第88話 成功、そして絶望
耐え抜く。砦の至る所が崩壊しながらも、団員達は己の命を盾に砲台を守り抜く。そして、ルナも駆け回ってドラゴンどもを斬りながら戦意高揚のため人間賛歌を謳い上げる。
〈さあ、トカゲ狩りも終わりだぞ! 我らが栄えある【翡翠の夜明け団】、その団員たちよ。今こそ、その牙もて敵の喉に喰らいつくがいい……ッ!〉
残り二分。状況は理想的といえるほどだ――砦が破壊されていることを除いては。とはいえ、破壊は中心たる衛星砲のブロックまでは届いていない。
ならば、何も問題はない。プロジェクトは順調に進んでいる。ルナは暫し足を止めた。
「あら、私たちの仕事は終わりですか? ルナ」
スペルヴィアが話しかけてきた。ドラゴンを刈っているはずなのだが。まあ、こっちに来るということは大体察しはついているのだろう。
「小休止かな。今砦内に残ってるのは僕が生かした死にかけだけ、他は皆が処理してくれている。最後まで僕らだけでやると戦闘員の存在意義が問われかねない」
「無情な話です。私たちの活躍した時間なんて、実はとても短いですのに」
「目立ったかどうかが全てだよ。そして、最後というのは目立つものさ。大物捕りも目立つがね――小物の処理をどうも」
「そして、膝を抱えるだけの者は夜明け団の戦士として認められない」
「……そうさ。そして、そんな臆病者はいないよ。この僕自らが声をかけたのだから」
「あなた、そういう自信に溢れてはいなかったと思いますが。あなたが落ちこぼれを奮起させるような性質ですか。むしろ脱落者を谷底に蹴落とす方でしょうに。あと関係ありませんが、今魔術式が起動しましたね。それも、精神感応系」
「不思議だね。変なタイミングの一致もあったものだ」
「まったく。あ、みなさんが出てきましたよ。まるでクスリでも打ったかのような熱狂ぶりです。骨が折れるのも構わずに銃を撃ちまくってますね」
「本来なら銃なんぞで殺せるはずはないが、僕が鱗とか四肢とか全部はいだからね。あれでも倒せる。おんぶにだっこだとしても、打倒の事実があればそれでいい」
「熱狂してますわね。一匹狩ったくらいで大騒ぎです。というか、喧嘩してますよ。獲物の横取りがどうとか」
「ああ、そっちはオペレーターに対処してもらおうか。無駄に兵を失いたくはない」
「おや、お付きの方が来ましたよ」
「ふむ。間違ってはいないが、せめて従者とか下僕とか言ってもらいたいものじゃな」
「……」
けらけら笑うのと、興味なさげに一瞥する。人間扱いしてない、というのはこの場合正しくない。彼女たちの方こそが人間ではないのだから。
「アルカナ、表現が酷くなってる。ま、二人ともお疲れ様。他の子たちも残党を処理し終えてここに向かってるね。みんなで見るとしようか。人類が、空の王を絶滅させる瞬間を」
チャージが終わる。穴だらけになった砦の穴を抜け、4人で屋上に佇みその瞬間を待つ。
そして、発射の瞬間が来る。待ちに待った”その時”が来た。
砲台より一筋の光がはなたれ、それは見る見るうちに膨張と収束を繰り返し――人類がこれまで目撃したことのない圧倒的なまでの暴虐が吹き荒れた。
空が灼かれた。空に浮かぶ島が光に呑まれて消滅する。人類が想像すらしていなかった光景、天の開放。
「ふっふっふ。すごいねえ――あれこそが僕たちの手にした力」
一番機嫌がよさそうにしているのはルナだ。
「この力、一発限りとは惜しいものですね」
「照準も変えられないのにか? それよりも、付近の魔力濃度が高まっているぞ」
「そりゃあね。規模が違うとはいえ、大別してしまえば魔術なんだ。使えば汚染が発生する、強力さと同じく感染力も同様に高いぞ」
「ですが、私たちが居れば生まれたての上級魔物など物の数でもないでしょう」
「そう、あとは消化試合さ。まだヴァイスとレーベが変異種と戦っているようだが、生命力が強いだけのあれに彼らを倒すだけの力はない」
「【災厄】はどうでしょう?」
「一体なら来ると思うけど、君ら五人で相手すれば撃退できる。倒すのではなく撃退するやり方を僕は教えたからね、そう難しいことじゃない」
意識を切り替える。支配者としてのそれへ。
〈親愛なる夜明け団の団員よ、聞け! 人類の天敵、空の王である龍種をせん滅し、人類の支配権を拡大するプロジェクト『ヘヴンズゲート』は最終フェイズへ入る!〉
その声は世界中の団員の全てへ届けられる。
人類は街と街との連絡手段さえ確立できてはいなかった。ドラゴンに感知されて襲われてしまうから。この作戦中も砦とその周辺にしか連絡はできなかった。
しかし、今や――ドラゴンをせん滅したことで、魔力波は全国へと届けることができるようになった。世界中に声を届けられるのだ。
〈古来よりドラゴンは空を支配してきた。人類は地を這うことしか許されなかった。地を這う虫けらが我らであったのだ。しかし、今は違う。ドラゴンは堕し、我らは誰はばかることなくこの手を空に伸ばす!〉
〈ドラゴンが支配してきたこの空を、我々【翡翠の夜明け団】こそが支配するのだ。今こそプロジェクト『ヘヴンズゲート』の本当の目的を話そう、親愛なる団員たちよ。我らは諸君らの献身のおかげでここまで来れた〉
〈第一段階、【災厄】を下しその魔石を我らが手へ。第2段階、衛星軌道砲『エーレンベルグ』によるドラゴンどもの抹殺。第三段階、衛星を飛ばし空から地上を支配する。分かるか? 空からの視点を手にするのだ。全てを見下ろす神の視点をもって、夜明けは人類を統治する権利を得る!〉
計画書を閲覧できる上位者ならば衛星というものを知っている。だが、今ルナが話している対象は主に平の団員であり”それ”を想像することもできない。とはいえ、それでもいい――民衆は”地上を支配する”との分かりやすい言葉にだけ反応して沸くのだから。
〈諸君、これより我らは最終フェイズに至る。我らの手は空をつかむ。――喝采せよ! 喝采せよ! おお、おお、素晴らしきかな! 龍の籠は今や我らの聖餐である。時計が動くぞ! 我らが望んだ”その時”だ! 黄金螺旋階段が描いた果てに! 我らが夢、我らが勝利のカタチ現出せり!〉
勝利、を確信して――
〈総司令官、8体の【災厄】を確認。10分後に領域展開〉
今、作戦の前提がひっくり返った。




