ファースト・コンタクト ねね(佳奈)
歴女の佳奈ちゃん登場です。
今回は出会いのシーンだけですけど、これからしばらくは前作の色々なシーンが出てきます。
サルがねねをどう思っていたのか、サル視点をお楽しみいただけたらなと思っています。
ここで暮らす内に、俺にもこの国が置かれている状況が分かって来た。
信長が治める尾張の力は小さく、信長が天下人、あるいはいずれ天下人になると言う俺の考えは、全くの間違いだった。
と言うか、前世設定とは言え、そもそも俺の元の世界の日本の戦国時代と、この世界が同じものなのか、似て非なるものなのかさえ分かっちゃあいない。
そんな世界でここのところ、信長からの特別なミッションも無いまま、日々、信長の身の回りの世話を続けていた。
そして、その合間を縫ってはねねの下に通い、ねねを褒め上げ、笑わせ、物を与え、それなりに手なずけていて、成果はと言うと、俺の姿を見ると、「藤吉郎殿ぅ」と駆け寄って来るまでになっていた。
そんなねねを抱き上げてやると、嬉しそうに笑うのである。
ねねの年齢を考えると、ねねをゲットするのはまだ何年か先だが、このミッションの成功率は格段に上がっていると、俺は感じていた。
そんなある日の事だった。
俺は信長がまたがる黒い馬の轡を引いて、街をふらついていた。
街行く小汚い者たちの姿も、ちょっと匂う臭いにも、もう慣れた。
と言うか、俺自身もその臭いの発生源の一つである。
この世界には、お風呂と言うものはないのである。
何日かに一回、体を拭くのが関の山。
俺の元の世界の温泉に入る猿の方が清潔かも知れない。
「見ろ。なんちゅう、うつけぶりじゃ」
「尾張の行く末も知れたものじゃ」
信長と街中を歩けば、聞こえてくる人々の囁きにも慣れてしまった。
俺にとって、それらはもはや街のざわめきの一つ以外の何物でもない。
当の信長が怒らないのだから、俺が怒る理由もない。
それに、馬上の信長の姿を見れば、俺だってそう思わずにいられない。
馬に後ろ向きにまたがり、おにぎりやら、柿やらを頬張る。
腰には色んなものをぶら下げ、着ている着物の背中にはそそり立つおちん○んが描かれている。
しかも、そんながらの着物を何種類も持っているところなんか、センス的にも信じられやしない。
「今からでも、遅うはない。
信長に見切りをつけて、他国へ行ってもいいではないか」
そんな時、サルはそう言うが、俺としてはねねを手に入れていない以上、ここを離れるわけにはいかない。
この世界での俺の人生を切り拓くためには、どうしてもねねが必要なのだ。
たぶんだが。
「あんな子供がどうして必要なのじゃ?」
と、問うサルに返す明確な答えは持っていない。が、赤い糸でつながれている以上、ねねは必要な人物なのだ。
「あえて言うなら、結婚する事で、人生が開けるのやも知れない」
その程度の事しか、思い浮かばない。
「浅野家はわしらよりかはかなり格上じゃが、織田家の中で大したことはない。
どうして、人生が開けるのじゃ?」
とも、サルが言うが、これまた俺には答えが無い。
ただ、ねねが俺の人生を切り拓くために必要と信じ、この日々を繰り返すのみ。
そんな思いがねねを引き寄せたのか、視線の先に赤い糸がぼんやりと浮かび始めて来た。
ねねが近くにいる証拠だ。
赤い糸の先に視線を向けた。
大人の男たちに囲まれているのは紛れもなくねねである。
「は、は、ははは。
この子はどこの娘っ子じゃ?
かわいそうに頭がいかれておるようじゃ」
「はい? 私は事実を言っているのよ。事実を。
あんたたちなんかより、私の方がずぅぅぅぅっと賢いんだからね!」
「ほほほぉ。お前の方が賢いって? こりゃあ、面白い」
そう言うと、街の男たちはげはげはと下品な笑い声をあげた。
何か言い争っているらしい。
大人しく、静かなイメージのねねが、何やら感情的になっているようだ。
ねねの危機?
そんな予感に、轡を持つ手に力を入れて、足の速度を少し早める。
ねねは男たちとの言い争いに夢中で、近づいていく俺に気づいていないらしく、視線は一向に俺に向けられてこない。
もう、ねねは目の前。
声をかけようとした瞬間、ねねは頭を抱えてうつむいた。
男たちに殴られると思って、頭をかばったんだろうか?
そんな思いで、男たちを睨み付ける。
男たちは信長の轡を取る俺のむき出しの敵意から、今自分たちが言い争っていた少女が信長あるいは、その小者である俺と何らかのつながりがあると思ったようで、一気に顔から血の気が引いていった。
男たちが後ずさりを始めたのを確認すると、ねねに視線を向けた。
「ねね殿、どうなされました?」
俺の言葉に、ねねは顔をあげた。
目が輝き、満面の笑み。
今まで見た事が無いくらいねねの表情は輝いている。
よほど、危ないところを救われた事がうれしいに違いない。
俺のポイントがアップしたに違いない。
そう思ったが、ねねの視線は俺に向けられていなかった。
馬上のおちん○ん、もとい、馬上の後姿の信長に向けられていた。
もしや、あのそそり立つものに、興味が?
そう思った時、ねねの表情からさっきまでの輝きが消え去り、がっかり感満載の表情になって、視線もようやく俺に向かってきた。
にこりとねねに向けて微笑む。
猿顔の笑み。
「その顔、怖ぇぇぇぇ」
頭の中で、サルが言った。
自分で言うなよ!
頭の中で、サルに怒った瞬間、ねねがふらついた。
「あぁぁぁ」
そんな声をあげて、ねねが地面に倒れ込みそうになるのを、素早く手で支えた。
「ねね殿、大丈夫ですか?」
返事が無い。
「ただの屍のようだ」
サルが頭の中で、ふざける。
そんなことはないと、首を横に振って、サルの言葉を振り落すと、ねねの鼻の辺りに頬をあてがい、呼吸を確かめる。
呼吸あり。
胸の辺りに耳をあてがう。
ぷーんと匂う臭いも、もう慣れっこ。
小さな胸は鼓動を打っている。
「気を失っているだけのようだ」
俺の言葉に、馬上から信長が声をかけて来た。
「サル。そやつはねねと言うのか?」
「はい。浅野長勝様がご息女、ねね殿でございまする。
そして、わが妻になる者でございまする」
信長にアピールしておこう。
ついつい、そんな感情が言葉を付け加えさせた。
信長は右手で、自分の顎のあたりをさすりながら、俺をにまにま顔で見下ろしながら言った。
「なるほど。
幼きうちより手なずけて、妻になると心に焼き付けておこうと言う訳か。
猿のような顔でも、幼き頃より慣れ親しみ、妻になるものだと思い込ませておれば、大きくなってから拒絶されることは無いと言う訳じゃな。
さすがの猿知恵じゃ」
「いや、違いますから」
「よい、よい。
早よう、家に連れて帰ってやるがよい」
信長に誤解されたままだが、今はねねを家に連れて帰って、寝かせる方が優先である。
「はい。
では」
そう言って、頭を下げると、ねねを抱きかかえて、ねねの家を目指した。
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