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第92話 バカンス2


 あの後は細かい勢力の話に移っていった。

 そして、カレンとルートは研究所へ叩き込まれた。本来、彼らは一人残らずあの戦いで死んでいた。――致命傷だった、間違いなく。

 だから僕はエレメントロードドラゴンの魔石から『翡翠祭祀紙片』エメラルド・タブレットを作るのを手伝ってやった。そのアーティファクトの力により、彼らは死に体の身体を生き長らえているというからくりだ。


 いくらアレが【災厄】よりも格下だったとはいえ、人類が触れれば汚染されて死に至る。団には人材不足で、死と引き換えにそれを成せる巫女がいない。だから僕がその役割をやってあげたのだよ。けれど、それはレンたちに力を貸したのとは違う。

 ……第5世代。そういう触れ込みだが、僕が中核たる魔術式を組んでいない以上は当たり前にあの三人より性能は下である。人間レベルだ。

 そして、現在も調整中というわけだ。バカンスなどと言ったし、そのための施設は夜明け団が整えてくれたが本来は世代アップデートによる死の回避のための改造で、僕個人としては護衛の心づもりでここにいる。


 ま、僕も片手片足なのだけど。しかし、こいつは再生しない。ポーションでも何でも永久的に取り戻せない欠損だ。

 ……本質的には隠しているのと何ら変わりなく回復するべきダメージがないというだけだが。

 とはいえ、これも知らない者から見たら僕が『ヘヴンズゲート』を成功に導くために支払った代償なのだ。僕の評判はうなぎのぼりである。

 僕の体を調べられてしまう? なりゆきだが実質、最高指導者に近いことになってしまったのだ。ドラゴン殲滅の指揮を執る、これ以上の誉れなどそれこそ【災厄】討滅くらいしかない。

 僕が一度拒否してしまえば、もう要請されることすらない。地位として、命令できる”上”がいないのだから。


 海でのんびり、何人ものメイドを侍らせ、専属パティシエにコックまでつけて。はたから見ればただのバカンスだが、裏には多くの必然と思惑がある。

 単純に偉くなった人に媚び売りたいという俗な意図も入っている。そう考えれば、団側の手際も上々と言ったところだろう。ここでイケメンなどをつけていたら、ルナの機嫌は急降下していた。


「……眠っちゃったね」


 小さなメイドは小難しい話についてこれずに眠ってしまったようだ。頭をなでて。お持ち帰りしようかな、なんて少し思ってしまう。

 咎められないどころか、歓迎されるだろうと思うとちょっとあれだが。


「ひゃっ。あ……あれ? え……と。あ。る、るな様!? あ、ごめんなさい、わたし。ねちゃって――」


 起きてしまった。よだれもふかずに慌てている様は何ともほほえましくて可愛らしい。抱き締めたくなるような愛らしさだが、それをすると横の二人がかわいらしく嫉妬するからやめておく。


「うん、別にいいよ。大きくなったら話についてこれるよう、ちょっとづつ勉強すればいいさ」


 立ち上がる。アリスとアルカナ、手をつないで歩く。


「少し、汗を流してくる。コックさんに夕飯の準備をしてもらえるように頼んでおいてくれるかな。……そうだね、向こうで固まってる三人も楽しめるように、バーベキューなんかいいかな」

「はい! えと、えと。コックさんにバーベキュー。はい、書きました」


 ちょこちょことメモを取り出して書く。見ると、そのまま”コックサンにバーベキュー”と書いてあった。一瞬ハテナを思い浮かべるコックさんを想像してほほえましくなってしまう。ま、分かるだろ。


「うん、よろしくお願いね」


 あの子は嬉しそうに走っていった。



 そして、お風呂へ。……うん、大きいとしかいいようがないね。まるで貴族様みたい、などと思うが僕の立場はそんなものよりも重鎮である。体育館でも入りそうな、大きなそこを三人だけで使う。

