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第86話 残り1時間


 彼は疾風のように通路を走り抜ける。音を殺し、人外の脚力でもって強力なステップを刻む。通路そのものにも音を立てにくくする仕組みが設計段階から組み込まれている。息を殺し、力を溜め――


「……【哮臥二連】」


 両腕から生やした二つの牙でドラゴンの素っ首を叩き落した。そいつは声すら上げることなく、自らの死に気付くこともなく地に伏せる。


「はぁ――」


 深く息を吸う。崩れ落ちそうになるほどの緊張と、一つ終わった安堵。そして、まだまだ続けなくてはならないことを思うと疲労で意識が落ちそうになる。

 小型ドラゴンはダース単位でいるのだ。敵は数えきれるほど少なくない。


〈……オペレーター、次は?〉


 彼はルート、ルナの次代最有力副官候補である。本当の副官は疑いようもなく、今は亡きサファイアとルビィの二人であった。彼の最有力も、ここで死ななければの話となる。


〈第18ブロックに二体、始末してください〉


 第二指令室から指示が来る。もはや精密かつ超広範囲の索敵こそできないが、砦内ならば問題はない。


「……ッ!?」


 ふらついた。一瞬で済ませたとはいえドラゴンと戦ったのだ。それも、この他にもすでに3度の交戦をを済ませた。精魂尽き果ててもおかしくはないが、ここで任務から降りたらプロジェクトが終わる。


「まだ、戦える」


 そばの壁を操作し、コードを打ち込む。壁が開いて道具が並べられる。そこから注射器に赤い液体を入れ、手首に打つ。


「――くぅ」


 効く。目の前がクリアになった気がする。しょせんはその場しのぎではあるが、残り二時間を超えられるかが全てだ。ここでは付け焼刃が肝要だ。


「次、だ」


 そして、普通人なら10分はかかる道程――今はドラゴンに荒らされているために倍以上かかるだろうそこを30秒で駆け抜ける。


「……【哮臥二連】――んぐっ!? ぎ……ィ!」


 腕に折れそうなほどの負担がかかる。精神はクスリでごまかせても肉体疲労はごまかせない。


「が……ああああッ! くたばれェッ」


 やっとのことで両断する。だが、ここに入り込んだのは二体である。


「ガガガ――」


 表情が酷くゆがんで、鳴き声もひずんでいるが確かに笑っている。

 トカゲの表情など知れたものではないが、人間というのは意外と悪意に敏感だ。疲労して限界を迎えた姿で人類の天敵たる己の前に立った浅はかさを嘲笑っていることなど容易に知れる。


「この駄トカゲがッ! 【紫電四連】」


 死力を振り絞って放った4連撃……硬い鱗に阻まれ肉にまで到達しない。


「グラアアアアッ!」


 死にかけのくせに、と怒ったのか声を上げ――翼のついた腕を振り上げる。


「ぐ――」


 かわせない。

 足が震えて敏捷さが発揮できない。疲労が織のように積み重なって動けない。

 牙を生やす能力で盾を作るが、それごと吹っ飛ばされた。たとえ雑魚の一匹でしかなかったとしても、それでも人類の天敵だった。

 ドラゴンとは、夜明け団の最高技術をもってしても、たやすい相手ではない。


「あ……がっ」


 口から血を吐く。息を吸う、吐く。どうやら内臓はいかれてない――が、肋骨はイった。特に腕は完全に砕けている。

 間髪入れずドラゴンが口を開き、ルートをかみ砕こうとする。


「……はん」


 床のある一点を蹴る。と、同時に床が抜ける。かわす――ドラゴンは驚いてルートを見失ってしまう。このためだけの要塞、種も仕掛けもあるさ。


「キツいな。けれど、先生なら弱音なんて吐かない。そんなものはただの無駄。やるべきことは、どんなことをしてでも成し遂げる」


 そして、壁から薬品を取り出して打つ。


「ポーション、四肢を失ったわけじゃないから副作用は軽いとはいえ……」


 膝をつく。

 本来、薬と毒の性質に変わりはない。摂取量が致死量を超えれば死ぬというだけ……筋肉を弛緩させる毒も、少量であれば筋肉が固まる疾病を治す薬になる。 

 ポーションも同じなのだ。万能というだけで、大量に飲めば毒でしかない。ルナの実験、全身が癌化して苦痛のうちに死ねなくなったあの男は、あれでも幸運なほうだった。

 そして、その毒をどれだけ摂れるかは、その人間の化け物具合による。ルート、第三世代改造人間であれば失われた腕を生やすことも可能であるが――毒である以上は体力という代償を必要とする。


