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第84話 束の間の休息 side:ルナ


 そして、要塞の中に場面を移す。奴らが進軍した領域のせいで、逆に魔物どもは虐殺されてしまった状況だ。奴らは全てを踏み潰す、人も魔物も関係なく。


「二体のエレメントロードドラゴンを堕とした。兵に休息をとらせよ」


 一番偉い人が座る席から僕は指示を出す。


「……は? しかし、あれらの残した影響がありますが」

 

 まあ、確かに判断は早すぎたかもしれないし様子を見てもよかったかもしれないが、一度出した指示はひっこめない。それをやるのは状況が変わったときだけだ。というか、荒れ狂う炎熱と豪雨はそう簡単に収まらないから、状況は変わり様がないとも言える。


「仮にも奴らは人類の天敵とさえ呼ばれるモノだ。その彼らが張ったフィールドはそうそう破れんし、そもそもあれは物質的な干渉だ。一度やったものがきれいさっぱりなくなりはしない」


 つまり魔物どもは自らの王が張ったフィールドのせいで、この砦まで到達できないというわけだ。

 もちろん残り3匹の王が出てくれば別だろうが――奴らに賢しい知恵などない。とんでもない被害をばら撒きながら征く彼らを感知できないなどありえず、そしてその反応をキャッチしてはいない。

 というか、一緒にいるのを嫌がるあいつらはこの影響が残る土地に来たりはしないだろう。2匹同時に攻めてくるのだって、低い確率と見積もっていた。


「少しの間は魔物の進行が収まる、と?」


 障害物に阻まれて歩いていけないだけだけどね。ただ、それをそう言うのならば正解だ。


「その通り。問題ないから、睡眠をとらせてあげて。温かい食事もね」


 問題ない? ないはずがない。

 しかし、ここで休ませないと士気が崩壊する。やる気がなくなるのはまだマシとして、ハイになられると厄介だ。

 そもそもがこの作戦においては万全な準備など不可能だった。災厄が動きを見せた合間に急きょ決行することになった突貫作戦だ。もちろん、時期が不定なのは最初から計画のうちではあるが。


「悪いが、最初言ったとおりに君たちに休息はない。効率よく休息をとらせ、適切に装備を配分しろ。弾薬の再配備も忘れるな」

「……了解」


 苦笑とともに返事が返ってきた。まあ、それは彼女たちも作戦の大前提として納得している。嫌ならば、もっと楽なところで働いている。


「さて、僕は少し5人を見てこよう」


 僕は指令室を後にする。

 細かいとりまとめは彼女たちがやってくれる。僕は大枠を定めるだけで、それならどこに居ようとできる。言ってしまえば、僕はただの看板だ。

 それができるのが夜明け団の強みで、凝り固まった街の連中や貴族どもとは違う。




「……で、どうだったね。天敵殺しの感想は?」


 5人、大人しく医務室で治療を受けている。わずかな時とは言え、エレメントロードドラゴンの領域に入るとはそういうことだ。 

 だから軍勢を送っても無駄だし、彼らでさえ魔力に侵されて治療を必要とする。人類を超越した最高峰の領域に立たねば、相対することもできない相手だった。


「その称号はルビィ、サファイア、レンの3人にこそ送られるべきでしょう。私はただ少しお手伝いをしただけですもの」

「おやおや、君にしては珍しく殊勝なことだね。スペルヴィア」


「事実です。あれだけで何かを成し遂げたなど、あの三人に笑われてしまいます。なによりも、私こそがあれを討伐とは認められない。討伐補助ではあるかもしれませんが」

「なるほど、では――目指すは災厄の討滅かい? それを成し遂げたのはたったの一人。未だかの殲滅者でさえ得ていない称号をつかみ取れるかな」


「そのためなら、いくらでも力を積み重ねましょう。届くまで、いくらでも。そして何度でも」

「……ふ」


 勝利の立役者、ワームホールで足になった彼女と話しているところに口が挟まれる。


「――で、いつ終わるの? 弾薬が足りないんじゃないの」

「カレン、それについては目途が立っているよ。空輸の準備が進んでいる。地上を魔物が行進できるようになるまでには、空も落ち着いて届くようになるさ」


「……よくやりますね。この状況で、空どころか空間が荒れているのに空輸ですか」

「他に手段がない。全てを使い潰すことになろうとも、この作戦は成功させる必要がある。あと、これは別に僕の作戦というわけでもない。僕はただ、兵站の担当者に足りないって言っただけだよ」


「ああ、あなた以外にも有能な人はいますか――当たり前ですが。思えば専門外の仕事はそのままぶん投げてましたね。というか、私そこら辺のことについてよく知らないんですけど。あなた以外の偉い人には会ってませんよ」

「だって、夜明け団はこの作戦に全てをかけているもの。君たちだってヘヴンズゲートのために使えるようにするのが先決で、後のことは終わってから考える方針だったのさ」


「改めて聞くと、かなりギリギリね――実は見切り発車だって言われても驚かない」

「すごいね、その通りだよ」


「……」


 さすがに唖然とした様子だ。


「で、【災厄】はいつ来る?」


 そして、アハトは場を凍らせた。凍らせた挙句に、もう言うことはないと黙りこくる。

 

「やれやれ、それを聞くか。聞いてしまうのだね。いや、公式発言ならすべての【災厄】の行動は1か月以内に行われているから、本作戦発動中の行動再開はないと言うところだけど」