 ああ、うん。贅沢だねえ、とても。


「る~な~ちゃぁん」


 ぎゅう、と甘い声で抱きしめてくるアルカナ。


「ルナ様」


 恥ずかし気もなく一糸まとわぬ姿で頬を擦り付けるアリス。……うん、本当に贅沢だ。しかも、貸し切りなのは僕のわがままというのだからね。


「……ふふ。うん、本当によくやってくれたよ二人とも。きっと、みんな幸せに逝けた。長く無様に生き永らえるよりも、命を一瞬で燃焼させた方が美しい」

「……なあ、ルナちゃん。あの何と言ったか、あまりこういうのもなんじゃが少し強い奴ら……ああ、何と言ったか、まあよい、アレらが出てきたのについてはどう思う……?」

「――アルカナ?」


 アリスが目を細める。明らかに様子がおかしかったが、それでもルナは気付かない。疑うということができない。それは信じているというよりも、そう――ただの依存。


「うん、予想外だったよ。まさか全員で出張って来るとはね、10匹目みたいに引きこもってればいいものを。だけど、今考えれば物語としてクライマックスが予定調和じゃ面白くない。もしかしたら3匹くらいに抑えてけしかけていればもっと面白くなったかもしれないね? まあ僕らが参戦しない言い訳も必要だったけど」

「そうか。……うむ、それならばよいのじゃ。ルナちゃんが満足してくれて、わしも嬉しい」


 ひまわりのような笑顔を浮かべる。

 アルカナは事態に介入して【災厄】を呼び寄せていた。ありえない8体同時襲撃はそう言うことだった。

 ルナのため、自分で考えてそうした。ルナが楽しめれば、何人死のうがそれはただの書き割りだ。だから、ルナの気持ちについてうだうだ悩んで、しかし一言ですべてなかったことにしてしまう。ルナのため、それ以外はアルカナには関係のない事。


「ありがとね、アルカナ。細かいこといっぱい頼んじゃって」


 そして、ルナはそんなアルカナの心の動きに気づかない。ただ、機嫌が直ってよかったと思うだけ。仲間を疑うことなんてできやしない。

 そもそもアルカナが【災厄】の同時襲撃を招いたなんて想像もしていないから、すれ違っている。


「ルナ様、アリスは?」

「うん。アリスも。あそこで使ってくれて助かったよ、生き残ったのが僕らだけじゃ物語として、作る側に回れなくなる。というか、あそこで全滅してればただのバッドエンドとして全部見捨ててたしね」


 何度も言った言葉を繰り返し。褒められるのが嬉しいらしく、アリスは何度もあの時のことについて聞いてくる。うん、嬉しそうに笑うアリスはとってもかわいらしいから、何度だって褒めてあげたいけど。


「……で、次の物語はどうじゃな?」

「んー?」


 アリスにほおずりしながら暖かなお湯に揺蕩う。


「ルナちゃんとしては次にどう演出を考えておるのかなと聞きたくての」

「ああ、そういうことねー」


 リラックスしながらぷかぷか浮かんでみる。うん、二人とお風呂に入るなんて、最初のうちは緊張しまくってたけど。今は嬉しいだけかな。……今でも、肌色とか桜色に目を奪われてしまうことはよくあるけど。


「……二人とも、前回の作戦についてはどう思う?」

「ルナ様がたのしめたから、アリスはほめてあげてもいいとおもってるよ」


「あは、アリスはそうだよねー」


 頭をなでると嬉しそうに目を細める。


「ふむ、作戦は成功した。作戦目標である衛星の打ち上げは成功したのじゃ。何も言うことはないのではないかの」

「疑いようもなく成功と。確かに目標は達成した。けれど成功はどうかな? あれは果たして成功と呼べる結果だったのかな」


「うむ……?」


 アリスはもう話に興味なさそうに頭をなでられている。実際、ルナが上機嫌であれば人類など死滅しようが繁栄しようがどうでもよいのだ。


「実を言うとね、組織論理の観点からいうとあの選択は大間違いだ。あんな作戦は決行するべきではなかった。首の皮一枚でつながった? なら、そんな危ないことしなければよかったという話でしょ」

「ああ、確かに壊滅的な被害を受けたと言えばそうじゃな。生き残りは11人。百人以上いた魔人が数えられるだけになってしまった。ああ、いやオペレーターの者も生きておるな」


「そっちは今はいいよ。貴重な人材には変わりないけど、彼女たちは分厚い魔力障壁の向こう側にいた。致死量の魔力に曝されていない以上は『エメラルド・タブレット』に適合しない。促成栽培の数合わせを除き、僕ら含めて14人だけが夜明け団が運用できる魔人なんだよ」

「中級魔物――わしらにはどれも弱すぎて違いが分からぬ”それ”ですら、弱兵であれば厳しい。それでも火器を揃えた砦があれば対抗はできる。とはいえ、上級では厳しいという話じゃったな。人間は弱いのぅ」


