さて、何ができる? ねえ、戦略課課長ルーシィ・マーフィンス」
「は。ご指名いただき光栄ですルナ・アーカイブス様。そもそも魔物はドラゴンや【災厄】といった例外を除き、空を攻撃する手段は持ちません。ゆえ、空からの絨毯爆撃による掃討が可能です」
「ああ、空を飛べるのは第4世代でもスペルヴィアくらいのものだしね。まあ、ヴァイスの奴なら空気でも蹴って飛べそうだが。空というアドバンテージを取れたのはいいことだ。結果、出てるんだろ?」
「それについては魔物掃討戦略班ソシウス・マレキムがお答えしましょう。このソーーーーシウス・マェレェキィムが! このソォシウゥス・マレーーーーキム! が」
「はい? ああ、うん。そうね。お願い」
「撃破率と我が軍団における損耗率はお手元の資料をご覧いただきたい。ほとんど死者は出ておらず、魔物は被害甚大。これこそが新世代の戦い方であります。人類が空を握ったことによる一方的な抹殺! これから空に怯えて暮らすのは魔物の方でありましょう」
「素晴らしいことだ。既に結果が数字で出ている。手回しが早くて大変結構。でも魔物殲滅が概算で出てるのはなぜかな?」
「そ、それは――殲滅しきれず魔石の回収がうまくいっておりません。魔石から倒した数を逆算する方法が今のところ取れないのです」
「それは課題だね。ドラゴンの魔石があるとはいえ、魔石はそこらへんに放置していいものじゃない。それにエレメントロードのそれは僕しか扱えない。通常の魔石でも備蓄はあればあるほどいい」
正確には”扱ったら死ぬ”のだけど、人材に余裕がない今は死なせられないから使えないことには変わりない。
「ですが、それは今のところ問題ではありません。魔石不足による工場稼働率の低下はないのですから」
まあ、その工場が不足している――不足”させられた”というのが問題であるのだけど、それは黙っておこう。人類軍による攻撃によって工場を潰されている。しかも、裏には王都の手が入っている。
「問題はもう一つ。その結果はあくまでその航空作戦の成果だろう? 防衛での死者、それに航空兵器の運用を伴わない殲滅の方ははかどっていないと予想するけれど」
「……それは――ええ、そのとおりです」
「腹を割っていこう。現時点でいくつ落ちた?」
「夜明け団の工場地区が5つ、砦は20。すでに人類軍によって占拠、もしくは破壊されております」
「取り返したとして、再利用はできそう?」
「――破壊活動、それに施設が生き残っていようと滅茶苦茶に動かされて壊されてしまうので。仮に取り返したとしても、一度更地にした方が復興は早くなるでしょう」
「ああ……戦略課課長のセリトニ・オントハだったか。ま、あいつらに人並みの知能を期待する方が無駄か。別にきちんと利用してくれるならそれでいいんだが、いかんせん壊すだけ消費するだけで、未来の展望など何もない奴らだ。飛行船は?」
「現時点で稼働しているのが72、拿捕もしくは破壊されたのが94――来月までに50を生産予定です。しかし武器・弾薬を優先して運んでおりますので、【夜明け団】の傘下ではない親団街には依然として餓死者が出ているようです」
親団街って。笑ってしまうね、夜明け団に親しいというか敵対的でない街をそう呼んでいる。親日国のノリだね。
「ただの10日でこれだ。ただ数としてみるならば、3割に迫るほどの数を落とされた。人類軍はよほど勢いづいているようだ」
「確かに団の戦力は激減しております。その隙を突かれたということもあります――が、それはしょせん枝葉に過ぎません。極論しますと、民草に対する支援の一切を停止した場合は被害は出ない」
「ああ、そうやって外部と関わるところは情報が出て襲われる、破壊された。逆に僕らが秘密組織である以上は僕ら上層部の直轄地域がどこにあるか、だれも知らない以上は襲えない。あのリゾート地にあれ以上連泊すれば情報が漏れる可能性があったけど――逆に言えば10日ならば全く情報が漏れない。この僕が滞在していても」
