子どもに聞かせる異世界転移
あるところに、お父さんと息子がいました。
ある日の夜、息子はお父さんに、お話をしてほしいとお願いしました。
お父さんは、よし分かったと言って、息子を連れてリビングに向かい、椅子に座ってテレビを消し、話を始めます。
息子はその向かいに椅子を持ってきて座り、わくわくとした瞳をお父さんに向けました。
「では始めるぞ。──キミはトラックに轢かれて、気が付いたら知らない世界にいた」
お父さんがそう話を始めると、息子は首を傾げます。
「……? パパ、どうしてトラックにひかれたら、知らない世界にいるの?」
息子のその疑問に、お父さんは息子の頭に手を置いて、優しい顔で言います。
「いいかい、息子よ。最初に大事なルールを決めよう。これから話すお話に、『どうして?』は無しだ。キミが『どうして?』と言ったら、パパはお話をやめる。……いいかい?」
お父さんがそう言うと、息子はこくんと頷きました。
「うん、わかった。ぼく、『どうして』って聞かない」
「よし。じゃあもう一度、話を始めよう」
お父さんはそう仕切りなおして、お話を始めました。
息子はときどき相槌を打ちながら、お父さんの話を聞きます。
「キミはトラックに轢かれて、知らない場所に立っていた。──キミがいるのは、森の中だ。周りには木がたくさんあって、小鳥の鳴き声が聞こえて、ウサギがはねている。お日様の光が、葉っぱの隙間からあちこちに落ちてきている、そんな森の中に、キミはいる」
「うん」
「あと、キミの腰には、一振りの剣があるぞ。キミがそれを鞘から抜いてみると、お日様の光で剣の先がキラッと光る」
「剣……? 強そう?」
「ああ、青白いオーラを帯びた、立派な魔法の剣だね。心なしか、剣から力が流れ込んでくるようにも感じる。──ところで、そのときだ。キミはある声を聞く」
「えっ、声?」
「そう、女の子の声だ。『キャーッ、助けてー、誰かー!』 ──その声は、まっすぐ先のほうから聞こえてくるよ。さあ、どうする?」
「えっと……声がした方に行く!」
「よし、分かった。それじゃあキミは、剣を鞘に収めてから、声のほうに向かって走る──すると、森の中にある大きな道に出た。キミから見て右から左に道が続いていて、正面はまた森になっているね」
「女の子は?」
「女の子を探すんだね。じゃあ、キミが女の子の姿を探そうとしてあたりを見渡すと、道を左のほうに進んだ先に、一台の馬車がとまっているのが見えた。その馬車の前に、白いドレスを着たお姫様と、彼女を守っている女騎士が一人いる。それから、その二人の周りに、野蛮な山賊たちが十人ぐらいいて、二人を取り囲んでいるよ。女騎士は剣を構えてお姫様を守っているけど、お腹から血を流していて、苦しそうだ。このままではやられてしまうかもしれない」
「──お姫様たちを助ける!」
「よし。じゃあ、なんて言う?」
「えっと──『やめろ! ぼくが相手だ!』って言って、山賊たちをやっつけるよ!」
「よし、分かった。それじゃあ、キミは剣を抜いて、山賊たちに切りかかる。──キミが持っている剣は、とても強い力を持った魔法の剣だった。キミはまるで剣の達人のように、山賊たちの斧や槍を軽々とかわしながら、剣を振るって次々に山賊たちを倒してゆく。半分ぐらい倒したところで──『お、覚えてろよ!』 残りの山賊たちは、捨て台詞を吐いて散り散りに逃げて行った」
「やった! じゃあお姫様に、『大丈夫?』って聞くよ」
「お姫様はちょっと顔を赤くして『……あ、ありがとう』って言うよ。それから、彼女を守っていた女騎士が、『ありがとう、助かったよ。……キミは、まだ若いのに、強いのだな』とキミのことを褒めてくる」
「えへへ。でも、騎士の人はお腹にケガをしてるんだよね? 『お腹のケガ、大丈夫?』って聞く」
「『ああ、心配してくれてありがとう。浅くはないが、大事はないよ。──でもあのままだと、危なかった……本当に助かったよ。私はともかく、姫様に何かがあったら、騎士の名折れだ。それでは、死ぬに死に切れなかったからな』」
「むっ。じゃあこう言う。『ダメだよ、自分の命も大切にしなきゃ!』って」
「そうか。じゃあ女騎士は驚いたような顔をして、こう答える。『……そうだな、キミの言うとおりだ。キミは、優しいな』」
「えへへ、普通だよ、こんなの」
「そうだな。──それから、今度はお姫様がこう言うよ。『あの、もしよろしければ、お城まで一緒に来ていただけませんか? 命を助けていただいた、お礼をさせていただきたいのです』 ──というわけで、キミは二人と一緒の馬車に乗って、お姫様の国のお城に向かったのだった……というところで、今日の話はおしまい」
「えー! 続きはー!?」
「続きはまた明日な」
「うー、分かった、絶対だよ!」
「絶対だ。指切りげんまんするか」
「うん!」
そうしてお父さんと息子は、指切りをして、明日のお話の約束をしたのでした。
──そして数日後。
お父さんはパソコンで素人の小説投稿サイトを見ながら、悪態をついていました。
「──ちっ、くそっ、どいつもこいつもエロに流れやがって。こんなもん子どもに話せねぇよ……ったく、あー、もうどうしたらいいんだー! 息子が楽しみに待ってるのにー!」
頭を抱えるお父さん。
お父さんの明日はどっちだ。