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第89話 絶望に抗う side:ルナ


 ――【災厄】かァ!

 それも、8体も……完全に想定外の事態だ。まさか、そんな。消耗している。疲労している。餓死寸前の飢餓状態、来るとしたら魔力を分けてもらうとかそういうことをすると思っていた。

 まさか、雁首揃えてこんにちはなんて誰も想像だにしていない!


 それは【災厄】。人類をただ殺していく慈悲もない現象。死ぬ気になれば逆襲できる天敵(ドラゴン)などとは比べ物になりはしない。

 そう、僕たちを考慮に入れなければ2体もいれば十分だった。砦は完全に壊滅する。衛星も木っ端みじんだ。彼らが砦に足を踏み入れるだけで”そう”なる。


〈情報は秘匿。もとより打ち上げ時刻は周知していない。僕たちで撃退するぞ、他に選択肢はない〉


 極秘回線で伝える。

 現場にはすぐに知れるが――何かする気力がある者などいない。情報が洩れる心配もない、通信の魔術など知っているのは上位者のみだ。

 今演説していた者たちに悟られれば大混乱を引き起こす。内々に処理、後に大々的に発表する……乗り越えられればの話だけど。


「まさかまさかの事態ですわね。どうするおつもりで?」

「もちろん撃退する。領域の影響があっては衛星を打ち上げても墜落する。たとえ最後に誰も立っていなくとも、最終フェイズは決行されなければならない。人類と、そして【夜明け団】の未来のために」


〈ヴァイス、レーベ。変異体はもう放っておけ〉


 無惨、としか言えない有様になっているがそれはまだ生きている。殺さない選択肢などない、ないが――優先順位の問題だ。

 さっさと指示を与えなければ、手遅れになる。今は巧遅よりも拙速を尊ぶべきだ。しかも、居るだけですべて壊される以上は一体とて放置するわけには行かない。

 戦力の分散……悪手だがそれ以外にない。


〈ヴァイス、バエルの相手だ。単純に強いよ。レーベ、リリスの相手をお願い。君の異常性なら多分相性がいい。アハト、アスモデウス。君は防御なんてしないだろうけど防御は無駄だ、自分は死なずに相手を殴れ。スペルヴィアは第三段階の皆とサタンの相手を。10秒でいいから時間を稼げ、僕が行く。残り三人でアドラメネクの相手だ。死んでもいいから囮になれ。アリスとアルカナはルキフグスとベルフェゴールをお願い。僕はアスタロトを相手する〉


 そして、各自敵のもとへ。




◆【地獄の現出シャ】アドラメネク


 アドラメネク。煉獄の炎と雷で世界を焼き尽くす【災厄】。


「基本的に【災厄】に対峙するときは攻撃させない、という方針でしたが」


 相手するのはカレン、クーゲル、イディオティックの三人。三人で相手をするという時点で戦術は崩壊している。

 机上であれば匙を投げるしかないが、ここは現実。何とかしなければならないリアルだ。投げればヘヴンズゲートが終わるから、無茶でも無謀でもなんとかせねばならない。


「そんなことはもう無効よ。イディオティック、少しは考えてみなさい。有効な攻撃力を持つわけでもなく、それが可能? アハトはいないのに」

「知っていますよ、カレン。だからどうするかという話ではないですか」

「様子をうかがう――などとやっても相手は遠距離系、一緒くたにやられるだけだ。合理的ではないな」


「合理的にどうするか、案を出さなきゃどうしようもないでしょうクーゲル。さて、強力な敵を相手にどうしたものやら。ルナ相手に慣れたものとはいえ、今回は殺意が違いますし」

「とにかく、時間を稼がなくてはな」

「ならば、ルナに与えられたアーティファクトの回復7回を含めて8回。一人8回分稼げば24回の時間を稼げる。まったく気が乗らないが、合理的に言えばそうする以上の選択肢はないようだ」


「……やれやれです。特攻まがいで倒せるなら、そちらのほうが気楽ですのに」

「まともに攻撃が通じると思うのは愚の骨頂というものでしょう。覚悟を決めましょう。なに、運が良ければ24回も攻撃できる魔力を持っていないかも――ルナが言うにはあれらは常に飢餓状態で、さらについこの間活動したのだからますます飢えているはず」

