小牧・長久手の戦い1
柴田勝家を倒したとはいえ、天下はもちろん、まだ織田家の力でさえ、全てが俺のものになった訳ではない。
織田信長にはまだ二人の息子がいた。
俺と共に柴田に敵対したのは次男 信雄。
俺から言わせれば、「天下はお前のものになる訳ないだろう」と、信雄に言いたいところだが、そんな事にも気づかず、自分が天下をもらえるものと信じ込み、俺のためにせっせと働き、柴田勝家と組んでいた信長の三男 信孝を自害に追い込んでくれたりしていた。
が、それから一年経たない頃、ようやく自分に天下は回ってこないのではと気づき始め、徳川家康と組んで俺に反旗を翻した。
最初に血祭りになったのは、俺に誼を通じていた信雄の家臣、津川、岡田、浅井の三家老だった。
徳川との決戦の時が来た。
と、気合を入れる俺に、ねねはとんでもない事を言ってのけた。
「いい。よく聞くのよ」
いつものように、ぴんと右腕を差し出して、突き出したその人差し指を俺に向けながらだ。
「小牧で陣を築いて、家康と対陣するの。
お互い手が出せない状況をなんとかしようと、恒興ちゃんがこの隙を突いて、三河に攻め込みたいと言うから、そうさせてあげなさい。
でもね、その戦いは負けて、恒興ちゃんも討ち取られてしまうけどね」
はっきり言って、俺は敵であっても人が死ぬのは好きじゃない。
それが見知った味方なら、なおさらである。
そして、今、ねねの言葉が目の前で再現されようとしている。
小牧の陣で、床几に座る俺の前で、池田が三河急襲を具申しに来ている。
今さらだが、これが運命と言うものか。
目の前の池田の進言を取り入れるようねねに言われてはいるが、ここでその進言を受け入れる事は、池田を死に追いやる事である。
つまり、俺の一言に池田の命がかかっている訳だ。
ねねに言われた事とは言え、俺には決断できない。
「池田殿の策は魅力的ではござる。
しかしじゃな。
万が一、敵に気づかれれば、取り返しのつかぬ事になるやも知れないのではござるまいか」
池田の策を誉めつつも、俺は遠回しに危険を説いた。
「しかしながら、今、徳川の本拠地にはほぼ兵がおりませぬ。
この機会、逃す手はありますまい」
池田は引き下がらない。
それに、織田家では元々俺よりも上の人間であり、きつく止める事もしにくい。
「それは分かってはおるのじゃが、池田殿を危険な目にさらす訳にもいくまいて」
そう言って、俺は話は聞かない、俺は譲らないぞ、的に腕組みをして、目を閉じる。
「何を言っておるのじゃ」
頭の中で、サルが怒鳴った。
「ここで、池田を引き留めなければ、こいつは死ぬんだぞ」
「そんな事、仕方あるまいて。
ねねの言う事に逆らう訳にはいかんじゃろ。
ここで、恒興が死ぬのは運命なんじゃ」
「たとえそれが運命だろうと、ねねが言った事だろうと、俺は知っている人間が死ぬと分かっているような事を許可するような人間じゃない」
目を閉じ、腕組みをしながら、俺はサルに怒鳴った。
「おぬしのせいで、茶々様が手に入らなくなったらどうするんじゃ!」
「こんな時にも、そんな話かよ。
女を手に入れるよりも、人の命だろ!」
「むっきぃー」
サルの怒りが絶頂に向かっているらしく、俺の頭の中は熱くなりかけている。
「危険は承知の上。
ここでぜひとも、お役に立ちとう存ずる」
俺の脳内事情の事など知らず、池田はずっと俺に言葉をかけ続けている。
「き・む・す・め・お・ちゃ・ちゃ・さ・ま!」
俺の、もとい、サルの頭の中で、サルが絶叫気味に叫んだ。
その瞬間、俺の脳内に高貴で気の強い茶々がサルに屈し、サルを受け入れ喘ぐ光景が広がっていった。
胸の奥が疼き、サルが俺の、もとい、サルの体の制御権を奪った。
今まではサルの欲望を刺激する情景が視界に広がったり、ねねに刺激的な餌を与えられたり、俺の思考回路が停止した時だけに起きた現象。
どれもサルにとってみれば、受身的条件だった。
と言うのに、サルは自らの脳内に最も興奮する情景を作り出して、俺からこの体の制御権を奪うと言う現象を引き起こした。
おそるべし、サル。
そして、おそるべし、「き・む・す・め・お・ちゃ・ちゃ・さ・ま」と言う、ねねが授けた呪文。
これはサルの復活の呪文だ。
「池田殿。
その策、確かに承った。
徳川の背後に回り込み、見事三河を攻めなされ。
徳川が慌てて背後を見せれば、それこそ、まさに徳川を滅ぼす好機でござる」
「ははぁぁ」
池田は平伏した後、軍勢を整えるため、サルに背を向けて立ち去って行った。
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今回のお話は、サルのエロパワーが歴史を正しい方向に動かした瞬間でした。
これからも、よろしくお願いします。