「休む時間もないのはつらいけど、泣き言を言っても何も変わらない。ですよね、先生……!」


 つまるところ、体力を使ってしまうポーションは今のコンディションだと少々厳しい。それでも、クスリを使って戦う。体が動く限りは諦めなどしない。

 そして、仕掛けを使って階下に来たのは逃げるためなどではない。いたるところに武器は隠されていて、その一つを手に取る。「どうせ、誰かからの助けなど来ない」それはルナが勝手に思っているだけだが、生徒にしっかりと感染していた。


「うるさいな。ああ、獣らしく匂いでも嗅ぎつけたか」


 床、ルート視点では天井だが壊される。床も壁も装甲で作ってあるが、敵はドラゴン。大きな期待はできない。


「『火葬術式』だ。間抜け相手には役に立つ」


 無防備に降ってきた口の中に突っ込んで、火力を開放する。それは要するに使い捨てのロケット砲、砲弾を口の中で炸裂させられたらドラゴンと言えど悲鳴を上げる。


「ッギャァァアアア!」


 さすがにダメージを食らって苦痛の叫びをあげる。もっとも、それで倒せるはずがない。最新装備であろうが、しょせんはアーティファクトですらない術式だ。痛みに耐えて頭突きでもされたら終わっていた。


「しょせんは獣だな。貴様はおとなしく狩られていろ……【散華八連】!」


 再生した腕を使い、八連撃を脳天に叩き込み、頭蓋の中の脳に衝撃を浸透させて叩き潰した。


「……次! ぐぎ……が」


 倒れた。だが、戦いは終わっていない。立ち上がって――


「そんな……」


 絶望に膝が崩れかける。壁が崩された。それらが姿を現す。ドラゴンどもが、何体も――10体? いや、それ以上か。


〈指令室、ドラゴンと接敵……10以上〉

〈ブロック20へドラゴンを誘導してください〉


 即座に意図を理解する。分断して叩くのか。とはいえ、相手はドラゴン……やれるか? いや、やらねばならない。


「な――あッ!? ブレス、か……ッ!」


 気を取られた。横から来たブレスをまともに喰らってしまう。

 周囲への警戒を怠るなど、先生に鍛えられたこの自分が! 歯噛みする思いだが、後悔をするくらいなら打開策を考えろ……教わったことを思い出せ。状況を認識しろ。10以上に1体プラスされただけだ、そう変わったわけでもない。

 状況を確認しろ。冷静を失うな。腕……両方折れてる。というか、左に至っては半分炭化している。足……一応動く、ふるふる震えるくらいだが。立てやしない。這いずる? そもそもうつ伏せになることすらできない。


 この状況……そういえば、授業でこんな状況を話したな。ああ、なんて言ってたか。ルナ先生が言うには……そんな状況下に堕ちること自体が失策。どうしようもないから諦めろ――というか、不利な状況は作るな。無理なら無理と言うのも答えだぞ……だめじゃないですか! 先生。

 どうにか――どうにか、するしかない……! 体も動かないのに、どうやって――ッ!

 



 崩れた通路を走る男がいる。ルナによる戦闘訓練こそ受けてはいないが、それでも第二世代改造人間である彼だ。

 彼は見るからにボロボロで、当たり前のようにその命は長くない。……黒く染まり疾病のようにボロボロになった彼の肌は致命の魔力汚染を受けていることを示している。


「……届けなければ。ルナ様に、これを――」


 持っているのは場違いにフリフリな服だ。そして刀。彼が持つにはふさわしくないが、それも道理。彼は運び人なのだから、持ち主が違うのだから当然だった。


「――あ。ああ……ああああああ」


 その声が絶望に染まる。ドラゴン……ここは砦の外縁部、外を見れば天敵どもがひしめいていて。”見られた”。


「ぐぐ……うぐぐぐぐ――」


 彼はエレメントロードドラゴンの領域を踏破するため”だけ”の調整を受けている。それでも、ただ行って帰ってくるだけでズタボロになり戦闘どころか逃げる力すらも残っていない。

