ねね
「秀吉様」
部屋の四隅に置かれたロウソクの揺らめく炎が、俺の胸にしなだれかかるねねのうっとり顔を映し出している。
あの事件以来、療養も兼ねて、別々に寝ていた二人だったが、もう体力的にも、精神的にも十分と言う事で、今日は二人で寝ることになった。
夫婦の二人。一緒に寝るのは当然の事ではある訳で、今までもそうはしていた。
が、並べられて敷かれた二つの布団。
それをいつもねねは、他の者たちには気づかれぬよう移動させていた。
部屋の片隅に俺の布団を。
そして、反対側の片隅に自分の布団を。
ぼろく小さな部屋だった頃でも、その行為は二人の距離を感じさせてくれたが、大きな部屋を手に入れてからは、さらにその距離は広がり、寂しささえ感じてしまうものだった。
だが、今日は寄り添うように並べられた布団を移動させるような事もせず、その上に座り、二人の布団の距離以上に密着している。
一体全体、どうしたと言うのか?
「ねねの様子があれから変だと思わないか?」
サルにたずねてみる。
俺的には、ねねが別人のように思えて仕方がない。
溺れて、呼吸が止まっている間に脳にダメージが?
そう思って心配しないでいられない。
「今まで、天下無敵なほど強気だったねねも、恐怖を知って、女子と言う自覚に目覚めたのかも知れぬのう」
うーん。
可能性としては否定できないが、あまりの変わりようを見ていると、サルの言葉には納得しかねる。
「ねね。マジで大丈夫なのか?」
ねねとの距離をとり、両手をねねの肩に置いて、たずねた。
「確かにのう。
おぬしの心配も分からないでもないのぅ。
そもそも、肩に手を置く事など許してはくれなかったであろうに、今では自分からしなだれかかって来るのじゃから、大丈夫でないと言うのも、正しいかもしれぬ」
サルが言うが、これはもっともだ。
「実は」
ねねがそう言って、顔を伏せた。
なんだ?
「ずっと秀吉様と一緒だった私は本当の私じゃなかったんです」
つまり俺の事を好きだったが、意地を張って、強がっていたと言う事か?
ちょっと小首を傾げてみた。
「信じてもらえないと思うんですけど、私は体を乗っ取られていたんです」
「はぃぃぃ?」
目が点になってしまう。
「信じられないですよね?」
いや、俺もそうだけに、信じられない事はない。
「誰に?」
「未来から来た私?」
「はぃぃぃ?」
「信じられないですよね?
でも、あの子は、だからこの時代に起きる事を知っていたんです」
俺の脳裏に、ねねの予言的な言葉が走馬灯のように、浮かび上がっては流れていった。
「それって、たとえばお市様の小豆の陣中見舞いとか、明智の謀反とかの事か?」
ねねが頷いてみせた。
「女子高生とか言うものだったようで、学校とか言うところで、歴史を学んでいたらしいんです。
でも、あの子はそれ以上に、信長様好きで、歴史に詳しくて、歴女と言うものだったらしいです」
「はぃぃぃ?」
女子高生に、歴女って、俺の元の世界の言葉である。
この世界は、俺の人生をやり直すために造られた、前世ライクな架空設定の世界だと思っていたのだが、その子がもし未来から来ていて、あの予言的なものが全て歴史的な知識によるものだったのだとしたら、ここはマジで俺の元の世界の何百年前の戦国時代だったのか?
呆然とするしかない。
しかも、この時代に俺以外にもう一人の女の子が、俺と同じように来ていたなんて。
「その子の名前は知っているのか?」
その子の名前を聞いてみたいと思った。
それが俺の元の世界で使われている女の子の名前なら、俺の推測はビンゴだったと言っていいだろう。
なにしろ、ねねが俺の時代の女の子の名前など、知っている訳はないのだから。
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ブックマーク入れて下さった方いたら、うれしいなあ。
と、思いながら、お礼言っておきます。
いると信じて。ありがとうございます。
そして、次回で完結です。




