ファースト・コンタクト ねね
目の前には、木の棒を装備した門番が二人。
俺はと言うと、武器を持っていないばかりか、防具も装備していない。
素手で勝てるのか?
そもそも、このサルの戦闘力は一体いくつなんだ?
ここは一旦引き下がり、雑魚キャラ相手に経験値を積んで、レベルアップすべきか?
なんて、戦闘モードを前にして、どうしたものかと悩んでいると、サルが言った。
「何をまた訳の分からぬ事を言っておる。
ただ、通してくださいと言えばいいじゃろ」
もっともだ。
だが、猿呼ばわりされ、一触即発状態で下手に出るのはプライドを捨てる事だ。
俺は思案中で、足を止めている。
門番たちも、身構えたままで、かかってこようとはしていない。
静止画的な俺たちの周りを包み込む静寂を打ち破る声が届いた。
「どうした。何を騒いでおる。
殿が拾うてきたと言う者が来たのか?」
目を向けると、引き締まった顔立ちで、刀をさした若者が近寄ってきていた。
「これは前田様」
門番たちは、この前田と言う若者に頭を下げた。
元の世界で例えるなら、高校生か大学生あたりで、俺より年上。
もとい。元の俺よりは上らしいが、サルとの関係は分からない。
「なるほど。
殿が申したとおりの猿ぶりじゃな」
そう言うと、腰に手を当て、笑い始めた。笑うたびに腰の刀が揺れている。
「名は何と申す」
「木下藤吉郎秀吉です」
「藤吉郎か。よい名じゃ。
ついてまいれ」
嘲笑ではない、にこりとした笑みを浮かべた。
いい人かも知れない。
とりあえず、早足で後を追う。
さっき、俺の事を嘲笑していたにも関わらず、今は真面目顔で正面を向いている門番たちの横を通り抜けると、門の奥には広い空間が広がっていて、左右を見渡すと、いくつかの建物が建っていた。
正面に建つ建物が一番大きく、天守閣も無いただの屋敷にしか見えないが、これが、このしょぼしょぼ設定世界の城らしい。
「わしはのぅ。前田利家と申す」
追いついて来た俺に気づいた前田と言うサムライが言った。
「わが殿は変わり者でのう。
そちは自ら、殿の下に加わりたいと申したそうじゃな。
殿のどこが気に入ったんじゃ?」
「天下人だからですよ」
「なに? 天下人じゃと。
わはははは。なかなか言うのぅ。
わしとて、殿に惚れてはおるが、そこまでは思ってはおらなんだぞ」
これって、どう言う意味なんだ?
やっぱ織田信長は天下人じゃないと言う事なのか?
しかも、天下人には遠い?
「よし。
藤吉、わしと共に、殿の天下を目指そうではないか。
殿はよい拾い物をしたやも知れぬなぁ」
満面の笑みで、前田と言う男は俺の手を握りしめて、ぶんぶんと振った。
その場でいくつかの雑談を交わした後、前田は俺の上司にあたる浅野長勝に引き合わせるとともに、俺が住む事になる長屋に連れて来てくれた。
その長屋は俺の想像を絶するぼろい部屋だった。
板で出来た壁。それも、木が剃っていて、所々隙間が空いていた。
屋根も瓦じゃなく、板で作られていて、窓やドアにあたる障子紙も薄汚れていて、所々破れてさえいた。
中は薄暗く、入った所に3畳ほどの土間。
奥に6畳ほどの板の間が一室。
その板の間に光が当たると、明るくてかてかと光を反射するでもなく、土埃っぽい乱反射を起こしてさえいた。
土足で上がっていいんじゃね? そんなレベルの部屋。
トイレも、洗面台も、もちろん風呂も無い。
この部屋では、ハーレムにはできやしない。
そして、次の日から、信長の小者としての仕事が始まった。
ところがだ。
信長から特別なミッションなどなく、信長が飲むための水を蓄えた瓢箪を持たされたまま、野山を駆け回る信長の後を追って駆け回ったりする日々だけが過ぎて行く。
日々進展が無い事に、信長を赤い糸のアイテムと思った事は誤りだったのだろうかと言う不安が襲ってくるようになって来た時、転機はやって来た。
信長の命により俺は出世し、20人の小者たちが預けられた。
ちゃらら、ちゃっちゃっちゃー。
レベルアップ時の原点とも言える伝説のゲームのメロディーが頭の中に流れる。
小人頭となった俺は、住まいも別の足軽長屋に移ることになった。
「サル、今までよりかは立派であろう」
移る事になった足軽長屋を前にして、浅野が言った。
建物的にはそう変わっているとは思えないが、少しは建付けはよさそうである。
しかも、玄関の前に庭とは言えないが、少しの空間がある。
長屋続きの隣家との間には何か知らないが植栽があって、俺の世界風に言えば、専用庭付きである。
建物を見渡す俺の横をすり抜け、浅野が俺に与えられた部屋の扉に手をかけた。
そのまま横にずらして、扉を開ける。
扉の奥に見えるのは今までよりかは少し広い感じの部屋だが、清潔さで言えば、それほど変わっているとは思えない。
浅野に続いて、中に入ろうと一歩を踏み出した時、左手の小指をぎゅっと握られて、引っ張られた気がして、左手を見た。
えっ!