 未確認の十体目は? とかいうのは置いといて。そんなものが確認できているはずもない。さらに言えば、他の9体も動くためにもう少し期間が必要というのは希望的観測に過ぎない。


「……」


 そしてアハトは無言を貫くのみだ。僕は観念して肩をすくめて。


「ああ、僕の個人的な予想だと多分来るね。あいつらには一応知能がある――ここまでやばいことになったら動くだろう。ヘヴンズゲートの最終フェイズ、撃ったら撃ちっぱなしで逃げることもできないわけだし」


 アハトの反応は聞くべきことは聞いたとばかりに無言である。そこそこの付き合いをしていれば雰囲気でわかる。


「……どれだけ来るかはわからないけどね。一応5体までならなんとかなるがね――とはいえ、数が来るなら来るで魔力は弱まっているはず。あいつらは常に餓死寸前、魔力運用はカツカツだからこそ活動が活発ではないのだから」

「それ、報告書で見たことありませんが?」


「僕が知っているだけだし、ある程度想像がついている人もいる。根拠も何もない、単純に見てわかっただけの話だよ。ただ、僕が裏技を知っていると思うのはお門違いだね。クーゲル」

「あの人たちに施したあれは裏技ではないので?」


「正攻法だよ、少なくとも夜明け団にとっては――ね。そして、君たちにあれを施すつもりはない」

「……なぜか、お聞きしても?」


「足りんからさ、材料が」


 そういうことにしておく。実のところは箱舟にたくさんあるのだが、その存在そのものを明かしていない以上は無いも同然だ。


「ああ、なるほど」


 それなら仕方ないと諦めたようだ。まあ、そのくらいの信用は勝ち得ているということかな。


「まあ、なんにしても今は休むべき時だからね――もう少し雑談でもしようか、知りえる限りの【災厄】の情報も教えてあげるよ」




 そうして、雑談に興じていると凶報が飛び込んでくる。


「……は?」


 一瞬、固まった。冷や汗なんてものは出ない――終末少女である以上、身体反応はコントロールできる。


「正体不明の魔力生命体が出現しました。おそらく、領域の影響で隠されていたものが【彗征龍】の魔石から発する魔力を吸収して強大化したものかと」


 報告が入る。一瞬、考え込んだように見えたはずだ。そうとも、僕はいたずらがばれた子供みたいな反応なんて出さない。……現実には似たようなものでも。


「なるほどね。”変異種”ね、魔力を喰って肥大化する性質を持っているようだ。とはいえ、このタイミング――何らかの意図が?」


 画面の中ではうごめく肉塊が見える。それは知能もなく蠕動しているだけに見える醜悪な塊――、実のところ、アレは僕が作ったものだ。忘れる、などという機能は終末少女にはない。

 もらった薬を使ってみた、だけなのだが今考えると軽率だった。失敗作で、放置していたそれを誰かが利用した? それとも、元となった人間の思惑――否、別に思い出す必要もない下らない奴だ。あれにこのタイミングで介入する知能はなかった。


「偶然……ですか?」


 オペレーターの子がつぶやく。実のところ、その可能性も十分ある。肉塊は見るからに魔力に引き寄せられる性質を持っている。ここに来るのは不思議でも何でもない。けれど――


「始末してくる」


 ああ、あれは僕の不始末だ。計画を壊されるのもバカバカしい。ワールドブレイカー能力を直接叩き込んで消滅させてやる。偶然も作為も力で黙らせよう、せっかくの晴れ舞台に”けち”がついた。


「やめろ」


 立ちふさがる男。ドアに足をかけ、不遜な態度でこちらに声をかけてくる。もちろん、それが許されるからやっている。地位としては僕と同等だが、部下を持たない彼。

 あえて名前で呼んでやる。


「別に、僕が1分やそこら離れたところで問題はないさ。ヴァイス・クロイツ」

「貴様は貴様の仕事を果たせ。子供ではないのだからな」


 それだけ言って出ていく。あれは自分がやるから、僕はここでおとなしく総司令官の務めを果たせということだろう。


「……はぁ。もう――あの人は言葉が足りないから誤解されがちなんですよね」


 相棒の女がやれやれと首を振る。控室とはいえ僕とルナ・チルドレンが揃う部屋で不遜な態度をとる彼女だって、相当に肝が据わっている。地位も当然、僕らに次ぐ程度のものは持っているのだが。


「レーベ、ね。……なにも言わないの?」

「何がですか。あそこに行けるのはそもそもあなたか、私たちくらいしかいませんから。休んでる子を駆り出すのもどうかと思いますし……まあ、責めてほしいのならしますよ。けど、ルナちゃんになら必要ないでしょ?」


 やはり、ばれているか。そういえば、薬をもらったのは彼女だった。実験結果も確認しているだろう。あれが僕の不始末だということを、言いふらすつもりはないようだけれど。


「……責められることなんてないよ。別に僕は自分が完ぺきだと言っているわけでもないけど」

「まあ、一生懸命やりましょう。みんなで頑張ればなんとかなりますよ、きっと」


 子供のように手を振って、わき目もふらずに先に行った彼を追いかけていく。

 やはり、夜明け団の中でもトップクラスの危険人物とは思えない純真な立ち居振る舞いだった。相方の方は普通に納得できる鬼のような凶相なのだけど。


「引き続き警戒。アレは大丈夫だから、気を詰めなくてもいーよー」


 なんというか。ああ、そうだ。これはこう形容するべきだろう。……気が抜けた。



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