「下級、中級なんて11人にも識別できないさ。まあ、形でそれっぽいとかわかるけどね――しょせんは雑魚なのに、それに対抗できる人物がいない。上級に至ってはもう、対抗できるような重火器があるのは団が所有する砦でさえただの三つという有様だ。これから上級魔物はよく出るようになるのにね」

「そもそも初級自体の数が減る――そういう予測もあったな。それは正しいと見ておるのかの?」


「中級が初級を食べちゃうからね。中級が増えるから、そうなるだろうね。そんな中で僕らはたったの14人だ。そのうちの3人は拾ったばかりで、ろくに戦い方も知らない。練兵訓練の教習記録はあったけれど、僕らは銃を使うレベルではないからその訓練に意味はない」

「戦力不足であるな。【翡翠の夜明け団】ですら、もはや魔物に抗しえない。だが、そうなったのは強力な魔人を失ったから。そもそも『ヘヴンズゲート』を決行しなければ、100人近く残せたのじゃ。彼らが生きていればこの状況に対応できた。3人新たに得たとはいえ、犠牲に見合ったものではないというわけじゃな」


「その通り。犠牲を出しすぎた。利権を得るのは重要だけど、それで出血死するのは愚かだよ。そもそも、こういうのは相乗りするものであって切り開くものではない。人の世にあって開拓者(パイオニア)というのは損だよ。だって、それを可能とするために頑張って、けれど――できるようになったら他の人も当然真似をする」

「夜明け団はドラゴンを駆逐し、空を開放した。だが、空を使えるようになったのは……そう、敵対する人類軍ですら同じで。しかし、彼らは出血などしていない。一方的に得をしたのは【人類軍】で、一方で【夜明け団】の方は総合的には損すらしておるわけか」


「ま、衛星なんてそうそう覆せない優位ではあるけど、元々それのために失った戦力があれば虱潰しに殲滅が可能だったからね。人類軍にとってはテロ行為で散発的に嫌がらせするだけだったのが――今は彼らが有利に戦局を進めている。略奪された砦はすでに10を数えているのだろうね」

「む、じゃが少し待ってくりゃれ。魔物が増えるのはどうなったのじゃ? 襲われるのは人類軍も夜明け団も変わらぬじゃろう」


「人類軍は魔物を避けるのも逃げるのも上手だからね。逆に団の方は無謀に立ち向かって取り返しのつかない被害が出してしまう傾向がある。そこらへんは企業風土の違いかな?」

「……ああ。それは」


「もちろんヘヴンズゲートのせいで優位を失ったとはいえ得たものもある。それに、いま言ったのは組織の論理。例外というものもある、それが秘密組織であればなおさらだ。ここで先手を打って潰しておかなければ、あの魔石を巡って王都と人類軍、三者入り乱れての大戦争の可能性もあっただけに軌道上に放り投げてしまったのも悪くはない」


 王都から魔石の譲渡要求は出てたんだよ。あいつら自腹を切るつもりはないからこその譲渡要求だったらしいね。と付け加える。


「それに、夜明け団の連中は魔物殲滅こそが理念とかいう人間どもじゃしな。できるのにやらなかったとなれば、あまり愉快ではあるまいて」

「そういう意味では間違ってたとも言えないんだよね。【夜明け団】だからやった、は間違っているようだけどそれが真理だし。結局はもうヤっちゃったんだし、現状に対応していくしかないんだけどね――」



 そのあとは砂浜でバーベキューをした。

 ウニにホタテにカキにエビ、ステーキが欲しい人はそちらもどうぞという豪勢なもので面倒な皮むきは奇麗なメイドさんがやってくれる、と。そして、可愛らしい小さなメイドさんが運んでくれる。

 この世界で一番贅沢しているのは僕らだね、間違いなく。


 けれど、新入りの彼らとはあまり仲良くはなれなかった。遠慮してるんだね、もうちょっと上位者としての立ち居振る舞いを身に着けてほしいけれど、それはこれからの話となるだろう。

 これからがどれだけあるかはわからないけれど。なにせ、団には人材なんて取りつくして消費しきっちゃったから。




 ヘヴンズゲートは成功して人類が空を使えるようになったよ。それはそれとして夜明け団の人材はピンチ! というお話でした。


挿絵(By みてみん)

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