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第87話 崩れ落ちる砦 side:アルカナ


 やれやれだ――アルカナは独りごちる。とりあえずアリスは暴走していない。別にやろうと思えば防衛どころか殲滅くらい一人で十分なのだ、それが終末少女の基本性能。

 それをやるな、というのがルナ様のご要望なのだ。違えるわけにはいかない。


「じゃがな、ルナちゃんが見たいものは”それ”でもあるまいて。ああ、面倒だ。――状況を演出してやるというのは存外に疲れる」


 笑う。面倒だが、それも悪くない。虫けらどもが哀れにも走り回り、何かを成し遂げる様を見て快いと思うのなら、細かな”あら”くらいは妾が何とかしてやろう。

 返す返すも面倒ではあるが。魔核石の一つもあればどうにでもなるようなこと。笑うでもなく、鑑賞する暇があるなら妾に構えとも思うがまあ仕方ない。それがルナの望みなら。


「ああ、ルナちゃんが瞳を輝かせている姿というのは何ものにも代えがたい。世界の一つや二つ程度とは比べようもなく。吹けば飛ぶ代物でも――ルナちゃんの笑みを見られると思えば風情もあろうて」


 すでに砦は崩れ、多くのブロックがむき出しになっている。ドラゴンが取り付いて、さらに破壊活動を続けている。その人間の城の、なんと脆いことか。


「本当に面倒じゃなぁ。未開の原始人どもをおぜん立てしてやるというのは……のう」


 妾の能力は血を操る力。だが、応用すればその力は多岐にわたる。実物と寸分たがわぬ偽物を作ることも、魔方陣を作りそのものとして機能させること。そして


「魔導構造体の維持、修復――そもそも【災厄】などと呼称しておるくせに、その強大な魔力を制御できると考えること自体が間違っておる。人間というやつは妾でも想像できんほどの自惚れ屋であるようだ。妾が維持してやらねば、とうに自爆しておったぞ、アレは」


 人類最高峰レベルの装甲でさえ、ドラゴンにはばりばりと砕かれている。妾は最上位の会談に参加だけしておるがその立場で見れば、【夜明け団】は雑魚ドラゴン相手なら装甲が持つと考えていた。救えない自惚れだ。


「しかも。装甲を術式処理した上に防御魔導を重ねがけした時間限定の一時強化方式で――雑魚ドラ、おっと毛色の違うあれが張った領域の影響は届いておらなんだのに。つまりは純粋な想定外、単に装甲の強度を高く見積もりすぎておっただけの設計ミス」


 これ、ルナちゃんが肩入れしてなければどうにもならなかったのではあるまいか。なんて考えて、まあ奴らもバカではない……あの子が肩入れしているのを分かったうえで無謀な行動に出たのだろう。


「まあ、ルナちゃんの嗜好は理解できる。因数分解的な理解ではあるがの、そもそも共感する必要などあるまいて。妾も、あの子が喜べばそれでいい。こんな虫けらどもが働く姿に何を見出しているのか、正直知れたものではないが」


 ああ、そうさ。とうなづく。


「せいぜい頑張るといい、ゾウリムシども。その努力と献身はルナちゃんが鑑賞するに足るものらしい。舞台は妾が整えてやろう……踊れ踊れ」


 片手間とばかりに目につくドラゴンを殺していく。むしろ見るのは手加減するために必要だったりするのだが。集中しないと根こそぎにしかねない。


「まあ、中に引き籠るあれらにはさして興味もなくなったようじゃが。しかし、ちょっとした見物はもうすぐかな? ルナちゃんがその時間を割いたというのに、その価値を分かってない者共ではあるがな。お気に入りである以上、死に様は魅せろよ」


 人知を超えた強さを持つ終末少女は砦内部の団員の狂騒を冷ややかに見つめ、一方で絶望に立ち向かう者たちを感情のこもらぬ瞳で見つめる。


「くっく。仕込みもすぐに効果を表す――ああ、楽しみじゃ。きっと、ルナちゃんも喜んでくれる」


 せっかく、知らせなかったのだ。教えるつもりもない。そう心の中で呟いて。知られればアリスに殺されてもおかしくない。勝手に行動するなんて、あの子は夢にも思っていないだろう。