「ええ、関わるのをやめてしまえば被害は出ない。けれど、そんなことをしてしまえば愚かな民草は互いに食い合って魔物にすべて殺される。人類という種を守るためには、彼らを保護してやる必要がある」
「人類軍に協力しているからと言って街を焼き払うなんてことはできないわけだ。だからこそ、奴らも付け上がる。あいつら、自分は安全だと思っているのさ。夜明け団は民草に手を出せない。上級魔物が出たら逃げればいい。なんて、都合のいいことを考えている」
「……多くの被害が出ているのは否定できない事実です」
僕はダン、とわざと音を立てて立ち上がる。
「ならば、僕たちが快刀乱麻に断ち切ろう」
自信満々に言い切る。そういう演出も必要だろう。
「『ヘヴンズゲート』を乗り越えた我らの力を見せつけよう。容赦も、慈悲もない――ただひたすらに圧倒的な力で思い上がった愚か者どもを踏み潰そう。彼らが望むべきものはこれだと教えてあげよう。人を支配する力ではない、魔物を蹂躙する暴力こそが真に望むべき”黄金”である。僕らは錬金術師の端くれなのだから、人に教えることもするべきだ」
まるで、神の言葉を聞くように感動に打ち震える彼ら。まあ、望みを叶えられたということもある。なんだかんだ言っても、状況が不利なのは分かっているのだ。積極的でなくとも王都もこの争いに加担している。
しかし、まともな上級戦力は僕らだけなのだ。全員まとめて療養中の上に僕が偉すぎる。そりゃあ超絶偉い人に療養中すみませんが地方に行って戦ってきてください、だなんてとてもじゃないけど言えない言えない。
実のところは僕の方から言いだしてくれるのを待っていた。言えないんだもん、当然だよねえ。そして、望んでいたことをこうまで演出込みで言われたらそりゃあ信者にもなる。
なぜなら、奇跡というのは演出に過ぎない。言い換えれば、よくできた演出は神の御業だ――新興宗教のやり方と言われれば否定はできないけど。
証拠として、ほら。
「まさに……! まさに、あなた様の言う通りでございます。錬金術師として”真の黄金”を掴むため、人類の未来を創るため――その真意、神意はまさに”輝ける黄金”に他なりません。こちらをご覧ください」
やはり襲撃リストは用意してあった。僕らという戦力を効率的に運用するための調査はすでにされていて、その上でどこを襲えば成果を出せるかの議論はすでにまとめられているのだ。
「へぇ……?」
だが、リスト――その中に気に食わないことを見つけた。
「……何か、あったでしょうか?」
「いいや、もはや粛清は確定事項だ。けれど、知った名を見つけたんだよ。彼の真意は確かめなくてはね」
新城鋼、彼は村を救うために命を捧げた勇者だった。
それが今や街々から命と物資を奪って悠々自適に暮らす悪の親玉、簡単に言えば略奪で成り上がったマフィアのボスだ。その心変わりの真意は聞かなくてはね。
「ルナ・アーカイブス様。御自ら行かれると……?」
当然だ。士気を上げるには目立つことをやってしまえばいい、私情もある。全員そろっての出撃、からのわかりやすく力を示す殲滅を成そう。これで盛り上がらなければ嘘だろう。
「全員連れて一つづつ潰す。実をいうと、まともに動かせるのはレーベくらいのものでねえ。アハトも厳しいが……ただ、新人三名は実戦に慣れさせてあげないといけないからね――」
〈では、その前に名を与えよう〉
O5、なるほどそういう演出か。いいじゃないか。
やたらめったら自分の名前を強調しているのはルナが名前を憶えてもらうだけで名誉になるほど高い地位についたから。別にネームドだから話の展開に噛んでくるとかはないです。
この物語は英雄好きで人間不信なルナと、英雄たちの物語なので。この話で出てきたキャラは今後そんな出てくることもないと思います。肩書にふさわしい仕事は裏でちゃんとやっていますが、ストーリーには出てこないですね。大した戦闘能力持ってないし。




