小牧・長久手の戦い2
立ち去って行く池田を、満足げな表情で見送るサル。
池田が向かう先は戦場経由の地獄だ。
「どうするんだよ!」
サルに頭の中で叱責した。
「これでよいのじゃ」
俺の言葉に落ち着いた声で、サルがそう言い終えた瞬間、足腰に自分の体重を支えている感覚がよみがえって来た。
制御権が俺に戻ったらしい。
制御権さえ戻れば、俺のもんだ。
今から池田に戻るよう命じればいい。
そう思った瞬間、サルが口を挟んできた。
「将たるもの、そのように命令をすぐに撤回しては人の信を失おうぞ」
俺の思考を読んで、すぐ突っ込んで来た。
しかも、言っている事は間違いじゃない。
癪だ、癪だ、癪だ。
池田を救う何かよい手は無いものか?
と思った瞬間、すぐに答えが出た。
勝てばいいのだ。それだけの事だ。
ねねの言葉は全てではない。
ねねが信長を救い出せなかったように、ここではねねの言葉とは逆に池田を死なせない。
そう決意した瞬間、頭の中でサルが不気味な笑い声を上げた。
「くっ、くっ、くっ」
「何がおかしい!」
「何も。
後は好きにするがよい」
「そうさせてもらう」
サルが笑った意味は分からないが、邪魔する気は無いらしい。
としたら、思いのまま、全力を尽くすまで。
「秀次!」
俺の左手前で控えていた甥っ子の、もとい、サルの甥っ子の秀次に声をかけた。
「はっ!」
一礼する秀次に、俺は命じた。
「総大将に任じるゆえ、兵八千を率いて恒興と共に出陣しろ」
「ははぁぁ」
秀次が勢いよく飛び出していく。
池田たちの軍勢に、さらに八千。
これなら何とかなるに違いない。
しかも、サルが言ったように、徳川が動けば、背後を襲えばいい訳で、これでこの戦いのすべてに決着を付けられる。
そう俺は思っていた。
が、徳川はそう簡単な相手ではなかった。
長久手の戦いで池田恒興は討ち取られ、秀次はやっとの事で逃げ帰って来た。
衝撃的な結末に、俺は床几から立ち上がり目を見開いた。
俺に従う将たちが、次の俺の命を待つべく、俺に視線を向けている。
が、俺の思考は次の打つ手にではなく、この結果の分析に向けられていた。
ねねの言ったとおりになってしまった。
池田に援軍までつけたと言うのに、結果は同じなのか?
「おぬし、誤解しておったであろう」
そんな俺に、サルが笑いをかみ殺したような声で言う。
そう言えば、秀次に援軍を命じた時、サルは笑っていた。
「どういう意味だ?」
「ねねが信長を救えなかったことから、ねねの言葉は全てではないと、申したのう。
ねねの元々の言葉は、信長が本能寺で明智光秀に討たれると言う事じゃったのではないのか?
それを救い出せなかった。
つまり、ねねの言葉が全てなのじゃよ。
ねねの言った言葉は、ねねであろうと、誰であろうと、そう容易く覆せないと言うことじゃ」
「では、あの時、お前はそれを確信していたと言うことか?」
「当たり前であろう。
じゃから、おぬしの邪魔をしなかったのであろうが」
「くっそぅ」
俺は目の前の地図が広げられたテーブルを思いっきり、両手の拳で叩いた。
それはあの時、誤った判断をしてしまった俺への怒り。
それを知っていながら、何も言わず、死地へと池田を送り出したサルへの怒りからだった。
池田を死なせてしまった事に後悔が無い訳じゃない。
だが今、それをどうこう思っても仕方がない。
俺はこの後にどうすべきかも、ねねから話を聞かされている。
ねねが言う予言的な事は、ねね自身はもちろん、他の誰にも変えられないのだとしたら、全てはねねの言うがままにするだけだ。
無力と言われようとも、ただそれだけである。
サルも俺も。
サルがねねの忠実な子猿なら、俺は淡々とねねが導くシナリオ通りに動く役者になるしかないのだろう。
俺がねねのシナリオを裏切ろうものなら、サルがあの呪文でこの体を乗っ取るだろうし。
それから俺は、ねねの言う通り信雄を懐柔し、俺と和睦させた。
信雄から援軍を頼まれて出兵した徳川だけに、信雄が戦を止めてしまった以上、徳川は俺と戦う大義を失い引き揚げて行った。
それから徳川家康は表向き、俺に逆らってはいないが、臣従もしない状態が続いた。
一方の俺は四国も平定し、大坂に巨大な城を築き、関白と言う地位に付き、豊臣と言う姓ももらった。
この世界に来た時、自分が天下人になるなんて、思ってもいなかったが、天下人はもはや目の前である。もちろん、それもねねが敷いたレールの上にあるものだ。
そのためには、まず九州で暴れまわっている島津を倒さなければならない。
だが、俺が九州に軍を向けている間、背後を突かれないためにも、徳川との関係を何とかしなければならない。
俺はねねの言葉に従い、サルの妹の朝日を家康に嫁がせ、今は大政所となったサルの母 なかを人質に出した。
そこまでして、ようやく徳川家康は大坂までやって来た。
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