 砦の中には余裕とはかけ離れた嵐の中で右往左往するしかない木の葉でしかない者たちがいる。というか、当然人数で言えばそちらの方が多数派である。オペレーターたちも一々指示する余裕があるはずもなく、そもそも落ち着かせるようなことを言う余裕も持たない。

 例えば久留木 詩夫(くるき しお)、彼は魔物に親を殺されて復讐を望んだ人間。けれど、その復讐心は人間をやめるほどには強くない。夜明け団に入って魔物と戦う代わりに、むしろ前よりもずっといいものを食べてるしいいところに住んでいる。もちろん、この作戦中は例外として。


「ひぃぃぃっ」


 頭を抱えて震える。そうした人間は周りに何人もいるし、銃を抱えるような度胸のある人間なら既に食われた。戦闘部隊とか言っていた人間も食われ、あの恐ろしいドラゴンの腹の中で爆散した。

 爆弾でも括り付けていたのか――もちろん、この彼にそんな度胸はない。残っている人間はもう誰かどうにかしてくれと願うくらいしかできない心の弱い、もしくは正常な心を持った人間である。


「ううっ……ひぐっ。なんで、こんなことに――」


 安全だったはずだ。確かにそう言われてここに来たのに、結果はこれだ。皆ドラゴンに食われて死んでしまった。

 オペレーターに言われるがままにスイッチを押して、そしたら隔壁が下りてきたから閉じこもっている。


「ああ――くそっ。くそ。騙しやがったな、あいつら……」


 ぶつぶつと文句を言う。

 銃を取ることもなく、安全な場所を探すこともなく。ルナが興味を持たない典型的な"弱い"人間だった。興味を持たない、というのは表に出している部分で裏では嫌ってさえいる。

 けれど、案外人間というものはこういうものなのかもしれない。それを、ルナは知らないし無視してさえもいる。そして、それは【夜明け団】が【夜明け団】である限り決してわからない事実であるのだ。ルナも、O5も、そして魔人たちも理解の範疇外であるのだ。



「さあ――行くぞ、お前ら!」


 生意気そうな少年が声を上げる。そして、後ろに控える銃を持った大人たちが「応!」と手を掲げる。

 実力主義の夜明け団では上下を分けるのはその能力、引いては戦果だ。彼は第三世代改造人間、ルートと同じくルナに育てられた魔人。


「エピス小隊長、ドラゴンを確認しました」


 視線の先には人類の天敵たるドラゴンが一匹。

 砦の中、中心部付近のまだきれいに残っているこの場所を我が物のごとく闊歩している。ここを通せば魔力をチャージしている衛星砲を破壊される恐れがある。通すわけにはいかない。


「ぶっ飛ばしてやるぜ! 俺の能力、『レイジステップ』でなァ」


 彼は特殊な靴を履いている。アーティファクト一歩手前の強力なこの靴に加え、完全にアーティファクト級といえるナイフを装備した彼は外で暴れている彼らに次ぐ実力者である。


「っらァ!」


 靴が爆発する。否、正確には彼の足裏が爆発した。任意に爆破可能な薬品を体内で合成、自在に分泌する彼の異能だ。


「っぎ! イイイ――おお!」


 けれど、ドラゴンの鱗は硬い。油断していた敵は棒立ちで彼の攻撃を受けたけれど、それで殺せるようなら天敵となんて呼ばれていない。

 彼はまだ魔人の域にまで足を踏み入れていない。団内でも10指に入れないレベルでは。


「このくそドラゴンが、くたばれやァ!」

「死ねェ!」

「おらおらあ!」


 口汚い罵り言葉とともに銃弾が連続する。【夜明け団】しか所有していない、正真正銘の最高峰の代物で、反動も普通人の体を砕けるくらいには凶悪なそれがドラゴンの皮膚を抉る。


「ッガアアアアア!」


 ドラゴンでもさすがに痛い。皮膚を貫通せずとも殴られたくらいには痛いのだ。だから怒る。


「その余裕面、ぶっ潰してやんよ!」


 アーティファクトのナイフは特殊な加工が施されていて、彼の能力に合わせたいくつかの機能を搭載している。使ったのはそのうちの一つ、微小な爆破の連続による切断力の強化、そして峰の爆破による再加速だ。


