大村処断
ねねが俺を呼ぶ時は、「藤吉郎殿」、「秀吉殿」、「殿下」と言ったところだった。
しかも、どことなく愛情を感じさせてくれない冷たさがあった。
が、今のは愛を感じられる。
「殺されかけたんじゃ。それだけ、恐ろしかったのであろう」
サルが言う。
まあ一理あるかも知れない。
きっと、今、ねねは精神的に弱っているに違いない。
「無事で何よりじゃ」
何があったのか、ねねに聞くのは精神的な負担が大きい。
そう考えた俺は、ねねにはその言葉だけで止めた。
「三成。
近くにおるのであろう」
ねねが入っていた風呂場とあって、俺の視界に男の姿はない。
が、石田は風呂場を囲む壁の近くで控えているはず。
そう思った俺の考えは正しかった。
「はっ。ここに」
石田は板の壁の向こうから、返事をして来た。
「その男と、大村を詮議しろ」
「はっ」
その返事と共に、走り去る者たちの足音が、俺の耳元に届いた。
「大丈夫か?
立てるか?」
俺の問いかけに、ねねは小さく頷いた。
服を着せ、この城の片隅の静かな部屋に寝かせたねねに、医者の診たては特に問題は無いと言う事だった。
また、石田が男を取り調べた結果、分かった事はねねがデウスの教えを信じず、反抗的な発言をした事を危惧した男が単独で、ねねを溺死に見せかけて、暗殺を謀ったと言う事だった。
決して宣教師たちや主である大村は一切知らぬ事と言う事をしつこく繰り返していたらしい。
そして、風呂の番をしていた侍女や、ねねに従っていた侍女は気を失っていただけだった。
男が言うには、ねねの溺死に驚いた侍女たちはその責を逃れようと、逃走したと言う風を装う必要があり、刃物で殺すことはしなかったらしい。
俺としては、ねねを襲った事など、許せるはずもない。
「首をはねよ」
男の処断を、俺は即決した。
迷いなどない。
この時代が長くて、人の命に鈍感になってきているからじゃない。元の平和な世界の俺の思考だって、この結論にたどり着くのは容易な事だ。
残る問題は、大村の処罰をどうするかである。
「関白殿下。
私自身は存ぜぬ事とは言え、家臣が北政所様の暗殺を謀るなど、あってはならぬ事でございまする」
城の庭の地面に座りながら、大村が言った。
一城の主であるはずの男が、地面に座らせられていると言う事だけでも、疑われ、罪人に近い扱いを受けている事くらい、理解しているだろう。
ねねを直接襲った犯人を処断する事に一切の迷いはなかった俺だが、この大村には迷いがある。
何も知らなかった男をただ主と言うだけで、処断する気にはなれない。
「知っている事、全てを正直に申せ。
宣教師に唆されたと言う事はないのか?
あるいは、おぬしが命じたと言う事はないのか?」
「そのような事は滅相もございませぬ」
「では、おぬしが命じなかったとしても、家臣の不審な動きに気づいてもおらなんだのか?」
威嚇気味に大村に問う。
「はっ。まことに申し訳ございませぬ。
あのような事をしでかそうとしていたとは、気づいてもおりませなんだ。
家臣と共に、我命差し出し、お詫びいたしとうございまする」
俺の命ではなく、自分から自刃すると言うのなら、それはそれでありかも知れない。
そんな迷っている俺に、石田が耳打ちをしに来た。
「殿下。
北政所様が襲われた事が知れ渡りますと、今後の九州平定に影響が出るやも知れませぬ」
俺の権力が弱いと思われる事を危惧していると言う事だろう。
だから、大村を自刃させ、口を塞げと言っているのか?
「そう簡単ではない」
サルが頭の中で言う。
真剣な猿顔を想像してしまうほど、真剣な口調だ。
「大村を自刃させれば、そこに何か理由が必要となってくる。
ねねを襲ったと言えないのは当然として、帰順を示しておる大村を自刃させたとあっては、他の者たちに動揺が起きるやも知れぬ」
サルが続けた言葉はもっともだ。
俺に、一つの結論が浮かんだ。
「大村。おぬしは望み通り、この場で自刃いたせ。
代わりに、おぬしの領地は安堵し、嫡男に継がせる事とする」
「わが領地は安堵下されるのですな」
この時代の武将たちは自分の領地の安堵がとても重要な事らしい。
今から、自分は死に向かうと言うのに、大村の顔には安堵感が浮かんでいる。
「ただし」
俺の言葉に、弛みかけていた大村の顔つきが引き締まった。
俺にどんな条件を突きつけられるのかを心配しているのだろう。
「おぬしは病死扱いとする。
よいな」
「ははっ」
大村はうれしそうに平伏した。
今から、死に向かうと言うのに。
そして、大村は自刃し、ねねを襲った事件は闇に葬られ、国内的なかたはついた。
あとは宣教師たちが、この事件に関わっていなかったかどうかだ。
特に、艦隊を持ち出して恫喝するほどのコエリョは信用がならない。
こちらは継続的な調査を石田に命じ、場合によっては追放するよう命じた。
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