「それも希望的観測ではありますが――期待するならタダですわね」


 ”それ”が来た。


「っぐ。一回目、こんなに早く使わせられるとは」

「散開です。すぐに――っうお! クーゲ……」


 炎熱で表面を焼かれた。攻撃というわけでもなく、内部までには及んでいないが、当然その傷は戦闘不能だ。貴重なポーションの回数を消費した。

 息つく暇もなく二人、クーゲルには蹴り飛ばされた。そして、クーゲルは雷により消し炭に。自分が逃げて二回より己だけの一回分に抑える合理的判断に基づく行動だった。


「そんな簡単には! 【グランドエッジ】」

「行かせはしない! 【征廻】」


 そいつは防御などしない。必要ないのだ。表面で止まった――それ、技か? などというような、蚊に刺されたほどの痛痒すら覚えていない。青一色の人影が嗤った、気がした。


「――2回目、腕一本で済みました」

「回数を気にして惜しむと足を取られますね。使った判断は間違っていないはず。だが」

「ああ、本当に弱っている。あれだけの力を持ちながら省エネとは滑稽なことだ。わざわざ攻撃範囲を極小にする必要なんぞないはずだからな」


 再生したクーゲルはその無様を嗤う。圧倒的な力を持ち、街すら灰燼と化す災厄がなんともせせこましいことでとせせら笑う。

 【災厄】は知能を持っている。ゆえ、簡単にその状態を見抜けてしまう――ルナの教えあってのことだが。


「……ザコ、メ」


 敵が言葉を話す。苛立っている――本来の力を発揮できないことに対する憤り。


「さて、時間を稼がせてもらいましょう。あなたのタイムリミットが尽きるまで。私たちの死の舞踊(ダンス)に付き合ってもらいましょうか。ええ、社交界のそれよりよほど性に合っている」

「命を使う合理的な理由、にはなりますね。クーゲル」

「わかっているなら言うことはない。やるべきをやるぞ。カレン、イディオティック」


 ルナの助けは期待しない。よりにもよって自分などに助けなど来るものか――なんて教えていないけど、そこはしっかりと学び取ってしまったのだった。



◆【反逆を翻すモノ】サタン


「……これ、私だけキツいような気がします」


 もらった石を日にかざす。三重化した賢者の石だそうだが、まあ技術者でもないからよくわからない。どうもリスクが段違いになった代わりに威力も強力になっている……らしい。言うなれば純【翡翠の夜明け団】製の『フェンリル』だ。

 後輩の姿を見てため息をつく。頼りない、というのは当然あるが一人でも生きて返せるのだろうか――などと思う。自分は、まあこれを使うから死ぬだろう。


「スペルヴィア様、どうしますか」


 この子は確か、ルートだったか。ルナのお気に入りで、割といつも近いところにいたはずだ。もしかして、助けに来るのはこの子がいるからかな? などと思うが、実のところはルナが助けに来れるかは怪しいものだ。

 それも10秒でなど不可能だ。いくらルナでも、10秒では【災厄】を下せはしまい。この子たちがそれを前にすれば、3秒すらも命が持たないだろうから。


「死ぬ気で止めるしかないわね。私が魔術を使うのに時間稼ぎしてほしいのだけど」

「了解しました、命を賭けて」


 ……この子たちも命を賭けているらしい。いや、当然か。


「一番手は、俺の出番だな!」


 名は確か、エピス・ケティレか。彼が歩を進める。【災厄】も来た。


「行くぜ、【アウトレイジ・イン】ッ!」


 ……速い。なるほど、あの速さは規格外のアハトを除けば私たちにも勝る。けれど。


「……あ?」


 タイミングは申し分ない。相手も無防備に突っ込んできたから最大威力を発揮できたはず。それでもーー


「全員、展開! エピスは【災厄】の進行を止めました。次は私たちです」


 たとえそれが目についたアリを踏み潰すためだとしても、ここで歩みを止めたのは間違いない。

 歩みを止めて、ただそこにいるだけでエピスは死んだ――全身を、物質化した闇の呪いに蝕まれて。領域の効果、消えかけたろうそくの余熱で”これ”だ。


「【ブラックホール】……少しはダメージを与えられれば」


 動きがわずかに鈍った気がする。そう思った瞬間、血の花が咲いた。サファス、か。私をかばって闇に食われていった。


「ブーストなしでは効果が薄い! 時間を――」


 どさ、と音がした。クインス、魔術適性の低い彼は極限まで薄まった領域の中でも生きていくことすらできなかった。……なんて力。……【災厄】!