「食らいやがれ……【アウトレイジ・イン】ッ!」


 そして、足裏の爆破――強力な身体能力とルナに叩き込まれたバランス感覚で、全身に効率よく力を伝える。渾身の力を振り絞り、振り切る。


「――シャア!」


 首の7割を切断した。けれど、コイツはまだ生きている。彼は飛びのいた。部下たちが即座にカートリッジを切り替えて酸性弾を浴びせかける。


「……ガアアアア!」

 

 生きている。まだ動く。ドラゴンの、人類を超えた身体能力は鈍ってなどいない。


「な――あッ!?」


 油断した。いや、むしろ疲労からくる精神の緩みだった。何十匹も入り込んだドラゴンどもを彼含めて5人、もしくは5チームで処理している。油断してはいけないとわかっていても、疲労により気はブレる。


「が……っぐゥ!」


 腕を食い千切られた。とっさに能力を使って跳んでいなければ死んでいた。が、生きている。ならば――


「殺さなくては、な! ……あ」


 ドラゴンが口を開いて、かわせない。ステータスで言えば当然ながらこの天敵のほうが上。人間が人間である以上、それをやめ切れていないエピスにこの状況を打破する力などなく――部下が前に飛び出して犠牲になる。


「死ねや、アテトの仇ィ!」


 悲しみなどで鈍りはしない。やるべきことを――使命を! 果たさなくてはいけないのだ。敵は酸により傷口が癒えていない。そこにナイフを突っ込んで。


「爆……破ァ!」


 傷口を爆散させた。びちゃびちゃと血が降りかかり、蒸発していく。


「エピス様、6ブロックにお願いします。9ブロックから12ブロックへ抜けるルートから行きましょう」


 やはり、まだまだ仕事はあるようだと嘆息する。



 そして、5人のルナ・チルドレン。そのうちの一人、スペルヴィアは上位者の独白など知らず、その魔法の力でもってドラゴンを圧殺していた。


「【ライトニング・ハザード】、さらに鋼鉄針判変性(ファランクスシフト)――【フレアミサイル】」


 雷で焼き払い、細く鋭く貫通性能を錬成強化した幾本もの炎の槍で貫く。殺戮のための連携攻撃。生き残れるものなど存在しない。

 これぞ真正の魔人の力。ルナ・チルドレンと呼ばれる者の力だ。


「あは――ドラゴンと言っても小物はこの程度ですね。この程度であれば、私たちをもっと早く出撃させればここまで砦が損傷することもなかったでしょうに」


 棟のごとく出っ張った部分に立ち、優雅に眼下を見下ろす。ちょうど支柱の部分だけが残っていた。ぼろぼろの砦。もうここに住むことはできなさそうだ。


「とはいえ、この砦も作戦が終われば放棄する予定なのです。壊れたところで――まあ、あの人の考えがあるのでしょう」


 そこまで考える必要はないな、と首を振って。


「言われたとおりにやりましょう。トカゲどもを殺し尽くすのは楽しいですしね」


 場違いな微笑を浮かべて、ダンスのように優雅な一歩を踏み出す――空中に。


「まだまだ来ますね、トカゲども。これら全てを発射の時刻までに塵殺するのは少し手間ですが」


 うってかわってニタリと凶悪な笑みを浮かべる。魔力が収束する。地上にいるドラゴンたちが気付いて顔を上げる。その危機感のなさを嘲笑し。


「死ぬがいい。【ブラックホール】」


 黒い穴に吸い込まれて全身を折られ砕かれ、圧縮して肉の塊に。


「さてさて、まだまだ獲物はいますね。喰い切れるか心配ですが――ま、なんとかなるでしょう」


 砦は広い。一部で殺戮が終わったとしても、まだ天敵どもは数多くいる。我々が相手しているのはドラゴンの故郷にして本拠地、空の島であるのだから。

 他の場所でも鉄拳により粉砕され、斧でかち割られて、鎖でひきちぎられ、気付く間もなく逆鱗を貫かれ――死山血河が築かれる。ここは貴様らにとっての墓場、人間は今や貴様らの天敵と化したのだと高らかに(うた)い上げるように。



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