ファースト・コンタクト 織田信長
サルと共に、やって来た尾張。
当然、最初のミッションである胴丸を購入して、松下と言う男の下に届けるよう手配した。
そこで新たな情報が得られるものと思っていたのだが、店の主は「へい。承知しやしたがや」と言っただけで、次のミッションは与えられなかった。
このアイテムのイベントが今後にどう繋がるのか分からないが、今分かっている情報から行けば、赤い糸の信長と出会う事を最優先にしなければならない。
サルが言うには、尾張で身を寄せるとしたら、母親のいる実家か蜂須賀小六の下だと言うが、本人としては、実家は義父がいるので行きたくはないらしい。
なら、その蜂須賀小六と言う者のところへ行くしかないだろう。
そこで、信長との接触の機会を作ればいいし、もしかしたら新たなイベントに巡り合えるかも知れない。
そんな思いで、街道と呼ばれる道をそれて、昔設定の長閑な道を歩いていく。
元の世界で言えば、車一台がやっと通れる程度の幅の道は、当然舗装されてなんかいない。
左右に広がる水をたたえた青い水田。
街道には人通りがそれなりにあったが、この道に入ってからは、出会う人の数がめっきり減った。
その時折出会う人たちは農民らしいが、全くもって、サルに流し込まれたイメージ通りのぼろい姿だった。
「で、あとどれくらい歩けばいいんだ?」
今や、サルとの会話は頭の中で出来る事が分かっていたので、頭の中で問いかけた。
「まだまだじゃ」
そうか。
俺の感想はその程度だ。
まだまだ歩くことになっても、げんなりすることもない。
まだまだだって歩ける。そんな気がするからだ。
痛覚とか、疲労感とか、感覚が無い訳ではないので、これは単にこのサルの体が日頃から鍛えられていたと言う事だろう。
足を速めよう。そんな気持ちで、足のテンポを速めた時だった。
田んぼに挟まれた道の遠くから、馬が駆けて来るのが見えた。
遠目にも分かる白っぽい毛並の馬。
白馬の王子じゃないが、乗っているのはそれなりの身分の者だろう。
舗装されていない道の上を、土煙を巻き上げながら近づいてくる白い馬。
その馬にまたがる男の姿が徐々にはっきりとして来る。
顔は細面で、通った鼻筋。
そして、髪はぼさぼさで茶筅つぶり。
サルから教わった信長だ!
今日も髪を赤い糸で結っているのか?
道の端によりながら、近づいてくる信長の髪に全神経を集中させる。
「はっ!」
信長が馬に鞭打つ声が聞こえるまでに、距離が近づいてきた。
自分に熱い視線を送る俺に気づいたのか、信長が俺に視線を向けた。
ついついつられて、俺も信長の目を見てしまった。
そらしたら負け。そう思った訳じゃないが、お互い目を合わせたまま信長はどんどん近づいて来た。
視線を合わせたまま信長は俺の横を通り過ぎた。
しまったぁ。
信長の髷を見るつもりだったのに、ついつい信長の目を見続けていた。
通り過ぎた後、信長の髷に視線を向けたが、赤色だったかどうかはおろか、何で結っているのかさえ分からなかった。
せっかくのチャンスを。
今から追いかけても、相手は馬。
追いつくはずもない。
残念な思いにかられながら、走り去る信長の後姿を見ていると、信長が減速した。
信長が手綱を引っ張ったのか、馬が頭を上方に上げながら、向きを反転させた。
何事と思っていると、信長は反転して来た道を戻り始めた。
再び俺に近づいてくる。
まさか、俺のところにやって来るんじゃないよな?
目があったとか言って、因縁を?
ちょっと不安になる。
思わず後ずさりして、田んぼぎりぎりのところに立って、信長の視線の先を確認する。
ま、ま、間違いなく、俺にロックオンしている。
やべっ!
思わず、もう一歩引き下がってしまったが、そこに地面は無かった。
むなしく空に体重をかけようとして、後ろ向きに倒れ込んでしまった。
パシャッ!
水を跳ね上げる音と共に、俺の体、いや正確にはサルの体は水田の中に倒れ込んだ。
仰向けに倒れ込んだ俺を信長が、大笑いして見下ろしている。
「わっはっはっは」
笑われても仕方ない。いや、怒鳴られるよりかはいいかも。
そんな思いで、立ち上がる。
頭のてっぺんから、着物、足までぐっしょりと泥水で汚れてしまった。
水も滴るいい男。なんて、頭の中で冗談でも言っていなければ、情けなすぎる。
「そちは何じゃ。
人か? 猿か?」
信長は笑いながら、問いかけてきた。
むっきぃ! 人に決まっているだろ!
と、怒りたい気分をサルがなだめた。
「相手は乱暴者の信長じゃぞ。
怒ったりなんかしたら、逆に切り殺されてしまうぞ!」
サルの言葉に、思わず怒りの気分は消え去り、作り笑いを浮かべて、大げさに手足を動かしながら言った。
「さ、さ、猿でぇぇぇす!
うっきっきぃぃぃ」
思わず、自分のプライドを捨て、命を拾おうとしてしまう。
「わっはっはっは。そうか、そちは猿であるか。
人語を解す猿とは面白いのぅ」
馬上で信長は、腹を抱えて大笑いしている。
情けないぞ、俺! そうは思っても、命がかかっているとなれば、そうならざるを得ない。
いや、待て。
これは架空の世界。
俺の本当の世界じゃねぇんだから、ここで切られたって、本当に死ぬ訳じゃないか。
仮の命を捨て、プライドをとる!
両拳をぎゅっと握りしめ、一人頷いてみる。
「ぷらいどとは何じゃ?
訳の分からぬ事を申しておるではないわ。
お前の事はよくは分からぬが、わしは死んでしまうではないか!
いいか、お前は信長に近づきたかったのであろう。
ならば、今こそ売り込めばよいではないか」
そうだ。その通りだ。
それがこの世界の俺のミッションのはず。
冷静さを取り戻し、左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。
「信長様!
私の父は織田家の足軽でありました木下弥右衛門であります。
ぜひとも、わたくしめを小者の端にお加えくださりませ」
サルから聞かされていた身の上話をしながら、道まで這い上がり、馬上の信長の前で平伏した。
「何、猿の父はわが家の家臣であったと申すか。
猿を拾うのも面白かろう。
城までついてまいれ」
やったぁ!
この世界で俺の未来を切り拓くための赤い糸とつながったぜ!
そう心の中で喜ぶ余裕はすぐに消え去った。
「はいっ!」
信長はその言葉と共に、馬に鞭をあげ、勢いよく走り去り始めた。
さっき、ついてまいれって言ったよな。
ついてまいる余裕もないほど、飛ばしてるじゃん!
そんな事を考えている間にも、信長の姿は小さくなっていく。
まずい!
慌てて、俺は信長の後を追った。
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