「……ガガ」


 笑った? 闇が収束する。私を狙っているか。


「……っち!」


 後ろに飛びのく。それだけでは逃れることなどできはしない。私は遠距離戦に秀でているが、逆に言えば身体能力はそれほどでもない。底の浅さを嗤うように闇が広がり、再生すら許さず全身を灰にされる――


「自分の弱さくらい、知ってます……【ホワイトホール】ッ」


 敵の後方に瞬間移動する。飛びのいたのはただの囮――思ったとおりに騙せた。初めから身体能力でかわせるとは思っていない。


「とはいえ、なんて攻撃範囲。いえ、単純に手加減できないだけですか」


 地面が無くなっている。純粋な身体能力でかわすのは不可能、それをやるには一歩で10Mは跳ぶのが最低条件だろう。


「隙を見せたな、やるぞルート」

「ああ、レイテア」


 あの子たち……! 攻撃して、一瞬で離れた。それでもなお、闇は武器に喰らい付いて身体までも蝕む。攻撃のために触れ、闇に襲われた。

 触れることすらできない【災厄】の前に、攻撃したはずが倒れたのは己達。


「サファス、残りはあなた一人。注意して」

「みんな、一瞬で。そんな……あいつ、強すぎ――」


「サファス、あなたは虫でいい。ぶんぶんと飛び回ってやりなさい。一回かわせたら語り継いであげる」

「スペルヴィア、様……」


「来ますよ!」


 物質化した闇が周辺全てを押しつぶした。



◆【狂わすモノ】リリス


「ひゃは。はっは――」


 【爆炎の錬金術師】の異名を持つレーベは狂った笑みを浮かべ、薬品を握った手で敵をぶん殴る。ぶちまけられた薬品は彼女の腕ごと空間をねじ切る断裁機と化す。


「……ギギ?」


 人影。なぜか胸があって女性らしさを感じさせるが魔物に性別はないし、そもそもあったところで【夜明け団】は考慮などしない。


「ぎひゃ――」


 背中の三椀を伸ばし、捕まえ地に叩きつける。どちらが人外なのだかわからない。目は赤く狂気に染まって、口からは唾液が垂れている。


「あはははは! 気分がいい! まるで羽が生えたよう! あなたの血を頂戴、ぶち殺させて!」


 笑う、笑う、笑う。【災厄】リリスは人を狂い殺す。要するに精神汚染波を垂れ流しているのだ。弱まっているとはいえ、それは範囲が狭くなる意味しかない。

 つまりはレーベは至近距離で高純度の汚染波を叩き込まれた。ゆえに狂った。そのうえで、戦っている。狂気に達した精神力が己に膝を付くことを許さない。


「殺す。殺す。殺す――魔物はすべて私がぶち殺してあげる。あなたも、私も! 血だまりに沈んで黄金錬成の礎になりなさい!」


 そう、”狂った”。しかし、こんな狂い方をするとはリリス自身も想像もしていなかっただろう。とはいえ、こんなものは多少派手な自殺に他ならない。


「あは。あは。あはははは――」


 なぜなら、災厄には傷一つない。自爆紛いというか汚染波を受けているのだ、自死に向かうのは当然ともいえる。そこで殺しに行くのは純度の高い団員であるとしか言えないが、やはりそれでダメージを負うほど災厄は甘くない。


「っが! きひ……ひゃっハ――」


 紅い目を光らし、髪を振り乱すそれは終わりという崖に突進するドン・キホーテの死を舞踊に他ならなかった。



◆【堕天せしモノ】アスタロト


 僕はそいつを見下す。


「お前さ、アスタロトとか言ったっけ? 魔術を使う……汎用性に優れてどんな状況にも対応できる、人間ならばお前相手に時間稼ぎをやるのは少々厳しい。万能の力を持つ【災厄】だよ。でもね、万能というのは見方を変えれば器用貧乏だ、格上にはどうしようもないんだよ」


 蹴る。


「そう、突出したところがない。相手に弱点があればそこを攻められる優位はあるけれど、僕が相手ではねえ。万能かどうかなんてただの相対性、あの子たちを相手にするなら真実そう言えるけど――僕を前にしたらそう言えないんじゃないかな」


 蹴る蹴る蹴る。


「なんで君らが来たか知らないけど、余計なことをやってくれたね。あそこで緩んでるのは物語的には盛り上がりが悪いかもしれないけど、これはやりすぎだよ。僕が動かなきゃ全滅しちゃうじゃないか……!」


 まだ蹴る。ガスガスと。

 絶対のはずの装甲にヒビが入る。”これまで”決めていた能力の上限を超えている。武器も持たない通常攻撃はほとんどダメージも出ないが、彼我の力の差が歴然であれば致命となるのだ。

 彼らの『領域』が、ただ近づいただけで人を殺すように。終末少女がただ足を振っただけで【災厄】は砕け散る、それほどの戦力差がある。


「だから、さっさと帰ってくれるかな? 僕は色々調整しなきゃならないから、時間がないんだよね」


 ガン、と蹴り飛ばして後ろを向く。

 貴様などどうでもいいと言わんばかりの傲慢な態度だった。領域――ルナの力は強すぎてそこでは力の弱い魔術などかき消してしまう。

 存在としての格が違うというのはそういうことだった。


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