 対策を実行する体力も、気力すらも擦り切れて残ってはいないのだ。ドラゴンに発見されたら終わりだった。スニーキングこそが彼のミッションであったのに。


「ルナ様……申し訳ありませ――」


 遠くから響くガンガンと硬いものを蹴りつける音が連続する。速く、速く……勢いと速度を増して破壊的なまでに。加速加速加速、音が連続して一つの破壊音になる。


 空気が破裂した。


 小さい体躯がソニックブームを置き去りにしてドラゴンの頭に突き刺さり、無残に爆砕する。小さな影がシュタっと着地する。


「……ライダーキック、なんてね」

「ルナ様――」


 小さな姿に反して、その立ち居振る舞いには威厳すらただよう。私が居れば問題ないとばかりに自信にあふれた姿。このお方こそが、翡翠の夜明け団を率いる完全無欠、絶対なる魔人……その名をルナ・アーカイブス。


「クルテティス・シクシス。よくやってくれた」


 彼女は差し出されたアーティファクトを受け取り、さっそうと羽織る。ドラゴンの群れになんら恐怖を抱くことなく、歩を進める。


「あ――」


 万感の思いが込められた溜息。だが、一言にすればこれが全てだろう。すべてが報われた……彼の命を賭した任務は、ルナの下で完了したのだ。


「よくもまあ、集まったものだねトカゲども。ここでまとめて散るがいい。月読流抜刀術……【風迅閃】」


 瞬きほどの時間もない。いつのまにか振り返っていた。そう思った瞬間に、ドラゴンたちが戯画的に”ずれる”。ただの一撃ですべてのドラゴンの上下を分断した。どさどさと死体が転がって、消えていく。

 この力こそ人類の夜明けを導く”完全”たりえる力。彼は人類の勝利を確信し、そしてその一助として歴史に名を刻んだことを誇りながら崩れ落ちる。灰の一片すら残らない死に様であることに何も思うことなく、万感の思いとともにその生を終えた。




「さあ、塵殺を始めよう」


 受け取ったルナは散った彼のことを振り返らない。前へ前へ、やるべきことをやる。……すべては理想のために。団の意思を体現するのだ。


〈総員、傾聴。プロジェクトはつつがなく進行している。残り時間は60分。この世からドラゴンどもを一掃せんがため、最終フェイズ決行のため――全てを殺し尽くせ〉


 そして、応える声がある。この場にただ二つ、最高位の者のみが持つ絶対権限を持つ彼の声。


〈虐殺だ。全てを破壊せよ――夜明けを見んがため〉


 くっく。【殺戮者(ジェノサイド)】ヴァイス・クロイツの力はすさまじいな。と笑う。

 【煉獄】と名付けられた、あの失敗作の有様もひどいものだね。渇望からして生存特化、さらにエレメントロードドラゴンの魔石すら取り込んだとはいえ――あれだけ痛めつけられてよく生きている。……消えてなくなるまで時間の問題だな。

 懸念事項も消えつつある。あとはただ……60分を耐え抜くのみ。


〈さあ、ルナ・チルドレン。待たせたね、解放の時だ――その力を存分に振るい、古よりの人類の天敵に血の贖いを〉


 魔力が応じた。5人、控え室から飛び出して元気に狩りに行ったようだ。


「ん――」


 彼らは大丈夫だろう。治療が終わったというわけでは決してないが……彼らは己の状態もわからずに特攻する愚か者ではない。それをするときは合理的に命を捨てる理由ができただけのこと。そして、今はその時ではない。

 少し考えて、跳び上がる。砦の内部ならばむしろ羽持つトカゲよりも自由に動ける。情報端末によるコード入力……壁に仕込まれた槍を投げて敵を磔にする。

 そして、喰われそうになっていた彼の前に立つ。


「ふふん、どうした。ルート、中々に悲惨な有様じゃないか」

「先生……」


「さて、少し調整しようか。月読流……【桜吹雪】」


 高速の斬撃が連続する。ドラゴンどもはズバズバと切り裂かれて、切り裂かれて切り裂かれて死ぬこともできずにただ血の海に沈む。


「しょせんは気休めだが――まあ、やらないよりはマシだろう。後で使い道もあることだし」

「先生、俺は……」


「ほら、これをあげる。もう少しがんばって。外は僕らがやる、君らは中を片付けろ」


 そういって、別の場所に行ってしまう。ルートはもらったポーションを飲み。


「やれやれ、あれだけで元気が出るとは僕も現金なものだ――さて、次に向かうか」


 逆方向に向かって駆けて行った。



 ちなみに他の人間がライダーキックやると蹴った足の方が潰れます。接近戦能力上位二名は足と引き換えに脳髄まで蹴り砕きます。


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[良い点] ルナかっこいい
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