あまりの衝撃に、俺の目が見開いた。
そこには赤い糸が結ばれていた。
一体、いつの間に?
ぴんと伸び切った赤い糸が、俺が前に進むのを妨げている。
これは、行くなと言う事か?
呆然としている俺に、新たな声が聞こえた。
「お父上」
高音を含んだ子供の声。
声がした方向に目を向けると、小学校の中学年くらいの女の子が立っていた。
長い睫と二重の瞼に、大きな瞳。
丸い顔立ちにも、負けない通った鼻筋。
かわいい。
が、俺はこの子を産んだ、もとい、産ませた記憶はない。
正確には、俺はまだあんな事や、こんな事をしたことが無い。
少し小首を傾げた時、浅野が部屋の中から出てきて、女の子に向かって言った。
「ねねではないか」
どうやら、この子は浅野の子らしい。
納得。
「父上」と言う言葉が自分に向けられたなんて、何と言う誤解。
心に落ち着きが戻った時、俺の小指から伸びる赤い糸が、ねねの左手の小指に結びついていることに気づいた。
小指をつなぐ、赤い糸。
もしや、俺を導くアイテムは信長ではなく、この子なのかも知れない。
そして、この子と俺は結婚すると言う事か。
俺はロリではないので、今のこの子にムラムラはしないが、この子の容姿なら、大きくなっても、どストライクだ。
こんなかわいい子が、俺の嫁になり、共に俺の人生を切り拓く。
いいじゃないか。むふふふだ。
この時代、必ずしも、嫁は一人と言う訳じゃないらしい。
頭の中に妄想が広がる。
俺の横にねね。
そして、その横にも後ろにも、数十人の美女たち。
真ん中にいても、ねねなら遜色なさそうだ。
うん、うん。と、一人頷く。
この人生、まずはねねをゲットするぞ!
「父上!」
浅野に向かって、気合を入れて叫んだ。
浅野は突然の俺の言葉に、一瞬きょとんとして、どもりながら言った。
「わ、わ、わしはそちの父ではないわ」
「ご、ご、ごもっとも。
ですが、ねね殿を私の嫁に下さい」
そう言って、頭を下げた。
「はぁ?
そちはねねと今会ったばかりであろうが。
何を訳の分からぬ事を」
「俺のハーレム計画に必要なんです」
「はーれむけいかく?」
「あ、すみません。
とにかく、俺の人生にはこの子が必要なんです」
「お父上、私は猿の嫁になるのですか?」
きょとんとした顔で、ねねが割って入った。
ねねは俺と浅野に視線を行ったり来たりさせている。
「ねね。こいつは猿に似てはおるが、猿ではない。木下藤吉郎と言う人間じゃ」
「では、この猿に似た男の嫁になるのですか?」
「左様な事はない。案ずるでないぞ」
猿と間違われた事には、ムカッと来るが、そんな事で子供に怒ったとあっては、俺の器量が小さく見られてしまう。
ムカッとした気分はごくっと飲み込み、冷静な口調で未来の花嫁のねねに語り掛ける。
「いやいや。
ねね殿。このわたくしめと結婚するのです」
「藤吉郎殿は、私にふさわしい男の方なのですか?」
「ふさわしいとは、どのようなじゃ?」
「そうですねぇ。
立派にお勤めをなさる方でしょうか」
「あいつとめますとも」
にっこり笑顔で、言ってみた。
「サル、いい加減にせぬか。
もしも、そのような事があるとしても、まだまだ先の話じゃ。
わしも納得するような立派な働きを見せてみよ」
「お任せくだされ!」
俺はどんと胸を叩いた。
が、立派な働きって、何すればいいんだ?
ねねに向けた笑顔の裏で、俺は小首を傾げた。
「お前、本当にあほじゃろう」
そんな俺に、サルが頭の中で言った。
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