初めての清洲城
信長の姿はすぐに見失った。
が、俺の頭の中には、心強いナビがあった。
「次の角を右じゃ」
「道なりじゃ」
サルナビを頼りに、田んぼが広がる農村を走り抜け、商家や民家が並ぶ街にたどり着いた。
サルの体は元の俺の体より、はるかに持久力のあるようだが、流石に信長が暮らす清洲の町は遠かった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしながら、通りの片隅で立ち止まる。
平屋。その家々の窓は紙で出来ていて、いかにもしょぼい。
しょぼいのは建物だけではない。
道行く人々が身に着けている着物も、鮮やかさに欠けていて、どこか薄汚れている感がある。
それ以上に、何か臭う気が。
自分の腕を鼻に近づけてみる。
くさっ!
って、俺の体かよ!
元々この世界に来てから、お風呂に入っていない。しかも、さっき田んぼに落ちてしまった上に、走って汗をかいたのが影響しているらしい。
鼻が曲がるくらい、ひどい臭いだ。
とにかく、風呂だよ。
風呂。早く、城に行って、お風呂に入りたい。
「風呂とは何じゃ?」
サルがたずねてきた。
俺の世界では猿でさえ、温泉に入ると言うのに、この世界ではサルは貧しくて、風呂にも入れないらしい。
いや、それどころか、その存在すら知らない。
お風呂を知らないと言う事は、このサルの体から臭うこの臭いは、積もり積もった臭いと言う事なんだろう。
そりゃあ、臭いわ。
お風呂と言うものをサルに教えてやるため、頭の中に俺の入浴シーンを思い浮かべて見せた。
「おぉぉぉ。なんじゃ、こりゃあ」
頭の中にサルの驚きの声が響いた。
まぁ、無理もない。
この世界設定から言って、近代化された俺の世界の事など想像できもしないのだろう。
「小さすぎる!」
「は?」
「知っておるであろう。わしのは大きいぞ」
意味は分かった。
今までに、用を足すときなどに、その事は思っていた。
この小さな体にこれかよ! と。
「大きければいいと言うものじゃないだろ!」
自分のプライドのため、サルに反論する。
「そうかあ?
大きい方がいいではないか」
「大きければいいと言うもんじゃねぇんだよ。
テクニックもいるだろ」
詳しくは知らないが、そう言うものらしいと言う知識はある。
「てくにっくとはなんじゃ?」
サルに聞かれたけど、それがどんなものなのか、知る訳もない。
悔しいが、何しろ、俺はそれ以前のレベル。
経験した事すらないのだから。
「なんじゃ。自分で言っておいて、知らぬのか」
そうだった。サルは俺の思考が完全に読めるんだった。
癪だが、反論のしようがない。
いや、待て! 大きいとか小さいとか、そんな話じゃないだろ!
驚くとこはそこかよ!
近代的な風呂に驚かないのかよ!
「よく分からん。
そう言う風習がないのじゃから、凄いともなんとも思わん」
どうやら、毎日風呂に入る風習がサルには無いらしい。
とは言え、俺は別だ。俺は風呂に入りたい。
そのためには、まずは城だ。城に行けば、風呂くらいあるだろう。
「案内を再開してやる。
その角を左じゃ」
サルナビが再び案内を開始した。
サルが俺の頭の中に街のイメージを浮かび上がらせる。
おお。こんな事もできたのか。
まさしくナビ!
サルナビに従って、小走りに進んで行く。
やがて、角を曲がった通りの先に見えてきたのは、木で出来た大きな門。
「目標地点に到着じゃ。
これで案内を終了する」
サルナビが案内を終了した。
どうやら、目の前に見える大きな門が、信長がいる清洲城の門らしい。
が、城門の奥に天守閣が見えない。
大きな建物をナビに案内させると、ちゃんとした入口に案内してくれない事がある。どうやら、サルナビもやらかしてくれたらしい。
使えないナビ。
「さっきから言っておる"なび"とは何じゃ?
それは分からぬが、使えないとは許せぬぞ」
頭の中のサルの声は不満げだ。
が、こっちも不満だ。
「この門は、城の正門じゃないだろ」
「何を申すか。ここが正門じゃ」
「天守閣は?」
「何じゃ、それは?」
サルは天守閣と言うものを知らないらしい。
仕方が無いので、俺が知っている天守閣のイメージを浮かべて見せた。
遠足で行った姫路城、旅行で行った松本城に、熊本城。
脳裏によみがえる光景に、サルが狼狽気味に言った。
「そ、そ、それは何じゃ?
見た事もないわ」
「城って、こんなもんだろうが」
「そのようなものどこの国にも無いわ。
清洲城はこんな感じじゃ」
そう言うとサルが清洲城のイメージを俺に流し込んできた。
空にそびえるような高層の建物はなく、どちらかと言うと砦と言う言葉がふさわしいレベル。
しょ、しょ、しょぼすぎる。
「何を申すか。
あのうつけには勿体なさすぎる立派な城ではないか」
サルの言っている事が真実だとすると、この世界の設定は全てがしょぼしょぼ設定らしい。
そう思った時、俺は納得した。
信長は天下人なんだが、あまりにもこの世界がしょぼしょぼ設定のため、俺のイメージとはかけ離れていたんだ。
「何を申しておる。
あれは天下人ではないと言っておるであろうが」
サルがしつこく繰り返した。
とにかく、俺としては信長と仲良くならなければならない。
気を取り直して、城門に近づいていく。
木で作られた大きな門は開かれていて、左右に門番が立っている。
門番たちは、近づいていく俺に気づくと、じろりと視線を向けて来た。
さて、何て言えばいいのか?
たのもうぅ。 じゃ、ないよな。
言葉が見つからず、小首を傾げた時、門番たちが俺を指さして笑い始めた。
「は、は、は、ははは。
本当に猿じゃ。
うつけ殿は本当に猿を拾うてきおったわい」
「俺は猿ではないわっ!」
信長はともかく、こんな奴らにまで猿呼ばわりされたくはない。
「何を申すか。猿以外のなんじゃと言うんじゃ。
げはははは」
門番たちはさらに大声で、笑い始めた。
むっきぃ!
怒りの形相で、近づいていくと、門番たちは持っていた木の棒で身構えた。
こ、こ、これは戦闘モードか?
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